ここ一週間くらいで、新しく読者になってくださった方が増えました。ありがとうございますー。

職場のほうで引っ越しがありまして、バタバタしていたのですが、これからはもうちょっとコンスタントに更新したいかな、と。あと、長文になりがちなのを気をつけつつ、でもダラダラ書いてしまうと思うんで、ダラダラ読んでいただけると幸いナリヨ。

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これから書こうと思っていること

・うつ病にかかって、私が一番苦痛を感じた「不安感」を的確に言葉にして表現する試み

・うつでない人にうつの人は「特別な人」じゃないよ、と伝えること

・病院の探し方、医者の選び方 …相性の合わないお医者さんっているよねー、って話

・カウンセリングについて。必要か?とか(ちなみにユング系です)

・薬は怖くない。薬は私を楽にしてくれる。でもいつかはゼロにしたいよな、やっぱ

・うつ病の自殺は「病死」なのか

・リストカット、慟哭、買い物依存など、うつによる「衝動」をどうなだめようか?

・仕事をすること、仕事を続けていくこと。もし復職できても、またうつになった時、困ってしまうだろうという不安が常につきまとうことについて

・世にはびこる「うつ系啓蒙書を斬る!!」 なんつって
 (個人的に私が嫌いなだけッス、ええ。癒し系とか「あざといぞ~」とひねくれちゃったり、啓蒙書は「なんだかなー」と冷めてしまうですよ。べつに「私は他の人と違う感性なんだ」とかとんがってるんじゃなく。)

・月末はつらい。「今月も前進しなかった」という反省をしてしまうことについて

・「うつ病人を友人にもって」← 友人に取材してみます
・「うつ病人を兄弟にもって」← 姉貴に取材してみます
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こんな感じでしょうか。…って、箇条書きだから短くてすむとおもってたのに、やっぱり長文になってる!! ガーーーン

ちなみに夏休みの読書感想文は、「夏の葬列」(山川方夫)という 11ページの短編 で感想を原稿用紙5枚書きました。足りないくらいだった…三つ子の魂百まで…まとめるの下手だよなー文章。
とか、余談をたくさん書くのでよけいに長くなるんだな。コメントは「同感」「反論」「私の場合は」などなど、ぜひつけて!ください。偏った考えは見つめなおしたいし、経験からえた言葉は共有して頭を柔らかくしたいとおもってます。

よろしく。ぺこぺこ
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書棚ななめ読み

テーマ:
meiteijiさんの「文庫三国志、そして名称のイメージ」
という記事を読みまして触発されたので、書いてます。うつとは関係ないです。


実は前に一年ほど、書店でアルバイトをしていた。関西で有名な書店である。「その本を欲しいという人がひとりでもいるなら、書棚においておく。ベストセラーをたくさん置くスペースがあるなら、その分を割いてでも」というポリシーの書店で、割りとそれを実行してましてな。

売り場は「コミックス・ゲーム・サブカル・写真集 売り場」だったんですが、流通しているほとんどのコミックスはおいてあった。これの凄さはなかなか分かってもらえないかも知れないが、「ウチにないコミックスは、ほとんど品切れか絶版」というレベル(コミックスが書店にない理由は、新刊・売れ筋以外はなかなか売れないので、スペースがもったいないから。あとは版切れ。段階は「重版未定」「品切れ」「絶版」の三段階)。

・「文庫落ち」

ハードカバーで出版された書籍が、文庫として出版されること
まるで文庫を下にみているようないい方だが、本音は「たくさん本を読みたい・買いたいから、安い・場所をとらないコンパクトさ・解説も楽しめる」などで、じつのところ文庫落ち待ちする人は本好きが多いとおもう。昔は文庫落ちするのに最低三年はかかっていたが(もちろんハードカバーであるていど売り上げないと、落ちない)、最近はもうちょっと早い?

