あれも聴きたいこれも聴きたい

音楽雑記です。うちにあるCDを全部紹介しようと思います。
過去記事メンテ中。


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 誰にも聴かれない音楽というのは存在するのでしょうか。聴かれることを想定していない音楽です。身近なところだと一人カラオケがそれに相当します。自分自身を聴衆として独りで歌を歌うという行為は結構一般的です。

 しかし、プロの音楽家にとっては語義矛盾ということになります。聴き手がいない人をプロと呼べるかと言うと、そうは言えません。音楽家はどんなに偉そうなことを言っても、聴き手がいないと単なる一人カラオケになってしまいます。料金を払わなければいけません。

 レジデンツの「ノット・アヴェイラブル」は制作の順番から言えば、彼らのセカンド・アルバムという位置づけにあります。完成したのが1974年ですが、しまい込まれてしまって、発表されたのが1978年10月と、実に4年の歳月が流れています。

 レジデンツは、初期の頃、ドイツの前衛芸術家エンセナーダと行動を共にしていて、彼の「無名理論(セオリー・オブ・オブスキュリティー)」に影響を受けました。それがこの4年間の空白の理由だと説明されています。この「無名理論」には二つの解釈があります。

 かつて言われていたのは、湯浅学さんのライナーを引用すると、「『製作者演奏者自らがその存在を完全に忘却するまで発表できない』というテーゼが実践された」ということになります。彼はこの理論を「曖昧理論」と訳します。4年たって忘れたから発表したということです。

 一方、リイシューCDのジャケットに記されたところによると、「製作者本人以外には聴かれることを意図されていない作品を作りあげた」ということです。聴衆を意識せずに音楽を作ることは難しいので、音楽への独立した姿勢を達成するために、この計画が実行されました。

 こちらの場合はオブスキュリティーを「無名」と訳した方がしっくりきます。一人カラオケ作品を発表してしまったわけです。発表は、新作「エスキモー」がなかなか完成しないことに業を煮やしたレコード会社の独断で行われています。 

 ここで一つ注釈ですけれども、以上の事実関係は真偽のほどが定かではありません。本当なのか、すべてはフィクションなのか、全く分かりません。そもそもババリア生まれのエンセナーダの実在が謎です。一節にはキャプテン・ビーフハートだとも言われるくらいです。

 ここでは無名理論をとることにします。そうしてみると、この作品は自分たち自身をオーディエンスと想定しているわけですから、早い話が随分パーソナルな作品だということです。他人の目を全く意識しない自由度の極みのもとで制作されたわけです。

 ところが面白いことに、この作品はレジデンツの「全作品中最も幻想的で美しい1枚」です。4つのパートからなる音楽劇仕様になっていて、ヒロインのエドウィーナ、レムスおじさん、ヤマアラシなどが登場します。サウンドは音楽劇らしくまとまっています。

 私は、ヤマアラシの哀愁漂う独白部分がとても美しくて大好きです。前衛的な意匠をまとったポップ作品としてなかなかの充実ぶりです。彼らの作品としてはこれで聴衆を想定していないのだとすると、他の作品で彼らが想定している聴衆って何なんでしょう。

Not Available / The Residents (1978 Ralph)

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