ここまで読んでくださった方、ありがとう御座います!

いよいよ、これで最後になります!




 結構書いてきたけど

教え方や元々の環境を変えるなんて事は

かなり大変だし無謀的な話ですよね。


そこで 



>mini-demonさん

>先生に言われた事をそのまま実行しようと考えていませんか?

 

考えてます・・・。

 

>先生が言うのはあくまでもヒント
>結局質問に答えなど無い

ああ!そう考えると楽になりますねぇ♪

そっかそっか!

 




そんな風に、躓いた時

不満をためてないで柔和な考え方も出来るようになれば

変に意識しすぎる事もなくなるかなぁ・・・

 

でもそうやって対応できる力は自分の誇れる力になりますよね。

よし!頑張ってみよう!

ありがとうございます♪






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「意識しすぎる私だから」の続きです。




何でしょうかね。

別に完璧を目指してるわけでもないんですが・・・

自分でも良く分かりません。

そんな状態で話したって相手も分からないだろって突っ込まれると・・・耳が痛いです。

いやぁ、ごめんなさい・・・。



とりあえず、一番最初に書いたように


「こんな風に見るようにしなさい」


って強要されると意識するがあまりに楽しめなくって不満に思っちゃったわけです。



だからといって、放って置かれたら置かれたで

常に向上心・好奇心が喝采ってわけでもないだろうし

言われて「ああ、そうか!」って気づく場合もあるから

一概にどっちが良い!って事は言えそうにないですけどね。





この他にも、強要されると意識するがあまり

今まで普通に上手くやっていたものも出来なくなるって経験もありました。


それは挨拶運動についてです。


私の通っていた学校は小中高大共に

挨拶の大切さを大事にする学校でした。

特に、高校・大学は挨拶の大切さを延々と説き続けるような校風でした。

説くというと大変大層な言い方ですが

世間でも言われてるような感じの話+仏教のありがたーい教えを

教えられました。

そんな訳で、乗せられやすいというある意味長所を持った私は

挨拶を心がけていました。


けど、中には挨拶をしない子も出てきてしまいます。

それで挨拶習慣たるものが開催されますね。

就職後も挨拶を徹底する新入者挨拶訓練期間が設けられて

指導されると言う話を聞きます。



・・・これは嫌ですね。私、もの凄く嫌です・・・。

何故って、意識したとたん急に体が硬くなって

今まで普通にしてた挨拶もコチコチになってしまうんです。


「あれ、お辞儀する角度おかしいかな・・・」とか

「声かける距離で適当なのってどのくらいなんだろう・・・」とか

「やっぱり一旦足を止めた方が良いのかな・・・」などなどその他省略。


あたふたと考えすぎて、固まってしまう時もあります。

一回先生に「私の挨拶可笑しくないか」的な質問をした事があるんですけど

普段の私の挨拶は特に問題なかったそうです。

だけど、挨拶週間になった途端しどろもどろになるものだから

首を傾げていたらしいですぅ(汗)

我ながら、極端な性格してますね^^;


けど、その就職先の新入者に対する

挨拶特訓で胃に穴が開き入院したという人も出たと言う話も聞きます。



これは怖いと思います。





私の大学は、嬉しい事に世間から

「この大学の子達は挨拶が素晴らしいね!気持ちが良いよ」

と好評を受けています。

なので、何だか凄く私としても気持ちが良いんですね。


別に私自身が褒められてるんじゃないけれど

そんな環境の中では気兼ねなく挨拶出来ます。


「皆頑張ってるんだなぁ、負けられないなぁ!」


と燃えてくるんですね。

そんな風に、環境も大きく影響してくるものだと感じました。









まだ、もう少し!もう少しだけ続きま~す。











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昨日、続きがあったけど

あんまり書きすぎる(詰め込みすぎる)と分かりにくいかもしれない

そんな風に思って、あえて書かずにいました。


今日覗いてみたら、沢山の方からアドヴァイス等を頂いていて

嬉しかったです♪

それぞれ、色々な考え方がありますね!

