2005年11月18日(金)

“市民とマニフェスト”あおもり研究ラウンジ

テーマ:地域・社会
記事以上の情報は持ち合わせていませんが、中橋さんが以前おっしゃっていた「政策マーケティング」の発展的な展開としての民間の政策評価・提言組織のことなのだと思います。4番目のインターネット新聞についても、ここのような個人ブログでもなく、公的なサイトでもない中間的な位置づけのメディアを考えていたようです。確かに「問題はメディアである」と言いたくなる時が多々あり、批判ばかりしても仕方ないので細々とここでやっているわけで。。私自身がこの組織で何かできるというわけではありませんが、少し注目していきたいと思います(というか、情報を知っている方は教えて)。これは、先日書いた「第二市役所」とは別の話で、そういう意味では青森県も捨てたものではないし、少しポジティブに考えればこの転換期に立ち会える面白さというのもあるのだろうと思います。

政策研究組織を来月設立/青森
 青森市のシンクタンク「プランニングネットワーク東北」の中橋勇一理事長ら三氏は十七日、県庁で記者会見し、一般市民や首長、議会議員とその志望者らがともに政策のあり方を研究する組織「“市民とマニフェスト”あおもり研究ラウンジ」を十二月中に設立すると発表した。
 活動内容は(1)政策を練り上げる手法を学ぶ「マネジメント定例会」(2)地域社会に影響を与える政策の論点を考える「問題提起定例会」(3)実際に地域が抱えている問題について、関係者を交えて話し合う不定期の「プロジェクト会議」(4)研究成果や、市民が書いた記事を掲載する実験的なインターネット新聞「あおポリ(仮称)」の発行-となっている。
 入会金、会費など問い合わせはプランニングネットワーク東北(電話017-723-7630)へ。

プランニングネットワーク東北(写真も同サイトより)
AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2005年11月16日(水)

中村前市長のVサインに込められた4年間は…

テーマ:政治・選挙
八戸市長交代劇については何か触れなければと思いつつ、無意識のうちに避けているうちに、市長選から2週間が過ぎ、本当に交代の日が来たようです。中村前市長の4年間の評価はこれから定まるものと思いますが、決して何もしなかったわけではなく、全てを否定するものでもないでしょう。評価すべきことも多かったとは思う。しかしながら、この交代は予測可能な範囲内のものであり、決して青天霹靂の出来事ではなかった。(←へきれきって書けないぞ)
中村陣営は未だに何で負けたのかわかっていないのかもしれません。(少なくとも下記新聞記事の時点では)

問題はその交代が清新な明るさを伴うものではなく、私自身の思いとしては限りなくゼロに近いスタートとなること。あまりネガティブにばかり考えても仕方がないし、今後の市政を期待を込めて注視していきたいとは思います。市長が交代しても市政はそれなりに動いていくのでしょうからあまり心配はしていませんが。。

普段は選挙で誰を支持するとか誰に投票したなどということは書かないようにしていました。互いに詮索したりされたりせずに、自らの意志で自由に投票でき発言できる環境を確保することは、現在の日本の政治文化の中ではどうしても必要だと思うからです(玄関や車に赤や青のステッカーを貼るような文化には多分ならないでしょう)。しかしながら、こいつ(私のこと)は反中村だから小林に入れたんだろう、ここ(翠の風)も反中村サイトではないかなどと邪推されるのが嫌なので、今回は明かしてしまいますが、中村、小林、棄権、白票のいずれでもない選択をしました(集計上は白票と同じ無効票)。そして残ったのは空しさだけで、今後二度とこういう投票行動はしない(せざるを得ない選挙にはさせない)と心に誓ったのでした。

Vサインで中村・八戸市長が退任
2005八戸市長選マニフェスト型合同・個人演説会(公開討論あおもりフォーラム)

54,745 小林  眞 55 無新
51,557 中村 寿文 66 無現
▽有権者数 197,308
▽投票者数 106,889
▽有効投票 106,302
▽無効・その他 587
▽投票率 54.17%
交代・八戸市政/市長選を終えて
AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2005年11月14日(月)

