明成社編集部有志のブログ

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ここだけの話、みんな知ってる話などいろいろです。

評論は有志の見解で、明成社の公式見解ではありません。


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平成28年6月22日、東京で日露平和条約締結交渉が行われた。
平成21年の同日、麻生総理大臣は官邸で、ロシア大統領府長官の表敬を受けている。

 

6月22日には、意味がある。


ロシアでは、1941年にドイツが不可侵条約を破ってソ連に侵攻した日を記念して、6月22日を「記憶と哀悼の日」と制定(1996年)し、半旗を掲げ、大統領がクレムリンの無名戦士の墓に花輪を捧げる。
5月9日戦勝記念日を大々的に祝うが、始めなくして終わりなし、ということか、開戦日にあたる。

 

1945年5月9日、対独戦がナチス・ドイツの全面的壊滅とソ連軍によるベルリン陥落をもって幕を閉じると、その3カ月後の8月9日、ソ連は、日本との相互不可侵を定めた中立条約を破り、樺太、満洲に侵攻したのだ。

 


 

さすれば、8月9日は日本にとって「記憶と哀悼の日」にあたる。

 

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真夏のことでした。

国家なくして平和なし』に使えるかどうかと、千鳥ヶ淵戦没者墓苑内に、戦後強制抑留(いわゆるシベリア抑留)と、引揚死没者慰霊碑があるということで、どこにあったかな?と思い、確認に行きました。

ネットで調べれば、大抵の事は分かりますが、行こうと思えば行けるのであれば、時間を費やしても、やはり自分の目で見、自分の足で稼ぐべきだと考えます。


戦没者墓苑の前屋をくぐって左端(東)に、碑の設置ゾーンへの入口がありますが、気付きにくい感じです。

建立は平成22年8月、旧独立行政法人平和祈念事業特別基金で、総務省の管理です。

碑の正面には、それぞれ横書きで「平和祈念碑」「追悼慰霊碑」と刻まれていますが、説明文を読まないと何だか分からない。

左)引揚に伴う死没者の永遠の平和祈念碑
右)強制抑留者の尊い命を失われた方々の追悼慰霊碑

 

であり、形や石材には意味を持たせてあるとのことですが、恐らくは宗教色排除の故でしょう。公園のモニュメントにしか見えず、訪れて、誰もが自然に祈りを捧げようという雰囲気が感じられません。

祈りの作法には、自然に誰もが気持ちを込められる形があり、そうした伝統を排除してしまうと、見向きもされなくなる可能性があります。

 

一応、国が示した慰霊の祈念碑であり、あまり知られていないので、掲載すべきかとも考えてみましたが、実際見ると、何ともそっけなく、しっくりこなかったため却下し、使えなかった資料となりました。

 

 

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明治神宮外苑の聖徳記念絵画館に、「樺太国境画定」を描いた壁画が展示されています。(写真は画集)

 

すっかり葉を落としたいちょう並木を抜けると、

 

冬の青空に映える聖徳記念絵画館。
上空に飛行機の機影が2つ、白い鳥のように飛んでいました。

 

絵画館の西前庭(絵画館向かい、駐車場の後ろ)に、樺太の国境標石のレプリカがあるのをご存知でしょうか?

明治40年、国境標石(天測境界標)は、樺太島北緯50度上に4基設置されました。

ここにあるのは、東から4つ目、間宮海峡側の安別にあった天第四號のレプリカです。樺太庁から外苑に寄贈されたもので、模造とはいえ貴重です。

標石は、将棋の駒型で、日本側である南向き設置面に、菊の御紋章が、露西亜側北向き設置面に、双頭の鷲の紋章が浮き彫りにされています。後ろからは立ち入り禁止のため写真はなし。

 

国家なくして平和なし」には、この天第四號の実物の写真を掲載しています。

 

  

 

大正14年、北原白秋はこの地を訪れ、この天第四號標石の北面・露西亜側を見ています。

 

鷲ひとつ 石のうらべに彫りにけり そなたにあらき 虎杖(いたどり)の花

北原白秋 「白秋全集9」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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世界では今も難民問題が絶えないが、71年前には日本人も実際に大量難民の憂き目にあっている。

昭和20年8月終戦時には、樺太には40万人、満洲には155万人もの在留日本人が居り、ソ連の侵攻によって緊急避難・引き揚げを余儀なくされた。

 

北緯50度以南、南樺太の面積は、九州島に近い広さがあり、北海道の稚内と樺太・西能登呂岬の間は、目と鼻の先、陸地間最短43㎞しか離れていない。

大相撲の横綱、大鵬関や、輪島関の出身地であり、三島由紀夫の祖父は樺太庁長官を務めていた。

 

そんな南樺太を、日本は、サンフランシスコ講和条約で「放棄した」と条文にあるが、40万島民の地を、何も好き好んで放棄したわけではない。

占領下で「放棄されられた」のであって、講和と引き換えに「放棄せざるを得なかった」のが実態であり、条文に表現することも叶わなかった。

 

「両国ハ領土的其ノ他ノ増大ヲ求メス。」と掲げた『大西洋憲章(米英共同宣言)(1941年8月)

 http://www8.cao.go.jp/hoppo/shiryou/pdf/gaikou04.pdf

 の目的・原則に「賛意を表す」『連合国共同宣言(1942年1月)に、ソ連は署名している

 http://www8.cao.go.jp/hoppo/shiryou/pdf/gaikou05.pdf

が、どこ吹く風である。

 

日本が放棄されられた南樺太の帰属先は、いまだ何らの条約も締結されておらず、地図上白色となっている。ソ連の不法行為によって、現在もロシアが不法占拠し続け、実効支配を強めているだけで、国際社会がこれを放置し認めれば、領土・領海の略奪を認めたことになる。

北方4島は言うに及ばず、日本は南樺太の潜在主権をアピールしなければならない。

/坂

 

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