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2016年09月28日(水)

リアルなキャリア教育(踊)

テーマ:ブログ

わけあって(?)某豊洲にある某キッザ○アに行ったのだった。

 

私はコドモを持たず、小学校の教員でもない。たぶんフツーなら行く機会などない場所なので、ちょっと面白そうだと思って、便乗させてもらい、とことこついていってみたわけで。

 

そもそも○ッザニアって何?(汗)と調べてみると、要するにコドモにリアルな職業体験を楽しくやってもらう、というテーマパークらしい。そういえば、聞いたことがあるようなないような(悩)

 

中学校の校外教育で使ってね♪という宣伝も見たものの、いや、これさすがに中学生はイマイチでしょう、と思っていたら、修学旅行っぽい制服姿の中学生も散見して、なかなかオドロキなのだった(しみじみ)

 

遊ぶのはコドモだけで、大人はそれをただ見たり写真を撮ったりするのだった。

が、なかなか人気のパークらしく、結構混雑していて、面白いのは、コドモたちに効率よく(?)体験をさせるために、お母さんたちがあちこち走り回って、待ち時間の様子を見たり、予定を立てたりしていたりして、そこそこ忙しそうなのだった。

 

ちなみに、私が同行させてもらったコドモたちは、なんとなくノンビリしていてマイペース。

やりたいモノがなかなかなく、おっとり歩き回り、ようやく、これ、というのを見つけると、待ち時間も大して気にしない様子でおっとり待っている。

 

なるほど、たしかになるべくたくさん遊ぶ必要なんてないもんなーとしみじみし、やっぱりどういうわけか、こういうことをしていると、ついついスケジュールを詰め込みたくなってしまうものなのだなー(汗)と気づいたりした。

 

そう思ってみると、忙しそうに走り回るお母さんたちが、学校説明会を一生懸命見て歩いているらしいお母さんたちと重なったり(汗)

 

どういうわけか、コドモは一旦入場したら、途中でちょっと退場&再入場♪ということができない決まりになっている。だから、待ち時間が長かろうがなんだろうが、ずーーっとパークにいなければならないのだった。

 

ちょっと外に出れば、愉快なショッピングモールで、付き添いの大人は手続きすれば自由に出入りできたりする。

 

そんなわけで、コドモたちはおなかがすいたりしたら、パーク内でご飯を食べるしかない。

で、用意されているレストランはピザやハンバーガーといったファストフードと、お総菜屋さん(チンしてイートイン♪)だけなのだった。

 

安上がりでいいといえばいいけど(悩)

 

で、実のところ、多くのコドモたちは、おそらくスケジュールをなるべくたくさんこなそうとするので、ご飯をゆっくり食べる、という発想にどうもならないらしい(しみじみ)

 

…………。

 

えーと。(汗)

 

アレですか。

これが働くってことだよ♪

時間を惜しみ、ご飯は素早く簡素に、そしてリタイアはダメ♪

 

……と、コドモたちに、そこまでリアルに教えなくてもいいような気がしたりしなかったり(遠い目)<待て(汗)

 

ちなみに、同行させてもらったコドモたちは、前述のとおり、とにかくマイペースでノンビリしていた。一番楽しそうだったのは、コドモ専用のキャッシュカードを使って、ATMでお金を引き出してる時のようにも見えた(汗)

 

もしかして、この子たちは働きたくないんだろうか(汗)とふと思い、そういえば私だって働きたくはないよなーとしみじみして(汗)

 

うん、でもそういえば、そもそもキャリア教育って、こういうものだよなうんそうだった(うんうん)

 

と、むやみに納得するのだった(しみじみじみ)

 

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2016年09月19日(月)

賞状

テーマ:一貫校の日常

わけあって、クラスで賞状をもらった。

 

もちろん、クラスでもらったのだから、発行元(?)は学校で、要するに内輪で盛り上がってるだけ、ということなのだけど、生徒たちはうれしそうなのだった。

 

で、最近の生徒たちはこういうときにむやみに写真を撮りたがる。

ってことで、まずは賞状を美しい額縁に入れて、それから記念集合写真をとったらどうか、ということになったのだった。

 