青森県民一人当たりの行政コストは40万円

テーマ:地域・社会
どうも十分に理解できていないのでコメントはせずに、メモとして記事を紹介するに留めておきます。県民一人当たりの行政コストが三十三道府県の中で七番目に高いというと、その分県民の暮らしを良くするためにお金をかけているのではなく、同じ仕事をするのに余計なお金がかかっているということなのでしょう。この3つの記事をまとめると、県財政の“硬直化”が更に進み、予算編成は更に厳しく、県民の負担増やサービス低下、県職員のリストラは更に推し進められる、ということか。

県民1人の行政コスト約40万7千円
二〇〇四年度の「行政コスト計算書」
県民一人当たりの行政コストは、〇三年度より二千二百七十八円多い四十万六千九百三十九円
〇三年度の県民一人当たりの行政コストを三十三道府県で比較すると、本県は総額で七番目に高い
資産初めて減/県バランスシート
一年以内に返済する必要のある流動負債(県債残高のうち翌年度の元金償還予定額)に対し、その返済に充てることができる流動資産(県債管理基金、財政調整基金など)の割合を示す流動比率は〇三年度比12.4ポイント減の60.8%となった。
短期的な負債への対応力が一層低下し、安定した財政運営が困難になっている。
流動比率は〇二年度末から100%を割っており、言い換えれば、手持ちの金を使い果たしても当面の借金さえ払い切れない状況にある。
赤字圧縮へ県債発行額を徹底抑制
財政改革プランを加速するために策定した「中期的な財政運営指針」に基づく初の予算編成となり、県債発行額を抑制して、元金ベースでのプライマリーバランス(基礎的財政収支)の赤字幅縮小を方針に掲げている。中期財政試算で見通した赤字幅四十四億円まで圧縮できるかが焦点の一つだ。
AD
いいね!した人  |  コメント(1)  |  リブログ(0)
2005年11月11日(金)

悪しき分権改革~予防接種と学校禁煙化にみる

テーマ:地域・社会
最近、義務教育だとか生活保護だとか、あるいは道路予算のこととか、いろんな「改革」が進められていますが、例えば浅野前知事が主張するような、義務教育予算を地方に移せば各自治体が善政合戦をするなんていうことは、これっぽっちも信じてません。(予算の所在とは別に、地方の裁量でできることを増やすのなら話はわかりますが)

子どもの予防接種は平成7年に法改正されて集団接種から個別接種に移行することが原則とされてから10年も経ちますが、県内でも市部に生まれた子は毎日どこの小児科で接種することもできるのに、郡部町村の多くは集団接種のままで、その日にたまたま具合が悪かったりすると、次は数か月、下手すると1年後までできないなんていう町村もあった。
そういうところの言い訳は「お金がない」。(医療機関、小児科医がいないというのもありますが)
子どもの数だけ予防接種の予算は交付金でおりているはずなのに。
これを解消するために小児科医会や医師会で運動して、やっと来年から市町村の垣根を越えて広域的予防接種が実現する見込みになったのですが、その不安材料は、市町村の自主性に任されているため、この事業に参加するかどうか「手挙げ方式」で最後までわからないこと。
県の主導で「全市町村の参加」を前提に進めていますが、一つでも抜けたら意義は半減してしまうのに、強制はできない。
もしそうなったら、結局貧しい町村の子どもが損をするという構図から抜け出せない。

学校の禁煙化も全く同様で、県立の高校は全県で敷地内禁煙となったのに、各市町村の小中学校はいまだに5割に達しない。しかも八戸青森などの市部を除くと、郡部では惨憺たる有様です。今年の春に文部科学省が全市町村の調査をしたのに、県に問い合わせたら各市町村毎のデータは出せないという(!)。出せないも何もアンタ、各学校には現実に子どもたちが通っていて、そこが禁煙になっているかどうかは明々白々たる事実なのに、集計したデータは隠そうとする。

