三連休中に書きますと宣言しておきながらすみません
今日は、書きますよぉ('-^*)/
私に転機がおとずれたのは、2000年3月の事
「日本とフィリピンを行ったり来たりできる仕事を
自分で始めたい。」 そう思いながらも、貿易会社で
多忙な日々を送っていた頃、元同僚のフィリピン人
から、知人(A氏)がフィリピンでビジネスをする予定
であり、大切なミーティングがフィリピンであるので、
通訳を探していると聞かされた。
しばらく休みをとっていなかったので、強引に休みを
もらい、フィリピンに通訳に行くことに…。実は、私の
英語力はそんなにないんですけど
「しばらくフィリピンに行ってないし行きたいなぁっ。」
くらいの軽い気持ちで引き受けることに
大切なビジネスのミーティングなのに、今から考えれば
こんな気持ちで引き受けたなんて申し訳ない事です
でも、この向こう見ずな行動が、私の人生を大きく
変えたのです
ミーティングは、なんとか終了し、A氏のビジネスは
よい方向に向かいそうな感じだった。ミーティング後、
ホテルの部屋で、今後の対策について、他のフィリピン人
の協力者達と内輪のミーティングをしていた。
そして、今後の方針が決まった時、A氏から、このビジネスに
参加しないかと私に提案があった。
これも、軽い気持ちで引き受けた
この時は、現地に3日間滞在し、後の調査などを現地人の
知人に託して、帰国することとなった。マニラ空港へ向かう
車の中、私はA氏に自分の夢を語った。フィリピンが好きで
あること。フィリピンに進出しているサービス関係のビジネス
があまりないのでチャンスが絶対あると信じ、日本とフィリ
ピンを行ったり来たりするビジネスを自分でしたいと考えて
いる事、等々…
その話を聞いたA氏は、賛同し、私の背中を押してくれた。
単純な私は、2ヶ月後には、貿易会社を退職していた
若い時って、何で簡単に行動を起こすことができるんでしょうか。
今も若いですが、あの頃は若かった…
2000年7月、現地法人を設立。A氏と、現地にいるフィリピン
人の知人とコミュニケーションを取りながら、ビジネスを
進めていった。現地の取引先や、スタッフに騙された
事もあり、何をやってもうまくいかない状況が延々と
続いた。「もう嫌や
」「フィリピンなんて嫌いや
」
「疲れた
」…。 何回弱音を吐いたことか分らない。
やけくそになって、惰性で続けてきた期間も正直なところ
けっこうあった。自分自身、自分というものがよく分かった
月日でもあった。自分の能力に過信していたが、自分には
商売ができる器がないと分り、大きく頭を打った。
ところが、A氏は、今までの失敗を教訓として、前に進み
続け、最近、現地のビジネスの土台を築きあげた
私は微力ながら、A氏のビジネスの実務をさせて
いただいている。
メインのビジネスは、フィリピン永住ビザの取得のお手伝い。
フィリピンの政府から認可をいただいた。
他のビジネスは、現地でのマンションの分譲、現地法人の
設立のお手伝い等々。世間一般の日本人にはなじみの
うすい内容だが、世の中には、供給あれば需要があるもの。
連絡をくださる方の大半は、夢を持って、フィリピンに行くこと
を希望されている方々。そんな方々のお手伝いをさせて
いただけることは、やりがいもあるし、本当にありがたい。
そんな毎日を送っている私です。
よろしければ、ホームページをご覧ください。
これからは、フィリピンの事を書いていきたいと思いますが、
何かご質問やリクエストはありますか?
あれば書きますよぉ
内容によりますが…
では、次回を乞うご期待!!
フィリピン永住ビザの事なら…
http://www.phil-kansai.co.jp