メタメタの日

パンセ


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(補注:このアーティクルの論考は、『かけ算には順序があるのか』岩波科学ライブラリーの第3章で整理されました。)

http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/02/2/0295800.html



  子どものとき疑問だったこの問題は、塾で教えるようになってから、数教協の本(特に遠山啓の本)を読んで、分離量・連続量という考え方を知って、氷解しました。私にとっては、数教協で目からウロコシリーズのベストスリーに入るものでしょう。ところが、mixiで発言したところ、なかなか同意を得られなかった。それ自体が、私にとって、新たな目からウロコシリーズでもありました。

http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=42139232&comment_count=306&comm_id=63370  233番発言以降。


 さて、

A:「2時から5時までは3時間。」
B:「2日から5日までは4日間。」


 この違いをどう説明するかということでした。AとBの違いは、次のCとDの違いと同じになります。


C:地面に線を引いた。2mの所から5mの所までは3m。

D:旗を並べて立てた。2本目の旗から5本目の旗までは4本。


AとCは、時間や長さという連続量をはかるものであり、BとDは、日数や本数という分離量をかぞえるもの、という説明が妥当だと思うのですが、「連続量」「分離量」という言い方は人口にそれほど膾炙していません。連続量のことを「量」と言い、分離量は「数」と言うことの方が多いかもしれません。

分離量とは、「単位量」にあたるものが自然に個物として分離していて、自然数として数値化できるもので、連続量とは、「単位量」を人為的に設定する必要があり、数値化するときに分数や小数が必要になるものですが、その区別は相対的なものです。例えば、みかんも、1個2個と数えるときは分離量ですが、房に分けて、「三分の一の蜜柑」とか言うこともできるわけで、連続量としても捉えられます。

「日」については、次のような問題もあります。(188番発言既出)

>日数も「2日から5日まで」というときは、分離量扱いで4日だが(厳密に言えば、この場合の2日と5日は、分離量を表す自然数の序数で、4日は分離量を表す自然数の基数ということになるが)、「2日のある時刻から5日の同時刻まで」というときは「3日」となる。この例は、藤沢利喜太郎自身が出しているもので、どこかの発言で引用したことがあります。この場合は、日にちという時間を連続量と扱っているわけです。詳しく言えば、「2日のある時刻」「5日の同時刻」が連続量の「序数的目盛」(座標)で、「3日」が連続量の「基数的目盛」(長さ)ということでしょう。<


 藤沢利喜太郎が『算術小教科書』(明治31年、71頁)で言っている原文は以下です。

「ある月の三日と同じ月の九日との間に幾日あるか。

 三日と九日との間にある日数を問うものなるが故に三日と九日とはこの日数の中に入らざること勿論なり。さて、三日と九日との間には四日、五日、六日、七日、八日なる5日あり。実際は9日より3日を減じ更に9日を除くために1日を減じ5日を得て答とす。もっとも問題が三日のある時刻より九日の同時刻までの時間を索むるものなりせば答は9日より3日を減じて得べき6日なり。」

(原文はカタカナで、旧仮名遣い。「近代デジタルライブラリー」

http://kindai.ndl.go.jp/BIDtlSearch.php  )


 さらに、「日」については、以下の問題もあります。

 「日」は、もともとは、太陽(お日様)を指し、昼間(日中)のことだったが、昼夜あわせた日もさすようになり、この日が、上のように分離量としての1日だけでなく、連続量として24時間=1日と言うこともある。

 正午成田発で、翌々日の正午成田着の満48時間の旅行を「二泊三日」というときの「日」は、昼間をさすのでしょう。


したがって、299番発言

>A':「月の始めから2度目の夜から5度目の夜までは3日。」

 というのは、「4夜」あるいは「4夜3日」というのではないでしょうか。

 小町算の元になった、百夜通えばと言われた深草の少将にとっては、夜の数が問題だった。「一夜二夜三夜四夜。七夜八夜九夜、豊(十夜)の明りの節会にも、・・・九十九夜になりたり」

 

A'': 今年から2度目の大晦日の夜と5度目の大晦日の夜までは3年。

 これは、そうだと思います。藤沢の原文の後半部分に該当する例だと思います。ただ日数でカウントすると、(うるう年がない場合で)365×3+1日とうるさいことをいうこともあると思います。

「年」はもともとは分離量として「数え」で数えるが、連続量で「満」で数える場合もあるが、日にちが特定されていれば「満」かというと必ずしもそうではなく、満1年目が「一周忌」だが、満2年目は「三回忌(誤用して三周忌とも)」という。


年・月・日の数え方は、元々は分離量として数えていたのに、明治以降、連続量の時・分・秒が一般化すると、それに引きずられて連続量として扱うようにもなって混乱していると思うのです。おまけに、年・月・日は、時の流れという連続量を分節化したものだから、分離量として、「年」は年単位として数えながら12ヶ月や365日という内部構造を持ち、「月」も月単位で数えながら30日や31日という内部構造を持ち、「日」も日単位で数えながら、子丑寅・・・の刻や24時間という内部構造を持っている。分離量としてもクリアではない。

ただ、混乱しクリアでなくても、時間の単位についても、分離量・連続量という区別は有効で、この区別を基準にして、どこがどう混乱し、クリアでないかが分かるという仕組みだと思っています。


みかんを分離量として捉えることができるというのは、みかんが床の上に散らばっていようが、お盆の上に山積みされて「接して」いても、融合せずに個物性を失っていないということです。散らばったみかんを数える場合も、大きい順に並べて数える場合も、みかんとみかんの間は「量」として意識もされず、数値化されることもない。分離量の単位と単位の「間」や「境界」が意味をなさない、とはそういう意味です。

日についても、日(昼)と日(昼)は、夜によって分離していて1日2日と数えることができた。夜は「日数」としては数値化されなかった。しかし、一昼夜をまとめて「一日」とする言い方も生まれた。日と日は子の刻の九つの鐘あたりで接するようになった。月と月も晦日の深夜が一日と接するようになり、年と年も大晦日と元旦が除夜の鐘で接するようになった。


>299 その「意味をなさない」時に時を知らせる鐘が撞かれたのでしょうね…。


 伏して座布団を差し上げるべきコメントでした。拝。

 けれど、借金取りと貧乏人にとっては大晦日と元旦の「境界」は大いなる意味があったわけですが、この境界の数値化は、日や月や年としてはなされなかった。日と日の境界は、連続量の境界として「0時0分0秒」と意味付けられた。紀元前1年12月31日23時59分59秒の1秒後は、紀元1年1月1日0時0分0秒となる。1年も1月も1日も「単位部分」(分離量)であることは変わらず、それらの単位部分の境界に新しい単位名は生まれなかった。逆に連続量の「境界」の単位名である時・分・秒では、それぞれの境界と境界の間を、時間・分間・秒間と呼ぶわけですが。


続きがあります。

http://ameblo.jp/metameta7/entry-10278928586.html

http://ameblo.jp/metameta7/entry-10283593190.html



 (参照) 江戸時代の数量観が今と違うことは、『和算で数に強くなる!』(ちくま新書)を是非!http://www.amazon.co.jp/%E5%92%8C%E7%AE%97%E3%81%A7%E6%95%B0%E3%81%AB%E5%BC%B7%E3%81%8F%E3%81%AA%E3%82%8B-%E3%81%A1%E3%81%8F%E3%81%BE%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E9%AB%98%E6%A9%8B-%E8%AA%A0/dp/4480064745


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