日頃建物の設計をしていて理不尽じゃないかと思う法律の規準がいくつかあります。
今回は、その一例をひとつ紹介します。
それは、東京都の各市区町村で制定されている「自転車放置防止条例」の附置義務駐輪台数の規準が市区町村でばらばらなことです。
東京都内の都心地域の特別区と多摩地域の市町村のように市街地環境が明らかに異なる地域の市区町村でその規準が異なるのは、地域の地勢や環境特性を反映してのことですので、納得がいきます。しかし、市街地環境がほとんど変わらない隣接する市区町村で同じ条例で規準が異なるのは、納得できません。
例えば2,640㎡(800坪)のスーパーマーケットを建設する場合を想定してみます。
練馬区でスーパーマーケットを建設する場合には、「練馬区自転車放置防止条例」の規準に基づき自転車置場を整備しなければなりません。練馬区の場合にはその条例の基準では店舗面積20㎡に1台の割合で、駐輪台数132台(=2,640㎡÷20㎡/台)、床面積158.4㎡(=132台×1.2㎡/台)の自転車置場を整備しなければなりません。
ところが、そのお隣の杉並区で同じ規模のスーパーマーケットを建設する場合には、「杉並区自転車放置防止条例」の規準に基づき自転車置場を整備しなければなりません。杉並区の場合には、その条例の基準では、店舗面積15㎡に1台の割合で、駐輪台数176台(=2,640㎡÷15㎡/台)、床面積211.2㎡(=176台×1.2㎡/台)の自転車置場を整備しなければなりません。
杉並区の方が練馬区の1.33倍(=176台/132台)、駐輪台数44台(=176台ー132台)、床面積にして52.8㎡(=211.2㎡ー158.4㎡)多い自転車置場を整備しなければなりません。練馬区と杉並区に同じ店舗面積のスーパーマーケットを出店する場合、明らかに杉並区の方が投資コストが多くかかり、事業効率が悪くなります。このスーパーマーケットがチェーンストアの場合には、練馬区と杉並区と同じような立地でどちらに出店するかと問われれば、当然練馬区への出店を選択するでしょう。
地元の事業者の場合には杉並区の事業者の方が、練馬区の事業者より事業がしにくい環境であること明らかです。「杉並区自転車放置防止条例」の規準が、物販店舗を出店しようとする事業者にとって、練馬区等と同じ基準の他の区に比べて出店をしにくくする障壁になっているのは明らかです。
このように市街地環境がよく似た隣接する特別区で同じような条例で異なる規準が設定されていて、明らかにその区に出店するものにとって障壁となる規準を定めているのか、その理由がよくわかりません。「条例」という地方自治体が定めてた法律ですから、私達設計者は、クライアントから設計を委託された建物を、条例に定める規準がたとえ理不尽な規準だと思っていても、その規準を充足するよう設計しなければなりません。
建築設計者は、クライアントの要求に叶う建物を実現するため、建物を建設する際に守らなければ最低限の技術基準を定めた「建築基準法」だけでなく、建物の建設に関わるあらゆる国で定めた法律や各自治体が定めた条例や指導要綱等の規制の規準を充足させなければなりません。こういった法律・条例・指導要綱等の規制類は、人々が大都市へ集中し市街地環境が高度集積化するにつれて年々厳しくなってきています。これはそうした市街地環境が引き起こす住民間のトラブルや事業者-近隣住民間の紛争を防止し、これまでの良好な市街地環境を保全することを目的としたものです。ですから、だんだん厳しくなるのはしょうがないことなのでしょう。
こうした事情から、市街地環境の集積度が最も高い東京都及び東京都23区並びに都内各市町村が定める条例・指導要綱等の規制が、その量の多さと要求する規準の厳しさにおいて、多県のものと比較して圧倒的にしのぐものになっていることはいたしかたがないことと思います。
これに加えて、東京都23区及び各市町村に行政権が移管されようになってから、各自治体で「独自性」を打ち出すようになり、同じ目的でつくった条例・指導要綱等の規制でありながら、各自治体が異なる規準を敷くようになりました。東京都の場合、自治体の数は、特別区が23、市町村が29、合計が52あるので、同じ目的でつくった条例や指導要綱が52あるといっても過言でありません。
東京都のどの自治体で定めている条例は、「まちづくり条例」、「景観条例」、「緑化条例」、「雨水排水調整設備整備要綱」、「廃棄物保管場所整備要綱」、「自転車放置防止条例」等と、ざっと上げただけでも7あります。ですから、私達が東京都内の物件を設計する時に係わる東京都の各自治体の条例や指導要綱の数は、52×7=364にもなります。また、東京都の条例や要綱も下記に上げるようにざっと上げただけでも12あります。東京都内全域を対象とした建築設計業務を行う設計者は、もし全量を覚えなければならないならば、気の遠くなるような量になります。とてもいちいち規制の内容を覚えることはできません。
東京都環境影響評価条例 東京都建築安全条例 東京都火災予防条例
