メメントCの世界

演劇ユニット「メメントC」の活動・公演情報をお知らせしています。


 



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「演劇に何ができるのか?」書評    會田陽介

 

 

(本文より引用)

 

 新宮市民会館の南隣は丹鶴城の石垣、北には廃校となった丹鶴小学校。会館前の途をまっすぐ北へ三百メートル行けば、太平洋食堂と大石誠之助の医院跡がある。そしてその先には三本杉遊郭の跡と速玉大社。そこを西へ折れて進めば、高木顕明の住持した浄泉寺、その途中には明治に開業していた料理屋や旅館、薬局、色街もある。新宮の北西をぐるり取り囲む岸壁は、鍋肌のように垂直で、頂きの縁から、ふとだしぬけに神倉神社の御神体ゴトビキ岩が天狗の鼻のようなものを突き出している。熊野川が注ぐ先は熊野灘、浜の向こうは太平洋、そして対岸はアメリカ大陸西海岸。全ての情景がぴったりとあった。

 新宮市民会館の舞台上、「太平洋食堂」はまさにここを目指して始まったのだ。黒々とした楽屋通路、誰もいないトイレの壁、窓ガラスの向こうから、湧きだして止まらないようなものを感じた。目に見えるというよりも、自分の内側にある何かと、そういうものが呼応して蠢きだすのに耐えられず、声を出した。「おーい」。そしてそこに一人で居るのが怖くなり、宿へ逃げるように帰った。

////////////////引用終わり ///////////////////////////////
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 そういう瞬間はある、と思う。

おおきな、直立した、冥(くら)い時空の断層がスライドして闇の帳(とばり)の端がひょいとめくれ、そこからなにか生温かい吐息のようなもの、つめたい結晶のように尖った囁きが、一瞬、こちらの頬をかすめて思わず背筋が凍りつく。わたしたちが歴史の実時間に立ち会う(コミットする)瞬間だ。満ち潮を遡上する川の匂い、頭上を飛び交うカモメの群れ、草いきれ、魚を担いだ引き売りの声などがそのときたちあがる。はからずも、わたしは迷い込んだ異郷者である。演劇とはそういうものかも知れない。

 

 大逆事件なる天下の茶番劇に連座してすべてを失い、「おーい、頼んだぞ」と叫んで骨も凍る独房で縊れた僧侶・高木顕明の一粒種を描いた「彼の僧の娘」を2016年の夏に新宮で観た。新宮は根の国である。あたかもラピュタの天空城を埋め尽くすほどの無数の根茎が地面に突き刺さり、古代神話から被差別部落に至るまでいまもふるえている。わたしたちはふだん、地上の枝葉や花や実ばかりに気をとられているが、ときに地下ふかくの根茎のふるえに共鳴してしまうことがあるのだ。

 あの日、大人の玩具も色褪せるほどのバイブレーションで昇天したわたしはそれから、何やら足の裏に無数の毛根をひきずりながらあるくようになった。

 名古屋で大杉栄と共に殺害された甥の橘宗一の墓碑を探し、大阪で大逆事件サミットや管野須賀子を顕彰する会などを覗き、遠く信州では明科の爆裂弾実験地をあるいた。同時に河内のキリシタン遺跡、北陸の一向一揆、あるいは堺の砂についえたキリシタンによる救癩施設や大正まで存続していた地元・奈良の忘れられた被差別部落にあった救癩施設の旧跡を探索もした。楽園のグアムでは日本軍による地元住民の虐殺事件現場を訪ね、そのグアムで玉砕した日本兵士の記憶を探して近所の共同墓地や軍人墓地、護国神社などをあるきまわった。紀伊半島の鉱山労働者であった朝鮮人の虐殺事件を知り、関東大震災のときの事件のフィルムを大阪・生野の集会場へ見に行った。出張先のホテルの浴槽のなかでは堀田善衛の「時間」(南京虐殺)や「夜の森」(シベリア出兵)を読みついだ。つまりこれらはすべて冥(くら)い地下の根茎で密接につながっていて、そのほとんどはいまも薄闇のなかでしか語られない。

