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2012-02-05 16:51:23 posted by mickat

蔵元レストラン せきのいち

テーマ:マイ・フェイバリット

  1月15~16日に東日本被災地気仙沼に行きました。

  被災地近くに宿を取ることができずに、東北新幹線の一ノ関駅近くのホテルに宿泊。

  気仙沼から夜一ノ関に戻り、ホテルにチェックイン後、行ったレストランを紹介します。

  一ノ関の地酒「世嬉の一酒造」の蔵元が経営するレストラン「せきのいち」です

  古い酒蔵をそのまま活かした建物のつくりがよく、

  そこで出される地酒、地ビールがどれも美味しく、

  料理も板長さんを呼んで誉めてあげたくなるほど美味しく、

  特に餅のチーズフォンデュは最高でした。


  
エンドウ・アソシエイツ加藤峯男の無陸-チーズホンデュ


  








 




  料理を運んでくれた仲居さんの私達に対する軽妙な受け答えも面白く、

  こんなに素晴らしい晩餐をいただいたのは久しぶりでした。


  酒の銘柄は、地名「一ノ関」の言葉を並べ変えて「世嬉の一」。

  「一ノ関」の「世嬉の一」と語呂もよく、「世の中が一番嬉しがる酒」とは面白いネーミングです。



エンドウ・アソシエイツ加藤峯男の無陸-せきのいち1


エンドウ・アソシエイツ加藤峯男の無陸-せきのいち2


エンドウ・アソシエイツ加藤峯男の無陸-せきのいち4


エンドウ・アソシエイツ加藤峯男の無陸-せきのいち7


エンドウ・アソシエイツ加藤峯男の無陸-せきのいち3


  レストランの中に置いてあった神輿と大太鼓。


エンドウ・アソシエイツ加藤峯男の無陸-せきのいち6

  太鼓の前に人が立っていますので太鼓の大きさがわかるでしょう。

エンドウ・アソシエイツ加藤峯男の無陸-せきのいち8


エンドウ・アソシエイツ加藤峯男の無陸-せきのいち9


エンドウ・アソシエイツ加藤峯男の無陸-せきのいち5

  トイレの前室です。よくできていました。

エンドウ・アソシエイツ加藤峯男の無陸-せきのいち10

  レストランの前の酒蔵です。現在世嬉の一酒造の酒やビールやお菓子を売る店舗になっています。

エンドウ・アソシエイツ加藤峯男の無陸-せきのいち13


エンドウ・アソシエイツ加藤峯男の無陸-せきのいち12

  「蔵元レストラン せきのいち」の外観です。

エンドウ・アソシエイツ加藤峯男の無陸-せきのいち11


  上の写真は、私達に料理やお酒を運んでくれた仲居さんたちです。

  店の外まで出て手を振って見送ってくれました。

  一面雪景色の中ほんとに彼女たちから温かいものをもらい、

  ほろ酔い加減でアイスバーンになった暗い路を足元を気にしながらホテルに帰りました。


2012-01-28 14:05:02 posted by mickat

自転車放置防止条例

テーマ:おかしな法律

日頃建物の設計をしていて理不尽じゃないかと思う法律の規準がいくつかあります。

今回は、その一例をひとつ紹介します。

それは、東京都の各市区町村で制定されている「自転車放置防止条例」の附置義務駐輪台数の規準が市区町村でばらばらなことです。


東京都内の都心地域の特別区と多摩地域の市町村のように市街地環境が明らかに異なる地域の市区町村でその規準が異なるのは、地域の地勢や環境特性を反映してのことですので、納得がいきます。しかし、市街地環境がほとんど変わらない隣接する市区町村で同じ条例で規準が異なるのは、納得できません。


例えば2,640㎡(800坪)のスーパーマーケットを建設する場合を想定してみます。

練馬区でスーパーマーケットを建設する場合には、「練馬区自転車放置防止条例」の規準に基づき自転車置場を整備しなければなりません。練馬区の場合にはその条例の基準では店舗面積20㎡に1台の割合で、駐輪台数132台(=2,640㎡÷20㎡/台)、床面積158.4㎡(=132台×1.2㎡/台)の自転車置場を整備しなければなりません。


