白日

テーマ:
立派な髭を蓄えた5メートルはあろうかという
大きな魚は優雅に且つ実にゆったりと宙に舞っている。
危害を加えるつもりはさらさらないらしい。
けれど決して閉じる事の出来ない大きな瞳は
何か軽蔑するような目つきでこちらを睨んでいる。
いや、それはあくまで僕の主観にすぎない…。
そう見えるのは幾分の疚しい想いが
僕の中に存在するせいだろうか?
彼はそれすらも見据えたような振る舞いで
僕らの横をゆるりとゆき過ぎた。

僕は一気に怖気づいてしまった…。
君の手前、そんな仕草は見せなかったが、
そんな胸中を君は察したのだろうか?
君の提案でこれ以上進む事を断念した。
折り返す道程で一匹のエンゼルフィッシュが
名残惜しそうに僕らを見送っていた。

途中赤信号を誤って渡ってしまったが、
交差点に居た警官は見過ごしてくれたようだ。
僕らを乗せたサイドカーは空を飛ぶ勢いで
寂れた街の道路を滑走している。
そう、空を飛ぶ勢いだ。視界は良好、
滑走路もしっかり整備がされているようだ。
いや、うまく飛べない…。
あっけなく気流に飲み込まれた僕らは
ただ身を委ねる他なす術がなかった。

やっと静けさが訪れたのをきっかけに
僕は恐くて閉じていた瞼を開いた。
懐かしい田園風景には靄がかかっている。
間もなく遠方で汽笛の音が響いた。
もう猶予がない事を理解すると、
僕は君の手をとって走り出した。

-2007年初稿-
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秘密結社ピグミー

テーマ:
ガラス張りのエレベーターが上層に向かうにつれて、
なにやら物々しい雰囲気に包まれていく…
近頃取り沙汰されている”ヤツ”らの噂を思い出した頃にはもう手遅れだった。
彼らは低い位置から僕を見上げると優しく微笑みかけた。
しかしその微笑みに温もりは微塵も感じられない。
妻や息子が実家に戻っている事に少し安堵はしたが、いずれココに戻ってくる。
連絡の手段は残されていない。時間の問題か…

僕に与えられた仕事は400ccバイクのカウルを磨くこと。
さっきから”ヤツ”が教えてくれている。しかし僕は上の空だ。
ココを抜けられるのはいつになるのだろう…
真面目にやっていればいつかはその時が来ると聞いた。
果たしてそれが明日なのか、10年先なのか全く検討もつかない…

偽造の一時解放チケットはなんなく手に入った。
ベルトコンベアーに乗せられた多くの同士達のチケットはどうだろう?
しかしそれを検査する”ヤツ”らの目は黄色く、
本物だとか偽物なんかはどうでもいい風に
ただただ僕らを見送ってくれた。

同士が束の間の親しい者との再会を果たす中、
僕は独り取り残されてしまった。偽造所以だろうか?
それにしても様子がおかしい。
間もなく僕らの身体が一回り小さくなっていることに気付いた。
”ヤツ”らの仕業に違いない。確かにこれでは幾ら一時解放とはいえ、
隙をみて脱走というわけにもいかないのだ。
やがて皆の視線は僕を捉え始めた
再会者が居ない僕を明らかに疑っている目。
小さな人間。白い目、黄色い目…
とっさに僕は逃走した。
”ヤツ”らだけが僕を追いかけてくる姿が映った。

船でゆけば良いと思った。
陸続きではいずれ追いつめられるだろう。
しかしどこまで漂うのか…
この先思い描いた”その未来”が来るのは間違いないのだが、
その前にこの精神が朽ちる方が先か?
それまでただこうして待つのか?
どうにも胃が締め付けられる想いがした。
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通過儀礼

テーマ:
高層マンションの屋上に立ち、眼下遥かに水面が映る。
魚も植物も居ない優雅さを少し演出するために作られた人工の水。
あえて理由がないからダイブできたのだろう…。
重力は今まで感じた事のないスピード感で応える。
しかしどんな時も後悔をするのが人の性のようで、
今更ではあるが間もなく生まれる我が子を見ぬまま終えるのか…と気付いた。
しかしどれだけ浅く深い悩みも次の瞬間に消え失せる。
あそこに着水した途端…いや、もはや着水などという生温いものではないだろう。
あの高さからでは水が衝撃を和らげるマットにはなりはしない。
その衝撃を感じるまでもなくこの世から抹殺されるのだ。
そう、考えようによっては潔いとも言えまいか?
まてよ、そういえば以前助かった俳優が居たような気がするのは?
それにしてもグダグダ頭を巡るのはどこまで往生際が悪い…
結局は物理的な力が加わらない限り覚悟はでき…

そう。僕にそんな芸当はできるわけがなかった。
彼女にことのあらましを伝えると酷く深刻で、
しかし見ようによっては陽気な趣で膨れた腹を抱えながら思案した。
「自殺か…」
記憶の彼方にある夢辞典によると、
予定日が随分と遡って訪れるようだ。

ついにこの装置が役に立つ時が来た!!
点滴スタンドのように移動用のコロコロと支柱を持ったその装置には
携帯電話の台頭で行き場をなくした公衆電話(プッシュホン)が真ん中に鎮座した。
このタイプは近頃の妊婦には流行のようで、
特に支柱から絶妙に生えるフックがその要因のようだ。
加えて当時の名残りである電話帳スペースが母子手帳をはじめ
あらゆる診察券、クーポン券の収納を可能にした。

「あぁなるほど、我が家のは当時よく見かけた"緑"のヤツか…
 安月給とは言え今時定職に就くのさえ難しいときている。
 この装置を持てるだけ恵まれているということか」

彼女が身支度を整えるために急いで奥へ移ると
吹き抜けのエレベーターからは両親が上がってくるのが見えた。
この日のために提携先のタクシー会社のオプションを
予め付け加えていた事に我ながら淡い達成感を抱きつつ、
そう言えばダイアル式の黒電話がプッシュホンに変わったあの日、
数ある選択肢の中からどうして冴えないあの色を選んだのか?
そんな疑問がふつふつと蘇ってきた。
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忘却シェルター

テーマ:
そしたら僕は何を決心するんだろう?
果たしてそうした結論を選ぶだろうか?
 
「空は相変わらず青いな」
 
目の前には進化を遂げた新たなイノチが見える。
どいつもこいつも不思議そうに僕を覗き込む。
いや、もう慣れてしまった。僕にはどうすることもできない。
そういやもうすぐ女がやってくるんだ…。さっき交わしていた。
どうせ気持ち良くなれん!哀れな儀式だ。
見てみろ、現にアイツの目は釣り上がってるじゃないか!
…憂いを秘めた怪物。面倒見きれない…。
 
笑ってみる。
居心地の悪さを笑っているんだ。…わかるまい。
 
そう。幸い僕には翼がない。
変わりばえのないあの空を自由に飛ぶ事はできない。
仮にもし翼があれば、答えは明白だった。
 
明日の朝。僕は計画を遂行する。
しかし意志ってやつは意外とヤワなんだな…。

-2003年初稿-
 
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2003年10月10日、日本産最後の朱鷺(トキ)キンが亡くなった。
特にその死因が奇妙であり、見方によっては自殺とも取れるという…。
(無論それを立証する術はない…)
それがあまりに印象的だったので当時書き留めたメモ。
最近ヒナが生まれたとかでふと思い出して、、