文庫落ち泣かせの作家として、存じ上げているのは、 『レディ・ジョーカー』 などで有名になった高村薫 女王様(FANの間では愛を込めて、こう呼ばれる。 『月の影 影の海(十二国記シリーズ)』 で有名な小野不由美さんは、小野不由美「女史」である。…小野さんの夫で新本格ミステリ作家の綾辻行人さんは"あーや"って呼ばれてるなー、って関係ないよ)。

高村さんは文庫落ちする際に「恐ろしいほどの改稿」をする。
はっきりいって「改稿」の域を超える。微妙な展開の違いだけだったりもするが、たまにまったく別の話になったりする。キャラクタが別人だったりもする…しまいにはタイトルまで変えてしまったりして~~~。
しかたないから、 『李歐』 がでてから、ハードカバー買っちゃいましたよ! だってハードカバー(元の話 『わが手に拳銃を』 )のほうが、話もキャラも好みなんだもんさー。しかも高村さんの既刊のいくつかは、ハードカバーのほうは既に絶版になっているんですよ。『わが手~』もいつ絶版になるか…とおもうと「早く手に入れておかないと」と。ゲット。

ま、改稿されてなくても好きな小説は、ハードカバー・新書版・文庫版の三種類全部揃ってたりすることもあるんですけどね…

長くなりそうなので、続きます~
次回は、ライトノベルついてなど。マンガについての考察(?)もする予定ナリ。
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マイナス思考とうつ うつどん第3回
または うつになる人どんな人? その2 あたりから読んでくださると話が分かりやすいかと思われ。

自分で縮めておきながら、なんだが「うつどん」とうつたびに「…うどん~、うどーん、モチモチッ♪」とかいう幻想が頭をよぎるのは私だけなのだろうか、今日はキムチ鍋でうどんいれたよ!(関係ないです)

本題
知らない方もいるかと思いますが、うつとは 「脳内のホルモンが減少して起こる病気」 です。今回は「うつだからマイナス思考になる」その過程についてのお話。

ところで、うつになると セロトニンが少なくなるという症状 が起こります。とゆーわけで、
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セロトニンが少なくなる

満足感が得られにくい・不安感がつのる・楽しいはずのことを楽しめない

ますます自分に自信がなくなったり、やる気がなくなったりと、うつの症状が進む
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というように うつの悪循環 が発生します。
うつ病は 心の病気 といわれますが、その実 脳みその中の分泌物がうまくいってない んですね。だから、決して 気の持ちよう などではないのです。身体の病気と一緒で、きちんと症状がでているのです。目には見えないけど。そのせいで周りの人には、理解してもらいにくい。さらに、自分自身にも気づいてもらえなかったり…! 可哀相なセロトニン(T_T)、持ち主にも悲鳴を聞いてもらえないのだね、「気分や身体の不調」としてシグナル(アラートかも)はだしているのにね。

そんなわけで、うつ病人に「気の持ちようだ」っていうってのは、血圧が高い人に「気合いで血圧を下げろ」 というようなモンですって(笑)、ありえねー。

実際に私は、
「病人の介護+病室でのほかの付き添いとのちょっとしたいざこざ+近親者の死」などのストレスが重なって、うつになった、という感じですが、

最初は「不安感」だけでした。しかしそのうち、

「やる気がなくなって」きました。
本を読むのが好きだったのに落ち着いて読むことができなくなったり、楽しいはずのテレビがまったく面白く思えなかったり。

つまるところ「生活すること全般」への 興味を失っていった とでもいえばいいのだろうか。

それと共にだんだん、負の感情 のようなものがふえてきました。達成感というものと縁遠くなり、億劫でだるくて、神経が必要以上にとんがっていて疲れ果て、やれることが少なくなってきました。

だんだん「私は寝て起きて飯食って寝て起きて飯食って…エンドレス、だよ?! ええぇ?」と、疑問を持つようになりますわな。
このままではイカンとなにかに取り組んでも、集中力が保てないために、完遂できない、
さらに「俺はなにもできない、皿洗いという些細な家事すら、オイラはやり遂げられないのか…ガックリガクリ」。ドツボにはまる。というようなシステム

ここまでで、うつだからマイナス思考になる っていうのはお分かりになったでしょうか?

上記のことは、大部分が「セロトニンが減少している状態」のせいで発生するわけで(冒頭参照)、マイナス思考だから起こっている訳ではありません。原因がないですし、それぞれは連鎖してひき起こるのではないからです。


「好きなものが楽しめない」っていうのはけっこうショックです。うまく例えが思いうかびませんが、「ポ、ポテチがおいしくない…っ」みたいな、だ、駄目?