額縁を買うのは、私らしい(悩)

が、日常の教員というものは、額縁を売っているよーな店が開いている時間に学校を離れることがちょっと難しい。

 

週明けになっちゃうけど……?というと、生徒たちはうんうん大丈夫です!お願いします!と言うのだった。

自分で買ってこいよー。クラス費出すからー。と言いたいとこだけど、たぶん、探すのが面倒なのだと思う(悩)

 

そんなわけで、土曜日の放課後、額縁を買って、時間があったので学校に戻り、賞状を入れようとした……ら。

 

入らない(汗)

 

えーーーー?(汗)と慌てて確かめたら、A4用の額縁を買ったのに、賞状がB4なのだった!(倒)

 

いやもう(涙)

てっきりA4だと思い込んでたんだけど……って、お前今まで何十万枚B4のプリント作ってきたんだよおい(怒)と自分につっこむのだった(しみじみ)

 

ってことで、やりなおしー(こそこそ)

 

あとは、写真撮るのを忘れないようにしないと(しみじみ)<それはちょっと(汗)

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2015年02月08日(日)

生徒とメール♪(倒)

テーマ:でもしか道

なんと!

教員は生徒とメールだの電話だのしてはまかりならん!(怒)というきまりを作った自治体があるらしい!!!!!


…………。(うっとり)<こら(汗)


なんと素晴らしいきまりだ!(踊)と思いつつ、記事をよーーーく見たら、「私的な」という但し書きがついていたりして(倒)


何をもって「私的な」というのかはわからないけど、禁止していただけるならありがたい!(踊)と私が思っているよーな生徒とのメールや電話は、大概「私的な」ものではないよーな気がする(しみじみ)


…………。


こういうことが進むと、要するに、生徒の家に「宿題明日こそは出せよコラ(怒)」「まだ学校に来てないし連絡もないんですけど、どーしましたか?」みたいな問い合わせもいちいち「公的なものです」と、校長の許可をとってやることになるのかも(汗)


民間(?)なら、そんなややこしいことにならないように「公的な」通信手段を作って、そこで自動的にログをとる、なんてことができるのかもしれないけど、うちは貧乏だからなー(しみじみ)


とはいえ、生徒名簿が作られなくなってずいぶんたつし、緊急連絡網もそろそろ廃止になりそうだし(悩)

こういうことって、進むのは早いのかもしれないのだった。


で、たとえば、名簿がなくなってから生徒からの年賀状が来なくなってスッキリした♪と思ったのもつかの間、最近では学校に年賀状が届いたりしてる(倒)ので、きまりをいくら作っても、抜け道はいくらでもあるに違いないのだった(しみじみ)


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2014年11月23日(日)

みやびー。

テーマ:一貫校の日常

「伊勢物語」の「東下り」は、古文中級者ぐらいの定番教材なのだった。

有名なのは「かきつばた」の折り句つき「唐衣きつつなれにし妻しあれば~」の歌と、「名にし負はばいざ言問はむ都鳥~」の隅田川エピソード。


……が。

その中間に、富士山近辺の静岡エピソードが入る。


その辺りを授業でとてとて進んでいたのだった。


駿河国で、主人公たちは一人の「修行者」に出会う。

それがなんと、都での知人だったのだ!(驚)という話で、面白いといえば面白く、深いと言えば深いけれど、あんまりマニアックに踏み込みすぎると、生徒たちは寝てしまう(倒)


その「修行者」に、教科書では「すぎやうざ」とルビを振っていた。

発音すると「すぎょうざ」となる。


「修行」をどう読むか、というのはそれほど大事な問題ではない(と思う)が、こういうとき「者」を「しゃ」ではなく「ざ」と読むのは他でも散見するので、ソコは指摘しておく。

そんな説明をしていると、ひとりの元気な少年が突然「うわああーー(涙)」とアタマをかかえたのだった。


「せんせいー。やばいー。消えない-。ぎょうざが消えない-。」


…………。


彼に言われるまでもなく、説明をしながら、私のアタマの中にも、真っ白い巨大な餃子が、旅支度をして杖を突き、えっちらおっちら山道を歩く姿がぐるぐるしていたのだった(涙)


彼の叫びをきっかけに、教室に爆笑が巻き起こった。

……これだから、この読み方はヤなんだよーーーー(涙)


いいかてめーら。

伊勢物語といえば、「みやび」だ「みやび」!!!


