今日もブログチェックありがとうございます。


中島ゆうきです。



はやいものでもうすぐNYに来て二週間が経ちます。


英語はまったく上達しません。


でも生活は慣れました。




NYという街はきっといわゆる『アメリカ』ではないと思います。


人はみな気さくで、笑い声の絶えない的なイメージのね。



ニューヨーカーはme me me me meな感じかな。




バスを待っても横入りは平気でします。


幼稚園児くらいの子供に


『You must be in a line』


といわれている白人を見て悲しくなりました。




信号は守りません。


赤信号を渡っている人を引きそうになった車の運転手が


ごめん


みないなジェスチャーをしてました。


悪いのはどっちだ?






そんなちょっと人間的には貧しいかもしれない街ですが、俺も俺で必死です。







学校が大変です。


プレースメントテストでなかなかのクラスに入れてもらえたのはよかったのですが


授業も宿題もハードです。


授業は毎回色々と考えさせられるよな文献を読まされ、即座にそれを要約しパートナーに伝えなければなりません。


宿題は、週末にはどっさり出されます。エッセイは引用方法やフォントが違っているだけで受け取ってもらえません。


でも、先生たちが本当にいい人で楽しいです。


アメリカは基本的にはいいところを伸ばす教育です。


日本はだめなところを直す教育です。


こないだ職員室みたいなとこで、英語でブロードウェイのチケット予約したんですが、ただ自分の電話番号を英語で伝えただけなのに、キャロル先生は


『あなたの電話は完璧だったわ』


と誉めてくれました。


そんな教育です。



あと


食料品が高いです!


野菜は高すぎて買えません。


大学の学食なのに7ドルくらいからしかメニューがありません。


俺は露店で買う75セントの冷め切ったベーグル二個をランチにしています。


魚がスーパーにありません。


あるのはカニカマくらいです。


ひじきが食べたいです。



でも



服は安いです。


SupremeStussyadidasもTシャツは20ドル台がほとんどです。


日本で7000円とかで売ってるやつなんかがです。


supremeは原宿もそうだけど接客が最低でした。


Tシャツを広げてデザインを見ていたら


『もうこれ以上広げないでくれ』


といわれました。(二枚目で)


原宿は『いらっしゃいませ』も言わないけどね。


とりあえずもってるsupremeの服全部捨てることにしました。


話がそれてしまいました。




NYはいいとこも悪いとこもかなりハイレベルで均衡している街なんだと思いました。


治安に関しても。


危険な場所にはそれなりの数の警官がいるし、ハイリスクとハイセキュリティが均衡している感じがします。




わくわくすることもあります。


寮から比較的近いダンススクールで


エリートフォースストレッチがヒップホップを教えていることがわかりました。


ヒップホップ界の神様エリートフォースです。




それから



今年はニューヨークでもダンスディライトが開かれます。


確か4月13日だった気がしますが。


これも行きます。


ひょっとしたらNUTSのすごーいダンサーJUNKOさんと行けるかもなのでなおさらわくわくです。


やばいダンサーばっかだと思います。









でわでわみなさんお元気で♪



















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中島ユウキです。


本年もよろしくお願いいたします。











今年はねずみ年だけあって、実家に帰省していました。









「すがきや」のラーメン(280円)を食べたり



↑この状態で出てきます。





斬新なマネキンにエーペックしたり



↑婦人服ですが、そういう問題ではありません。







本気でボーリングしたり


↑うえがボクです。








楽しかったんですが、それ以上に、やはりねずみ年だけあって


二回死にかけました。










一つ目はたまたま入った飲み屋で













このメニューよーーーーーーーくみてください。



















値段がない!