行政が行った調査なりデータは全て、アナタたちのものではなく私たちのものなんですよ、出せないのなら正式に情報公開請求しますが、その前に公開した方がいいですよと、半ば脅しをかけて「お願い」しているところですが、返事がない。

話が横道にずれましたが、最初の疑問については、「改革」なるものの実態は、何ごとも貧乏な県には負担が重くなり、さらにそのしわ寄せは貧しい町村、社会的弱者、子どもや老人、病人に来る。

これは将来の話ではなく、これまでの歴史が証明してきた事実ですから、これからは違います、良くなりますよといわれても、はいそうですかと信じるお人好しもいないもんだ(と思うのですが、先の八戸市長選での地元紙世論調査では、小泉圧勝を良かったと思っている人が6割を越えているのだという)。

それなら、いま進められている悪しき地方分権改革ではなく、良き地方分権改革とはなんなのか、が、よくわからない。
いいね!した人  |  コメント(3)  |  リブログ(0)
2005年11月09日(水)

“ネット選挙運動解禁”こんどこそ厳しくチェック

テーマ:政治・選挙
民主党が大敗して自民泰平天国が続く中で、長年の懸案であり(=このブログの主要テーマの一つ)、さきの衆院選でも問題になったIT選挙解禁への動きは封じられたかに思われましたが、さすがに与党自民党も無視できないようで、公選法改正への道が見えてきたようです。

ただし問題は中身で、マニフェスト解禁のときのような中途半端なものにすればまた改正にエネルギーが必要だし、自民、民主両党は、民間で公選法改正の提言を出している組織などの意見を広く採り入れて、適切な成案を早急にまとめるべきですね。これは本来、与野党対立案件にすべきではなく、(まともな法案なら)超党派の議員立法でも構わないのではないでしょうか。

今度こそ小手先の改正ではなく、あの前近代的な公選法を抜本的に変えなければいけません。公開討論会の解禁やTV放映、選挙期間中のHP・ブログ・メルマガ配信更新の許可など、有権者の知る権利を最大限に尊重すべきです。ついでに、選挙カーの連呼禁止も盛り込みましょう。個別訪問の解禁には議論があるかもしれません。

もう一つ、誰も疑問に思わないようだけど私が一番問題だと思っているのは、選挙違反の捜査・逮捕が選挙終了後に行われることです。これも議論があるかと思うし、有罪が確定するのは判決が下って確定したときだということも重々承知しているつもりですが、実際に選挙違反行為がほぼ判明していて、有権者がそのことを知らないままに投票して当落が決まり、その後に初めて選挙違反の事実が明らかになるというのは、いつも何か馬鹿にされたような気持ちになります。

IT選挙解禁へ動き活発 自民検討、議員立法提出も
>自民党は10月下旬に選挙制度調査会にIT選挙解禁を検討する作業部会を設置
>近く報告書をまとめる予定

[選挙運動]「ネット解禁へ機は熟した」(読売社説)
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2005年11月07日(月)

与謝野晶子の『選挙に対する婦人の希望』を読む

テーマ:政治・選挙
週が明けたので復活したいところですが、今日は偶然見つけた古い文献を紹介してみます。青空文庫で他のものを探している途中で目についたもので、1917年というと大正6年、今から88年前に書かれた与謝野晶子の『選挙に対する婦人の希望』という一文です。

全文は(もし興味を持った方は)「青空文庫」からご覧いただきたいと思いますが、一部を引用してお茶を濁しておきます。これを読むと、88年前から日本の民主主義は大して進歩していなかったのではないかと思えてきます。

1917年という年は、大正デモクラシーの最盛期ではありますが、一方で文中にも出てくる第一次世界大戦(1914-1918)の真っ最中でもあるわけです。日露戦争で「君しにたまふことなかれ」を発表し、シベリア出兵にも反対したという与謝野晶子の生涯を、断片的にではなくちゃんと知っておきたいと思っています。

