メメントCの世界

演劇ユニット「メメントC」の活動・公演情報をお知らせしています。


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過去からの声 

五月、六月、激動の二か月と参院選挙が終わって7月も10日。
暑い・・・私は慢性的過労によって慢性的な胃炎とか消化器とか、みんなダメージが酷くて、もう使い古した農協の米袋状態です。
去年の今頃は、「太平洋食堂」大阪は本町の南御堂会館で公演中でした。
まあ大変だったあの公演から一年、台風がもう来てたよねって、今年は台風来ないねえと
思い出したりする猛暑日です。スイカが美味しいです。

 この二か月、いろんな出会いがあり何というか運命とかの渦を感じます。
大内史子と一緒に、クララ室伏の従妹の方からお話を聞いたりしました。まだまとまりませんが、たくさん大事な話を頂きました。そしてクララの父である室伏高信という人への興味も。戦前のリベラリストで、ヒトラー「我が闘争」を翻訳し、対米戦を批判して追われ、戦時中は山小屋で。戦後は憲法草案の為に筆をとった人物。
 歴史の向こう側で遠いところにいたクララがずんずん近づいてきました。(ずんずんは静岡の方言だそうですね)

 そして、高木顕明の曽孫にあたる方、養女だった高木加代子さんのお孫さんにも会う事が出来ました。「彼の僧の娘―高代覚書」は、大逆事件後の遺族の一人である女性の半生を描きました。まだ、試演会ということで次のステップがあるのです。ただこの時期にどうしても、やっておきたいと感じたんです。
 「プロキュストの寝台」で中山みきや大本教をテーマに書きました。高木顕明については、耳にタコができるほど書いたのですが、やっぱり蒸し返しておきます。
一息で言うと、「新宮の浄泉寺の住職として赴任、貧しい門徒の生活や生業を知り、被差別部落への差別を我が身の事として感じて、「遍く平等に仏は救う」を実践し、日露戦争に反対して「極楽社会に戦はない」という信仰告白を書き、大石誠之助らと遊郭反対運動をして性の売買に不器用に誠実に反対し、大逆事件の冤罪で無期懲役になって、秋田監獄で無念の自死を遂げた真宗大谷派の僧侶」です。息が続きますか?

 その娘は高木が教団から永久追放されたため、芸者置屋に売られ花街の苦界を生きて、やがては自分の信仰としての天理教に目覚めました。彼女は教祖である中山みきの「ひながた」手本・手掛かりとなる救済の生き様を体現し、社会からはじき出される人々のコミュニティ作りに情熱を燃やしたのです。もう大河ドラマに匹敵する生々流転の人生です。それは不幸だったに違いない!!という私の先入観をぶち破って、これこそユートピアというものです。

 ユートピアは極楽とかやりたい放題遊び放題な遊園地ではありません。それぞれが生きていくのに圧迫されず、誰かに必ず手を差し伸べてもらえる世界がユートピアです。明るく笑いに満ちた「陽気暮らし」でした。とても気風の良い女性だったそうです。その陽気はどこから来た?大逆事件の遺家族として昭和の治安維持法改悪や戦争への爆走の時代を生き、特高の監視まで受けてどんなに苛酷なことだったか。

何故に彼女は生きぬいたのか?それが執筆動機ですが、その大きな答えを現代の悩める人に見せてくれるでしょう。

「プロキュストの寝台」でヒロインの水野ゆふさんに「陽気に暮らそう~」と叫ばせておきながら、陽気に暮らす具体的な姿が、私にはありませんでした。大体、私はちっとも陽気じゃないんですよ。四六時中、雑用が押し寄せ、息子はぶーぶー言い、忘れ物やら提出物を学校で指摘され、数人の小学生がリビングで我が物顔で遊んでいる生活です。陽気だって??私は引き籠りなんですよ。静かに本を読みたいんです。私のユートピアはどこに?
やっぱり「薔薇の名前」の図書館でアドソは引き籠りになるのでした。
ああ、暑い。スイカ食べようっと。


