ちょいわるオヤジは痛々しい

犬話3 生活の話2 身体と健康とバレエの話2 車の話1 人生観みたいな話1 その他社会経済の話1   こんな感じかなぁ~ 
あんまり面白くないから、忙しい人は読まない方がいいかも(笑)

いらっしゃいませ。

おもしろく読んで頂けて、あなた様の人生にほんの少しでもいい時間となれば幸いです。

こんなの読んで損したというあなた様。あなた様もまったく正しいと私は思います。どうもすみませんでした。


コメント返しやペタ返しなど、お気づかいなさらなくとも大丈夫。

読み逃げ禁止などと小さいことは申しません。

なにごとも無理強いはキライでございます。

いろんなネタで書いてますので、お心にかなう話題がありました時にご参加頂けましたなら、わたくし十分幸せです。

読者登録や各種お返し等、ブロガーさんとの交流スタンスはこんな感じです(←クリック) ので、ご一読お願いします。


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ブレーズセーブル迷子のシェルティ探しに協力しています ブレーズセーブル


埼玉県・群馬県で2008年1月以降、成犬のシェルティ(メス)を飼い始めた方をご存知ありませんか?

保護された方に預かり・飼育されている可能性があります。

生きて大事にされていればまずは十分、安否だけでも確認させてあげてほしいと願っています。


捜し主さんのアメブロ

http://ameblo.jp/ichibannboshi/theme-10006417905.html

最新情報はこちら

http://ameblo.jp/ichibannboshi/

mixiではこちら

http://mixi.jp/list_diary.pl?id=909880


ご協力いただけましたら幸いです。

よろしくお願い申し上げます。




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教室の隅で、B子ちゃんが一人で本を読んでいます。
まわりにはおしゃべりをして楽しそうにしている子たちがいます。

 

B子ちゃんにA子ちゃんが近づきました。

A子「ねぇB子ちゃん、C子ちゃんとD子ちゃんがB子ちゃんのこと苦手だって言っているよ。私はそうは思わないんだけど・・・気を付けたほうがいいかも」

さて、A子ちゃんの目的は何でしょうか。

 

B子ちゃんの性質にもよりますが、孤独感が強いようなら、不安が高まるでしょう。
そして、C子ちゃんとD子ちゃんの言い分や情報を求めて、B子ちゃんはA子ちゃんとの距離を詰めるでしょう。

この時、A子ちゃんはB子ちゃんに対して心理的な優位に立ちます。
そして、B子ちゃんとC子&D子ちゃんの心の距離を分断します。

 

ただし、B子ちゃんのメンタルが強く、A子ちゃんを突っぱねることができれば、この場はいったん収まります。
A子ちゃんが執拗だったり、キャンペーンを張るようなら、次第に目に見える形でA子ちゃんはB子ちゃんを揺さぶろうとするでしょう。

 

こういうの、小学生から中学生くらいではわりとよくあるし、場合によっては大人でも経験ある人がいるかもしれませんね。

 

C子&D子以外にもE子、F子でも・・・と日頃からを繰り返していくと、いつの間にかB子ちゃんには孤立感が植え付けられていきます。
孤立感が強まればA子ちゃんに対する依存心が強まってB子ちゃんはA子ちゃんにとって操り人形のように扱いやすくなってしまう場合もあります。
また、周囲に対する懐疑心や不信感を一方的に高めて、爆発したり病んでしまったりすることもあります。

教室あるいは職場全体に導入されれば、いじめを作り出すのは難しくありません。


「あなたのことをあの人たちが悪く言っている。私はそうは思わないけど」
この言葉をささやかれた場合。
何のためにそんなことを言うのかとたずねれば
「あなたのためを思って」「クラス(職場)のためを思って」
そういう返事が返ってくるでしょう。

でも、それは違います。

C子ちゃんとD子ちゃんとB子ちゃんの関係、B子ちゃんと全体の関係に対して、
本来、A子ちゃんはかかわりがないからです。


お子さんが、あるいはご自身が職場や学校でこういう言葉を言われた場合。
「A子ちゃん」があなたを精神的に支配しようとしていると考えて、距離を置くことが大切です。
そして、A子ちゃんの介入を断った上で、C子ちゃん、D子ちゃんと直接のコミュニケーションを行うことが対策になります。


