川端 康成, エドワード G.サイデンステッカー
美しい日本の私―その序説

日本の美しさを説明できますか?

本書は、川端康成ノーベル文学賞を受賞したときの
記念講演の全文と、サイデンステッカー氏による英訳が掲載されたもの。

とっても薄く、すぐに読めてしまうような量。

だけれど、その短いなかに、日本の美の伝統が詰まっています。

川端康成は、道元や明恵(みょうえ)などの歌を引用しながら、
日本人の心について論じています。

自然と一体になり、人間に対しても自然に対しても
あたたかく、深い、こまやかな思いやりを持てる日本人の心

茶道を例にとり、
狭小簡素な茶室には、かえって無辺の広さ無限の優麗とが宿っていること。

一輪の花が百輪の花よりも華やかさを思わせること。

そして、色のない「白」こそ、最も清らかで、最も多くの色を持つこと

などが、語られます。

川端康成が生きていたら、今の日本をどう見るだろう?
きっと今の日本を嘆くだろうな・・・なんて物の見方よりも、

日本人は、日本の美しさや良さを失ったのではなく、
実はただ単に知らないだけなんだ!と思える内容。

川端康成は、きちんと日本の伝統・文化の知識を持った上で
「美しい日本の私」と、世界に向けて発言できた、
その誇りは素晴しいものだと思いました。

いつか自分も胸を張って、
「美しい日本の私」です、と他国の人に言えるほど、
日本のことをもっと知らないと、と改めて反省。
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十二夜

ウィリアム・シェイクスピア, 小田島 雄志
十二夜 シェイクスピア全集 〔22〕 白水Uブックス

勘違いのラブ・コメディー。

シェイクスピアというと、思い浮かぶのは
『ロミオとジュリエット』『ハムレット』などの
恋愛悲劇ではないでしょうか。

私もそんなイメージを持っていましたが、
なんと! この『十二夜』喜劇なんです。
それも、相当におもしろい

イリリアの公爵が、オリヴィアというお嬢様に熱烈なをします。
公爵は使いをやって、どうにかその想いを伝えようとしますが、
オリヴィアの方は逢ってもくれない。

一方で、船が難破してどうにか助かったヴァイオラという
お嬢様が、イリリアにやってきます。

ヴァイオラ男装して、小姓として
公爵にお仕えすることにしますが・・・。

簡単に話してしまうと、

公爵はオリヴィアが好きで、
オリヴィアは男装したヴァイオラを好きになってしまい、
ヴァイオラは公爵を好きになってしまうという
三角関係や、

オリヴィアの執事・マルヴォーリオが、
オリヴィアが自分のことを好きだと思ってしまう勘違い

そして、後半にある1人の人物がやってくることにより、
また勘違いが起こります。

セリフがダジャレ満載で、しかもウェットに富んでいて小気味いい。
思わず吹きだしてしまうところもありました。

読売新聞で井上やすしさんが
「英国人が、英国人に生まれてよかったと思うのは
シェイクスピアを原文で読めることだ」
というようなことを聞いた、とおっしゃってましたが、
確かにうなずけます。

練りに練られたダジャレ(言葉遊び)の数々が
原文ではどんなにおもしろいんだろう、と思わず考えてしまいます。

でも、この本の訳文も捨てたもんじゃありません。
上手く訳されているので、純粋に楽しめます。

私はちなみに、執事のマルヴォーリオお気に入り
いいですよ、彼は。笑えます。
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著者: ゲーテ, Goethe, 相良 守峯
タイトル: ファウスト〈第二部〉