好きな食べ物を思い浮かべましょー。食べます、もぐもぐ。でも味はしません、触感もなんだかスポンジを食べているような~…、これは「美味しい」以前の問題です。
好きなスポット(本屋とか映画館とか)を思い浮かべましょー。目の前にはあなたの大好きな物がたくさん並んでいます。あなたは今、「自分の好きなもの」という「空間」に包まれています、幸せです、心躍ります、時間を忘れます。でも、そーいうことが起こらなくなるんです。「自分の好きなもの」は、ただの文字が書いてある紙っペラにしか思えません。なぜなら 読めない からです、文字が並んでいるのは分かる、文字を追うことはできる、でも 内容はまったく頭に入らない のです。こういうことが 当たり前に起こります

…長くなった、スマン。話ずれてる? それもご愛敬!

ご飯が美味しくないのは、ほんとうに 切ない です。自分は今まで、「ものを食べること」をどれだけ「楽しんできた」か、それを思いしって、切なさのあまり、

味のしない白米を口につっこんで、もそもそと咀嚼しながら、涙しました

たいへん切ないです。涙が頬をつたって口にはいり、塩の味がしました。

しょっぱい

なぜか涙の味は分かった、それを覚えています。終
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イケナイ宝箱 ~ようこそ鬱の世界へ        素樹文生
鬱は恋に似ている?
 からのトラックバックです。

「うつと一生つきあうかも(持病っぽく)」という風な考えは最近自分も持っています。「可能性として再発もあること」「心構えができていれば、多少はダメージが和らぐのではないかということ」のような利点もあるように思えるし。

ただ、回復へのシステムはできていない…、要研究。

今は、苦しい境地にいるひと(水槽)には、薬で楽になることと苦しくなくなる日が必ず来ることを、ささやかに伝えたい。大声で伝えたいけど、きっとそれだとうまく伝わらないから。

「持病として」という考え方も、ごく最近で、それまで「一生薬飲むのだけは勘弁。(私はバイクの免許が取りたい ←これは余談)」と考え、「うつから完全に解放される」ことを望んでいた。しかし、いつ解放されたのかは誰にも判断できないし、またうつの世界に連れ戻される・再発する可能性だって大いにある。それは一度経験した私に限らずだが。

うつを経験した(している)人は、つねに「うつと向き合っている」ような状態で、そのため段階段階で「うつに対する認識」が変わったりする。ちょっと前の私なら「持病みたいなモンだよ」っていわれたら「頭がヘンになる持病は…人生設計が立てにくいから、困る」と拒否感を感じていただろう。
こうやって うつを受け入れることができる ようになったのは、 距離がはかれるようになった ことの現れ、だとおもいたい。

今は、苦しい境地にいるひと(水槽)には、薬で楽になることと苦しくなくなる日が必ず来ることを、ささやかに伝えたい。大声で伝えたいけど、きっとそれだとうまく伝わらないから。

というのは、そういうことを踏まえてのことだ。いろいろな段階、考えに立っているうつのひとに、どうやったら(悪い)刺激が少なく伝わるだろう。お節介と思いつつ、やはりそういうことを考えている。
素樹さんは、そういう感覚的だけれど実は理詰めなシステムをちゃんと言葉にして伝えることのできる方なのだな、と改めて感心してしまった。

以上。あとで推敲するかも

以下余談
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うつ経験者の友人Sが、先日私にいった
「migimeはもっと自分の悪いところを見つめ直してそこを変えていかなくちゃ 駄目だよ。migimeは自分の悪いところをみようとしていないから、病気が治らないんだ」と
うつ病人に、「自分が悪いと思い知れ」みたいなことをいうって、アンタァ、鬼か悪魔か。いいたいことはわかるけどね。「病気が治らないのはそのせい」とかは 絶対に いって欲しくないよ。誰にも。

私は病気でいたくて ココ にいるんじゃないんだからさ

うつは治る のか

テーマ:
うつ病である自分と、うつ病でなかった頃の自分との相違が分からなくなっている人より。

topからもリンクがはられている「素樹文生」さんの イケナイ宝箱 ~ようこそ鬱の世界へ  素樹文生 (http://motogi.ameblo.jp/) へゆきました。ときどき見に行っていたけれど、やはりちょっと「外側からの意見」という印象をぬぐえないのは、文章がうますぎるからだとおもいます(あ、これは素樹さんへの嫌みじゃなくてね)。

>「ウツというのは『素』の状態ではなく、必ず直るものだ」と僕が書いたのを見て

たしかに 「うつは 『素』の状態ではない」 とおもう。 「必ず」治る ともおもう。でも私はなにか違和感を感じてしまう。
「素」の状態でない のなら、 「治る」 という表現ではなく 「戻る」 という表現の方があっているのではないか。
「治る」 というのだったら、 「うつは「素」の状態ではない」 というよりも 「うつは病気である」 といったほうがすんなり読める。