 

 すべてはあの2016年夏の新宮で始まったのだ。

 

だから「彼の僧の娘」の作者である嶽本あゆ美さんは天下の極悪人ということになる。さらに新宮公演をきっかけにFB友になってくれた彼女はその後、わたしに「彼の僧の娘」や「太平洋食堂」の脚本を譲ってくれたり、大逆事件に関するさまざまな催しに誘ってくれたりしている。立派な共謀罪で、わたしたちはじきに縛り首になるやも知れない。

 

 その嶽本さんが本を出した。冥土の土産に読まねばなるまい。本は管野須賀子が獄中で書いた手紙のように針穴で書かれているかと思ったがちゃんと印刷された文字で明瞭に記されている。しかもスコブル面白い。前半の第一部「職業としての演劇人」は著者が「魔の山」(マン)と呼ぶ世間から隔絶した音大の学生生活から始まり、その後入社する「劇団四季」での研修、舞台裏、そして子育てをしながらの奮闘が繰り出される。いわば肥やしの時代である。

 だが華々しい大資本のミュージカル・ショーに飽き足らず「夢から目を醒ませ」という幻聴を聞いて、嶽本さんは在籍13年目にして「劇団四季」を退社する。「なぜか浅利社長が90年代によく話していた築地小劇場の歴史やソ連演劇界のメイエルホリドの粛清やら岡田嘉子のソ連亡命を思い出しながら。「さよなら! さよなら! さよなら!」。 そして国境を越えたのです。」  

 

 第二部「大逆事件と演劇、そして社会」。

ひょんなきっかけから中上健次の小説「千年の愉楽」の舞台化に携わった嶽本さんは、新宮でやっぱり足の裏に毛根を引きずるようになり、共に大逆事件に連座した大石誠之助(「太平洋食堂」)、高木顕明(「彼の僧の娘」)らを題材とした作品を生み出していく。それにしても演劇というのは面倒で厄介なものだ。

 「20人以上のカウンターの客からの同時多発の注文を一人で捌き、好みを熟知し、代金も取りはぐれなかった」かつて通った大阪のうどん屋のおばちゃんを引き合いに出して著者は、演劇をつくるのは劇作家の能力とこのうどん屋のおばちゃんのような才能の二つが必要だ、と世界の真ん中で叫ぶ。

 

 わたしの勝手な見立てではそれは2対8くらいの割合ではないかと思える。「公演制作は軍隊の兵站と似ている。資金調達、人材の確保、輸送や機材の手配などの物流管理、交通宿泊のブッキング、食事、広報宣伝活動、販売チケットの管理、全てに専門性が必要でとにかく面倒で細かい。何をどう手配して、どう運ぶか? コストをどう抑えるのか? 現場管理はまるで補給部隊のようだ。同時に交通手段の代替や、災害や事故が起きた場合の保険などのリスク管理も事前にしなくてはならない。」  

 

 だが、それだけでない。百年前の国家権力によるあきらかなでっち上げにもかかわらず、いまだ司法が再審請求を却下し続けている事件の芝居を縊られた者の古里で行うことの困難さは21世紀の現代にあっても継続している。被差別部落、土地の有力者たちとのかねあい、メディア、教育委員会、行政、台詞で使われる「新平民」というコトバの問題、子どもたちへの事前学習会の開催、面倒ごとは御免と逃げ腰になる学校の管理職・・・  

 

 粘り強く対話をくりかえし、多くの支援者に助けられ、ときに疲労困憊し、ときには返す刀で斬り捨てる。演劇が人々を招(お)ぎよせ、ぶつけ合い、ころがしていくのだ。ころがっていった巨大な毛玉のようなものが、そうしてまた別の毛玉を生み、また多くの人々をからげとって走り続ける。大逆事件はいまも生きている。
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////////////// 引用始まり  /////////////////////////