-------------------------------------------------------------------
 私はこの度の総選挙に国民全体が投票権の尊重すべきことを十分に自覚して、これを機会に立憲国の選挙民たるに愧《は》じないいわゆる神聖選挙の紀元を開かれることを期待しております。欧洲の昔に「愚かなる国民の上には苛《から》き政府あり」という諺《ことわざ》があるといいます。我国には専制的な政府ばかりでなく、暴横無恥な政党までが存在しております。日本人は最早彼らの藩閥と党閥との少数階級に愚弄されてはいられない時機に達していると信じます。

 ここに私は重ねて問います。国民は来る四月二十日に如何なる人格を国民自身の代表者として選挙すべきでしょうか。

 私は日本人の一人であり、併《あわ》せて日本婦人の一人である立場から、下のような人格の候補者を物色して国民の代表者として頂きたい希望を持っております。私はその候補者が過去において官僚系の人であると、政党系の人であると、両者以外の新しい中立系の人であるとを論じませんが、出来るだけいろいろの知識と経験とを持った選良を集めて衆議院の実質を高めるため、併せて我国諸政党の実質を高めるために、あらゆる階級から候補者の立つことを望みます。従来は余りに農業階級と実業階級と弁護士階級とに偏して選挙されていました、この度の選挙に既に多数の医師の候補者が現れているのはやや不自然の嫌《きらい》はありますが悪《わ》るくない現象であると思います。もっと学者階級、教育者階級、労働者階級、著作家階級等から候補者を歓迎する風潮をも作らねばなりません。

 私は皆さんが候補者選択の標準を第一に政見、第二に徳操、全くこの二つに置かれることを望みます。確かな政見を持たず、政見を持っていても、その政見を出来るだけ責任を以て実行しようとする倫理観念の堅固でない人ならば我々国民の代表者として信任することが出来ません。

 その政見は鋭敏な直覚と精密な理性を基礎とし、未来にわたる世界の大勢と、国民の知識的、経済的、倫理的現状とに考えて、専ら日本人全体の利害のために国政の本末軽重を取捨し整調する合理的、具体的の意見に富んでいて、しかもそれが選挙民自身の意志を満足せしむる意見でなくてはなりません。政見を以て国民の信任を求めようとしないような候補者は国民の代表者たる資格のない人間であることを徹底して知って置く必要があります。単に名望家であり、財産家であるということや、前大臣、前代議士、前知事、予備将校であるということやは、代議士たる資格として何の必要条件でもありません。何よりもその候補者の政見に思想及び知識の背景があるか、どの点まで世界及び日本の現状に照して実用主義的であるか、その政見は景気の好い一時的の口約束でなくて、あくまでも実行の責任を持った発言であるかを商量することが太切だと思います。

 これまでの候補者はしばしば選挙民に媚《こ》び、もしくは選挙民を欺いて、その一地方のためにあるいは鉄道を敷設するとか、あるいは郡役所を移すとかいう直接の利益を計ることを口実としていましたが、国民はそれらの交換問題に由って投票の良心を左右されてはなりません。衆議院議員は日本の国是《こくぜ》を討議するための国民の代表者であって、府県会議員のように一地方の利害問題に局促《きょくそく》たるべきものではありません。そういう口実を信頼して選挙する人は、その神聖な選挙権をみずから侮辱していることに当ります。

 多数の候補者の政見はあくまでも選挙民の心の中において批判されることを要します。候補者の意見に盲従したのは在来の愚劣な習慣でありました。今後の政治を賢い立憲政治とするには、選挙民自身が他人の意見や勧誘に雷同し屈従することなく、聡明な個人主義の見地から候補者の意見を批判し、その合理的であることが正しく腑《ふ》に落ちて、自分の要求と共鳴することを発見した上で、初めて自分の代表者たる聖職をその候補者に委任するようにせねばなりません。それでこそ衆議院における代議士の発言は民意の真の代表であり、衆議院の制定した法律と、協賛した歳計予算とは国民自身の責任に帰して遺憾がない訳であると思います。

