Blue Blood
テーマ:Real Talk2011 から 2012 へ...☆
新年 が近づくにあたり 2011 の 世相 として 「 絆 」 という 漢字 が発表された。
「 東日本大震災 」
被災した宮城のラッパー「MEUBISH」氏、偽善のチャリティーに怒り / 被災直後から動画でレポートも http://goo.gl/eCXHv
「 世の子供 原爆を見ず 被爆者 」
被災地域 においては 被災地域の復興 そして 心の復興 ふたつの意味 での 復興 が 待たれるところかもしれない。
津波のこわさ 反面 想い出の深さ だが 「 戻るに戻れない 」 その 葛藤 に 苦しんでいる人たち がいます。
沿岸部 家屋 全壊 の自分の 身内 においては 国 による 危険地域指定 で 戻ることはできず。
あるはずのない場所に 濡れたバッグ や 洋服 等 を見たときは 何か ショック だった。
歩いていて 何か足に当たり 蹴っ飛ばしてしまったもの が 位牌 や 大木の根 や 瓦礫 だらけの道 を 階段 を上がるように歩き かき分け 後ろを振り向いた瞬間 大木の枝 もしくは 根っこ に 白黒の老婆の額縁写真 が ぶら下がっていたとき は 鳥肌 と こわかった...。
何か自分を 「 待っていた 」 ようだった...。
泥にまみれた赤ちゃんの笑顔の写真 を見たときは 起きたこと と 写真の笑顔の裏腹さ が 苦しかった。
「 みたくないもの 」 を見たが 自分が 見た ことにより 現地を知らない人たちへ 何かもし 伝えられたこと 等 あるとするなら 見ておいて よかった 気もしなくはない。
何が起きたのか知りたかったし この目で見ておくこと は 後々 意味をもつ とも思った。
みんなが 避難 へ走っていた中での行動でこわかったが 携帯電話 そして ノートパソコン で 電源が続くかぎり 記録 することにした。
「 ありのまま 」 を知ってほしかった。
届く かは 停電 にての 電源供給の問題 電波 も いつまで経ってもない しで カケ と 届く ことを祈る気持ちでいた。
今になって 震災当日の模様を記録した動画等の公開 を いくつか見受けたりもするが 被災地 から リアルタイム で レポート し 「 リアルタイム公開 」 をしていた人 個人 は 自分が知るかぎり 少ない。
仕事 でどっかから派遣されてきたような 棒読みレポーター や ヘリコプター とかから どこか 他人事 のようにまくし立てていたような奴ら に リアリティ はない。
当時 個人 で リアルタイムレポート だとか そういったことを やろうとするか やっても 停電の影響の電源供給の問題 も重なり 続かないか 尚更難しかった。
その点 俺は 父の仕事柄 電源 充電 については やや 延命 することができ 不運 と同時 いくつかの 運 も重なった。
俺は一部 自衛隊 より はやかった はずだ。
空 は 何か 暗く どんより 震災直後 仙台 においては 3月 だってのに 急に 雪 が 降り始めた。
変 だった。
父 とトラックで逃げ出した直後だった。
天 が 怒っている ようで 何か こわかった し 平時 には見たこともない 自衛隊のトラック が そこら中に 常駐 していて 気持ち悪かった。
戦時 広島 長崎 にいる気がした。
今それらの自分の YouTube 動画 を見てみても やはり 何か 空気が重い。
もともと 画質 も イイ わけではないのだけど 画質うんぬん以前に 何か 暗い。
確証 はないし 忘れたいこと だが ある 30秒レポート動画 にて 動画が終わる直前 変なもの 人 が 変な出方 で 画面隅に最後 ギョ と 映り込んできた いたことに 後に気づいた。
その場所のすぐ近くに住む 年輩夫婦 が 家の裏に 「 女の人死んでた 」 と話していたりし 気持ち悪くて その動画 は 削除 した。
何がいても 何があっても おかしくない。
準備すらないままもってかれれば 死んだことに気づかない人 がいても 不思議じゃない。
海水の中 沿岸部 の行ける 最前線 道路 が 海 になりだした 先へ完全に行けなくなる場所 まで 歩いたりもした。
途中 無人島 のなか 3、4人 と すれ違った。
見ず知らず だとか関係なしに あまりの凄惨な出来事 に すれ違った者 同士 誰もが互いに言葉を交わし 知り合い みたいになってた。
居合わせた者 みんな 孤独 だった。
話し相手 が ほしかった。
沿岸部 から戻る途中 手に 棒 のようなもの を持った 中年の男性 と出逢い 声をかけられた。
「 どちらからいらっしゃったんですか? 」
話してみれば 「 妻と子供と連絡とれないんです 」 と 声を震わせながら打ち明けてきた。
涙 がでそうになった。
そして男性は 手に棒らしきものを持ちながら 悲しみに暮れた ように 沿岸部へひとり 歩いていった。
忘れられない。
「 愛 」 をみた。
食い物 に困っていた。
ペットボトルの野菜ジュース が 泥にまみれ転がっていた ので 拾って むさぼるように飲んだ。
今度は 赤飯パック を ふたつ だったか 見つけた。
俺は 少し経ってから 気づいた。
そのすぐそばに 墓地 墓 があったこと を.. 恐らく 墓に供えてあったもの 「 そういうこと 」 だ...。
電気 ガス なし 家破壊 のせいで 袋にクソ をしたこともあった。
それが俺にとって 現実 だった。
忘れないよう ここに 記しておかなければならない。
現実を知るにつれ いくつかの 「 分かれ目 」 を感じた。
新築 でやられている家 もあれば ボロ家 だが 生き残って 難 を逃れた家 もあり 運 もいくつか見受けられ 亡くなった人 生き残った人 の意味 や 分かれ目 とはなんなのか?
と 震災 から 半年以上が経過し 考え 自分へ問いかけることがある。
弟 は 津波 に遭い 命からがら逃げ 母 は 会社屋上に避難しなければ 死 だった。
問いかけても届かない...。
会社屋上から津波に飲まれる人や車を眺めていることしかできなかったそうだ。
うつぶせの男性 や 木にしがみつき叫ぶ女性 がいたとも。
母 とは連絡がとれずにいた。
不安な夜 を過ごした。
母は 数日後 5、6時間 だかかけ 会社から 徒歩 で帰ってきたそう。
風化 は 敵 であり ひとりひとり が 意識をもつこと が 重要 かと 自分は思う。
忘れたほうがいい けれど 忘れてはいけない出来事。
「 もし自分だったら... 」 は 夢ではないこと をみせつけられ そして 意識 を変えさせられた。
絆 や 戦後 を乗り越えた 日本人の強さ を 再びみることができた と同時 美談美徳 に 被災地域にての 空き巣 窃盗 車の破壊 ガソリンの抜き取り ボッタクリ販売 多発等 真実の報道 が埋もれたこと は 自分としては 残念 でした。
ただそれは 「 故意 」 にやっていた奴ら もいれば 「 生きるため 」 にやっていた人もいた。
首都圏 においての 「 買い占め報道 」 には 腹が立った。
聞いてらんなかった。
理解するが 買う店 すらない自分らにとっちゃ 話の 次元 が違く 腹が立った。
メディアの報道 のみに 流されないでいていただきたい。
重たい話になってしまったけれど 今年 も 皆様 の ご多幸 を お祈りしています。
Meubish
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