「太平洋食堂」はフィクションを多く含むドラマだ。歴史家でない私のような劇作家にできることは、彼らの短い生涯の「陽の部分」を切り取り、特別な存在でない「普通の人」として再生することだ。苛酷な時代状況の中に置かれて葛藤し、社会や自己矛盾とも戦いながら生き切った「生」の部分こそが、意味のある「人間のドラマ」なのだ。それが成功すれば、観客は時代を追体験することが可能となり、異なるものへの理解や共感を体感するだろう。それが演劇や映画など表現芸術が出来る最大の「武器」なのだ。

///////////// 引用終わり ////////////////////////////
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 現代、SNSに蔓延するコトバの多くは恰もうつろな空間でひびくループする悪しきミニマル・ミュージックのようなものだ。それはおそらくどこへも届かないし、何も実りをもたらさないだろう。だが演劇は違うようだ。ひとつの舞台を実現するまでの間に、現実の塵あくたに触れ、たくさんの人々を動かし、変え、勇気づけ、夢をかなえるのだ。

 なによりそこにはSNSにはない「肉体」がある。演劇は「生もの」であり、人間のちっぽけな頭ではなくその「生もの」が感じ、考えるのだ。それはひとつの希望かも知れない。わたしたちはもっともっと足裏に毛根を生やしてあるいていけるのだ。

 夜ふけの新宮市民会館で見えない何ものかに呼応して思わず声に出した嶽本さんの「おーい」は、百年前に秋田の監獄で高木顕明がふりしぼった「おーい、頼むぞ」にたしかに重なっている。それをわたしは2016年夏の新宮で目撃したのだった。

 満ち潮を遡上する川の匂い、頭上を飛び交うカモメの群れ、草いきれ、魚を担いだ引き売りの声のなかにわたしは立っていた。そこから、はじまる。
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//////////////// 引用始ま//////////////////////////////

 私の制作の方法は特殊かもしれないが、他人から聞くことで、自分の知らない時代や、失われた土地の声を再現することは可能だ。声の集合体は、社会をつくる。演劇はそれをまた、逆側から読み解くことで、他者と自身の「偏差」を知ることができる。自分の立ち位置から、世界の地図が新たに見え始める。

 社会を読み解く力、思考する訓練、何者にも支配されない自由な思考のために、演劇が必要なのだ。演劇とは、思考する方法であり、それによって権力や経済にも支配されずに、魂の自由を得ることができるだろう。かつて創造主を作りだした時のように。

 それこそが、全ての変革の始まりなのだ。

////////////////// 引用終わ//////////////////////////////

 

(妹尾伸子・嶽本あゆ美・堀切和雅「演劇に何ができるのか?」(アルファベータブックス 2017)

※引用はすべて 第二章「支配を脱するための演劇」(嶽本あゆ美) から

http://ab-books.hondana.jp/book/b298064.html

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「演劇に何ができるのか?」アルファベータブックス社 発売ちう

 

しつこく宣伝でごめんなさい。

本日、朝日、読書欄に広告掲載です。

都内のジュンク堂、新宿紀伊国屋書店などで平積みです。または、お近くの本屋さんで、ご注文ください。本屋さんがなくなったら困りますからね。

 

嶽本の青春期!!と「太平洋食堂」の疾風怒涛、七転八倒、てんやわんや・・・・・・いつもの力技ですが、私の精神世界のほとんど全てが分かります。もちろん、大川の霊言ではなく、自分で書いてあります。

 

他の執筆者の妹尾さんは、高校演劇顧問でした。もう辞められたのですが、そのすごい!指導力と論理の書は教育現場の新たなバイブルだああああ!なんていうか、人が育つことに、これほど愛情を傾ける教師がいるって、希望の光です。先生方に是非、読んでほしい!

 

そしてアンカーの堀切さんは、爆風スランプの前身、スーパースランプのメンバーで、その後、岩波書店に入社してサラリーマン演劇人になったという、得体の知れない、いやいや、人知を超えた、いやいや、知の爛獄の人。身体感覚が研ぎ澄まされる文章です。

 

高いと思うでしょう?でも読んだら、三冊分の価値があります。

一緒に、演劇という船にのって様々な世界を旅しましょう。

 

 

 

 

 

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田中兆子が男を書いた「劇団42歳♂」

 

 

やっとかめ! 