 選挙界の言論を尊重するということは、言論の自由を尊重すると共に、言論の価値を尊重することでなくてはなりません。私はこの度の総選挙に全く黄白《こうはく》の力が駆逐されて言論に由る政見の力が選挙民の良心を感動させることを望む意味から、どの候補者も卓越した政見の発表に努力し、どの選挙民も進んで候補者の政見を傾聴しようと心掛け、口頭の能弁に誤られることなくして、その言論の表示する政見の価値を第一に批判することの習慣を作って欲しいと思います。
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2005年11月04日(金)

休ブログ中

テーマ:地域・社会
週明けまでお休みしています
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2005年11月01日(火)

一時間で終わった死刑制度存廃論議

テーマ:平和・人権
いろいろなことに触れる気力が萎えているのと、諸事雑用で時間がとれないのですが、
昨日の「死刑執行のサインせぬ」と発言、すぐに撤回 杉浦法相 2005年11月01日02時12分というニュース。最近では珍しいなと思ったらすぐ撤回ですか。

最近、世論調査でも死刑制度存続の声が高まっていることも含めて議論は承知しているつもりですが、私自身は以前にも書いたように死刑制度廃止論者です。今回、詳しくは書きませんが、下記ページの死刑制度を存続させている国のリストをご覧いただければ、死刑制度存続論者(いわゆる保守派・タカ派とオーバーラップする部分が大きい)が忌み嫌っている中韓北朝鮮や、イラク、アフガニスタンなどの紛争国、そして、彼らが“後進国”と内心見下しているような国が並んでいることのに気づくはずです。もちろん、我がニッポンと、盟主である米国も。

死刑廃止info! アムネスティ死刑廃止ネットワークセンター

ただし、法務大臣が個人としてその任期の間だけサインしないというのは、記事の中で河野義行氏が言っているように、波紋を投げかける効果はあっても、三権分立の法治国家として問題があるし死刑存廃論議の中で本質的な意味を持たないことも確かですが。
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)
2005年10月29日(土)

たとえば合併について、なにが語られたか

テーマ:政治・選挙
この八戸市長選の話は暗くなるだけなのでやめたいのですが。
と言いつつ今日で最後なので、ひとつの例として合併のことに触れてみます。

4年前、中村氏は14市町村の大合併をとなえて当選し、すぐに各町村説得の行脚にでかける。
まず合併ありきで、ちょっと強引じゃないかと心配したのですが、案の定、五戸地区3町村やASO(もう死語か)3町は参加せず、三戸は周辺町村からも嫌われ(?)、当初3市町村の合併協議会からスタート。
その後、新郷・田子の参加など紆余曲折を経て8市町村に増えたのだが、問題の階上離脱を機に空中分解。
最後に残った南郷とゴールインしたのがこの春、という顛末。

実は、この間の「真相」が市民に明らかにされていないというのが一つ。
ある程度、新聞記事や少し詳しい人の話を聞いたりして何となく理解したつもりになっていますが、
中村市長が合同個人演説会で触れたのは「合併は難しいな」の一言だけ。
そのくせ、相手候補が合併・中核市を持ち出してくると、「中核市はステップに過ぎず、50万、70万の大合併も」などと馬鹿げた戯言を言い出す始末。

そして、その空中分解劇のときに、市民に対しても、市議会に対しても、相手町村に対しても、何ら自らの言葉で訴えかけ、指導力を発揮しようとしなかったこと。
その結果として、周辺町村だけでなく八戸市民にも八戸の市政や市長に対する拭いがたい不信感を残したこと。
このことは、別に小林候補に指摘されなくても誰もが知っている事実だし、たとえどんな語られていない事情があるにせよ、結果責任は重大だと言えます。(合併できなかったことの責任ではありません)
それだけでも、市長失格と言っても過言ではない。
(それだけではないので困っているわけですが)

その中村市政における「合併の失敗」と「リーダーシップの欠如」を最大の争点として訴えている小林候補の言うことを聞いてみると、まず中核市ありき、そのために30万が必要、そのために合併を進める。
(あれれ、どこかで聞いた話だ)
どんな根拠があるのか知らないけれども、私にならその合併ができる、という。
(中村氏がこの後の4年で達成できる見込みがないことも確かだが)
そして、中核市を達成した青森市がその良い例だという。