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「彼の僧の娘―高代覚書」東京試演会

稽古始まりました。
2016年8月8日 16時~  
   9日  15時~
(*チラシに2017年とありますが、2016年、今年の間違いです。)


座・高円寺 阿波踊りホール
座・高円寺地下2階

出演 明樹由佳  間宮啓行
チケット 2500円 (当日2800円)
メールにてご予約頂き、当日、御精算いただきます。


チケットご希望の方は、

taiheiyousyokudou@moco.
so-net.jp

まで、ご希望日時などをご連絡ください。
定員、50名と限られております。必ず、ご連絡くださいませ。
9月に新宮公演、戻り東京公演を予定しております。






試演会です。
照明も無し、美術もなし、語りと踊り、芝居で見せます。
上演時間は1時間15分程度です。
平日昼のみですみませんが、太平洋食堂をご覧になり、高木顕明についてご興味のある方、是非ごらんくださいませ。




「太平洋食堂の作家・嶽本あゆ美の新作を新宮からスタートさせる会」
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どこからどこまで話したやら


ご無沙汰です。
御蔭様で、早川倉庫支援リーディングは、大成功に終わりました。
え?何々?そんなのあたりまえ?そうじゃないんですよ。もうほんとにほんとに!ご苦労さんだったんです。
 とにかくまあ、世知辛い世の中ですが、ダムと何かをやりたい!そうだ!あの人に聞こうと、ずっと東北支援をタップダンスでやっているダンサー・おどるなつこさんに相談しました。なつこさんは、文学座の女優で劇作家の山谷典子さんとも親しく、ではでは、「つつじのむすめ」という短いミュージカルがある!と企画はどんどん進み、他人の迷惑お構いなしでまとまりました。ダムのシンポジウムの人々をネットで公募したらすぐに手が上がって下さったのに勇気づけられました。
 会場については、できるだけ大き目で観やすく、費用がかからない場所を探したんです。だってですよ、劇場は無料じゃないし、様々な付帯設備がかかります。だから、下手したらチャリティーやって、チケット代は全て費用になってしまう可能性があります。
 もちろん、そんなことしないで自分の銭をドカーンと寄付できればよいのですが、誰しもそうはいかないので、智恵と汗をかくことにしました。
 ダムチーム、つつじチーム、稽古費用も自腹、俳優も、照明スタッフの和田さんもボランティア、という苛酷な優しくない現場となりました。
 当日は、何だか総動員で裏も表も手伝って頂きました。いつものメメントチームだけでなく、四季時代の友達や他劇団の方が足りないところを担って下さいました。
細かい雑費やコピーだい、輸送に必要な手段、会場費の一部をカンパして頂いたり、人様の御蔭で進んだ企画です。全くもって巻き込まれてくださって本当にありがとうございます。


演出協力の藤井さんは、丁寧な稽古で新メンバーも旧メンバーも素晴らしいアンサンブルにまとめあげてくださいました。多分、藤井さんの時計は、私の時計の1.3倍です。というのは、私なら切り上げてしまうことを丹念に拾うのです。ぎりぎりまで舞台稽古も粘って万全のリハとなりました。
裏方の仕込みはほとんど、劇場さんが手つだって下さって、私や大内、東京アンサンブルの方や岡野さんなど、とにかく照明も音響も居る人間で準備して、開場一時間前に、照明の和田さんが来るのを待ち受けていました。和田さん、一時間しかないのに、粘って素敵な照明を作ってくだいましたので、無事に開場。表方は豪華に、いつものメンバーに明樹さん、東京演劇アンサンブルに新宮の方も入ってくださいました。
 ぞくぞくと観客が来場される中でトーク始まりました。このトークには企画者と熊本繋がりの映画監督・遠山昇司さん、地域演劇を追っかけ続けている演劇ライターの大堀久美子さんにご登壇いただきました。この人選はたまたま周りの方に繋いで頂いて、実現したのです。遠山監督は、九州各地で撮影をされ、東京と熊本を行き帰しています。ちょうど7月16日からユーロスペースで「マジックユートピア」や五家荘で撮影の「冬の蝶」が公開です。
http://magic-utopia.com/