ところが、そのお隣の杉並区で同じ規模のスーパーマーケットを建設する場合には、「杉並区自転車放置防止条例」の規準に基づき自転車置場を整備しなければなりません。杉並区の場合には、その条例の基準では、店舗面積15㎡に1台の割合で、駐輪台数176台(=2,640㎡÷15㎡/台)、床面積211.2㎡(=176台×1.2㎡/台)の自転車置場を整備しなければなりません。


杉並区の方が練馬区の1.33倍(=176台/132台)、駐輪台数44台(=176台ー132台)、床面積にして52.8㎡(=211.2㎡ー158.4㎡)多い自転車置場を整備しなければなりません。練馬区と杉並区に同じ店舗面積のスーパーマーケットを出店する場合、明らかに杉並区の方が投資コストが多くかかり、事業効率が悪くなります。このスーパーマーケットがチェーンストアの場合には、練馬区と杉並区と同じような立地でどちらに出店するかと問われれば、当然練馬区への出店を選択するでしょう。


地元の事業者の場合には杉並区の事業者の方が、練馬区の事業者より事業がしにくい環境であること明らかです。「杉並区自転車放置防止条例」の規準が、物販店舗を出店しようとする事業者にとって、練馬区等と同じ基準の他の区に比べて出店をしにくくする障壁になっているのは明らかです。


このように市街地環境がよく似た隣接する特別区で同じような条例で異なる規準が設定されていて、明らかにその区に出店するものにとって障壁となる規準を定めているのか、その理由がよくわかりません。「条例」という地方自治体が定めてた法律ですから、私達設計者は、クライアントから設計を委託された建物を、条例に定める規準がたとえ理不尽な規準だと思っていても、その規準を充足するよう設計しなければなりません。

 

 建築設計者は、クライアントの要求に叶う建物を実現するため、建物を建設する際に守らなければ最低限の技術基準を定めた「建築基準法」だけでなく、建物の建設に関わるあらゆる国で定めた法律や各自治体が定めた条例や指導要綱等の規制の規準を充足させなければなりません。こういった法律・条例・指導要綱等の規制類は、人々が大都市へ集中し市街地環境が高度集積化するにつれて年々厳しくなってきています。これはそうした市街地環境が引き起こす住民間のトラブルや事業者-近隣住民間の紛争を防止し、これまでの良好な市街地環境を保全することを目的としたものです。ですから、だんだん厳しくなるのはしょうがないことなのでしょう。

 

 こうした事情から、市街地環境の集積度が最も高い東京都及び東京都23区並びに都内各市町村が定める条例・指導要綱等の規制が、その量の多さと要求する規準の厳しさにおいて、多県のものと比較して圧倒的にしのぐものになっていることはいたしかたがないことと思います。


これに加えて、東京都23区及び各市町村に行政権が移管されようになってから、各自治体で「独自性」を打ち出すようになり、同じ目的でつくった条例・指導要綱等の規制でありながら、各自治体が異なる規準を敷くようになりました。東京都の場合、自治体の数は、特別区が23、市町村が29、合計が52あるので、同じ目的でつくった条例や指導要綱が52あるといっても過言でありません。


東京都のどの自治体で定めている条例は、「まちづくり条例」、「景観条例」、「緑化条例」、「雨水排水調整設備整備要綱」、「廃棄物保管場所整備要綱」、「自転車放置防止条例」等と、ざっと上げただけでも7あります。ですから、私達が東京都内の物件を設計する時に係わる東京都の各自治体の条例や指導要綱の数は、52×7=364にもなります。また、東京都の条例や要綱も下記に上げるようにざっと上げただけでも12あります。東京都内全域を対象とした建築設計業務を行う設計者は、もし全量を覚えなければならないならば、気の遠くなるような量になります。とてもいちいち規制の内容を覚えることはできません。

 