な、なんなんだ、これは。

ペーパークラフトに逃げたりもしましたが、
昨日、やっとこさ読み終わりました。

まず、はじめの感想は、
「や、やったぁ・・・読み終わったぞ!」
という、達成感でした。

一番最後の行に書かれた、
「ファウスト 完」の文字を見たときは、
感動してしまいました。

なぜなら、
第二部は、訳者の人も解説で書いている通り、
「見透しのきかぬ迷路に踏みまよう心地」だったのです。

なにしろ第二部の舞台は、中世ドイツから
古代ギリシアへと入り乱れます。

訳文もときどき古文になって、読みにくい。

ギリシア神話トロイ戦争などの予備知識があれば
もっと楽しめたのでしょうが、

まるっきり知識のない私は、ただ物語に身を任せるのみ。

内容はよくわかっていないけれど、
なにやら壮大で、狂気じみている雰囲気だけは伝わってきます。

それもそのはず、
『ファウスト』ゲーテ24歳で書きはじめて、
書き終えたのが、なんと82歳!

ほとんど全生涯を費やして書き上げられたこの作品には
ゲーテの血と肉と汗が注がれているのがわかります。

一度読んだくらいで、簡単にわかったなんて言えません。
確かに物語の筋はわかりました。

でも、そこに流れているゲーテの考えや伝えたいことが
身に染みてわかったよ、なんていうのはおこがましい。

それは、私がこれから生きて、体験・行動して
改めて身に染みてわかっていくことなんだと思います。

しかし、もう百年以上前に亡くなられた偉大な人が
一生をかけて作り上げたものを

現代でも手軽に、文庫で触れられるというは
本って素晴しいな! ぜいたくだな!
と、今回、思ってしまいました。
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著者: ゲーテ, Goethe, 相良 守峯
タイトル: ファウスト〈第一部〉

変わらない人間と言う生き物への驚き

前々から読んでみたかったゲーテ『ファウスト』

今回、恐る恐る挑戦してみました。
(なぜ恐る恐るかというと、挫折本になりそうな雰囲気を
この本が醸し出していたからです・・・)

まずは、「献ぐることば」(ささぐることば、と読みます)という
ゲーテから読者への献本の辞があります。

これがまた・・・古語で訳されていて、
何言ってんだかわからない

あ、もしや、これは早くも挫折か・・・?
と焦りつつ、本編は飛ばして解説へ。

解説を先に読んだ方が、内容もわかりやすくなるに違いない
と思っての判断でした。

がっ・・・

解説、つ、つまんない・・・。
しかも、やけに量がある。

もうこうなったら、途中でやめて、
さっさと本編を読み始めよう!

と、思って、読み始めたところ、
もうパア~ッと、見る見る世界が明るくなっていくようでした。

お、おもしろいじゃん! ファウスト!

戯曲なので、セリフだけです。しかも、読みやすい現代語訳。
スラスラと読めていきます。

やわらかく、あらすじを言いますと、

お勉強ばっかしてたファウストは、年老いてから
学問ってば無力だよね・・・ということに気がつき絶望してしまいます。

それで、悪魔・メフィストと契約をして、官能的享楽の限りを
つくそうとします。

とりあえず、メフィスト魔女のところに連れてって、
ファウスト若返りの薬を飲ませて、青年にします。

そして、ファウスト
純真なグレートヘンという少女に出会い、
精神的にも肉体的にも享楽を味わいますが・・・

と、このあとがおもしろい。

説明調のセリフが一切ないので、
も合わせて読むと、なお一層、理解が深まります。

後半になると、展開が早い早い。
そんなことになってたのぉ?! という感じで、
劇的でイイです。

私の頭のなかで、舞台が繰り広げられていて、
それが後半になると、歌も差し挟まれ、盛り上がる盛り上がる(笑)

ざっと200年くらい前のものなのに、
人間の欲望や、嘆き、皮肉なんていう心の部分は
変わらないんだなあ、と驚きました。
(ゲーテってとっても皮肉家なんです)

悲劇的なラストが、とても良くて、私は好きでした。

これから第2部に挑戦しますが、難解らしい・・・
今月末までに読了の記事がUPされなかったら
今月末、挫折本に上げられるかもしれません・・・こう御期待(?)