そしてなんとも言えぬこの字体。





「レディース」の文字の裏から感じる底知れぬ恐怖






体中に戦慄が走った。










「はい、お会計16万8000円になります。」


「ちょ…そんな食べた覚えないんですけど、だってコース料理と生二杯だけですよ?」


「そうおっしゃいましても。確かにこちらの値段になります。」


「こんなのボッタクリじゃないですか」


「少々お待ちください…………あんたたち!」







「おぅおぅ、金が払えねぇってのはどこのどいつだ!あ!きっちり払ってもらうまで帰れねぇからな!わかってんのかゴルァ!」






「そんなこと言われても…」


「じゃあ体で払ってもらうしかねぇな!!」










名古屋湾の底が見えました。


様々な臓器が見えました。


汁男優としてブリーフをはかされている自分が見えました。











「す、すいません。このセットってい、いくらですか?」


「2700円になります。」









命拾いしました。



せっかくもらった命ですが、翌日父親とのドライブでもう一度失いかけることになりました。



その日岐阜は大雪で、そんな中慎重に車を運転してました。



「そうや、お前に報告せんなんことあったわ。」


「なに?」




(ん、なんだ?51で再婚を聞かされた俺は、もうめったなことじゃあ驚かないぞ。どうしたというんだ。リストラか?いや、今朝カズノコを食ったばっかりだ。ん~宝くじが当たったか?いや、テレビが一向にブラウン管から進化しない。じゃあなんだ…)












「はよ言ってよ!」

















「お前ももうお兄ちゃんだな。」


















ABS、ワイパー、エアバック、ウインカー……あらゆる安全装置がはたらきましたが俺の心のスリップを止めることはできませんでした。














僕はもう一人っ子ではありません。



そう







お義兄ちゃんです。
























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中島ゆうきです。




昨日「多摩りゃナイ?」というイベントに出させていただきました。


もちろんチームは【ORIKI】で。



そして、このshow caseをもって、俺は【ORIKI】を引退しました。


先月サークルを引退し、そして昨日チームを引退。


本当に終わったんだなと。




【ORIKI】は俺のHIPHOPダンサーとしての全てでした。



このチームは昨日の多摩ナイが8代目で、ちょうど1歳の誕生日でした。






【1代目 ORIKI】(多摩ナイ vol.5)

[ゆうこさん あやえ えり ゆうき そうた かなこ ゆう]



⇒HIPHOPを始めて約1ヶ月で出た初めての外イベ。自分もフリを作った。深夜練習がきつかったのが印象的。一番へたっぴでした。とにかくここからこのチームの歴史は始まりました。みんなありがとう。













【2代目 ORIKI】(Cherish Night 2007冬)

[そうた ゆう よしえ ゆうき]



⇒ミドルに限らず色々なHIPHOPをやった。「♪DROP」のサビを無視してネタに走ってしまった。後悔…w。











【3代目 ORIKI】(message vol.2)

[さえ ゆう ようこ ゆうき]




⇒さえ&ようこ登場!さえちゃんは学祭で出会って一緒に出たいとずっと思ってたダンサー。女の子とは思えない深さと重さを持っていて、いつもさえちゃんのフリから多くを学んだ。本当に遠いとこから嫌な顔一つせずいつも練習に来てくれた。ありがとう。そして、ようこ。生協にいるとき、ノリで「一緒にミドルやろうよ」って言ったら「はい」って。本当にこれが一緒に組むきっかけ。まさかGirlsから転向するまではまるとは思ってもなかった。フリはおしゃれな感じだったかな。ただ、俺にはそれを表現できるだけのスキルが全然なくて、さえちゃんに申し訳なかった。










【4代目 ORIKI】(KODAIRA祭)

[さえ まり まりな まりえ けいこ ようこ ゆうき]



⇒学祭でどうしても後輩にミドルを見て欲しくって、他大から5人もヘルプで来てもらったチーム。みんなで練習したのはわずか3回程度。それでも共立薬科の人はみんなうまくて重く暗いミドルができた。









【5代目 ORIKI】(多摩ナイ vol.6)

[さえ まり ようこ たか ゆうき]



⇒前回に引き続きさえ・まり・ようこ。そしてスクールで出合ったタカ。タカは一年生でありながらダンサーとしても、人間としても本当に尊敬できるやつ。俺より3個も年下だけど芯が強い。タカのフリはエンターテイメント。お客が見ていて飽きないフリを作ってくれる。このORIKIは本当に評判がよかった。満足のいく作品だった。











【6代目 ORIKI】(Cherish Night/scratch vol.5/BIGBANG TOKYO)

[とおる けんたろう たか ゆうき]



