Haruのmusic box

3度のご飯より音楽が大好き。自作編曲をはじめとする音楽にまつわる思い出や想いを書いていきます。

ご訪問ありがとうございます。

3度のご飯と同じぐらい音楽が大好きです。
小学生の時から書いてきた自作曲やアレンジ曲を中心に音楽との関わりを書いていきたいと思います。
コメントは承認制ですが、どなたでもご自由にお書きいただけます。
ご質問等ありましたらブログ左サイドにあるメールフォームからお気軽にどうぞ! (公開されません)。

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今年も残すところ1日となりました。

 

私にとって2016年は節目の年でしたが、振り返ると近年にないぐらい激動の年で、色々な事がありました。 

いつも寄り添ってくれた家族と音楽に感謝したいと思っています。

 

そして、始めて2ヶ月ちょっとですが、きわめて個人的な狭い内容にも拘らず、拙ブログにお越しいただいた皆様に御礼申し上げます。

 

諸事情で、ブログは1度お休みすることにしました。

 

季節が春になったら、必ず再び戻ります(その間、気が向いたら更新するかもしれません。前日のブログに書きましたが、息子とのバトル等書き残したいこともありますので…)。

 

従来通り、皆様のブログに伺い、時にはコメントをさせていただきますので、これからもどうぞ宜しくお願い致します。

お休みの間、ピアノの練習に力を入れたい思います。

 

そして、来年、2017年が皆様にとって、素晴らしい年となりますように。

皆様、良いお年をお迎えください。

                                                     

                                       Haru chi  (Haru maro 改め)

 

 

 

 

 

 

 

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今年もあと2日となりました。

 

今年も家族みんながお世話になった、我が家のCDプレーヤー等のお掃除をしました。

お掃除をしながら、色々なことを思い出しました。今年はかなり回数が減りましたが、夕食の時にテーブルにつく前に慌てて真っ先にCDをかけるのは息子でした。

 

写真のプレーヤーは主人が結婚前から使用していたもので、20数年間使用しています。

テレビより音楽を聴いている方が多いので相当酷使していますが、元気に働いてくれています。

 

むしろ、これまで受難だったのは、スピーカーです。2度の受難にあったのは左右のスピーカーのうちの左のスピーカーです。

 

1度目は、現在の家に引っ越してきた頃、幼い息子がスピーカーに体当たりをしたので、左のスピーカーがスタンドから床に落ちてしまいました。もう駄目かと思いましたが(息子じゃありません、スピーカーを心配しました^^;)、スピーカーはなんとか持ちこたえてくれました。

2度めは、彼が小学校4年の時です。彼の反抗期のはじまりの時期でした。内容は忘れましたが主人といざこざがありました。反発した彼のとった行動は、なんと、左のスピーカーの正面に彫刻刀で3つ彫りを入れたのです。息子は何故か食べる事と音楽に関する物だけは、とても丁寧に扱ってきたのです(笑)。その当時の彼の興味の大部分を音楽が占めていたのにこのような事をするなんて…ただただあきれ、怒りを通り越して悲しかったです。

 

反抗期も過ぎて、年月がかなり経った今では、この事はからかいのネタになってしまいました。「どうしてあの時スピーカーに彫ったの?」と聞くと、笑いながら「…さあね?わからない。」との答えが返ってきました。

 

反抗期の息子と私のバトルで1つどうしても書いておきたいことがあるのです。知人に話すと誰もが笑ってしまった話なのですが、備忘録としてそれは春に書きたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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(妹が写してくれました)

 

私は3人姉妹の真ん中です(とは言っても、妹とは双子なので普通の姉というのとはちょっと違いますが…)

お互いそれぞれの所帯があって、日々の生活や子供の行事等が優先になってしまい、会うことが本当に少なくなりました。今年は妹とは秋から数回会っていますが、数年ご無沙汰の時期もありました。

 

