山形県の庄内地方と村山地方にまたがる月山、羽黒山、湯殿山は出羽三山と呼ばれ、古くから修験道の霊山として信仰を集めています。
現在も出羽三山神社を中心として多くの宿坊や山伏たちにより日々修行が行われています。
 
ここは1997年まで女人禁制でしたが、開山1400年を記念して女性にも解放され、出羽三山神社では神子(みこ)修行が開催されることとなりました。
これは、修行を通して人間本来の真姿を悟り、明るく正しい清らかな世の中の実現に貢献できる人格を磨くため毎年開催されているもの。

今回、わたしはこの神子修行に参加してきました。
一つ前の記事で「この秋はやりたいことをやろう!」と書いたとおり、前から決めていましたので。
わたしの場合、本能スイッチオンのやりたい事が、本能スイッチオフにする行ですから矛盾していますけどね(笑)
 


ところで、わたしはこの出羽三山での修行に2006年に初めて参加して、これで3度目となります。
修行の内容に関しては、「秘して語ることなかれ」との事なので、詳しい内容は控えておきます。

ですが、今回は特に夜明けから深夜までに渡り、精神も肉体も研ぎ澄ませ集中していないと無事にはやり通せない行でした。
そのため、最終日の最後の儀式には涙を流す人も少なくはなく、わたしも自然と涙が頬を伝って流れていました。


修行はわたしにとっては精神面でも肉体面でも辛いものでしたが、昔からわたしの心の拠り所となってくださっている月読命の守護の元、無事に全日の行を終えることができました。

また、神子名「絹脩(けんゆう)」という名を授かり、とても感激しています。
意味は自分で考えなくてはいけないのですが、きっと「束ねた絹糸のごとく、美しく輝きのある魂を目指しなさい」との意味が込められているのでないかとわたしは感じています。
この名前も大切にして、何かの折に使っていこうと思っています。
 
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※写真は修行前のまだ余裕のあるわたしです。
修行が始まると、テレビやラジオはもちろん、ネットもスマホも、カメラも禁止。
なので、着替えが終わった隙に見学者の方に撮って頂きました。



◆この修行から気づかされたこと◆

修行は四日間に渡るものでしたが、たった4日でも人生観が変わるには十分な内容でした。
食事も身の回りの物も、必要最低限のものだけで修行をしたこの期間を通して、改めて気づかされた事がたくさんあります。

わたしは恵まれいます。
恵まれ過ぎているくらいです。

ですが、その恵みが当たり前になり過ぎていて、何が恵かを完全に忘れてしまっていました。
感謝の気持ちを忘れ去ってしまっていたのです。

ですから、つい何事も我先にと走り、まだまだ足りないと不満を感じ、もっともっとと求めてしまっていたのです。

わたしたち現代人は、もう都市生活を捨てることはできないでしょう。
ですが、自分が日々どれだけのものをごちゃごちゃに抱え、それにより自分が人生をいかに混乱させていることか…抽象的な言い方ですが。

つまり、物品でも、人間関係でも、精神面でも、それに願い事に関してさえも、求め過ぎたが故の混乱が起きている感じです。

これは、わたし自身の反省点で見えてきたことです。
ですが、みなさまも自身の日常をふりかえると、そう感じたりはしないでしょうか。

わたしは、こんな風に定期的に日常から離れ、究極にシンプルな環境に身を置き、本当に大切な必要最低限のことに気づく機会を持つ、そして、改めて恵みに感謝する、そんな時間を持たないといけない…そう感じました。


また、他にも感じたことはたくさんたくさんあります。
そちらもまた、少しずつシェアしていきますね。

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この神子修行の四日間、ただ無心に世界の平和と人々の幸せを祈る時間を持てたことは、大きな感謝です。

わたしは昔から星と月が大好きで、日本の神様では月読命を信仰しています。そして、守護霊様は陰陽師様です。
今から約10年前、その守護霊様に導かれ、月読命を祀っている月山で、陰陽道の要素も入っている修験道の修行に導かれたことに偶然とは思えないご縁を感じており、心から感謝しています。

また来年も月読命のお膝元で修行に参加させて頂きたいと思います。



では、みなさま、最後までお読み頂き、ありがとうございました。
今日も奇跡の1日を…✨
 
 
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