⇒初のメンズオンリー&コンテストチーム。UNIONからとおるくんにけんちゃんを迎えたチーム。とおるちゃんは本当に上手い!体の使い方、音の聞き方どれをとっても完璧☆そんな素晴らしいメンバーを迎えて作ったネタ。フリは難しかったけど色々学んだし成長できた!いいチームだった。










【7代目 ORIKI】(一橋祭)

[ようこ そうた ゆう しんや えりな まゆ みほ こと えり かな もえ あやこ しおり ゆうき]



⇒一年生とミドルを組んで引退するという自分の願いが実現したチーム。自分が伝えられるものは全て伝えた。練習は大変だったけど、きっと踊りきったときの充実感は忘れられないと思う。ほとんど毎日後輩との練習に費やした。後輩の成長と可能性を確信して引退できた。本当に大好きなチーム。












【8代目 ORIKI】(message final/多摩ナイ vol,7)

[さえ ようこ たか もえ ゆうき]



⇒最後にして最も苦心したチーム。何代も組んでいく中でお互いが成長し、フリや音も難しくなる中で、何度練習してもチームとしての一体感がでなかった。そしてそのまま迎えたmessage。正直見せられるようなものではなかった。そして、それからの一週間、みんなが一丸となって構成やフリを再考し、なんとか多摩ナイに間に合わせることができた。4回に渡る深夜練習の中でみんなで作りあげてきたチーム。それだけに思い入れも深く、最後のORIKIがこのチームでよかったと心から思えた。















本当に自分はこの一年間ORIKIと共にありました。


その中で、様々な人たちと出会い、多くの刺激を受け、自分も成長することができました。


そして後輩の成長も見届けることができました。


今回で俺はORIKIを引退しますが、CHERISHのミドルはきっと後輩が受け継いでいってくれると思います。


歴代累計27人のORIKIメンバーと、このチームを通して関わった多くの人に心からの感謝の念を持って、このチームを卒業したいと思います。


本当にありがとうございました。


明日からORIKIは999人のチームになります。

気づけば12月です。


生活が不規則になると、色々と適当になってしまいますドクロ





こないだ女友達に「秘密なん?」って送るところを








「干物なん?」








って送ってしまい色々めんどいことになりました。




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中島ゆうきです。






先週の金曜にたまたま、


金曜にたまたま、


金たまひらめき電球





エロいやらしいサイトにアクセスしたんです。


特に興味もなかったんでそのままウインドを閉じたんです。


そのままネットをしてたんです。


そんで風呂はいってきたら




何やら身に覚えのないサイトが立ち上がってたんです。









「東日本熟女センター サザエさん










おかしいなぁ。俺は年下専………いやいや





とにかく身に覚えがないんで消したんです。


それからというものの、一時間に一回くらいの割合で


「東日本熟女センター」のサイトが立ち上がってくるようになってました。





ちなみにこのセンター、東日本とかいっときながら


トップ画像はアルゼンチン人の熟女ですサザエさん




そして今日、深夜練から帰ってきてインターネットを立ち上げた瞬間…





「東日本熟女センター」「東日本熟女センター」「東日本熟女センター」「東日本熟女センター」……………





てな具合にサイトが次々に立ち上がり、そのウィンドーはゆうに200を超えたんです。





ついに俺の家が「東日本熟女センター」の本社になってしまったのかと焦りました目





消せど消せど現れるアルゼンチン人妻






とにかく強制終了するしかなく、再起動して駆除にとりかかりました。




なんとか駆除はできたものの、相当時間がかかってイライラしてしまいました。



まぁ問題解決得意げ





そのままいつも見るスキー場のサイトにアクセス。



すると、バナー広告が出てて、


そのバナー広告、スクロールすれどスクロールすれどついてくるやつで、


イライラしとる俺にはもう我慢できなかったんです。










「フッ…こいつ、まいてやる…」











(俺のスクロールスピードにはついてこれまい…)












「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」












俺はありえないスピードでマウスのスクロールボタンを上下しまくりました。






(フッ、雑魚め。もうついてこれまい得意げ。)