電話やメールやスカイプ、それに最近はLINEも加わり、お互いの近況は結構リアルタイムで把握しています。姉妹どちらかとは実家であったり、我が家に来てもらったり、あるいは東京で会うのですが、3人一緒に会うのは長らくありませんでした。姉妹は都内在住で同じ沿線で近いのですが、私だけ離れています。

 

どうしても直接あって話さなければならない事があったので、わずか3時間半でしたが急遽東京駅で待ち合わせて会う事にしました。3人が揃えるのは日曜日だけで、姉は午後に用事があるにもかかわらず、その前に時間をとってくれました。

 

気がついたら、3人揃って会ったのはなんと8年ぶりでした。

 

今回の会う目的が久しぶりの再会にもかかわらず、話題の中心は決して楽しい事では無かったのです。しかし、美味しいものを一緒に食べて、和やかな会話で、話題にもかかわらず、お互いに笑ったり、充実した時間でした。実際に会う事で「1を聞いて10を知る」という感じでしたし、何か色々心にひっかかっていたモヤモヤが消えた気がしました。

 

いつの間にか「文明の利器」を通じてお互いの事がわかっていると思ったのですが、それは違いました。やはりお互いに会えたからこそ見えてくるものが色々ありました。

3人の生活パターンが全く違いますが、これからは調整して3人で会う時間を意識的に作らなくてはと痛感しました。

 

話は音楽の話に飛びますが、来年は生演奏を聴きたい、ホールでの響を楽しみたい、演奏会に足を運ばなくてはいけないと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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フィギュアスケートをテレビで見て思いました。

たとえジャンプ等の減点があっても、身体全体で音楽を感じ取り、まさに音楽の中に溶け込んだ表現力豊かなスケーティングで心惹かれる選手もいました。(浅田真央さんと引退した高橋大輔さん、スイスのランビエールさんが好きです。)

 

(ここからは抽象的な文になりますが、これからの自分の音楽の向き合い方を確認するために書いておきます。)

 

今はネットで多くの情報を得られるようになり、音楽も動画で多くの曲や演奏を検索できるようになりましたし、CDの購入を検討するときも、盤によっては試聴する事もできます。このおかげで、自分のお気に入りの演奏を検索しながら探し出す楽しみが増えました。

ある1つの曲に対して、演奏をした人の数の解釈があります。その幅の広いこと…楽譜によってアーティキュレーションが若干違う事があっても、根元は同じ。それでも本当に同じ曲を演奏しているのかしらと思う事が何度もあります。演奏者の体格的な事が絡むのでしょうが、パワーで押していく演奏(パワーの人の時は特にピアノやピアニッシモが綺麗か注目します)もあれば、パワーは無くてもしなやかさで勝負をする方もいらっしゃいます。また、一演奏者の演奏でも時期が違うとテンポの設定から解釈まで変わっている事もあります。それに聴く方のその時の心身の状態や周囲の状態で、感じ方が全く異なる事こともあります。お気に入りを見つけるといっても、なかなか定まらず、常に流動的なところがとても面白いです。

 

曲との出会いは最初にどのような演奏に出会うかで、その後の方向性が決まってくるなとつくづく思います。テンポの設定等そこで得たイメージが基準となって、いつの間にか自分の求めるものとなっているような気がしました。

良いか悪いかは別として、私は演奏よりも「曲」そのものが気になることも時々あるのです。その時はそれから演奏のお気に入りをゆっくりと探し始めます。


それまで自分の好みとちょっと違うと思っていたピアニストがいました。結婚前にその方のある演奏のCDを主人から強くすすめられました。あまりにも熱心にすすめて手渡されたので、その熱意を尊重して軽い気持ちで聴くことにしました。ところが、その演奏はそれまでのピアニストのイメージはもちろん、かなり聴いていたはずの曲のイメージまでもが変わってしまったのです。

