だいぶ前のことになりますが、4月の終わりに、主人と息子のアパートに行きました。残っていた家具の配送と組立も終わり、とりあえず引っ越しに関する事が一段落ついたので、横浜の元町・山手や山下公園、中華街を3人で歩きました。

彼の一人暮らしや大学生活、私達も息子が離れての夫婦だけの生活の軌道に乗り、我が家が息子の受験(予備校生)の1年間の呪縛?らしいものからやっと解き放たれたような気持ちになったのが、この午後の横浜の街歩きでした。

 

水上バスに乗るまで、山下公園から見る暮れなずむみなとみらいの空や景色、主人と息子の穏やかな表情を見ていたら、なぜかヤーニス・メディンシュ(ラトビアの作曲家Jānis Mediņš)のこの曲がなぜか頭の中で何度も流れてきました。

そして、この時を持って息子の子育てが一区切りついたなぁと強く思いました 。

(…という訳で、曲が頭の中で流れていた時の写真を動画に組み込みました。)

 

そして数日後に1年に1回のグランドピアノを弾く機会がありました。短い曲ですが、弾いているとその時の風景がパアッと浮かんできて、気持ちが高ぶって1番の盛り上がりのところで指が縺れてしまいました。(いつもこういう時に自滅して失敗するのです)

 

T様から嬉しいコメントを頂戴したのですが、果たして息子を「お母さんが子供を優しく抱きしめている様な愛情溢れる子育て」をしてきたかは⁉️です。どちらかというと、いつも突き放していたような気がする…(^^;;。

 

 

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全てに通じる事

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今日は久しぶりにピザの生地をを作っています。

ほぼ1年ぶりです。

 

去年の写真です

 

 

息子が同居していた時の休日は、お昼に合わせてピザの生地を練っていました。去年の夏は息子の受験の夏期講習があり土日がない状態で、8月以来全く作っていません。

 

 

やっぱり、勘が鈍っていました。全ての生地の材料を計量して作りますが、水を入れる時はその日の状態で、全部入れずに少し残して様子を見ます。今日はぼんやりとしていて、カップの水を全て入れてしまいました。

「はぁっ」と思いましたがすでに遅し。後に生地に粉を追加することになってしまいました。なんか生地の練り具合も心もとなくて感覚があやふやになっています(-。-;。

 

 

年齢を言い訳にしたくないのですが、この頃やっぱり、ある程度続けないとすぐに勘が鈍ります。ポイントも忘れてしまいます。ピアノの練習を始め全ての物事に通じるなと思いました。

 

今、発酵中です。今日のお昼はドキドキです。久々のピザを楽しみにしている主人の期待に添えるかどうか心配。

 

 

ピザはガスコンロの両面焼きの魚焼きグリルで焼いています。余熱3分の後、様子を見ながらですが強火で一気に4分ぐらい焼いています。もちもちしていても適当な水分も抜けて焼き具合がいいです。

 

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追記    13:55   
  先ほどの生地ですが、生地自体は美味しかったです。でも、ちょっとチーズが少し焼きすぎました(-。-;。

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憧れの曲にチャレンジ‼️

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落ち着いてピアノを練習する事が少なくなりました。

今まで弾いてきた曲も、しばらく弾かないと以前のように弾けなくなってきました。
しかし、それらの曲を再びとりかかるのは、弾けなくなった事を嘆きつつも新しい発見もあります(たまに、今までの譜読みの間違えを見つけて慌てて訂正することもありますが(-。-;)、。弾いていてとても楽しいです。バッハのシンフォニアを弾きながらつくづく思います。

同時に譜読みの練習を兼ねて新曲にとりかかることも大切。
たくさん弾きたい曲はあるのですが、今の自分の腕には手に負えないものもあります。昔から弾いてみたいとずうっと思っていた曲が1つありました。昔から憧れていた曲です。若い時は「ロマンティック」「響きが綺麗」等で聴いていたのですが、年齢を重ねていくうちにいつの間にか、自分の辿ってきた道を思い返したり同時に未来に対しての想いをのせてこの曲を聴くようになりました。
この数年、例え拙い演奏でも弾いてみたい‼️との気持ちが強くなりました。

