ニュートラルに生きる ④

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宇宙の法則には、
『自分が放ったことが帰ってくる』
というものがあるようですが、

そう考えると、
ネガティブな思考の中に長くいると、

それがそのまま自分に
跳ね返ってくるそうなので、

上手な方法で早く対処したり、
スッキリしてさわやかになったほうが
良いとは思われるのですが、

これはいい、これはダメ
ということにあまり固執すると、

逆に、
そこにいる時間が長くなる
可能性もあるのだと言います。

また、
『フォーカスしたものが
   ずっとはびこる』


という法則もあるようですので。

いち早く、
自分が心地良く感じるものに
フォーカスして、

違う波動の世界にシフトすることが
大切なことなのかもしれませんね。




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こういった類のお話は
とても胡散臭く聞こえますが、

結局、
究極のニュートラル思考というのは、
いちいち善悪の線引きをしないことでも
あるらしく、

例えば、
誰かに批判されたら
「そうか、批判したかったんだね、」、

誰かを批判したくなったら
「自分も批判したかったんだね、」

となるようなのです。


批判は、いけないこと!

という固定観念に縛られすぎると、

自分にも他の人に対しても
いちいちジャッジするクセがついてしまい
苦しくなるのだと言います。



「多くの人が、この本で変わった」の著者の
津留晃一さんのお言葉を借りれば

「しなければならないことなど
       何もありません」



また、別の言い方をすれば、

「してはならないことなど
     何もありません」


ともなると言うのです。



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自分に関して、
「こんなんじゃダメだ~」と思う感情、

例えば劣等感

それらは、結局、
周りの基準を引き合いに出している
ことが多いのだそうです。

世の中の基準。
社会の基準。
身の回りの基準を引き合いに、
自分を比べ、それで劣等感を抱く。



それは、裏を返せば「向上心」とも
言えるものなのかもしれませんが、

結局のところ、
その周りの基準にしても、

善いも悪いもなく、一種の仮説、
固定観念と言ったほうがいいもの

なのかもしれません。

例えば、
「女性たるもの美しくなければならない」
と誰かが思っていて、

自分も美しくなければダメだとか、
周りと比較して劣っているとか
思うのかもしれませんが、

そもそも
「女性が美しくなければならない」
というのは誰の基準なのでしょうか?

たとえ美しくなかったとしても
生きていける、

美しさよりも大事なことがある、
と思う人もいることを考えると、

その考えや基準は
その人の固定観念
と言えるわけですね。



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