『檸檬』/梶井基次郎

テーマ:



著者: 梶井 基次郎
タイトル: 檸檬


檸檬でスカッとするのだ。

困ったことに、最近、ブログが面倒くさい
更新、休んでやろうか、とも思う。

のせいか。はたまた、花粉症のせいか。

でもこうして続けてしまうのも何ゆえか。

そんなときは、『ザ・テレビジョン』の表紙よろしく、
さわやかに檸檬だ。

いい小説である。

決して読みにくくもないし、メチャクチャ短いので、
モヤモヤしているときや、イライラしているとき
立ち読みでいいので、読んでみる価値はある。

スカッとする。(あれ? 私だけ?)

私も反抗期だった高校生の頃、
授業中、先生にあんなことが起こったら、こんなことが起こったら、と
大人が聞いたら眉をひそめるであろう想像をしていた頃があった。

この小説の感じは、まさにそれで、
私はうれしくなったものだ。

昔の人も変わらんなあ・・・と。

ちなみに、
あまり大きな声では言えないが、
私は表題作であるこの『檸檬』しか読んでいない。

なんでかというと、江國香織さんが『檸檬』が好きだと言っていたから。
『城のある町にて』も好きです、と彼女が言っていたら、
私はそれも読むのだが・・・。



著者: 夏目 漱石
タイトル: 坊っちゃん


私、夏目さんを誤解してました。

お正月に、TBSで『夏目家の食卓』 というドラマが放映されました。

これが、なんとも久しぶりに「おもしろいドラマを見た!」
と感激してしまう程の出来だったのです。

本木雅弘演ずる夏目漱石の、なんともキュートなこと。
夏目漱石って、こんなにおもしろい人だったの?!と思い、
家にたまたまあった「坊っちゃん」を読んだのです。

夏目漱石と言えば、高校時代の国語で『こころ』を読まされて、
「つまんね・・・」という感想を持ち、それ以来
「やっぱり文豪はつまらないんだ」と敬遠していました。

が、驚くなかれ、『坊っちゃん』のなんともおもしろいこと!

下女の清にかわいがってもらった「坊っちゃん」は
中学教師として、四国にやって来ます。
そこで出会った教師や生徒たちとの騒動が描かれています。

ユーモアがあって、痛快で、テンポも早い!
坊っちゃんがつける教師のあだ名がこれまた秀逸です。

言葉の使い方・選び方が巧みで、
二十一世紀だというのに明治の文豪に笑わせてもらいました。

今月は夏目漱石が『我輩は猫である』で文壇にデビューして、
ちょうど100年に当たるんだそうです。

もし未読の方がいらっしゃいましたら、ぜひぜひオススメします。
夏目漱石のおもしろさに驚きますよ。



著者: 川端 康成
タイトル: 眠れる美女


美しく妖しい、官能的な物語

あけましておめでとうございます。

今年も管理人micaともども、当ブログ「あんなこと本のこと」を
よろしくおねがいいたします。

さて、お正月の和風な雰囲気のなか、
ゆっくりと美しい日本語・日本文学に触れてみるのは
いかがでしょうか。

たまたま図書館で、手に取ったのがこの本だったのですが、
あまりの素晴らしさにあとで本屋さんで買い直しました。

表題作「眠れる美女」は、
とある館の一室で、前後不覚に眠らされた裸の少女と
一晩添い寝をする老人の話です。

 死体のように眠る美女、死の迫る老人。

老いていくことの寂しさ・孤独が
美しい文体で書かれています。

「片腕」は女が男に片腕を貸す話です。
それがなぜかとても官能的なのです。

川端康成と言うと、
難しくて読みにくいんじゃないかと思っていましたが、
驚くほど現代的で、
どこも古臭くなく読みやすいです。

心を打つのは、
その奇抜な設定と川端の文体です。

観察力に優れていて、
五感をフルに活用していることがわかります。

よく「川端の文体は芸術的だ」と言われますが、
まさにその意味がよくわかる一冊です。

解説は三島由紀夫です。彼もべた褒めしています。

日本の傑作をぜひ。