それから、毎回演奏を聴くたび、今まで聴いてきた他の演奏を封印して「今聴いている演奏の世界にドップリと浸かる」まっさらな状態で聴くように心がけています。

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前回のブログの最後に少し書きましたが、上手くいった演奏の事は、その時は満足感と達成感があっても、年月が経つと案外記憶から消えています。しかし、思い通りに行かなかった時の記憶のほうが結構残っているのです。ただし、悲しいとかそういうことはなく、「今だから笑って話せる」話に転化しています。当事者なのに第三者の目になって、自分の焦っている姿を思い浮かべたり、その時の気持ちを思い出しては笑ってしまいます(…なんか、私って変な性格ですね(^^;)。

 

クリスマスの頃に思い出す事があります。

それは、10数年以上も前のクリスマスイブかクリスマスの日です。

 

ヴァイオリンの伴奏をすることになったのです。

当時息子が習っていた先生が、ある場所でクリスマスに因んだミニコンサート(20~30分程度)をすることになりました。急なお話だったので、どうしても伴奏者の調整がつかず、私にお話しがまわってきたのです。

子供の伴奏はともかく、先生の伴奏を素人の私がするのはどうかと思いますが、事情が事情なので、まさにピンチヒッターとしてお引き受けすることになりました。

曲は、クリスマスらしく、プログラム順番は忘れましたが、ヘンデルのアリア、バッハ=グノーのアヴェマリア、エルガーの愛の挨拶、シューベルトのセレナーデ、ブラームスのヴァイオリンソナタ第3番の第2楽章、そして映画音楽などのポピュラー曲(今では名前が思い出せません)が数曲、と小品8曲ぐらい弾きました。

 

当日の会場にはぎっしりとお客様がいらっしゃいました。ピアノのそばまで座席があったので、お客様の様子がよくわかりました。

先生のヴァイオリンが高らかにアリアを奏でていきます。ピアノの面に映るお客様の表情はとてもいい表情でした。特に、先頭に並んで座って聴いていた子供達の真剣な眼差しは、今でも脳裏に焼き付いています。

 

本番前で、一番不安だったのはブラームスのソナタの第2楽章でした。ヴァイオリンソナタといえども、ピアノは単なる伴奏ではなく、まさにヴァイオリンとピアノが1つに融合して作っていく音楽だからです。そのブラームスも無事に終わり、本番は順調に何事もなく曲が進んでいきました。

 

でも、やっぱり、落とし穴はありました。

それはシューベルトのセレナーデでした。初めてひく曲ではなく、この曲の歌曲ヴァージョンの伴奏をしたこともあります。合わせ練習でも、先生からは特にご指摘はありませんでした。

 

当日の先生のセレナーデの演奏はそれまでの練習の演奏と変わっていました。いつもより感情の幅が大きく、メロディーの節回しの揺れが大きい演奏に思えました。弾きだしてすぐ、なぜか私の中で動揺してしまいました。ヴァイオリンとピアノの伴奏がぴったりと合わなくて、ベースの音も外してしまいました。立て直しで格闘しているうちに曲が終わったという感じでした。プロのピアニストだったらそれに寄り添ってついていけるでしょう。でも、残念なことに私はできませんでした。先生のインスピレーションに、柔軟についていく能力がなかった言えます。そして、いつものことながらですが、音楽は「その時の感情や状況に影響する生き物である」ように思えました。

 

ミニコンサートが終わった後、座席の後ろのほうで、聴いていた息子からは開口一番シューベルトのセレナーデについて手厳しいご批評がありました。

 

後日談ですが、それから年月が経って、息子が小学校6年の時に発表会でサラサーテのツィゴイネルワイゼンを弾きました。Allegro molto vivaceに変わってから、いつもは最後に近いある2小節をほとんどインテンポで弾ききっていたのに、当日はいきなりその部分のテンポを揺らしました。伴奏の先生は、何事もなく瞬時にその2小節を息子に合わせて伴奏をなさいました。「さすが、先生!」と感心してしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

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