PCがありえない画面になりました叫び


そしてフリーズ……









PC壊れました爆弾








漫喫より愛をこめて。



こないだ新宿に行ったんですが、帰りに売春婦に声をかけられてしまいました。






「アナタニウチュウミセテアゲル」







最近は【プラスαの付加価値】が求められてる時代ですが、


彼女は


新宿というカオスにあって、“夜の天体ショー”というコスモを見せてくれる天使だったのかもしれません。

















ババァでしたが。















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中島ユウキです。




最近、日本が誇る技術を特集する番組を見たんですが、日本はやっぱすごいです。


液晶画面とか携帯電話とか。。。


そんな中でもウォシュレットは日本が世界に普及させた技術の一つだそうで。(細かく言うと、アメリカで開発されたものを日本が改良して世界へと売り出した。)






もちろん一人暮らしの俺の家にはそんなものはないのですが、


こないだ父親が上京したときに、ホテルで久々に使ってきました。


まぁそのホテルが結構いいとこでして、


便器が浴槽かってくらいでかいんです。








んで当然シャワートイレ付きなんですが、いつもの


[おしり]


[ビデ]


の表示がないんです。


その代わりにつまみがあってそれを一方にひねると[おしり]


もう一方にひねると[ビデ]


って感じになってまして。




でもどっちがどっちかわかんないんです。



あきらかに日本の便器じゃないんです。




よくわかんないフランス語で「アダムなんちゃら」って書いてありました。


とりあえず、う○んこは済んだんで、




ボクは意を決してファーストアタックは左にひねりました。









気づいたら水滴が顔にかかってました。


どうやら[ビデ]だったらしいです。


……にしても、顔まで飛ぶのはきっと…



ビデマウス⇒ゴールデンボール⇒反発力⇒顔



というルートをたどったんだと思います。



うん○こまで吹き飛んでこなくて助かりました。





これで右にひねればいいことを学んだので、セカンドアタックは確実に右にひねりました。



無事にノズルが下がると、なぜか便意に襲われました。



どうやら水圧が強すぎて、肛門を刺激したらしいのです。



確かに水圧尋常じゃないんです。



気をつけてないと水が入ってきそうになるんです。



肛門しか使っていないはずなのに



液体が出るのか固体が出るのか不安にかられ

これは尿意なのか便意なのかわからなくなります。







こんなことしてたら俺は小学校でいう「うんこマン」になってしまうのでシャワートイレの利用を諦めました。







今日はこれだけです。



本当にくだらないことばかり書いてすみません。








そういえば、留学はNYにしようと思います。



みなさん、風邪などひかぬように気をつけてください。



それから、漫画喫茶のバイトは12月いっぱいで辞めるので


3000本以上のAVが見れる「AV.BB」を無料でご覧になりたい方は来店の際お知らせください。




それではみなさんさようなら。




































みなさんご存知のこととは思いますが、ボク来年からアメリカにちょっと留学してきます。


そんで、今日は某大手留学斡旋会社にカウンセリングにいて行って来たわけです。


「アメリカの都市でおすすめってありますか?」


「そうですね~。やはり温暖な西海岸はいいですよ。ロサンゼルスとかね。……あ、でもメキシコなんかもおすすめですよ。人も気候もあったかくって。」


「そうですか~。やっぱりNYなんかはあんまりお勧めじゃないですか?」


「語学学校の設備だったり治安の問題だったりで、やはり西に比べると……やはり温暖な気候の方が暮らしやすいですしね。メキシコなんかは本当にいいですよ。移民が多いですがみな優しいですし…」









陽気なトルティーヤ姉ちゃんに騙されて


あやうくタコスの具になるところでした。





やっぱりアメリカでしょ。





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中島ユウキです。



CHERISHは引退しましたが、どうもダンスはやめられそうにありません。


さてさて、みんなブログに書いてないですが、先週の土曜・日曜で「HipHop PARTY 旅行」に行ってきました。







①「ワイド保障にこだわるそうた」


17日、朝10時にレンタカー会社に到着。


ドライバーはとりあえず、こうへい・ユウキ・そうた。


大学生協で申し込んでたので免責保障も込みだった。


しかし、そうたは頑なに保障のグレードアップを要求する。


「え、やっぱワイド保障にしとくべきっすよ。……(中略)……一人たったの400円くらいのもんっすよ。」


(無視)