そうキーワードを叫ぼうとして、思いとどまった。

もちろん、「みやび」な巨大餃子がウロウロし始めたら色々と取り返しのつかないことになるからだった!(涙)

#とりあえず、この後、隅田川を白い餃子がばたばた飛んだりしないよーに、早く忘れてくれるよーに祈るだけです(しみじみ)<無理かも(しみじみじみ)

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2014年10月09日(木)

書を捨てよ、町へ出よう

テーマ:一貫校の日常

昼休みに、少年たちがわいわいやかましく話をしていたのだった。


ぼーっと聞いていても、何を話しているのかサッパリわからない(涙)

どうも、科学オタクとか思想オタクとか政治オタクとかいったコアな少年たちがかなり不毛な議論をたたかわせ、それを野次馬が取り囲んで突っ込みまくる、みたいな感じなのだった(悩)


で、いきなり、ひとりの少年の口から「寺山修司」という名前が飛び出したので、ちょっと驚いた。

寺山修司は、たしかに国語の教科書にも出てくる名前なのだけど、それをいちいち覚えている少年は少ないだろうし、彼の口調は、明らかに何冊かの著作を読んでいることがうかがえるものなのだった。


「寺山修司なんて読むんだー」


と、思わず口を挟んでしまうと、別の少年が、それ、誰でしたっけ?と聞いた。

で、私が答えるより前に、件の少年が素早く言うのだった。


「本を捨てて、町へ出ろ!」


おー。というどよめきが少年たちからわいた。

たしかに、ちょっとかっこいいセリフだと思う……が、それで口を噤むよーな少年たちではない。


「なんだ、ソレ?」

「その寺山修司が書いた本の題名だよ!」<正確にはちょっと違いますが(汗)

「えー。でも、それ自体本なんだからさ、捨てなくちゃいけないってことになるぞ?」

「そーだ!そしたら、読めないぞ!なんだよその本?」


……え?(汗)


「だから、その本を読んでから、本を捨てて町に出ればいいんじゃね?」

「いや、題名は表紙に書いてあるんだろー?だったら、読んだらだめじゃないか!すぐ捨てないと!」


…………。なんとなく納得(汗)


「そもそも、町へ出て、何をするんだ?それがわからなくて本だけ捨てても意味ないし!」


ひとりの少年がそう叫び、ようやく沈黙が落ちた。

そこで、私はオトナの意見をこそこそ述べたのだった。


「それは、もちろん、かわいい女の子と知り合いになったりするんじゃないでしょうか?」


…………。


沈黙は続いた。

どうも、賛成してもらえないようなのだった(涙)

やがて、なんとなく煮詰まった少年たちは、言い出しっぺの少年をつついた。


「だったらさー、オマエならどーするんだよ!本を捨てて、町に出て、何するんだ?」

「……うーん(汗)」


少年はしばらく沈思黙考していたが、ほどなく、ぱっと目を輝かせて嬉しそうに叫んだ。



「本屋に行く!!!」



…………。(倒)


いやもう、そろそろ中間テストだし、勉強しようよホント(しみじみじみ)


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2014年09月15日(月)

いつのまにか(汗)

テーマ:一貫校の日常

気付けば、いちねんせいだとばかり思っていた少年少女たちが三年生になり、それも終盤を迎えているのだった(しみじみ)


もう何度目になるかなー(汗)という三年生担当だけど、今年はなんかおかしいんじゃないかと思うくらい、生徒達がいい子なのだった。

なんでも一生懸命やるし、気立てがいいし、ちょっとのんびりしているかもしれないけど、発想はかなりポジティブ。


そのように「育てた」のだ、と言い切れるなら凄いけど、実のところ、育てた覚えは全然ない(涙)