お正月休みが終わって、そろそろ新学期&新年初出社ですね。
休暇の終わりに子供の自殺が増えるという痛ましい状況も続いています。

お子さんやご自身がいじめに巻き込まれないよう、気を付けてみてくださいね。

 

 

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パッヘルベルのカノン、G線上のアリア。



音楽を聴けば誰でも覚えのある、荘厳なバロック・クラシック。

それは教会で鳴り響くような、尊ささえ感じる天上の音色だ。

15日の早朝、熊本に向かう飛行機の中で、機内サービスとして提供されていた曲だった。





前日。

フランス・パリで13日の金曜日、日本では14日の早朝。

テロが起きた。

言葉など見つかるわけがない。

書き物を生業としている人間として、言葉では届かない場所があることを謙虚に自覚しているつもりだ。

その場所に届いた音楽が、私の心から言葉を紡ぎ出した。








カノンの重層的なテーマとバリエーション、ひたすら広がり深まっていく旋律に、昨日TVから流れた銃声が被る。

その美しい音楽になぜ銃声が響かなくてはいけないのか。

人生の幸福な一場面を、なぜ暴力で破られ、殺されなくてはいけないのか。





彼らはそれを聖戦という。

聖なるものを暗示させるほど美しい旋律を、幸福の一瞬を、銃弾で破っているのに。

その行いは聖ではないし、尊くもない。

なのに聖戦と呼ぶ。







そしてG線上のアリア。

長く息を吐くようなバイオリンの音色に、銃弾を装着する音、スタジアムや劇場の扉が開く音が被る。

テロリストの中には、自爆装置を身に着けて、銃弾を打ち終えると自殺した者がいたそうだ。

服を着た後、どんな気持ちで装置を身に着けたんだろう。

彼らが聖だと考えていた精神は、どれほど荒んでいたのだろうと思った。

涙が出た。






愛犬を亡くしてから、私はいつ死んでもいいような気持ちでいる。

捨て鉢になっている訳ではなくて、与えられた役割を果たしたら、早く愛犬に逢いたいと思っている。

シリアで、欧米そして自国政府により家族や恋人の命を奪われたテロリストたちにも、そんな思いを抱えている者がいるのではないかと思った。

現世で役割を果たしたら、もう思い残すことはない。

いつでも死ねるし、先に亡くした大切な人たちにまた逢える。





自爆装置を体に着ける時、犯行現場に向かって歩いている時、銃に弾を込める時。

彼らの中に、憎しみがあったと思いたい。どうか、せめて、そんな感情だけでもあってほしい。

中東の戦乱と人々の死の上にある欧米の人々の幸福、その構図が許せない、そんな世の中であってほしくない、当事者として…ならば、わかる。許されないが、わかろうとしなくてはいけない。