  東京都環境影響評価条例     東京都建築安全条例     東京都火災予防条例

  東京都福祉のまちづくり条例    東京都自然保護条例     東京都公害防止条例

  東京都景観条例           東京都ハートビル条例    東京都中高層建物紛争防止条例

  東京都駐車場条例          東京都生活安全条例     東京都総合設計制度要綱


東京都の各自治体が定めた条例が同じ目的で制定したものであるにもかかわらず、自治体によって異なる規準となっている具体的な事例として先に「自転車放置防止条例」を上げてみました。この条例は、その制定に係わった行政及び立法関係者はその自治体の市街地環境にとって良かれと思ってこの規準を制定したと思います。しかし、その条例の規準があまりにも国の法律や他の条例の規準とのバランスを欠く規準を敷いているがために、むしろ住みにくい市街地環境をつくり、各自治体住民に弊害をもたらしていると思われるものがたくさんあります。


私が今回問題としていることは、各自治体で制定した条例や指導要綱等の規制の規準が、各自治体がそれぞれ同じ目的で定めたもので、地勢や市街地環境がほとんど変わるところがないにもかかわらず、各自治体で異なる規準を敷いていることです。また、緑化条例のように都条例の規準と自治体の規準が異なり、都条例より厳しい規準を敷いてダブルに届出をしなければならない自治体もあります。

なぜ狭い東京のほぼ同じ市街地環境でありながら、自治体ごとに異なる規準を敷く必要があるのか理由がよくわかりません。理由が納得いく場合はまだいいのですが、自治体としての独自性を出すことにあまりに執心して、条例づくりに関わった人たちのスタンドプレイでそうなったのじゃないか思うほど規準の制定根拠があいまいです。


年追うごとに各自治体が制定する条例や要綱類の数が増え、私達設計者が確認申請前に済まさなければならない建設地の自治体との事前協議や届出の仕事が増え、各プロジェクトの業務期間が長くなっています。それでいて設計業務報酬は年追うごとに安くなっているのが実態です。設計事務所の事業環境は年々悪化しています。


東京都の一級建築士事務所の登録数は2011年4月には約16,000事務所であったものが、4月から10月までは毎月50~100平均で事務所数が減少し、11月240事務所、12月270事務所で15,000事務所に減っています。これは日本経済が縮小し建築設計事務所の仕事が少なくなっていることと、法律・条例・指導要綱等の規制が増加・複雑化しそれを充足させるための仕事が増えているにもかかわらず、その増加に見合った業務報酬を得ることができていません。このことも建築設計事務所の経営が非常に難しくしてる一因になっています。



エンドウ・アソシエイツ加藤峯男の無陸-自転車放置防止条例1

「自転車放置防止条例」が適用される施設は、物販店舗の他、飲食店舗、銀行その他金融機関、遊技場、スポーツ施設、学習施設、病院、映画館等の施設です。上図は、その中でも東京都の特別区、市町村における「自転車放置防止条例」スーパーや百貨店等の物販店舗の附置義務駐輪台数の分布図です。


全国の市町村がつくった「自転車放置防止条例」は、1990年に国から出た「自転車放置防止条例準則」を「準則」を見本にしてつくられています。この準則は、物販店舗における附置義務駐輪台数は、店舗面積20㎡に1台(幅0.6m×奥行2m=1.2㎡)です。

実は準則で示されている「店舗面積20㎡に1台」の根拠もよくわかりません。実際に設計してみるとこの準則の規準数値ですら非常に厳しい規準であることは身に沁みてわかっています。東京都で国の準則以上に厳しい規準数値を採用している稲城市、杉並区、荒川区の「自転車放置防止条例」は、その地域に出店しようとする事業者にとって大きな大きな出店障壁になっていると思います。


 東京都各自治体の「自転車放置防止条例」の物販店舗における附置義務駐輪台数規準を規準の緩い順に下記に列記して見ます。上図を参照してください。


1.条例そのものが制定されていない。

  (人口密度が低く、条例を定める必要がないエリア)

  奥多摩町、桧原村、日の出町、あきる野市、武蔵村山市・・・・・・・・計3

2.条例が制定されているが、附置義務台数の指定がない。

  (都心及び中央線沿線で古くから商店街が発展し、施設への来店に自転車利用者が少ないエリア)