タイムリーなだけでなく、遠山監督は現地でボランティア活動現場の報告もして頂き、的確な言葉で、被災地での表現者によるコミュニケーションの役割について語って頂きました。大堀さんからも熊本の被災地で立ちあがった県立劇場を中心とする活動SARCをご紹介いただきました。熊本の劇団の強み、それを生かした取り組みが始まっています。
 その後、松谷みよ子・原作 山谷典子・脚本 おどるなつこ・振り付け 小野文子・作曲「つつじのむすめ」の上演となりました。私はトークを締めくくって、脱兎の如く、バックステージから1階に抜け、そこからまたバックステージの地下1階レベルへ戻り、その間を西山さんに繋いでいたでき、音響ブースに辿り着いたのです。和田さんも、リハ無しで素晴らしい照明をオペしてくださいました。設備に制約が多い中、ほんとに皆でやれることを全部やりました。

「つつじのむすめ」を聞いていて堀田善衞の実家に居たサンカ」の娘の話を思いだしたのでした。
 *堀田善衞のサンカの娘のエッセイ
 そのサンカの娘は奉公人だった。当時、堀田家は祖母が家政をとりしきっていた。そして自由民権運動の壮士をかくまったりしていた為、時として警察のガサ入れがあった。娘は夜目が聞き、いち早く特高などの気配を察して警告をし、事なきを得ていた。祖母は娘をサンカだと知っていたという。
 ある夜、娘が居なくなる。皆が探すなか、祖母は「あそこへ行ったのだ」と憂えている。娘は伏木(富山県)から恋する男のいる京都近くまで、一夜で駆けて逢瀬をして戻ってきた。その男は兄だったという。何度かそういうことがあって後、娘は居なくなる。
 「つつじのむすめ」も堀田家の奉公の娘も幸せにはなれなかった。




「ダム・リーディング」は本公演のキャスト全員ではありませんが、皆さんにご参加頂き、粟野さんがツアーで不在だったため、恋人役・広瀬を東京芸術座の森路敏さんにお願いいたしました。御本人はシンポジウムキャスト公募に、熱意をもって応募して下さり、予想以上にボランティアが集まったこともあり、広瀬役をお願いしました。この「ダム」は兎に角、方言が大変。ネイティブか相当稽古しないと、キャストは大変です。しかしまあ、このリーディング、本当に贅沢で耳福な、豊かな声によって観客の想像力に訴えかけた本公演なみの臨場感あふれる公演となりました。トガキを読み、シーンの枠組みを先導していく円城寺あやさんの的確な構成によって、美術も衣装も小道具も音響効果も無い中で、本当にまざまざと川辺川の濁流や、舞台のかわず荘が立ち現われてくるのです。嫋嫋と鳴るのは、琵琶ですが、そんなふうに幾つもの倍音が一体となり、熊本弁の美しさや辺りの情景を堪能しました。
幸せな時間に感謝するばかりの作者でした。

たくさんのカンパもいただき、来場者も最終的にあ150人を超えて素晴らしい支援のイベントとなりました。心から、手を差し伸べてくださった皆様に御礼もうしあげます。
ありがとうございました。




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早川倉庫支援と熊本演劇人支援企画



熊本を題材にした演劇のチケット収入及び戯曲の売上より劇場費用、付帯設備費及び、宣伝印刷費を除いた金額を、早川倉庫修繕費及び、早川倉庫利用劇団への支援金として寄付します。

会場 ・ 座・高円寺2  
日時・ 2016年 6月28日(火)18時開場 18時15分開始~21時20分終演


三本立て企画です!!!文学座の山谷典子さん、ダンサーのおどるなつこさんと、共同企画しました。

チケット料金
 (前売り)2500円 当日2800円  (全席自由)

ご予約 damkumamoto@gmail.com まで御名前と人数をお知らせ下さい。
折り返し、確認メールを送信いたします。(当日清算のみ)
*カンパ大歓迎です!