大体、育てた……のだったら、これまでの生徒たちだって、そのように育てられたはずなんじゃないかと(遠い目)


ただ、中高一貫校だと、ここで卒業して終わり、ってことではない。

問題は、「いい子」に育った彼らが、「それでどうするの?」ってことなのだった(しみじみ)

実のところ、ここ数年、それがウチの問題なんじゃないかと思う。


そう思ってしまうのは、これから先、なけなしの進学校としての日々が続くからで。

その中でいやおうなく感じるのは、受験の結果に「いい子度」はあまり関係ないかも、ということなのだった。


もっとも、超難関校に誰がどれだけ合格したか、というところに注目するとたしかにそうなるものの、「いい子」の本領はそこにはない、ということなのかもしれない。

あまり自信はないけれど、「いい子」の勝負所は結果のすばらしさより、過程の楽しさなのかもしれないなーと。

そして、究極のところ、所詮不特定多数の他人が楽しく騒ぐネタとなるるがゆえに目立ってしまう「結果」より、自分の人生という点だけで見るなら「過程」の方がよほど大事なのかもしれないのだった。


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2014年06月16日(月)

東京ドーム

テーマ:ブログ

わけあって、昨日のパブリックビューイングにいったのだった。(しみじみ)


サッカーに興味がないわけではなく、といってわざわざ試合を見に行くほど好きというわけでなし……のはずなのに、この春から、サッカー観戦はもう2回目なのだった(しみじみじみ)

正確に言うと、どちらも目的は観戦そのものではなく要するに仕事で、それでもなりゆきで結局観戦することになってしまう。

そんな事情なので、それほど見たいわけでもないサッカーの試合を最初から最後まで……と考えると、いかにも長時間、という感じがする。が、実際に行ってみると、それほどとも感じないのが不思議なのだった。


東京ドームに行ったのは、もしかしたら初めてなのかもしれず、やっぱり広いなーと思った。

もちろん、人もものすごく大勢いたのだけど、あまりに広いので、実のところそれほどの実感はない。

どんなに人がいようと、野球をできるだけのスペースがあるのだから、当然といえば当然で、なんだか不思議な空間だった。


もともと、サッカーを見に行ったわけではないので、日本の青いユニフォーム(?)も当然用意していない。

仕事だしなーと、いつもの服装で行ったのだけど、行きがけ、ふとコートジボワールの国旗イラストを見て、もしかして、向こうのユニフォームってオレンジ色なのかも(汗)と思いついた……ら、やっぱりそうだった(汗)<オレンジ色の服を着てしまってました(倒)


うーみゅ、これでは非国民と罵られるかも(汗)と微妙にどきどきしたのだけど、当然のことながら、巨大な東京ドームで、熱狂する青い人たちは、やる気のなさそーなおばちゃんが、ひとりぽっつりオレンジのシャツを着ていたからといって気にとめたりはしないのだった(しみじみ)


帰りの電車は意外なほど空いていた。

考えてみたら、せっかく東京ドームまで出てきたのだから、ついでに少し遊んでいこうというのが人情というものなのかもしれないし、そもそも、ワールドカップをテレビで見るために今日は外出なし!という人も多かったのかもしれないのだった(しみじみじみ)


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2014年04月13日(日)

人生の半分(汗)

テーマ:でもしか道

今年はかなりたくさん新しい職員が入ったのだった!


世間では人減らしが烈しいと聞くけど、ウチの場合はもともとがありえない人減らし状態だったので(汗)どちらかというと人は年々増えている。


ウチにいると、どーもイマイチ感じなくなってしまうものの、世間では教職員への目が厳しいから……ということなのか、なんだかこの頃新しく入ってくる若い人たちは揃いも揃って超優秀(汗)

そんな新卒の先生が今年は副担で、それも国語♪

……ってことで、私が「指導教官」らしい、のだけど。


指導することが何もありません(涙)<むしろ指導してください<やめれ(汗)


という感じなのだった!