久々に田中兆子の新刊がでました。「劇団42歳♂」

「男の友情はややこしい。」と帯にありますが、本当にややこしや~ややこしや~。女以上に情緒的でウエッティな友情を劇団を舞台に書いてくれました。

兆子さんの前作は、「甘いお菓子は食べません」新潮社 で、女のエゴとかエロとかをあっさりすっぱり書いてくれました。中でも「女による女のためのR-18文学賞」をとった「べしみ」は抱腹絶倒かつ、あるある!と思わず頷く女性には覚えがあることばかり。そんな強い印象ながら、幽玄さを合わせ持つという稀有なエロでした。

 

 今回の「劇団42歳♂」は、ネタバレしながら言うと、名古屋地方在住の42歳の社会人、主にサラリーマンで、昔同じアマチュア劇団員らが、久々に結集して公演をうち、男だけでシェイクスピアの「オセロー」をやろうという事になる。会場は愛知県芸小ホール。そこでホールの絵が目に浮かんだ人はかなりの名古屋人だ。そう、栄のバスターミナルの前に鎮座ましますAATなのだ。あそこの客席電源はひどかった。彼らの稽古場は、アクテノン。名古屋だにゃー。

そして大通りを渡ると中日劇場なのだ。もう今はない~~ぐすん。

そして名古屋と言えば、味噌煮込み、やばとん、マリリンバーガー、そしてよくわかんない喫茶店のメニューと、不思議な名古屋スパゲティー。名古屋は思い出深い街なのだ。

 

 彼らの中には、唯一、マスコミで成功した部員がいて、最近テレビで中年なのにブレークしてもてはやされている。その後田中(ゴタナカ)という芸人も、公演に参加することになるが、デズデモナを演じるはずの彼がなかなか稽古場に来ない。やっと来たら、今度はイアーゴを演じる奴が臍を曲げる。それぞれ中年で、社長だったりサラリーマンだったり家庭持ちや独身のフリーター、状況は違えど、かつての演劇の興奮を共有しているメンバーが、面倒くさい男の友情によって芝居の稽古を進めていくのだ。ああ、面倒な人たち!それから彼らの「オセロー」の解釈など、それぞれに妙にリアリティがあって面白い。オセロー・インポ節というチン説も飛び出し、ガールズトーク、いやオジサントークのようなディスカッションをする。その場面の面白さが、固有の「男の事情」という部分から発生しているのも、分かる人には爆笑なのだ。

 私はこれを読んでいて、この劇団のオセローが見たくなった。兆子さんは昔、戯曲も書いていたのだが、演出は確かしたことないはずが・・・小説に書き込まれているのは見事なオセローの演出プランなのだ。そしてオセローの解釈を巡っても、うならせる。私にとってオセローは芝居より、オペラの方がなじみがあるのでデズデモナの「柳の歌」がしみじみと言うより、イライラするのだ。「このカマトト女!はっきりしやがれ!」と思いながら、オペラであの歌を聞いたもんです。

 

 各章の見出しがふるっている。

「年がそろそろ峠を越えたために」「いま死ねれば、いま以上の幸せはない」

あんまり書くと版元の双葉社に怒られるかもしれないが、兆子さんのシェイクスピア愛がほとばしるせりふがある。「シェイクスピアは女の味方というより、人を深く愛している人の味方なのだ」愛って複雑、愛って言葉だわねえ。シェイクスピアの愛の言葉、痺れるわ。

 

 こないだ戯曲講座で西田豊子さんが、エリク・H・エリクソンの人生における発達課題について、非常に興味深いことを教えてくれた。西田氏は、それがまるでシェイクスピアの芝居のテーマと同じだというのだ。例えば、ロミオとジュリエットなら、青年期の「仲間、ロールモデル」の確立の前に、「恋愛関係」にとびこんでしまっていて、リア王は成熟期になりながらも妻が死んだあと、孤老期においての自己統合と絶望の心理的課題を克服しえず、「賢さ」に欠けて「私は私でいてよかったか」という問かけに、「阿呆」と答えるしかないようだ。タイタス・アンドロニカスも似ている部分がある。そして、オセローの問題は「愛することができるか?」というわけだ。

