まんが栄養素

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ということで、

 

新大河ドラマ『功名が辻』

 

の18回目を見ました。

 

千代(仲間由紀恵)が竹中半兵衛(筒井道隆)に事情を聞くシーンから。

秀吉(柄本あきら)が織田信長(舘ひろし)に目通り許されず、絶体絶命。

竹中半兵衛の口から『謀反』と言う言葉出る。長浜城下が火の海となると警告。

そして、その竹中半兵衛が秀吉に作戦を告げる。

 

寧々(浅野ゆう子)が自害の準備をしシリアスな雰囲気だが、

反対に竹中の助言で秀吉はご機嫌。

そして、宴会が始まる。

 

家臣の不安とは別に、秀吉が無理やり明るく振舞う。

竹中が秀吉の考えを皆に聞かせるために話を振る。

ここで語られた言葉は、家臣団だけではなく、

信長の御用達の猿楽師達に聞かせるための作戦となる。

その作戦に、何故か千代が参加。 ホントに男なら出世した人物だったであろう。

正直、この踊りは何が面白いのかさっぱり判らないけどね(^^;。

 

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場面が変わり、

信長と森蘭丸(渡辺大)が、この秀吉の乱交の真意を話す。

森蘭丸が

 

「秀吉は上様の天下獲りの大事な“道具”」

 

とはっきり言っており、信長が人を道具として扱っているからこそ、

その信長の周りの人物達もそう思っているのだろう。

やはり、信長は絶対悪として描かれるのだろう。

 

 

そんな中、松永久秀(品川徹)が信長軍を裏切る。

六平太(香川照之)が一豊(上川隆也)に伝え、秀吉に伝ええれば

1000石はもらえるとのことだが、実際には貰えなかったようだ。

そして、秀吉がタイミング良く信長の前に現われ、全てが許されたようだ。

 

そして、秀吉は、松永説得に一豊を使う。

信長は、松永が所有する名器・『平蜘蛛』を好いていると、一豊に伝える。

一豊は、松永の説得に名器・『平蜘蛛』を使い、

多くの命を無駄にせぬようにと、説得成功。

 

一豊は意気揚々と帰ってきたが、秀吉に叱責される。

 

秀吉 「順序が逆、久秀の首か平蜘蛛がないと上様を説得できぬであろうが!」

 

蜂須賀が『サル』と秀吉に言っていたのが気になったが、

信長の命により、火打ちが決定する。

 

秀吉 「そちも行くのだ、謀略より槍働きの方が得意であろう」

 

拳を握り締める一豊。

秀吉に対する怒りなのか、自分に対する怒りなのか、信長に対する怒りなのか。

そして、戦が始まり、松永は平蜘蛛を抱いて爆死。

一豊はまた戦に対する迷いが出てきて、五藤吉兵衛(武田鉄也)が説得。

 

吉兵衛 「迷うてはなりません」

吉兵衛 「我らは大儀の為に槍を振るっておりまする」

吉兵衛 「信長様秀吉様に仕える以上、時には情けを捨てることも必要になりまする」

吉兵衛 「世は戦国、我らは武者にございまする」

吉兵衛 「戦うは我らの定め。 逃げ道はありません!!」

 

吉兵衛が格好良すぎます(^^ゞ。

戦に迷う一豊を癒すのは、家族であった。

 

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画面が変わって、信長会議。

柴田が信長に叱咤され、秀吉が中国攻めの指揮を命じられる。

丹波一国に数年かかると言った明智光秀(坂東三津五郎)と、

今回の負け戦で柴田勝家が、出世レースから一歩後退。

 

柴田が秀吉の出世に愚痴を言い、

光秀は秀吉の出世を褒める。

『利家とまつ』の時は、柴田が聡明に描かれていただけに少し残念。

 

場面が変わり、濃姫(和久井映見)と光秀の会話。

その会話内容は、光秀と結ばれれば良かったのに~、と言う内容で、

その会話をお市(大地真央)が盗み聞きしていたというオチ。

まさか、お市の告げ口が原因でいずれ光秀が裏切るようになるのか?

それとも、愛する二人を見て羨ましいのか?

 

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そして、中国攻めの為に出陣する前夜。

 

一豊 「しばらく会えぬゆえ、酒には酔いとうない」

 

と個人的にツボにはまった言葉。

一度は言ってみたい言葉ですな~。

そして、出陣画面で、竹中の最後になるらしい。

 

画面が変わり、別所氏が裏切り中国攻めが足止め状態。

黒田官兵衛(斉藤洋介)が登場し、竹中が意味深な言葉を吐く。

何かしら疑問を抱く一豊の前に六平太(香川照之)が登場。

 

六平太 「織田家を見限りませんか?」

 

この意味深なラストで次回に続く。

 

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松永久秀

久秀は最初、細川氏に仕えていた三好長慶の右筆となった。そしてめきめきと実力を現し、京都奉行から三好氏の宰相にまでなった。軍事面や築城に優れ、1560年には陪臣の身でありながら主家同様に室町幕府の御相伴衆にまで列せられているのを見てもわかるように、松永氏は久秀の優秀な能力において成長を遂げていったのである。

しかし1561年の長慶の弟・十河一存の急死や1563年の長慶の子・三好義興の死は、久秀の毒殺説が有力である。少なくとも、1564年の長慶の弟・安宅冬康の死は久秀が長慶に讒言して殺させたものであり、久秀はどうも三好氏の乗っ取りを企んでいたようである。同年、長慶も病死して三好氏が弱体化すると久秀は畿内における覇権を握ろうと1565年、時の将軍・足利義輝を殺害する。そして三好三人衆と対立しながらも一時は畿内における覇権を掌握し、松永氏の最盛期を築き上げたが、1568年、織田信長が義輝の弟・足利義昭を奉じて上洛してくると、信長の優れた器量と圧倒的軍事力を知って、名器・『九十九髪』を信長に献上して降伏し、信長の家臣となっている。

しかし久秀は、信長が義昭と対立して信長包囲網が敷かれて窮地に陥ると、これに背いている。しかしこのときは武田信玄の死や室町幕府の滅亡など悪条件が重なって、1573年末に織田信長に降伏している。

ところが1577年、またもや謀反を起こして信貴山城に立て籠もる。しかし、これは無謀としか言いようが無く、松永軍はあっという間に織田軍に追い詰められ、久秀は信長がかねてから所望していた名器・『平蜘蛛』を抱いて爆死。このとき、久秀の嫡男・松永久通も自害して、松永氏は完全に滅亡した。

 

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久々に続きが気になる引きで終了。

次回は光秀の迷いも描かれるようで楽しみですな。

 

 

では、ここまで。

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