「や、絶対ワイド保障のほうがい……」


「お車こちらになりま~す♪」



結局ワイド保障にはしなかったけど、そうたのコンビニへの駐車を見たら、ワイド保障にすべきだったと心から思った。



↑車止めの位置に注目。セレブ駐車。






②「大人のぐりとぐら」


昔々、あるところにぐらがいま……


「ぐら!ぐら!……息をしてぐら!」


肝不全でした。




ぐりは一人ぼっちになってしまいました。


そんなぐりは、ある日マツタケを密猟するために山へ行きました。


すると山の奥からブラックメケメケ団が現れ、ぐりを誘拐していきました。




ぐりが目を覚ますと、目の前には大きな大きなミキサーが…


「わかっているな。」


「や、やめてく…」


(♪♪ぶぃ~ん♪♪♪)






「はいできました。ぐり茶です。」






こんなくだらない話をしていました。




③貸し別荘到着


とりあえず広すぎる。



みかん刈り放題やし



卓球もし放題


夜はBBQに宴会



そうたと必死に女子風呂覗こうと苦心してました。


二時間睡眠で朝ごはん




そして渋滞巻き込まれ運転八時間。




でも楽しかった。


であであ♪

この間の学祭で、俺は3年間所属してきた「CHERISH」を引退した。


思えばこの三年間、どれほどの時間を「CHERISH」にかけてきたのだろう。


高校まで個人競技しかやったことのなかった自分にとって、このサークルは俺にダンスだけじゃなく、もっと大切なことを教えてくれた。


月並みな言葉になってしまいますが、それは、仲間の大切さ。





自分に「CHERISH」の楽しさを教えてくれた先輩


苦楽を共にした同期


慕ってくれた後輩




こういった素晴らしい仲間がいたからこそ、自分は大学生活を本当に実りのあるものにできたし、かけがえのない思い出を皆と分かち合えた。


そんな「CHERISH」に心から感謝している。




きっとこれほど自分にとっての「CHERISH」を振り返ることもないと思うので、この三年間を回顧してみようと思う。




【2005年 春】


 一橋大学入学。期待に胸膨らます中で「CHRISH」の新歓を見る。印象的なのは花さんのラビット。その時の光景は今も鮮明に覚えている。

 淳さんが優しく迎えてくれ、入部を決意。ジャンルはLOCK。ジャニーズに憧れていた…。まもなく小平祭を迎える。


 まおちやまりこ、ひとみとうちで遊んだりしたなぁ。チーム名は「ミルキーガウス」。たかのりもロックしてたw


 小平祭、自分の中では100点だった!自分に酔った。「俺ってかっこいい。」(※一年生のみんなはコダ祭のタカ○ロイメージしてね。あんな感じw)


 翌日、彼女に振られる。


【2005年 夏】


 夏合宿。未だに他ジャンルの人とは話せない。えりの髪が金髪だった。


 スクービードゥを女の子にやらせすぎて、三人位泣かす。昔は俺怖かった。




 夏イベ(@CORE)。この頃、井上なおこはまだお客さんだった。




 14代、もっと仲良くならなきゃと焦り、「温野菜」飲みを企画。初めて他ジャンルの人と話す。みんなすっげおもしろいし、もっと前から仲良くなっときゃよかったと後悔。


【2005年 秋】


 伊藤ゆり・井上なおこがLOCKに入る。


 伝説の「ミルキーガウス」結成。学祭一ヶ月前からの週一回深夜練。今14代LOCKが二人しかいない原因の一端はこれかもしれない。


 そして学祭。完成度は過去最高。初夜祭も経験。

ミルキーガウス②



 高揚感に浸る中でたかのりからの一言


 「俺HOUSEやるわ。」


 しまった………。





 そして12代の先輩引退。みんな泣いていた。「CHERISH」はみんなに愛されてるんだと実感。



【2005年 冬】


 初めて淳さんと踊らせてもらう。あの頃から淳さんはうまかった。結局追い抜けなかったなぁ。


みんなでワシャワシャ♪



 あきおさん・淳さん・せこさんとスクールに行きだす。



 終わった後の「はなまるうどん」では先輩のサークル観としばしば衝突。




 でも、あの時あきおさん・せこさんが言ってたこと、部長になってからその重要性に気づいた。



【2006年 春】

 