でもどうやら、「感性力は大事。そういう見方を身につけるべき。」

という意見が多いようです。



「感性が大事だという話は分かる」

だけど、実は論点はそこじゃなかったんです^^;

途中できっちゃったが故にちょっと誤解が生じちゃった?みたいなので

前置きを兼ねてちょっと弁解させて下さいね。


(あ、だけど繰り返しになりますが

 コメントアドヴァイスはとても嬉しかったですよ!参考になりましたし♪

 ありがとう御座います☆)



結局は誰かに聞いて欲しいってだけです^^;







人間怠け癖なところがないわけじゃない。

真面目な人間であっても


「やるべき事を分かってても、まぁ明日しよう。」


と先延ばしにする時がある。

そんな訳だからやらない人は本気でやらない人も出て来る。

まぁ、皆が皆そういうわけじゃないけど

ある程度強制的にやらせないと駄目な場合もある。




大事な事だから。

その人の武器となる力になるから。

皆に幸せになって欲しいから。


意図は色々考えられるでしょう。

分かってはいるんです。







>ろびさん

>自分の力になると思って、見方を変えてみる

>never-enoughさん

>自らの好奇心を存分に働かせていけば良いのでは?


>mini-demonさん

>やらされる感覚になり楽しみも無くなります



そう、そこなんです。

今まで気持ちの持ちようによって

難しいと感じていた事でもやり通してきた事はあります。


だけど、それは強要されたんじゃなくて

自分が頑張ろうと思った時であり、自分で興味を持って動いたからでした。


タイトルで描いてるように


「意識しすぎる私」だから、その事が邪魔をして


その向上心や好奇心やらを阻害してるんですね。



そんな前置きを並べたところで、

さぁ、!書くぞ!と思ったんですが・・・

長くなってきたので一旦記事を切り上げて

次また新しく記事を立ち上げて書いて見たいと思います♪







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今日授業で「七人の侍」という映画を見ました。

黒澤明監督の有名なあの映画です。

私は今までに一回もこの映画を見た事がなかったし

ガイダンス時の授業の説明の時に

この授業で「七人の侍」を見ると聞いたそれだけで登録したほど

気になっている存在でした。

そして、今回ついに見れるのを楽しみにしていました!


 



だけど・・・だけど・・・っ!

授業で映画やVTRを見た後、大抵レポートや感想文を書かせられますよね。

今回も論外ではありませんでした。

しかもその内容っていうのが結構難しくって


「ただ映画を見た後、面白かったとかって言うだけじゃなくて

 色々な視点から見る賢い見方をしなさい」


と言われました。


監督の信念によって徹底された映画作成術の視点、

カメラマンの視点、俳優の視点、

衣装の視点、音楽の視点、原作との比較などなど。




そんな事を求められても・・・。

映画を見ていても他の人はわかってるような


「あの場面がここにかかってくる」


っていうのすら気づいてないような事のある女ですよ、私。

小学校や中学校でも書かされた感想文でも

他の子が先生の意図を意識した感想を描いている中

かなり視点のずれたコメントを書くような女ですよ、私は。

行き成りそんな高度な見方を求められても困ってしまいます・・・。



理屈では


色々知識をもって映画を見た方が映画の奥深さってものが良く分かるでしょう。

同じ映画を見ても2倍も3倍も楽しめるでしょう。


って事は分かります。先生が仰ってる事は正しいと思いますよ。



だけどだけど、

映画って娯楽なんだし、

「楽しんで見る事に意義がある。」と思ったり。

私は、そうやってあらかじめ

「後でレポート描いてもらうからね」という風に言われると

そっちの方に集中しちゃって、楽しむ事が出来なくなってしまうんです。



だから、ずっと「七人の侍」が見れる事を楽しみにしてた私だけど

苦痛を感じてしまいました。

作品自体は面白いんですよ!


「ああ、これがレポートとか書かなくて良くて

 普通に楽しんで見れたら良いのになぁ~」


と思わずにいられないんですね。






どっちが良い、って話は

「ただ漠然と楽しんでみる」事も「意識しながら見る」事も

どちらも問題があるしはっきり言えはしません。

まぁ、それについてはまた次に書く事にして


今回はちょっと不満に思った事を描いてみました。


・・・ただの鬱憤晴らしです(汗)









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