悲しみと苦しみと憎しみと圧倒的な孤独があって、及んだ犯行であってほしい。

せめて、心の叫びであると思いたい。





でも、そうでないとしたら・・・





何も失くしていない、誰も殺されていない、ただこの世界の不正が許せない、富と幸福の偏在が許せない。そんな理想だけを高めた人物が、洗脳の果てに銃を取ったなら。

絶対に許せないし、考えたくない。







カノンとG線上のアリアを聴きながら、涙が止まらなかった。

早朝の機内は空いていて、私が
泣いているのは、通路と空席を1つはさんだ隣の列の女性以外誰も気づかなかっただろう。





亡くなった人のために祈った。

同時に、心に地獄を抱えたテロリストたちのことを思った。

抱えていてほしかった、地獄を、苦しみを。人として。

銃声は叫びであってほしかった。





しかし、伝え聞く話には、欧米出身で単身シリアにわたり、テロリストになった者も少なからずいるという。

彼らの行動は、心からの報復ではない。

無茶な理想を実現しようと、関係ない人の幸福を犠牲にしているだけ。

ならば、どんな理想であっても許せない。一抹の同情の余地すらない。

彼らがもともと所属していた欧米社会に絶望したのだとしても。

それでも、それならばなお、許せない。







G線上のアリアのあとの曲は「トッカータとフーガ」。

もう、この日のJALの選曲はなんという組み合わせだったのだろう・・・

煮えたぎる地獄の釜の底をのぞき見るような。その背中を押されるような。







死を聖なる行為へ転換しようとして、決意して、準備を進めること。

そこに恐怖はなかったのだろうか。

その恐怖を克服することが尊いのだと、心を奮い起こしていたのだろうか。

彼らが向かっていたのは天上ではなく、地獄だと気づかなかったのだろうか。


求めてもいない戦乱に巻き込まれ、日々、死が近くにあるシリアの若者たち。

安全なはずの欧米社会に育ったのに、その社会を憎むようになった若者たち。

絶望が彼らをテロリストに変えたのだろうか。







テロに屈しない努力は良いとしても、結局のところ、失望から救い上げて幸福を願うようにしてやらないと、テロリストは銃を置かない。





心が動かなければ人は動かない。




※追記
お時間あったらこちらも読んで下さい。
http://bylines.news.yahoo.co.jp/shivarei/20151117-00051529/













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サリーが亡くなって3回目の夏が来た。


レスキューを始めたのが2009年冬、思いのほか忙しくなった私は、震災の翌年に亡くなったサリーのために、十分な時間が取れてはいなかった。


最近の私を支えてくれるのは、レスキューじゃなくて、これはサリーの生前にも書いたけれど、バレエの稽古だ。レスキューはサリーとシェルティたちへの恩返しだからね。


家に来て間もないサリーが心配で、稽古場に連れて行って、先生やスタジオのみんなに可愛がってもらった日のことを思い出す。


先生の家には狆(チン)という犬がいて、私よりずっと犬の扱いに慣れていた。

箱に入れておいてもスタジオの中をうろうろしてしまうサリーが気になってしまうわたしに、「大丈夫だから放っておきなさい」と言われて、気の小さいサリーは私や他の生徒の足にじゃれるようなこともなく、稽古場のすみで勝手に遊んでいたのだった。


私のバレエ歴は、サリーの年齢とずっと一緒だった。

おととし、サリーが犬の神様に召されるまでは。


バレエは年を重ねるたびに集中力が付くようになって、仕事で嫌なことがあっても、人間関係で嫌なことがあっても、失恋しても、稽古に行けば気持ちがきちんと切り替えられた。

そして、家に帰ればサリーが傷ついた私を癒してくれた。


サリーはいなくなって、私にはバレエしかなくなった。


強い人というのは、孤独に強い人のことだと言われる。

稽古をしているとき、うまくなりたかったら、自分に向き合うことに集中する、ひたすらそれだけを集中する。

本番の舞台がある時は共同作業もあるんだけど、稽古では違う。

甘やかすのも、厳しくするのも、加減をするのも、限界に挑むのも、誰もあてにならない。

先生は矢印を示してくれるけど、乗り越えていくのは自分の力だけ。

スタジオの中では、孤独に耐えられる方が上手くなれる。


サリーが亡くなって、そんな時間だけを愛して、2年が過ぎた。



いつも一緒に寝ているサリーの骨壺を、今日はリビングの風通しのいい場所に置いた。

窓を開ければベランダから外が見える場所。

天気が良ければ、あの子が大好きだった道を通って、あの公園に行くはずだったんだけどね。



今よりもっともっと年を取った私は、いつか踊ることもできなくなるだろう。

その頃に新しい犬を迎えることなどできるはずもない。



最近の目標は、あの子の好きだった公園の前の部屋で、あの子の骨と一緒に暮らすことだ。

天気のいい日に窓を開ければ、勝手に公園にでかけて、楽しげに走って帰ってくるだろうから。

いつか踊れなくなったら、そうやって静かに生きるしかないように思うから。


そして私自身がサリーのもとに旅立つ前に、あの子の骨をどこか良いところ・・・あの子の好きだった場所のどこかに、そっと埋めてあげることができたらいいなと思っている。



この世に生まれてきて与えられた役割をすべて終えたら、できるだけ早く、あの子のもとへ行かせてくださいね、神様。


サリーもバレエもなくしたら、長く生きるのはとてもつらいことだから。





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犬を保護して譲渡する活動の目的は、犬を保護して譲渡すること(笑)


