三原朝彦 ~あさやんブログ~

衆議院議員
自由民主党福岡県第九選挙区支部長のブログです。



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 先年モザンビーク駐箚日本大使に送り出した人物から一冊の本「モザンビークの誕生」(水谷章・花伝社)が送られてきました。大使の重責の中に時間を求め物した著書なので早速読みました。

 アフリカの今日を語る時避けては通れないのが旧宗主国との植民地を経験したアフリカの立場です。著者はアフリカ一般の植民地から独立への出来事を述べていますが、勿論モザンビークに関してもかつての宗主国ポルトガルとの関係を説明しています。アフリカと外部との接触はインド洋を隔てて11、12世紀から始まっていました。その後西洋との征服、被征服の関係は15、16世紀からのものです。

 小国ポルトガルは海洋国家としてアフリカの西側と東側に港湾都市を造り、インド洋、大西洋の往来を活発にしていました。モザンビークはインド洋側のポルトガルにとり枢要な地となりました。この地の産物の積出しや東洋からの中継港、更には奴隷貿易の現場としての悲惨な歴史も持っています。


 一足飛びにポルトガルからの軛を離れ独立したモザンビークの国造りに話を進めます。ポルトガルの植民地政策は全くもって独善的で自国にとっての利益の追求はあっても現地人の発展に寄与するが如き施策は見るべきものがありません。特に原住民の教育に何の配慮も無かった事は誠にケシカラヌ事であり、又この故に1975年に独立を勝取った後の国造りには人材の払底で大変な苦労をする事になりました。

 同時に独立以後20年にわたり当時の冷戦構造の影響による国内での抗争があり、隣国南アフリカ共和国のアパルトヘイト政策で南ア政府が黒人国家の誕生を好まない姿勢もあり、真の意味でもモザンビークが国民に選ばれたリーダーの下建国の槌音を響かせるには永い時間を浪費しなければなりませんでした。
 

 独立初期には複数のリーダーの暗殺や不可解な死亡もありましたが、その事件を乗越え着実にモザンビークは、シサノ、ゲブーサ、ニュシ大統領の下で何とか内紛も抑えながら今日に至っています。私自身この3人の大統領に直接会い、意見交換をした体験があります。いづれの大統領もアフリカのリーダーの中では清廉潔白で、この人なら国民の信頼も得られると感じました。何しろ多くのアフリカのリーダーの欠点の第一は公私混同、自らの地位を悪用して私利私欲を求めることなのですから、残念ながら。
 

 私は2回モザンビークを訪ねました。アフリカ諸国の中でもこの国は最も発展の可能性を持った国です。地下資源に恵まれ、広い大地と未開発の河川、足りないものは人材の育成、つまりしっかりした教育です。この件は著者もはっきりと示しています。4年前のTICADⅤの折私は安倍首相についてモザンビークを訪ね、この国の要人と国の将来について意見を交えました。彼等の口からも教育の重要性が強く示されました。我国もこの方面の支援を重点的に行うべきです。それにつけてもこの本の多くを占めているモザンビークの内紛が2度と生じないように祈るのみです。

 

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