 二年生。新歓。


 いわゆる「出合って五秒やね」事件を経験しつつ15代を迎える。


 毎週のように飲んでたなぁ。ようこの誕生会楽しかったなぁ。




 この頃の俺は、テニサーのようなサークル像を描いていたのだと思う。




 ダンスはそんなに楽しくなかった。




 そして15代に憧れていた時期もあった。


 この頃の俺はサークルとの関係が曖昧で、周りが見えてないときもよくあった。




 そんな中での小平祭。


 淳さんと二人で組めた。ダンスが好きとかLOCKが好きとかじゃなくて、淳さんと組めたのがうれしかった。





 そして、瀬古さんが冗談交じりに言った


 「おまえはミドルスクールみたいな方があっとるかもしれんよ」


 「俺はLOCKERすよ」


 懐かしい。



【2006年 夏】 


 夏イベ。先輩たち三人の中に混ぜてもらい、夏イベでトリを踊らせてもらう。




 毎日のように見た先輩たちのダンス。刺激が強すぎて、自己嫌悪になった。


 イベントが終わって、力が抜けるのと共にLOCKに対する熱さが失われるのに気づく。


 でも、本当にいい思い出だった。あきおさん・瀬古さん・淳さんの中に俺がいさせてもらえたんだから。


【2006年 秋】


 ダンス人生・そして「CHERISH」ライフ最大のターニングポイント。


 夜の生協で踊るコウジを見て気づく。


 「ダンスはもっと自由で楽しいもんだ」


 と。


 トエルを必ず巻く必要もなければ、LOCKダンスだけに固執する必要もないと。


 俺の好きなダンスってなんだ??


 音はビートが強くって、ノリはランニングマンな感じかなぁ………







 あやえからのメール


 「ヒップホップやってみない?」






 「やりたい!」





 ユウキミドル誕生。





 あやえと組むんだから基礎習わなきゃ…


 そう思って行ったのが今のスクール


 RealPromotionのKAZUYAさんとの出会い。


 90分のレッスンを終えて、世の中にこんな楽しいダンスをこんなにわかりやすく教えてくれる人がいるんだと、感動のあまり茫然自失。


 ここで決意する。俺はKAZUYAさんの下でMIDDLE SCHOOLをやり続けるんだと。


 


 そして俺のMIDDLEデビュー。「びぎなーず☆らっく」






 本当に楽しかった。


 しかし秋は別れの季節。13代が引退していった。


 13代は人数こそ少ないけれど、本当に深く関わった人たちばかりで、本当に切なかった。


 

 そんな中で、運営が自分たちの代になった。


 部長として一年間「CHERISH」に身を捧げようと決意。


 第14代の部長になる。


【2006年 冬】


 優とよく練習してたなぁ。俺みたいな下手っぴをちゃんと先輩として立ててくれて、下ネタもできて…うんw。


 一代目「ORIKI」結成。あやえ・えり・ゆうこさん・ゆう・かなこ・そうた・ユウキ、すごいメンバーだ。




 えりさんがランニングマンやってんだよ。みんな必見♪w


 「ORIKI」…本当にこの一年間はこのチームとともにあった。気づけば次で8代目。いろんな出会いがあって、そしてこのチームで色々な人と踊った。












 多摩ナイ・冬イベと消化していく中で、同時に自分はどういう部長になるべきなのかを悩んでいた。





【2007年 春】


 16代が入ってくる。新歓は大成功!新たに50名のチェリクルーを迎え入れる。



 ヒップホップにはなんと20人も入ってきてくれた。


 4月は悩んだ。本当に悩んだ。


 自分のあり方を。




 そこで出した結論…




 「部長としてはもちろん、ダンサーとしてもCHERISHをひっぱりたい。」





 こんなに多くの後輩が入ってくれたのだから、まずは部長として来やすい環境、踊りやすい環境をしっかりと作ってかなきゃいけないと思った。



 そして、それだけでなく、ユウキさんみたいになりたいって思われるだけのダンサーになりたかった。それはただ踊る姿を見せるだけではなくって、しっかりと後輩に自分のもっているものを伝えていくという形で。