夫婦の課題を乗り越えられなかったオセローと、今まさに葛藤している劇団のメンバー達。不倫やらトラウマやらの課題は、女からみたらふざけるな!と言いたくなるみみっちさもあり、そこが不惑パラドックス42歳の男の等身大なのかもしれない。

エリクソンの場合、必ずしも成功のみが賞賛されているわけではなく、不成功もそれなりに経験する必要性もあるとされている。だから、失敗と成功でみんな大きくなるんだけど、シェイクスピアはまあ、失敗して死んじゃったり、殺し殺されになってしまうのよね。

大笑いしながらも、うらやましくなった。男は男にやさしいのさ。「劇団42歳♂」のオセローは映像化されるのだろうか???乞うご期待!

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女人往生環ー女性を廻る芸能と救済の曼陀羅ー

 

第一部「パターチャーラー」* 

作・演出 嶽本あゆ美 能楽監修・佐久間二郎 邦楽作曲・堅田喜三代 出演 不二稿京(オルガンヴィトー)杉嶋美智子 高橋茶太郎(オルガンヴィトー)桝谷裕 梅田喬 他

 

箏曲「万歳」出演 堅田社中

 

 

第二部「彼の僧の娘―高代覚書―」

作・演出 嶽本あゆ美 邦楽・堅田喜三代  振付協力・若柳花環  

出演・明樹由佳 清田正浩 桝谷裕 吉村直(青年劇場)河合宥季(劇団新派)佐藤萌子 

 

 

 

公開討論 「女性を廻る芸能と救済の曼陀羅」

12月14日

織田紘二(国立劇場顧問、演出家)

土田牧子(共立女子大学文芸学部専任講師)

12月15日

藤木直実二松学舎大学・日本女子大学・法政大学・法政大学大学院、日本近現代文学・ジェンダー学専攻)

藤壮広(キリスト教神学・宗教人類学・平和学、立教大学非常勤講師)

嶽本あゆ美(劇作家・演出家) 

 

スタッフ

美術・中川香純 照明・和田東史子 衣装・竹内将 舞台監督・片柳美樹子(トラバル)音響PAC(㈱)宣伝美術・鈴木美穂子

チケット発売9月7日(木)~

 

前売り(税込)指定席:4500円 バルコニー・二階桟敷席:3500円 (当日券は+400円)

*第一部、第二部、公開討論での通し券  

*車椅子席、親子観劇室がございます。ご利用の方は事前にご連絡ください。

チケット取扱

カンフェティ0120240540 Confetti(カンフェティ)http://confetti-web.com/

*通話料無料・オペレーター対応 (受付時間 平日10001800)セブンイレブンでのチケット発券

メメントC Tel&Fax  03-3812-9109 hermann-mccartney@tcn-catv.ne.jp

 

 

 

 

 

 

 

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「演劇に何ができるか?」出版

 

猛暑、お見舞いもうしあげます。

連日、エアコンが故障した仕事部屋で汗をダラダラながしながらの作業です。とっとと修理すればいいと思うでしょ?でもね、エアコンの下の資料や本や原稿が堆積した場所を動かしたくないんですよ。どこに何があるのか分からなくなります。え?何?そうですよ、片付けられない女ですから、動かしたら分からないんです。動かさなければ、地図のようにどこに何があるのか大体わかる。記憶とはけったいです。

 

 6月24日に新宮の浄泉寺での法要で「彼の僧の娘ー高代覚書ー」を上演しまして一月経ちました。何してたんだろ?と思うほど、12月の公演に向けての雑用やら、出版の最終校正やら、学校の予定やらで過ぎてしまいました。あ、でも「パターチャーラー」の能の地謡稽古はどんどん進んでいます!能楽師・佐久間二郎先生が作調の「マヌの世界創造」はまあ、すごいことすごいこと。

これに能楽囃子が加わるわけなので、混沌の宇宙創造のマヌですね。

 

そして、9月9日、10日には香川の高松と坂出で、劇団マエカブさん主催の「彼の僧の娘ー高代覚書ー」があります。

9月10日(日)14時開演は @坂出市民ふれあい会館にて

ご予約は坂出市教育委員会文化振興課にて。
0877-44-5036(平日9時〜17時)

7月末に二日ほどお稽古にお邪魔しました。うどんが最高!