保護することと譲渡することのどっちが優先かというと、譲渡する方です。


譲渡しないと、保護ができないんだよね。

でないといつまでも会の中でその犬を抱え込むことになってしまう。

抱え込んでいる間は当然、費用も掛かる。

年齢が重なるほど犬は譲渡しにくくなっていく(人気の点で)。


だから、条件の良い若い子は、良いお話があればどんどん進めてしまう。


預かりさんの思い入れに流されていつまでも預かりさんのもとにいると、その保護犬にはチャンスがなくなってくるかも知れない。

幸運の女神jは後ろ髪がハゲているって有名な話ですが。


環境、家族構成と生活時間、犬の飼育の経験値、人柄。

いろいろなことを比べて、その子にあったおうちがどこかを検討する時に、預かりさんの家よりもさらにその子に合う家が出てくることはままある。


そういう時は、預かりさんにあきらめてもらう。

それっきりで二度と預かれなくても構わない。

なぜなら、活動の最終目的は犬を譲渡することだからです。

保護預かりをすることが譲渡することより優先されてしまったら、本末転倒。



誰の気持ちを優先するか。

それは最終走者の気持ち。

里親さん>預かりさん>スタッフ=現在までの支援者さん>>見てるだけのギャラリーさん

これはどういう順番かというと、覚悟のある順番。

ギャラリーの方に「支援してもらえるかも」と思って特別に気を遣ったりはしないです。

そういう損得勘定はナシです。


愛情の量の多い順番?それはどうやって量るのかな?(笑)

愛を計算に使っちゃいかんよ(爆)


覚悟のある里親さんの気持ちを一番優先したい。

なぜかって、うちの里親さんの条件は厳しいから。

その厳しいのをわかっていて飛び込んできてくれることに心から深く深く感謝しているから。

厳しい言い方かもしれないけど、見ているだけの人とは全然、ぜんっぜん違う・・・


預かりさんの日記から保護犬が消えることを残念がるコメント、ありがたいけど、譲渡するのが優先だから、がっかりするのは控えめにしてくれないかなって思うことがある。

それは保護活動にとっては本末転倒だから。

本当に応援してくれているなら、がっかりどころか、良かったねと喜ぶのが真実の良心であり善意だから。

「見られなくなってがっかり」が優先するというのは、保護犬の幸せより自分の楽しみが減ることのがっかりだから・・・・ね。そういう人は少ないけれども・・。


おうちが決まったのに喜べないギャラリーさんも筋が違う。

喜べない人は、だったらどうして、もっとしっかり預かりさんの背中を押さなかったの?

そもそも思い入れがあるというのなら、それを形にして当事者本人が伝えるのが責任ある態度。

察してくれ?それはずるいんだよ。

背中を押されても決断できなかったなら思い入れもそこまで。その思い入れを軽々と越えていく人が絶対に出てくるし出てきた。


うちの預かりさんでも預かりっこを迎えた方は何人もいる。

でも、預かりさんは預かりさんなので、引き出し前にお申出のない限り、譲渡を前提に預けているわけじゃない。

縁がなければ預かりさんの家にいたって、その家の子にはならないんだよ・・・



今日思ったこと&思い出したこと&今までずっと思っていたことをざっくばらんに書きました。



コメント欄を承認制であけますが


・空リンクついてても通りすがりの人は中身見ないで削除

・誹謗中傷と思ったものも削除

・プロキシ経由etcの細工ものは記録させてもらうかも(笑)

・関係ない話もたぶん削除

・正直忙しいのでレスはすごーく遅くなるでしょう。



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