 四月にこう決意したことが、結果として、コンテスト出場の動機付けや、HipHop PARTY の企画へとつながっていったのだと思う。



 小平祭が無事に終わる。あやえ・えりと慣れない仕切りを頑張った。



【2007年 夏】


 学祭後、HipHop PARTY の練習会を開始する。

 

 週に一回みんなでミドルの基礎をやった。多くの後輩が一緒に練習してくれて楽しかった。二号館で張り上げた声の分だけ、自分も成長できた気がした。


 夏合宿。夏イベ。


 自分のチームはもちろんだけど、後輩「VOLBISH」のみんなの頑張りを見て、「こいつらと一緒に踊って引退したい」と強く感じた。

 

 ミドルは基礎を作るのが難しいジャンルだと思うけど、合宿の中で休まずに練習する後輩の姿を見て、自分も本当にいい刺激を受けた。


 もう次のイベントで引退だ……

 

【2007年 秋】


 引退の時期が来てしまった。


 当たり前に月・水・金を空けていたことも


 当たり前に生協にいたことも


 そしてなにより


 当たり前にみんなといたことが


 すべて


 当たり前でなくなる。


 それが引退。




 最後のチーム



 後輩と一緒に出たいと強く思った。



 自分の伝えられるものは全て伝えて引退したいと。



 ダンスはもちろんだけど、そうじゃない自分の思いも伝われば言いなと。



 一年生のみんなは一緒に出ることを快諾してくれた。


 二年生も ようこ そうた ゆう みんな揃った。


 総勢15名の7代目ORIKIの完成。




 練習は1からやった。


 最初の二週間くらいは一年生とひたすらムーブをやった。


 ブライアンターンは300回くらいまわたんやないかな。


 一年生のみんなは本当に練習頑張ってくれた。


 きっと知らないことばっかやったやろうけど、できるまで残ってくれたり、開いてる日に自主練したり、本番になってからも、ビデオチェックで修正点を確認したり。


 こんな素晴らしい後輩と一緒に踊れたのは本当に本当に幸せだった。


 ORIKIは7代目まできたけど、一番のORIKIだと思う。







 本番の映像を最近見た。


 もちろんヒップホップだから笑顔でずっと踊ってるわけじゃない。


 でも、そんな中から垣間見える、自信に満ちた表情


 ダンスを楽しんでる表情



 自分が伝えたかったこと。少しでも感じとってくれたのかもしれない。


  


 最終日最終公演が終わったあと、舞台裏で一年生みんなが泣いていた。


 きっと自分のために泣いてくれたんだと思う。




 CHERISHで、MIDDLEで、ORIKIで一年間頑張ってきて本当によかった。


 そう心から思えた瞬間だった。


 何か清々しい気持ちすら感じていた。

 

 だから俺は泣かなかったし、笑っていられた。



 2007年11月4日


 引退。



 また生協であいましょう





 




 




 



 

 


 


 


 