 

 6月からこの方、それにしても、滅茶苦茶に疲れたんだとおもいます。更年期障害なのか健忘症なのか、最近、記憶があやふやで大変すぎると、あ!っという間に忘却の彼方に行くんですよ。そして、書いてる時と音楽関係のことをして居る時と、あきらかに脳味噌の領域が違うことがはっきりしてきました。脳と体って、いろんな神経でつながってますが、不思議なスイッチがあるんです。おかしな体験を一つ。

 

 「羨ましい」という漢字が書けなくて思いだせなくて、とっとと辞書を引けばいいのに、「ううううう」って思いだそうと脳みそに負荷をかけてたら、「うらやましい」「嫉妬」「ジェラシー」という言葉に変換されるであろう、体調というか身体の変化が体中に駆け巡るんですね、血圧とか同期とか汗とかですが、「羨ましい」と書いて欲しい感情が形を求めていたんです。はあ~~~体って言葉を欲するんですね。漢字が分かった途端に、どっかにいきました。能の「金輪」や「葵上」ってこんな感じなんでしょうかね。俳優も、セリフはないけどそういう演技して居る時、そういう身体なんでしょう。

 

書けた、書けたと言って、なかなか校了しなかった本がやっと校了!

誤字脱字王の私、苦労に苦労でした。

アルファベータブックス社から8月末に出版です。アマゾンで申し込めます。

https://www.amazon.co.jp/dp/4865980369

 

 

 「演劇に何ができるか?」という本の中で、私は「支配を脱する為の演劇」という部分を担当しています。高校演劇の先生、編集者で演劇人、そして私という三人の不思議な人々の共著です。分厚いです。

その中の私の書いた項目ですが、

 

第一章 職業としての演劇人

(演劇は職業か?/はじまりは〇と□/魔の山/演劇は経済活動か?/演劇は博打か/徒弟時代・・・・・・)

第二章 大逆事件と演劇、そして社会

(大逆事件/太平洋食堂への路/風文庫/プロデユーサーになる/演劇は博打だ!/回り始めた渦/・・・・)

第三章 歴史にコミットする演劇

(堀田善衞と私/クララを探して/南京の安全区/過去からの声・・・)

 

120ページあります。長いですよ。

武蔵野音大時代から、四季入社、戯曲セミナーでの斎藤憐さんのこと、フリー脚本家、大逆事件のこと、堀田善衞のこと、と書きました。もういつ死んでも大丈夫ですね。

 そこで書いてたことが、この20年間の私の総括みたいなものなので、走馬灯が回りっぱなしです。そして、2014年~2015年が余りにも激動だったので、その大変さがまたフラッシュバックしてきて、しんどい、というPTSDのような有様でした。

 振り返りが心理療法になることもあれば、げげげ!っと再度の疲労感になることもあります。

 執筆にご協力頂いた皆様、ありがとうございました。ようやく、作業終了です。

本を作るって本当に大変だと実感しました。いやはや・・・世の中の本はこうやって作られるのか。

 版元さんは、音楽畑の方には馴染みのある会社です。音大時代、図書館で良く読んだ「レコード芸術」などのクラシック音楽関連の雑誌や著作物を出してる会社です。今回、お声掛け頂いて、演劇のことを書きましたが、振り返ると音大時代のことが本当に肥やしになっています。

三つ子の魂、百までも・・・・ 是非、ご購入のほど、お願いもうしあげます。または、図書館でリクエストをお願いします!!

 

 

 

 

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