東京都福祉のまちづくり条例 東京都自然保護条例 東京都公害防止条例
東京都景観条例 東京都ハートビル条例 東京都中高層建物紛争防止条例
東京都駐車場条例 東京都生活安全条例 東京都総合設計制度要綱
東京都の各自治体が定めた条例が同じ目的で制定したものであるにもかかわらず、自治体によって異なる規準となっている具体的な事例として先に「自転車放置防止条例」を上げてみました。この条例は、その制定に係わった行政及び立法関係者はその自治体の市街地環境にとって良かれと思ってこの規準を制定したと思います。しかし、その条例の規準があまりにも国の法律や他の条例の規準とのバランスを欠く規準を敷いているがために、むしろ住みにくい市街地環境をつくり、各自治体住民に弊害をもたらしていると思われるものがたくさんあります。
私が今回問題としていることは、各自治体で制定した条例や指導要綱等の規制の規準が、各自治体がそれぞれ同じ目的で定めたもので、地勢や市街地環境がほとんど変わるところがないにもかかわらず、各自治体で異なる規準を敷いていることです。また、緑化条例のように都条例の規準と自治体の規準が異なり、都条例より厳しい規準を敷いてダブルに届出をしなければならない自治体もあります。
なぜ狭い東京のほぼ同じ市街地環境でありながら、自治体ごとに異なる規準を敷く必要があるのか理由がよくわかりません。理由が納得いく場合はまだいいのですが、自治体としての独自性を出すことにあまりに執心して、条例づくりに関わった人たちのスタンドプレイでそうなったのじゃないか思うほど規準の制定根拠があいまいです。
年追うごとに各自治体が制定する条例や要綱類の数が増え、私達設計者が確認申請前に済まさなければならない建設地の自治体との事前協議や届出の仕事が増え、各プロジェクトの業務期間が長くなっています。それでいて設計業務報酬は年追うごとに安くなっているのが実態です。設計事務所の事業環境は年々悪化しています。
東京都の一級建築士事務所の登録数は2011年4月には約16,000事務所であったものが、4月から10月までは毎月50~100平均で事務所数が減少し、11月240事務所、12月270事務所で15,000事務所に減っています。これは日本経済が縮小し建築設計事務所の仕事が少なくなっていることと、法律・条例・指導要綱等の規制が増加・複雑化しそれを充足させるための仕事が増えているにもかかわらず、その増加に見合った業務報酬を得ることができていません。このことも建築設計事務所の経営が非常に難しくしてる一因になっています。
「自転車放置防止条例」が適用される施設は、物販店舗の他、飲食店舗、銀行その他金融機関、遊技場、スポーツ施設、学習施設、病院、映画館等の施設です。上図は、その中でも東京都の特別区、市町村における「自転車放置防止条例」スーパーや百貨店等の物販店舗の附置義務駐輪台数の分布図です。
全国の市町村がつくった「自転車放置防止条例」は、1990年に国から出た「自転車放置防止条例準則」を「準則」を見本にしてつくられています。この準則は、物販店舗における附置義務駐輪台数は、店舗面積20㎡に1台(幅0.6m×奥行2m=1.2㎡)です。
実は準則で示されている「店舗面積20㎡に1台」の根拠もよくわかりません。実際に設計してみるとこの準則の規準数値ですら非常に厳しい規準であることは身に沁みてわかっています。東京都で国の準則以上に厳しい規準数値を採用している稲城市、杉並区、荒川区の「自転車放置防止条例」は、その地域に出店しようとする事業者にとって大きな大きな出店障壁になっていると思います。
東京都各自治体の「自転車放置防止条例」の物販店舗における附置義務駐輪台数規準を規準の緩い順に下記に列記して見ます。上図を参照してください。
1.条例そのものが制定されていない。
(人口密度が低く、条例を定める必要がないエリア)
奥多摩町、桧原村、日の出町、あきる野市、武蔵村山市・・・・・・・・計3
2.条例が制定されているが、附置義務台数の指定がない。
(都心及び中央線沿線で古くから商店街が発展し、施設への来店に自転車利用者が少ないエリア)
千代田区、中央区、新宿区、渋谷区、文京区、台東区、北区、江戸川区、西東京市、小平市、小金井市
東久留米市、東村山市、東大和市、瑞穂町、青梅市、福生市、立川市、国立市、国分寺市、武蔵野市、
調布市、狛江市・・・・・・・・計23
3.店舗面積35㎡に1台
八王子市・・・・・・計1
4.店舗面積30㎡に1台
町田市・・・・・・・・計1
5.店舗面積20㎡に1台
豊島区、足立区、練馬区、港区、墨田区、大田区、目黒区、世田谷区、中野区、品川区、江東区、
羽村市、昭島市、清瀬市、三鷹市、日野市、多摩市、府中市・・・・18台
6.店舗面積15㎡に1台
葛飾区、荒川区、杉並区
7.店舗面積10㎡に1台
稲城市
下表は東京都の市区町村における物販店舗とそれ以外の施設を含めた「自転車放置防止条例」の具体的内容を示した表です。表の下に行くほど規準が厳しくなっています。