*寄付概要
チケット収入及び戯曲の売上より劇場費用、付帯設備費及び、宣伝印刷費を除いた全額を、早川倉庫修繕費及び、早川倉庫利用劇団への支援金として寄付します。

プログラム
①18:15~
アピール「被災地へ・熊本を愛する演劇人より」
主な登壇者
大堀久美子(編集者・ライター) おどるなつこ 山谷典子 嶽本あゆ美  他

②18:45~リーディングミュージカル「つつじのむすめ」 脚本・歌詞 山谷典子(文学座)
振付 おどるなつこ 作曲 小野文子
出演 大滝 寛(文学座) 亀田 佳明(文学座)  山谷 典子(文学座) 小野文子 おどるなつこ
* 松谷みよ子原作のTap&Song~リーディングミュージカル

③19:30~「ダム」リーディング *平成26年度文化庁芸術祭優秀賞受賞作品
作・嶽本あゆ美  演出協力・藤井ごう
出演 西山水木(プリエール) 佐々木梅治 (民藝) 鴨川てんし(燐光群) 円城寺あや 清田正浩 桝谷裕 森 路敏(東京芸術座) 鳥居さとみ(ぬいぐるみ人形劇ショッコラン)永野愛理(東京演劇アンサンブル) 本田次布(Pカンパニー) 他
川辺川ダム問題をテーマに男女の愛憎の物語を叙情溢れる熊本弁で紡いだ作品。2014年シアターグリーンと熊本県早川倉庫で上演。


総合照明協力・和田東史子
協力・ 燐光群 東京演劇アンサンブル 明樹由佳 大内史子 岡野愛 ギャラリー寛  早川倉庫

協賛  Basement

「支援へのご理解とご協力のお願い」
この度の九州の地震で被災された方々にお見舞い申上げます。まだ、現在の状況で演劇支援チャリティーは時期尚早かもしれませんが、一日も早い「日常」を応援したいと考えました。支援対象は熊本市呉服町にある早川倉庫です。築140年の歴史を誇る木造建築のこの倉庫は、小劇場演劇やアートのみならず、地元の交流の場として大きな役割を果たしてきました。大規模公立劇場が多い熊本市において、貴重な地方の「アートの拠点」です。残念ながら早川倉庫も、今回の地震で大きな被害が出ました。大切な場所と熊本演劇の復旧の為に、関東の皆様のお力を拝借致したく心よりお願い申し上げます。 
実行委員会代表・嶽本あゆ美
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或る謝罪


五月晴れまくりで、洗濯はどんどん乾くし、衣替えにはうってつけ。
しかし私のようなモグラ生活者にはとてもしんどい陽気です。今日も頭痛でぼーっとしています。この辺の小中学校では運動会は五月に行われています。秋に行事が多過ぎるからだそうです。確かに、文化祭やバザーやお祭りや試験など年度の中間を過ぎると盛りだくさんですから。うちは長男が6年生になり最後の運動会です。今年から人間ピラミッドは事故多発で全国的に廃止です。徒競走が苦手な子は、表現ダンスと騎馬戦が見せ場になります。騎馬戦は都会の子も闘志むき出しで、戦国時代みたいな兜かぶって戦っていました。女子も凄かったです。騎馬戦に勝つには、下の馬の人が強くないとダメだと良くわかりました。優勝チームは重量級の馬役が押しに押して圧勝していました。

少子化だなんだといいながら、都心に近いベッドタウンの小学校は、4~5クラスあって、全校生徒が700人以上いるので、自分の子がどこで出ているのか、もう全然わかりません。
今年は広報委員会のカメラ係だったため、画になる他人の子どもばかり映してました。
これも、個人が特定できると犯罪と個人情報の問題で、微妙な撮り方です。体操着の名前も、編集段階で全て消します。どうしてまあこんなに気にしなくちゃいけないんだろう?
とは思うのですが、現実に子どもが犯罪に巻き込まれるから、PTAの広報紙でも用心に用心です。変質者を変質者として疎外するのもまた良くないんですが、老いも若きもこの社会は本当に病んでます。
こないだ国立劇場で観劇の時、80近いであろう御年寄りが指定席が気に入らず、既に幕が開いているのに、案内の女性に暴言を吐きまくり、鳥屋口の自分の好きな場所に座りなおしていました。馬鹿!と悪態をついてののしる声が響いて客席は凍りついてました。幕間になればその人は相好を崩して芝居を喜んでいましたが、仕事とはいえそういう罵声を浴びせられる案内係は気の毒です。罵声というのは公の場所であるべきものではありません。社会のタガが外れているのか、いい年をした大人が現実でもネットでもそういうことをする時代です。