  千代田区、中央区、新宿区、渋谷区、文京区、台東区、北区、江戸川区、西東京市、小平市、小金井市

  東久留米市、東村山市、東大和市、瑞穂町、青梅市、福生市、立川市、国立市、国分寺市、武蔵野市、

  調布市、狛江市・・・・・・・・計23

3.店舗面積35㎡に1台

  八王子市・・・・・・計1

4.店舗面積30㎡に1台

  町田市・・・・・・・・計1

5.店舗面積20㎡に1台

  豊島区、足立区、練馬区、港区、墨田区、大田区、目黒区、世田谷区、中野区、品川区、江東区、

  羽村市、昭島市、清瀬市、三鷹市、日野市、多摩市、府中市・・・・18台

6.店舗面積15㎡に1台

  葛飾区、荒川区、杉並区

7.店舗面積10㎡に1台

  稲城市


下表は東京都の市区町村における物販店舗とそれ以外の施設を含めた「自転車放置防止条例」の具体的内容を示した表です。表の下に行くほど規準が厳しくなっています。



エンドウ・アソシエイツ加藤峯男の無陸-自転車放置防止条例2

2012-01-24 23:18:41 posted by mickat

陸に上がった宇宙戦艦やまと

テーマ:私の独り言

港区建築設計事務所協会で気仙沼復興まちづくりコンペに参加することになり、

現地調査のため、1月15日(日)に東北新幹線一ノ関からレンタカーを借りて気仙沼に行った。

先の大津波で陸に打ち上げられ漁船をたくさん見たが、

今日紹介する写真は、そのなかで最も大きい漁船「第十八共徳丸」の雄姿である。

船体に傷一つなく海に戻せば直ぐにでも動きそうだ。


津波でこれほど遠いところまで運ばれて来たのかと思うほど

港から一キロメートルも奥のところに立ち往生していた。

船名の横に「福島県いわき市」が見える。

何たる皮肉だろう。

ここにも今回の震災で最も大きな厄災を背負うことになった「福島」が顔を出す。

徳川300年の幕藩体制の幕仕舞いのときも、

徳川の象徴として会津藩が一身に矢面に立たされ

悲劇の主人公を演じさせられた不運がまた顔を出す。


廻りは見ての通り元あった建物は一軒もなく、

建物の土台や床のコンクリートの残骸のみを残す荒涼とした風景である。

陸に上がった船はめったに見られるものではない。

普段海面下に隠れて見えないものが下半身丸出しになっている。

よくよくみると陸に上がった宇宙戦艦やまとにそっくりだ。



エンドウ・アソシエイツ加藤峯男の無陸-漁船3


エンドウ・アソシエイツ加藤峯男の無陸-漁船2


エンドウ・アソシエイツ加藤峯男の無陸-漁船1

2012-01-14 11:48:22 posted by mickat

カドガン・ロンドンの朝食

テーマ:マイ・ピクチャ

あけましておめでとうございます。

本年最初のそしてひさしぶりのブログです。

昨年末の前回のブログ以降、毎年年末に描いている年賀状の挿絵の作制にかかりきりで

ブログの更新に手が回らず、まったくできませんでした。


会社用の年賀状も私個人用の年賀状も

私が社長になってから毎年私がペイントで描いたCGを挿絵に使っています。

ですから、毎年一枚この期を利用して文字通り私の絵「マイピクチャ」を描くことができます。

私は絵の制作は、自宅のノートパソコンで行っています。

いつも休日か、平日の仕事から帰って夜遅くにです。

ところが、昨年末は会社の仕事の他に、東京都建築士事務所協会の理事の仕事で

平日の夜の制作時間がなくなり、休日も急な仕事でづぶれてしまいました。

私の絵が未完成のままなんとなくかっこだけつけて

会社と個人の年賀状に貼り付け、年賀状を発送してしまいました。


ところが、絵が未完成のまま放置することがとても気持ちが悪く、

この正月休みは一度大雄山に初詣に出かけただけで

一日中家にこもって年賀状の挿絵の元絵のデータに手を入れていました。

昨日の夜に何とか形になり、私の気持ちの悪さも納まったのでので、

やっとこのブログを書くことができるようになりました。