月曜の2限に英語のライティングスキルの授業をとっています。


先生はビバリーヒルズ、いや、メアリーヘイズという人。


週末にはピーナツバターを作ってそうな典型的な外人です。




この授業、マジで人が少ないんです。


そのせいで毎回メアリーと英語で話さなくてはならない…。


私は外人恐怖症なので、とりあえず質問には全て笑顔で


「YES☆」


で答えていました。






その結果、名前が「ナガシマ ユキ」になっていました。


その結果、生まれが沖縄県になっていました。




こうして戦後の日本人は、アメリカ人にいたぶられていたのかと思うと、これはもう特攻しかないなと。






メアリーヘイズの空母にボクのトマホークを……


いや、間違えました。


ボクの機関車トーマスを…


また間違えました。






私にはそんな淫らな趣味はありません。






今日もブログチェックありがとうございます。


中島ユウキです。





そんなNOとは言えない日本人の典型である私は、今日さわやかにある友人に告白されました。


「俺、今日ノーパンだよ♪」


と。





あまりのさわやかさに私は畏敬の念すら感じ、二言目の



「意外にいいよ。」




という言葉には、もはや





「YES☆(訳;私もノーパンライフを始めたい!)」






と返さざるを得なくなっていました。



しかし、よく考えてみるとノーパンとは、ノーパンティの略なわけで、つまり彼は普段はパンティをはいているが、今日はパンティをはいていないと言ったわけです。




どっちにしろ彼は変態よりの人間なんだということがうかがい知れます。






ただ、やはり普段私の下半身を拘束しているものが一つなくなるというのは、自由を手に入れることと同義かもしれません。




それを脱ぎ捨てたとたん、カオスはコスモへと、秋月杏菜は紅音ほたるへと変貌を遂げるのかもしれません。





しかし、過度の自由とは危険なもので、「ノーパンをも許容する社会が今日の日本のモラル低下を引き起こし」ているとも言えるでしょう。(※福沢輸血「肛門のススメ」より引用)



適度な縛りの中で得られる自由こそが、この母なる恥丘、いや地球を、地球たらしめる本質なのではないでしょうか。



そうすると我々のとるべき道は自ずと決まってくるわけです。








Tバックの着用










これにつきるのは言うまでもないでしょう。




一見するとそれは自由の象徴に見えるわけです。


すなわちノーパンであるように。





しかしながら、そのかすかな布地はしっかりと我々の桃、いや、地球を北半球と南半球に固定化し、そこに適度なる秩序を与えてくれているわけです。






そしてその布地は時に赤道直下のマントルに適度な刺激を与え、(交通の)便を活発化させてくれるのです。





まさにコスモポリタンが再提唱される現代にあって、グローバルな交流を可能足らしめる魔法の布とは言えないでしょうか。





友人のあまりの理路整然・公明正大とした姿に、ルネサンスにも似た「ノーパンティオロジイ」、すなわちノーパン復古主義を掲げかけた私ではありますが、


これからの時代、もう一つ先を見据えた「ティバックオロジィ」こそがこの地球にとって不可欠なのではないでしょうか。




最後に「ティバックオロジィ」の先駆者としても名高いフランソワ・ポッコチンの辞世の句を引用してこの文章と締めとさせていただきます。














「あと四日でCHERISH引退なのにこんなくだらんブログ書いとる場合やなかった。。。。。。。。。。。。」

工事用ケーブル盗んだって…








「いぃじゃん!いぃじゃん!EE JUMP♪」








後藤ユウキ逮捕。

(http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/theft/?1192852343 )










今日もブログチェックありがとうございます。


中島ユウキです。










「ところでブライアン、んあぁ、いきなりパスタとゆで卵が同時に食べたくなることってよくあるよね?」


「あぁ、ボクなんか毎日だよベティ。」


「ブライアンならそんな時どうする?」


「そうだなぁ、まずお鍋を二つ用意するだろ、それから湯をわかす。そして片方にはパスタ、もう片方にはゆで卵だろ?どうだぃ完璧だろ!」


「ブライアン…君はこの25年間一体何をしてきたっていうんだ??それじゃあ鍋も水も無駄だらけじゃないか?このブタ野郎!」


「もう一度言ってみろこのチキン野郎!」


「わかったわかったブライアン… so cool so cool …いいかい落ち着くんだ。そんな君に今日はとっておきの商品があるんだ。コレ。一見普通の大きな鍋だろ?」




「どっからどうみても普通の鍋だけど?」


「あぁ、その通りさ!普通の鍋なんだ。ここに水を入れて湯を沸かす。まずは卵を入れるんだ。そしてしばらくしてその上からパスタを入れる。」


「Oh!MARVEROUS!信じられないよ!一つの鍋で同時に卵とパスタが茹で上がっていくよ。ボクにはこの光景が信じられないよ。このテレビを見ているワイフ!君にはこの奇跡が信じられるかい?」


「もうこれで鍋は二つもいらないだろ?」


「まったくだ♪ハハハハハハハハ♪」










卵の殻に含まれるサルモネラ菌郡が見事にパスタに染み込んで、食べてまもなく腹を下しました。


みなさん、絶対に真似をしないでください。








ちなみに昨日の深夜練で夜調子こいて、マックを食いすぎました。


踊りまくった結果、早朝「朝マック」となって口からでかけました。








今のボクは上も下も


マーライオン


みたいな感じです。




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