運動会、炎天下で使命感に燃えて応援団は6時間近く声を枯らしてチームを応援していました。拷問のようにというか、子どもでなければ出来ない芸当です。高学年は勝っても負けても充実感がありよい思い出になるのでしょう。入学したばかりの1年生や2年生は本当に苛酷で、忍耐力の運動会です。昔は私も「こんな炎天下で無駄だ」とか思ったりもしたけど、それを観ていた未熟な親の忍耐力がこの六年間で育ちました。そして公立保育園の先生方は各学校を回って卒園児を応援してくれます。公務員でなければできない余裕なのかもしれませんが、有り難いとはこの事だと思い知るのが運動会です。

5年前、長男が一年生の時、運動会の鉢巻きを縫いつけた赤白帽や持ち物を、ハサミで誰かに壊され大騒ぎになりました。その時の運動会は緊張とストレスでよい思い出ではありませんでした。それは憶測が憶測を呼んで全校保護者説明会まで開かれる事態に発展しましたが、運動会の後にやった子どもが親御さんと一緒に名乗り出たので無事に解決しました。その頃の学校では高学年にイジメ事件が多数あったのですが、私が騒ぐまでそれは水面下で表に出すものではなかったようです。しがらみを感じない私やクラスのPTAのお母さん達の協力で他のイジメ事件も明るみに出ていきました。どうやら私はしばらくの間、保護者のミクシィではクレーマーとされたそうですが、本当に人つき合いをしない私は知らぬ顔を決め込んでいられたのです。うちの場合は、当事者の子どもどうしにそれをする「直接的な理由がなかった」事が大人の頭を混乱させました。やった方もやられた方も、その原因を考え続けて長く尾を引いたのです。今、理解できることは、誰しも成長の段階でアンバランスな時期が子どもにはあるということだけです。そして当時、過分なほどその親御さんに謝罪していただいたことで、私は次第に忘れてしまっていました。

 どちらかというと、その事件でのカウンセリングをきっかけに長男の軽度の発達障害の療育が始まり、二年ほど小児精神科や通級に通う事になったのが苦しい思い出でした。長男は著しくマイペースでしたが、担任の先生に恵まれ4年生を過ぎる頃から、一応、配慮もできるマイペースな人になりました。でもしょっちゅう道には迷うし、忘れ物は無くならないし単純記憶はからっきしダメです。でもまあ、道に迷ったら交番に駆け込むし、知らない人に話しかけるのが得意だし、担任にも愛されて何とかなるもんです。

 今年の運動会で当番の係をやりながらウロウロしていた時に、あるお母さんに呼び留められ、振り返って顔を見た瞬間、彼女は泣いていました。そして「御蔭様で六年生になれました。〇〇君は楽しく通えましたか?」と言うのです。彼女は自分の子どもがした事を気に病み、私に詫び続けて六年目の運動会を迎えたのです。びっくりして「そんな!もう全く本人は忘れていますよ」と言うと、お互い涙が出てきてしまいました。しばらく会話して別れましたが、子どものした事を背負って六年過ごし詫び続けた母親の誠実さに平伏しました。私には自分の子どもが何かした時にあそこまで謝り続けることはできないでしょう。やった本人の所為だとどこかで逃げるように思います。
私が忘れてしまえたのは彼女の御蔭だと思い当たりました。謝罪というものは尊い行為で、宗教だの道徳だの、そういうもののはるか上に謝罪があるのでしょうね。
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