そんな感じで、年度替わりは自分の年齢とか今年で何年目なのかとか、そういうことを考えがちで。

よーく考えてみると、ざっくりした数え方で、もう人生の半分教員をやっていることになると気付いたりして(倒)<ちょっと(涙)


おかしいなー(汗)

本来の人生設計では、教員は3年ぐらいでやめて結婚して子ども産んで、その子どもをそこそこフツーに育て上げて、恩返しにウチの中学校に入学させて、恩返しにPTAの広報役員になって、今頃は二人目の子どもが中学から高校に上がったのをきっかけにPTA会長になって、入学式で校長より長い来賓挨拶をかましてやるはずだったのに!


……としみじみ副担に語り、かくのごとく人生も教員生活もままならないものなのです、と指導するのだった。<いいから仕事しろどーなってるんだあれもこれも(嘆)

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2014年03月12日(水)

あれから3年

テーマ:一貫校の日常

絶好調放置しているうちに、さくさく1年は過ぎて行き、もー絶好調三学期期末考査中!……なのだった。


3学期の期末考査といえば、やっぱり思い出してしまうのが震災で。

職場も、今思えば非常にヌルかったものの、「被災地」だったし、今思えばほんとーにヌルくて短期間だったものの、「先の見えない非常時感」に溢れていたのだった。


昨日、そんな思いに浸っていたのは私だけではなかったらしく、帰りのHR直前に、学年主任が唐突に学年通信を臨時発行したのだった。中身は、もちろん、震災について。


唐突なのはうちの学年の特徴のようなものなので(倒)、各担任は唐突に、じゃ、震災の話をして、黙祷とかしましょうか……などと、ちょっとしんみりしながらHRへ向かったのだった。


そのよーに、しんみりした担任を教室で待っていたのは、言うまでもないけれど、試験ですっかりハイになって飛び回っている少年少女たちで(倒)


このテンションの前で黙祷なんか無理(汗)と、一瞬にして諦めた担任は、ぽそぽそと臨時学年通信を配布し、とにかく生徒を席に着かせ黙らせて(倒)一応震災の話などをしたのだった。


生徒達がそれを経験したのは、小学校五年生の終わり。

もちろん、記憶には鮮明に刻まれているはずだし、被害の大きかった地域に住んでいた生徒もいたと思う。

が、身近な人が傷ついたり、まして亡くなったり、住居を失ったり……という経験をした生徒はいないようなのだった。


そうなると、なんというか、やっぱり小学生……特にウチに来るような生徒の家庭では、両親や大人達が子ども達をしっかり守っていて、余分な不安や恐怖を与えることはなかったのだろうと思う。

更に、大人の私たちが個人差はあれ、あの震災によって何かが変わった、壊れた、という感じを味わっているものなのに対し、子どもにはそもそも、壊れたり変わったりするだけの過去というのもないのかもしれない。

なるほどなー。当然だよなあ、と、寂しいような頼もしいような気分になったのだった。


少し早めに退勤して、近所のスーパーでぼーっと買い物をしているとき、震災発生時刻になった。

店内に「黙祷」のアナウンスが流れた……のだけど、その時間は15秒だという。

なんか半端に短いなー(悩)と思ったのだけど、確かにスーパーで全ての店員さんが目をつぶってじっとしていていいぎりぎりの時間はそれくらいなのかもしれないのだった(しみじみ)


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2013年08月05日(月)

自分で決める?

テーマ:一貫校の日常

夏休みなので、普段できない仕事をのんびりやっていたりする。

保護者との電話相談、なんていうのもいつもより丁寧にできる。

で、よくあるのは、スマホやオンラインゲームから離れられない子ども(涙)についての相談なのだった。


……なんて思っていたら、世の中でも中高生のそれがそこそこ問題になっているらしい。

なるほどーと思う。


ラインにしてもメールにしてもゲームにしても、問題は自主自律・自己管理、ということなのだった。

自己管理だから、基準などない。中高生の時期だけの問題でもない。

一人一人が自分でこうする、と決めた結果がそのまま自分の生き方となり個性となるだけだ。


とはいえ、自分できめなさい、と突き放してしまうには中学生は未熟なのかもしれない。

そうすると、「自分の力ではどうにもならない」制約を与え、まずはそういうモノが世の中に「ある」ということを体で受け入れる、という経験は無駄ではない。

#オトナにとっての「仕事」がそれだろうと思うわけですが(しみじみ)


