加藤嘉明展03


賤ヶ岳七本槍のひとりである加藤嘉明は、三河国出身といわれていますが、2つの説があります。



それが現在の西尾(にしお)市と、安城(あんじょう)市です。



地図でみるとこんなカンジです。









通説では、嘉明の出身地は長良(ながら:西尾市)となっていますが、嘉明の子孫である水口藩の資料では、岩根(いわね:安城市)というものがあるそうな。



この2つの説の共通点は、



・距離的に近い



・どちらも加藤氏の所領だった



・両方とも本證寺に近い



というもの。



本證寺(ほんしょうじ)とは、三河一向一揆の時に松平元康(後の徳川家康)と戦った一向宗の本拠地のひとつの寺。



加藤嘉明の加藤氏は、三河一向一揆の時に一向宗の檀家だったために一向宗側に付いて、松平軍と戦っています。



まあ、そのために家康家臣団になることなく、秀吉に仕える事になるワケですが。



さて、加藤嘉明の出身地は長良(西尾市)、岩根(安城市)、どちらなのか?



実際に現場へ行ってみました。






長良(西尾市)


上長良神明社


愛知県西尾市の上永良町の神明社に加藤嘉明生誕地の石碑が建っています。



実際には神社の場所で生まれたのではなく、この周辺で生まれたという事で、石碑は現在の神明社に移されたものです。



また城郭研究者の中では、永良村古屋敷という名前で知られています。



通説ではここなのですが。



豊臣秀吉ガイドブックの加藤嘉明生誕地はこちら



上永良町神明社の地図







岩根(安城市)



現在新説が唱えられているのが安城市の小川町。



ここにかつての岩根城がありました。



安城市小川町岩根の岩根公民館の前に岩根城に関する看板も建っています。



この看板を見ると、平成十一年のものですが、加藤嘉明の名前がありますね。










案内看板に記載されている昭和十年の地籍図。



これを見ると、現在の住宅地の中心部が、かつての岩根城址ということが分かりますね。



愛知県では、こうしたかつての城跡が住宅地になっているケ-スも結構多いです。








現在では城跡の遺構みたいなものは残っていません。



見事なまでの住宅地。



ただ、区画が古いせいか、道がかなり狭いです。



また所どころ、意図的に屈折している所もあり、よくある城内の鉤(かぎ)の手を想わせます。



しかし住宅地を注意して見ると…









さりげなく岩根城跡だったことがPRされてたりします。



さて、私の感想ですが、正直、どちらか分からないというのが本音でしょうか。



その理由は、加藤嘉明は、戦国武将ネタが豊富な愛知県では、マイナーな武将に入るため、今まであまり顕彰されてきた武将でもありませんでした。



加藤嘉明祭りなんてのも無いし。



なので今後の研究に期待大というのが、私の感想ですね。



岩根公民館の地図






しかし気になるポイントもあります。



それがこちら。



岩根公民館の近くに加藤家の墓があります。



嘉明の祖父の墓だとか。



そこに昭和に建てられた石版がありまして、難しい表現で加藤家の由来が書いてあります。



それを見ると、嘉明は長良で生まれて幼少の頃に岩根に来たみたいな事が書かれています。



まあ、解釈の仕方や資料の信憑性で、見方は変わってきますが。(←重要)



謎が多い加藤嘉明の生誕地ですが、歴史は新発見がつきもの。



今後の研究で、いろいろと分かるといいですね。





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