50代半ばに差し掛かり今の私を取り巻く様々な状況を考えると、背伸びして弾く曲を挑戦できるのは今だけかもしれないと思うようになりました。

先月の半ばからちょこちょこと譜読みを始めています(譜読みを進めたいのに「ちょこちょこ」なのは、弾く時間が少ないのと技術的に難しいからです。多分最後まで辿り着かないと思っています)。
最初の数小節を譜読みした時だけで音楽のセンスのなさを痛感するぐらい打ちのめされた気分になってしまいました。

しかし、へこたれそうな私を支えてくれているのが、SNSを通して知るピアノと向き合う多くの方々の姿・想いです。


さて、今日も数小節でもいいから と譜読みを進めよう。




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フランツさんが同じリサイタルにいらっしゃっていて、素晴らしい文章をお書きになられているので、リブログさせていただきます。

 

演奏会のレビュー、プログラムの考察、とても素晴らしい〜。私の駄文よりリサイタルの様子がよくわかります。


 

久しぶりにピアノリサイタルに足を運びました。

 

パスカル ロジェ  ピアノリサイタル

7/9   ミューザ川崎シンフォニーホール

 

オール・ドビュッシー・プログラム
アラベスク第1番「2つのアラベスク」より
雨の庭「版画」より
水の反映「映像第1集」より
金色の魚 「映像第2集」より
沈める寺「前奏曲集第1集」より
子供の領分  (全曲)
ベルガマスク組曲  (全曲)
そして月は廃寺に落ちる「映像第2集」より
月の光が降り注ぐテラス「前奏曲集第2集」より
亜麻色の髪の乙女「前奏曲集第1集」より
グラナダの夕べ「版画」より
喜びの島

 

 アンコール  

 サティ  「ジムノぺティ第1番」

ドビュッシー  「ミンストレル」(前奏曲集第1集)

 

結婚してから室内楽やオーケストラ(コンチェルトも含む)等は細々と聴いていたのですが、なぜかピアノの単独のリサイタルと御縁がなかったのです。

私の自宅から平日の夜東京都内の演奏会に行くと、アンコールまでゆっくり聴くのはちょっと難しいのです。どうしても土日になってしまいます。

ピアノリサイタルに行くのは、なんと20年以上前!に水戸芸術館でのツィメルマンさんのリサイタル以来です。

 

ロジェさんの手から紡ぎ出される音の世界にすっかり魅了されてしまいました。

 

チケットを取るのが遅くて、右サイドの3階席だったので、ステージを見下げる格好になるのはちょっと辛かったのですが、逆にいいこともありました。

ステージを見ずにこの座席から正面に見える仄暗いホールの空間に身を委ねて、ロジェさんの弾く「沈める寺」「雪は踊っている(子供の領分)」「月の光」を聴くと現実の世界から離れて宇宙空間に連れていかれたような気持ちになりました。

 

そして「パスピエ」(ベルガマスク組曲)は今まで結構聴いてきた曲なのですが、とても活き活きと新鮮に感じたのは、直前にロジェさんの弾いた「月の光」との相乗効果があったかもしれません。

「喜びの島」は熱演!。あっという間でした。最後勢い余って?何かぶつかった音がしました。息子が「喜びの島」が大好きなので一緒に聴きたかったなぁ…。

 

いつも思うのですが、聴き手に色々な想像力をもたらす演奏や作品は本当に素敵です。そして、月並みですがホールで生の音を聴く素晴らしさ。

  

座席の位置が原因なのか、最初の「アラベスク」と「水の反映」はピアノの自体の音がくぐもってというかなんか音の抜けが今ひとつに聴こえてきました。次第にピアノが弾きこまれていくのと私の耳が慣れたのか気にならなくなっていきましたが。休憩時間に調律の再調整をされてから、後半はピアノの音が良くなりました。今日みたいな響きの繊細さを求められる曲ばかりで、ピアノがどんな状態でも弾きこなしてしまうピアニスト、ロジェさんって凄いとあらためて思いました。

 

ただ、残念なことも。

この日は前半と後半、お辞儀をして椅子に座ると一気に最後までロジェさんは弾き切るスタイルでした。集中力が相当必要です。

その間どこか座席のザワザワ感が結構あって、咳払いや物を落とす音が。プログラムがすべて終わり、ステージで演奏者がお辞儀をしているのに席を立つ人達。「月の光」の最後の余韻が咳払いで現実空間に一瞬引き戻されてしまいました。

聴き手のマナーが演奏者のサポーターであり、より良い演奏会を演奏者と共に作り上げる大きな力であることを強く思いました。

アンコールのサティを聴く時の静まり方が最初からあったらとつくづく思いました。