素樹さんは、ご自身の「うつ」の状態が「病気」であるかどうかは明確にはしていない。ただ、「「素」の状態ではない」、とおっしゃっているだけだ。薬や治療についても、おそらく意図をもって書かれていない。しかし、文面からは確実に「落ちこみ」をこえる「うつによる落ちこんだ心理」を経験したことがうかがえる。
ウッツーが直ると、眠い、ハラが減る。 2004-10-22 00:31:00
を読むと、それが伝わってくる。

>状況が好転するから「素」に戻れるのか、「素」に戻るから好転するのかという問題は、うまく説明がつかないが、たぶん、密接な関係を持ちつつ、ほぼ同時進行なのだろう。

という部分には、多少「ムムー」そゆ単純な問題でもないから、うつ病の人はながくわずらってしまうのだけれどね~。とおもわされるが、
もっと「うつって知られてないんだーーー!!(涙)」とガックリするようなコメントにも、丁寧にかなり核心をついてコメント返ししてらっしゃるので、おそらく「うつ」に関してかなり勉強なさったのではないだろうか。そして、それを自身の経験にあてはめ、自身の言葉をして発するだけ「ものにした」のではないかとおもう。


うつであること と うつでないこと の間には、大きな差があるはずだ。それは素樹さんもストレートではないけれど、比喩を使っていっている。まさに「うつの状態」とは

>これまでは、悪い夢を見ていたようだった。

としかいいようがないのかもしれない。それが、ひとそれぞれの想像力によって、可変する表現だとしても。

だったら、今の私はなんだろう。
いちおう仕事をし、家事を手伝い、食べて、テレビを見て、ネットをして、風呂に入って、ぐっすり寝る。まったく社会生活には支障がないように思える。しかし、私は減薬段階とはいえ、薬を飲んでいる。地震の中継ばかりみていたせいか、それとも疲れたのか、急に不安感がおそってきてドキドキドキドキしてしまった。原因が分からなくて解決のしようのない不安感には、もう慣れたから放っておいたけど。
そんな自分は、「素」の状態ではないのだろうか。それとも「素」なのだろうか。
私が病気になったのは四年前。比較しようにも、環境も状況も変わってしまったため、答えはでない。まー、答えはでなくてもいいのだけれど。

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可笑しい話を一つ。
主治医に、「みぎめさんの本来の性格って、どんなだったんですか?」
と、ちょっと前に訊かれた。
「本来の性格~…?」
「いえ、私は『病気にかかったあとのmigimeさん』しか知らないですから」
あー、そういえばそうですね。ちなみに先生が「本来のmigime」を知りたがったのは「以前はたくさん質問されたのに、ある程度よくなってからは口数が少なくなったので気になっていた」とのこと。私の「本来の性格」はどちらかというと無口なほうである。ひととおり不安だったりいろいろなことが気になったりした落ち着かない時期を過ぎて、私は本来ののんびりペースに入ったということだろう。それを、先生は
本来のmigime か
覇気がなくなったmigime か
の区別がつかなかったということだ。主治医が問題なのではない。精神的な病気は数字でははかれないから、「どこが正常値」というのはなくて「その人自身の正常値」を基準にしなければならない難しさがあるということ。
でも、私は「センセー、よくそんなの覚えてたなー」と素直に感心したけどね(笑)
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余談終わり。

自分はどの状態が、いったい素樹さんのおっしゃる「「素」の状態」なのか判断がつかない。それは別にもう構わない。うつである自分を、見つめ直したり吹っ切ったり開きなおったり構築しなおしたりは、四年間で山ほどした。だから、私は「うつが治る」という目に見えない現象の基準を「薬を飲まなくても平気になる」という、目に見える目標にした。これは私の場合であり、他の人におしつける気は毛頭ない(とーぜんです…)。
もしかしたら、一生うつ(薬)とつきあっていくこともあるだろうけど、それはそれでまたそういう人生もあるさ。

というわけで、長々語ってみました。


※余談(?)
>カンケーないが… という話で始まる地震雲のほうへのコメントばかりで、なんだか少しなにかをかいま見た気がした。うつに触れたことがないひとは、うつをスルーしたくなってしまうのかなー、みたいなみたいな。他意はないよ♪