下がやっとできあがったその絵です。



エンドウ・アソシエイツ加藤峯男の無陸-カドガン・ロンドンの朝食



上の絵は、一昨年の夏休みのロンドン郊外の住宅巡りの時泊ったホテル

「カドガン・ロンドン」のダイニングルームの朝食風景を描いたものです。

私はロンドンの住宅が大好きで、ロンドンへ行くと名所旧跡等の観光地ではなく、

住宅地巡りばかりしています。

ロンドン住宅地巡りの一人旅はこの旅で3回目です。

それまでの旅はもっぱら住宅の外観ばかりを見て歩く旅で、

その室内については居住者がいるため全くうかがい知ることができません。


どうしても外観だけでなく、室内を見ることができないかと考えていたところ、

ロンドンのホテルの内装リニューアルをとりあげた日本のインテリア雑誌の中でこのホテルを見つけ、

このホテルが1900年頃のヴィクトリア王朝時代にできたフラット(日本のマンションと同じ形式の集合住宅)

をホテルに改造したものとの記事を見つけました。

このホテルに泊まれば、100年以上の前のロンドンの集合住宅の内部がうかがい知ることができると思い、

JTBにこのホテルを予約してもらい、やっとのことで泊ることができました。

このホテルのファサードは、赤煉瓦でつくられたヴィクトリアン・スタイルです。


このダイニングルームの一番の魅力は、この絵で見ての通り大きな明るいベイウィンドウです。

ステンドグラスと同じ手法の鉛細工で小さなガラスを複雑なパターンでつなぎあわせて

大きなガラス面がつくりだされています。

日本の障子を通す光と同じ優しい光が注ぎこんでいます。

2011-12-12 00:07:17 posted by mickat

黒猫も白猫も鼠を捕る猫は良い猫だ

テーマ:シンセン

共産主義国家中国の現在の経済的発展は、1980年代に鄧小平が始めた開放政策が発端です。冒頭の言葉は、開放政策を始めるにあたって鄧小平が言い放った有名な言葉です。その当時中国の国家元首であった鄧小平が、それまでの共産主義一辺倒の国家運営手法では13億の国民が食っていけないことを見通し、文化大革命や国家間におけるイデオロギーの対立による不毛の対立を止め、実をとる政策に180度転換することを国内外に宣言した言葉です。この言葉は、中国の統治体制を政治体制は共産主義手法で経済体制は資本主義的手法で行うことを卑近なたとえ話で判りやすく直裁に示しています。この言葉が中国人民にも浸透し、彼らの経済活動の活力を呼ぶ言葉になっています。




深圳の生みの親は鄧小平です。深圳は、鄧小平が進めた開放政策の先兵でした。共産主義国家中国において、最初に実験的に資本主義的ビジネスを行うことが許される「経済特区」に指定された街です。深圳は、経済特区に指定されたとき、香港の隣という立地が取り柄だけで目だった特徴のない街で、人口がわずか5万でした。それが30年経った現在人口が1,300万に急膨張し、東京の人口を凌ぐ大都市に変貌しています。これほどの大発展は、深圳の人々の元気の良さがあって初めて可能になったものだと思います。

 

この街の元気の良さの象徴するものとして、老街(ラオジエ)の小さな商店を紹介します。老街は名の通り深圳の旧市街です。東京の渋谷や原宿のように若者が集まるショッピング街です。写真のお店は、幅3.6m×奥行0.3m床面積にして約1㎡強のスリッパ専門店。それも建物の外壁に商品を並べ雨の日にも営業できるように巻き上げ式のテント庇を付けただけの屋外店舗です。深圳にはこのような小さなお店でもお店を開こうとする人々の起業精神が満ち溢れています。この元気のよさが深圳の街の発展を支えていると思います。すべて「寄らば大樹の陰」の精神が横溢する日本では、もう見かけなくなった元気のよさです。



エンドウ・アソシエイツ加藤峯男の無陸-深圳1


エンドウ・アソシエイツ加藤峯男の無陸-深圳2




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