※「Bombing of Dresden」は、第二次世界大戦終盤の1945年2月13日から15日にかけて連合国軍により行われたドレスデンへの無差別爆撃。4度におよぶ空襲に、1300機の重爆撃機が参加。合計3900トンの爆弾が投下され、ドレスデンの街の85%が破壊。2万5000人から15万人とも言われる、一般市民が犠牲になった。「ドレスデン爆撃戦没者追悼」とあるように、開演から終演まで厳粛な雰囲気に包まれた演奏会。私は日本人であるけれど、ドイツ人聴衆と共に喪服姿で拝聴。「Beethoven作品が芸術に昇華された夕べ」として、心に生き続けている。

演奏会のチケットを購入する際、決め手となるのは音楽家とプログラム。そして、座る席が何よりも重要だと思っている。私が拘る「1階センター・ブロック最前列」と言うのは、誰もが知る通りSS席とは比べようにならない音響であり、好んで座る人は大抵それなりの譲れない理由がある。何かが犠牲になり、何かを得る「極めて限られた数少ない場所」。唯一、価値が増すのはオペラ歌手のリサイタルやヴァイオリニストのリサイタルくらいで、弦楽四重奏団ならまだしもオーケストラを目の前で鑑賞したい聴衆は少ない。指揮者の指揮や解釈を観察したければ、背中を拝むのではなくP席にすれば良く、聴衆マナーも後者の方が恐らく良い。それなのに、最前列の虜になると他の席は視界に入らなくなる。最も、音響ベストと呼ばれる席は皆様もご存知の通り客席に存在しない。だからこそ、自分の居場所を探したくなる。例えるならば、引っ越し。一軒家に住んでいた人が、高層マンションに移り住んだらどうだろう。一方、お国が変われど同じ席に座ろうものなら馴染みある眺めが約束される。まるで我が家に帰るように、何時もの自分でいられる。安心感があってこそ、演奏に集中出来る気がする。



6. Symphoniekonzert at Semperoper Dresden
Ludwig van Beethoven »Missa solemnis« D-Dur op. 123


13.02.2016 (1日目)
CET 20:00 UHR
SEMPEROPER

Mr. Christian Thielemann DIRIGENT

Camilla Nylund SOPRAN
Elisabeth Kulman MEZZOSOPRAN
Daniel Behle TENOR
Georg Zeppenfeld BASS
Sächsischer Staatsopernchor Dresden

Matthias Wollong VIOLINSOLO BENEDICTUS

1階 センター・ブロック 1列(最前列)


初めて聴いたゼンパーオーパーの音響は、豊潤。想像していたより残響は長くなく、すっきりしている。プログラムは「ミサ・ソレムニス」のみで休憩は挟まず、20時1分に始まり21時24分に終了。黙祷は1分間。指揮者の合図と共にソリストが退場した後、コンサート・マスターの身振りで聴衆も解散する流れ。

上記で触れた通り、音響重視ではなく視覚重視で選んだ席だったが、驚いたことにサントリーホールのような「音が頭上を飛び抜けていく」感覚はなかった。ソリスト4名は目の前に立ち並び、合唱団との距離も申し分ない。音圧は極上、天にも昇る気分。

年中「最前列」と言いながら、指揮者を最初から最後まで観続けたのは初めてのこと。ゆえ、「指揮者」と「オーケストラ」、「指揮者」と「ソリスト」、「指揮者」と「合唱団」に注目した日だった。僅かな指1本の震え、旋律が変わるところや転調するところでの細かい指示、聴衆である私は無理して知ろうとせず、全身全霊を注いでBeethovenを感じようと本気モードに。

最初に感銘を受けた作曲家がBeethovenであったけれど、初めてBeethovenの神髄に触れた気がした。未だかつて気付かなかった旋律の美しさに息を呑み、器楽と声楽の洗礼を受け、作品の威力と愛のパワーに圧倒された。交響曲にはない、弦楽四重奏曲にもない、長い間ずっと待ちわびていた「ミサ・ソレムニス」は此の世の物とは思えぬ美しさで感動。

2010年2月「ドレスデン爆撃戦没者追悼演奏会ライヴ」として発売された演奏を生で聴いていないので比較は出来ないが、私が鑑賞した2016年2月は驚く程「演奏者」と「ソリスト」と「合唱団」の其々が「ミサ・ソレムニス」に対し親しみを持ち、皆が皆「同じ方角」を向いた見事な結晶に感じられた。何かが飛び出たり引っ込んだりせず、あるべき姿が浮かび上がる至福の時。

マティアス・ヴォロング氏のソロは見事としか言いようがなく、フレージングもアーティキュレーションも絶品。作品を心から大切に想い、そして愛でる表情には思わず涙が溢れてきた。初めて、シュターツカペレ・ドレスデンの一糸乱れぬ心を聴いた日かもしれない。Mr. Christian Thielemannが深く想うBeethovenは、時にWagnerを超えるかのような精神が感じられる。Beethovenの田園を聖書と例えるように、崇高なる芸術が響き渡る。ソリストは皆、演奏者にも合唱団にも溶け込み、非の打ちどころのない絵画のようだった。

Staatskapelle DresdenのFacebookより「2月13日」演奏会の写真(私の頭も写っている)


P.S.
終演後、初めての独り旅による疲れと時差ボケで感傷的に。嬉しいはずなのに、悲しさが押し寄せてきて感情が酷く乱れた。細かい話は一般公開ブログには割愛するが、エルベ川に飛び込みたい心境に陥り、居ても立ってもいられないピークに。ゼンパーオーパーから、夜道を急ぎ足でアウグストゥス橋に向かう瞬間、大きな鐘の音が鳴り響いた。ザクセン州最大の教会、フリードリヒ・アウグスト2世が建てた旧宮廷教会「カテドラル(大聖堂)」は、夜の10時を気にせず長い間ずっと街中の空気を震わせていた。

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