えーと、全国に恥をさらして、元町民・市民の心を分断し、地理的にみても歴史的にみても無理がある合併を強引にすすめた「大失敗」の例をもちだして、あれを見習いましょうということですか。(^^;;

この2年間、八戸や青森だけでなく、県内の市町村では集合離散、分裂、空中分解、対立などを繰り返し、中央の論理で進められた、まず合併ありき、期日ありきの市町村合併が何をもたらしたのかを県民は思い知らされたはず。
議員の在任特例のことなど、ここでも触れましたが、そういった合併の暗部も垣間見た。
そして、この先の合併話には、相当慎重になっているというのが偽らざる心境ではないでしょうか。

私は今後さらなる広域行政は必要だと思うし、そのための市町村合併も避けて通れない道だとは思いますが、全てが効率や合理化至上主義だけで進まないのも、それぞれの地域がそれぞれの問題をかかえていることも、事実として認めないと話にならない。

といった現状認識の上で更に合併を訴えるというのであれば、それに見合った「言葉」が必要なはずですが、そういうものは何もなく、ただ南郷優遇政策をつづけて、周辺町村が自分たちも合併したいと思わせるようにする、というのが両者共通の戦略のよう。

タバコ問題アンケートへの小林候補の回答もひどいもので、それに対するコメントは選挙期間中につき自粛しましたが(大部分はここに掲載済み)、ソースには白字で伏せた部分も含めてご覧いただけます。(お暇な方はどうぞ)
そういった簡単なアンケート一つで、その項目についての考えだけでなく、その候補のおおよそのことまで把握できてしまうというのも面白いと言えば面白い。(面白くないけど)

というわけで、明日に迫った投票ですが、両候補への投票に加えて白票・棄権を含めたいずれの選択肢も、これまで何年も書き綴り行動してきたことと矛盾することになり、良心が許しません。
真面目に考えてくと進退窮まって腹を切らなくてはならなくなるので(マサカ)、心も身体も「空」の状態になってこの時が過ぎて行くのを待つしかないでしょう。
いいね!した人  |  コメント(2)  |  リブログ(0)
2005年10月28日(金)

『第二市役所』

テーマ:地域・社会
(26日の続きです)“第二市役所”という耳慣れない言葉を使ってました。Nさん(その場にはいなかった)とFさんの話から出たもののようで、その場の一同も「面白そうだ」ということでしばし盛り上がったものの、実際に動き出すのかまだ話のタネの段階なのか、それぞれの考えているイメージがどういったものなのか、私もまだ漠然としていて掴み切れていません。いまここで公表したり議論したりすることはできないので、その時を待ちたいと思います。(忙しくて忘れられているor手がつけられてないときには、つついてみますか)
そのほかのキーワードとしては「シャドーキャビネット」「民間」「遊びごころ」「シンクタンク」「政策提言(だけでなく、できることはお金をかけずに自分たちでやってしまう)」などなど。「市民議会」や「インターネット投票」といった言葉もでてきましたが。。(私はそれに加えて「市民マニフェスト?」という疑問も)
これまでの「行政への市民参加」とか「協働のまちづくり」といったものとは一線を画したスタンスなのだと思います。元々の市役所を全否定するわけでもなく、市民にオルタナティブを示す。。

ネットで探してみましたが、下記はそれぞれ少し違った話なのかもしれません。
第二市役所論
『市民自治体 社会発展の可能性』(JanJan 2005/10/14)
はじめに 日本はどこへ向かうのか?/第1章 急速に「陳腐化」する既成「地方公共団体」/第2章 市民自治体の構想/第3章 市民自治体への転換プロセス/まとめの章 リーディング役・市民シンクタンク/著者:須田春海 出版社:生活社 定価:800円+税
いいね!した人  |  コメント(3)  |  リブログ(0)

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。