そういう意味でスマホ禁止とかゲーム禁止、と親が動くことには意味がある。

友達の家では違うよ!という抗議は当然出る可能性があるが、友達の成績と自分の成績が異なるように、そうした生き方が異なるのはむしろ当然なのだった。


ただ、そこから一歩進んで、スマホなどなどを自己管理で理想的に使えるようにするにはどうすればいいの?という問題については、簡単ではない。

要するに、オトナだって「じゃ、アナタはできているの?」と問われたら、口ごもってしまうかもしれないからだ。


スマホなどのツールは、あらゆる能力に応じてあらゆる使い方が無限にできる。

くだらない使い方にハマるのは、自分がくだらない人間だからで、ただそれだけのことだ。

だから、使い方そのものを突っ込んで教えるには無理がある。

本当に、最低限のこととして、犯罪(被害者・加害者)につながる可能性・道筋を示し、うっかりそこに入るなよ(涙)と示唆するしかない。


もうひとつ、担任や保護者が意識しておいた方ガよいのは、特に中学生の場合、「時間」の問題。


スマホにはまって宿題すらできず、睡眠時間も確保できず、学校生活が崩壊する、というような生徒は、スマホがなくても同じ道に進む可能性がある。

そういうことについての根本的な解決は、やはり生き方そのものにあり、スマホについての教育だけでは、どうしようもない。


が、スマホやオンラインゲームは、基本的に効率がものすごくよい。そのようにできている。

だから、墜ちる効率も、恐ろしいほどよい。

小学生の頃はごくフツーだった、という生徒でも、あっという間に墜ちるところまで墜ちてしまうことがある。


中学生はまだ成長途上なのだった。が、確実に、すごいスピードで成長もしている。

だから、成長のスピードと墜ちるスピードのバランスは結構大切。

スマホを禁止するかどうかを考えるときは、子どもの成長を注意深く見つめることも大切だと思う。


スマホから離れられない(嘆)といっても、そのレベルはさまざまで。

学校生活の存続に関わるようなトコロまでいきそうな生徒もいれば、優秀とはいえないけど、一応生活は回ってるし、今のこの子にそれ以上は無理そう、仕方ないんじゃない?と思えるような程度の生徒もいる。


一口に「スマホ依存の中高生」なんてまとめ、更にそれをまとめて解決しよう、なんてできるはずないのだ。

ただ、学校教育はそれができる、ということを前提として成立している。


たとえば、全国の子ども全員が東大に入れるはずなどないが、学校教育は、それはできるはず、ということを前提としている。

その前提は明かに現実的ではないが、一方で学校教育で「この子は東大行ける子、この子は行けない子♪」と教育前に分類するのもおかしい。

だから、東大に行くかどうかは自分で決めるんだよ、ということになる。

自覚している生徒はほとんどいないと思うけれど、理屈はそういうことで。


で、スマホも、結局は同じなのだった。

ラインを仲間で建設的に使うためには、建設的な行動をとれる仲間が作られていなければならない。

そういう仲間が使えば、ラインは素晴らしいツールになる。


とにかく前述したように、スマホなどなどの世界は進みが速いので、仲間が先か、ラインが先かを自覚するのは難しい。が、理屈では、絶対に仲間が先、なのだ。


他者とつながるためにスマホを用いるのは間違っていない。

が、当然だが、「他者とつながる」とはどういうことなのかをスマホは教えてくれない。

むしろ、それはどこかで身につけてきた、という者だけが、コミュニティに参加する資格を持っているのだった。


家庭や学校は、あらゆる教育活動を通じて、そういうことをゆっくりゆっくり子どもに教えていく。

だから、教える側の私たちがスマホばかりを見つめていても、あまり意味はないのだった。

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