明成社編集部有志のブログ

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評論は有志の見解で、明成社の公式見解ではありません。


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清末からの中国大動乱を収束させ、辛うじて中国の統一を果たした蒋介石(中正)は、その後共産党との内戦に破れ、台湾へ逃れました。

そして、台湾では、蒋介石の一族が政治や経済を支配するようになります。

蒋介石の息子蒋経国の三男である蒋孝勇も、やがて成人すると台湾経済界に入り、中国国民党の党営企業を支配しました。

これは、その蒋孝勇が中学生のときの話です。


どうしちゃったの丸坊主


その血筋のよさから、後にエリート街道を驀進する蒋孝勇は、実は中学時代に先生から頭を丸刈りにされたことがありました。

ある日、これを蒋介石が見つけ驚いて聞きました。

「どうしたんだ。頭が丸坊主になっちゃって」

孝勇は驚いたように答えました。

「えっ、おじいちゃん知らないの? ぼくらの先生は、みんなを『中正頭』(中正は蒋介石の名)に刈るように決めたんだ。だから、みんな丸坊主にするんだよ。台湾の中学生はすべて『中正頭』にするらしいよ」

教育関係者は、全台湾の中学生をすべて「中正頭」にして、蒋介石に迎合しようとしたのでした。彼らの「おべっか」のせいで、中学生はみな被害者になってしまったのです。


髪がないのではない


しかし、これを聞いた蒋介石はとても不愉快になったそうです。その理由は、かわいい孫が丸坊主にされたからだけではありません。多くの人が蒋介石のことを禿げだと誤解していることがわかったからでした。

蒋介石が亡くなるまで身の回りの世話をしていた翁元によれば、蒋介石はハゲ頭でもなければ、坊主頭でもないそうです。蒋の髪はきわめて細く、また少しでも伸びたらすぐ理容師を呼んで刈ってもらうので、側近以外の人が遠くから見ていると、まったく髪が見えないのです。


蒋介石は、会議で、中学生の坊主頭規定に反対して、次のように訓示しました。

「みなさんは私をハゲ頭か丸坊主にカットしたと誤解している。実は私には髪がないのではない。君たちがあまり注意しなかっただけだ。教育にたずさわるみなさんが中学生を丸坊主にするのは正しくない」

教育関係者は、「領袖を擁護」し、「忠誠を誓う」つもりで、中学生をすべて丸坊主にしたのですが、逆に叱られる結果になってしまいました。

これが世にいう「中正頭」事件の顛末です。


蒋介石の意外なこだわりに驚かされるエピソードですね。

 

この文章は、黄文雄著『蒋介石神話の嘘ー中国と台湾を支配した独裁者の虚像と実像』 を参考にしました。本書には、蒋介石の意外なエピソードが、ほかにも多数収録されています。是非ご一読を!



(浮羽博幸)

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中国人商人たちに歓迎された日本兵


支那事変(いわゆる日中戦争)中の日本軍は規律正しく、その占領地域では、きちんと品代を支払う日本兵が中国人商人たちに歓迎されたことが、多くの文献に出てきます。

一方で中国兵は、品代を踏み倒すことも多く、中国人商人からあまり好かれていなかったようです。中国には、「よい鉄はくぎにならず、よい人は兵とならず」という意味の諺まであります。

黄文雄先生の新刊『蒋介石神話の嘘』 にも、日本軍の占領統治の優秀さに触れた箇所がありますので、以下に紹介させていただきます。


インフレが起こらなかった日本軍の占領地域


本書では、先ず重税や打ち続く軍閥戦争で苦しむ中国民衆の為政者への失望について触れ、続いて日本軍占領地域における物価の安定等に言及しています。


蒋介石神話の嘘

「日中戦争の八年間、抗日を叫ぶ愛国者は少なくなかった。しかし、孫文と同じように外力を借りて、たとえば日本がもっと長く中国を占領し、中国人の根性をたたきなおしてから支那大陸を引き上げてくれと願っていた者も決して少なくない。帝国主義列強の中国統治待望を抱いた中国人は日中戦争中はいくらでもいたのである。」(274P)


「支那大陸で日本軍が入城するたび、中国民衆が日の丸旗をふって熱烈歓迎し、日本軍が占領する地区にはすぐ治安維持政府がつくられていた。蒙古連盟、察南、晋北の自治政府も、北京の王克敏華北臨時政府、南京の粱鴻志維新政府、一九四〇年以降の汪精衛平和政府もそうだった。」(275P)


「日本人の統治能力が中国人以上に有能であったことは、日中戦争中の「敵区」にも見られる。当時、日本軍支配下の華中はほとんどインフレにもならず、物価もほとんど上昇しなかった。しかし、汪精衛政権に統治権をわたすと、一年足らずの間にインフレが昂進し、物価が暴騰して民生が圧迫され、貨幣制度も大きく乱れた。」(275P~276P)


汪精衛は高潔な人物で、その南京平和政府は、昭和18年(1943)に日本からすべての特殊権益を返還され、日本と完全に対等な友好協定を締結した親日政権でした。

しかし、物価のコントロール等は、日本軍の直接統治の方が優れていたということでしょうか。


四大家族による民衆への搾取と共産党政権の成立


昭和20年(1945)8月、日本の敗戦によって南京平和政府は倒れ、日本軍も撤退。その後、全中国は蒋介石ら四大家族(蒋介石、宋子文、孔祥熙、陳果夫・立夫兄弟)によって支配されました。

しかし、彼らは民衆への峻烈な搾取を続けたため、中国経済はついに破綻、人々は最後の希望を共産党へ託するようになります。


1949年、共産党は激しい内戦の末、国民党を台湾へ追い、中華人民共和国を樹立しました。

中国民衆の輿望を担って新たに誕生した、この共産党政権が、国民党よりも更に残虐な恐怖政治を行い、数千万の国民を粛清することになろうとは、このときは誰も予測できませんでした。




※一応念のため、申し添えておきますが、「日本が中国の一部を再度統治した方がいい」、とかそういう話ではありませんので(そんなこと誰も思わないか)。あくまで、過去の歴史事実の確認ということで、ご紹介させていただきました。


(浮羽博幸)

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蒋介石を「東洋道徳の権化」の如くに崇拝する日本人


黄文雄先生の最新刊『蒋介石神話の嘘-中国と台湾を支配した独裁者の虚像と実像』 が発刊されました。

戦後、多くの日本人は、蒋介石を「東洋道徳の権化」のごとくに考えてきました。

曰く「天皇制を護持してくれた」。曰く「対日賠償請求権を放棄してくれた」。曰く「支那派遣軍と在留日本人を無事に送還してくれた」云々。

これほど日本人が恩義を感じている外国の元首は他にはいないでしょう。何しろ日本の国内には、蒋介石の記念碑や銅像まであるのですから。

箱根には産経新聞が建てた中正堂がありますし、群馬県前橋市には「謹謝重恩之碑」が、千葉県夷隅郡岬町には「以徳報怨之碑」があります。


中国における為政者の存在とは?


しかし、我々日本人が信じてきた蒋介石に関する数々の逸話は、果たして真実だったのでしょうか。

虚虚実実取り混ぜてつくられている蒋介石像の正体を、本書は緻密な資料分析により詳らかにしています。現在出版されている多くの蒋介石関係の書籍が、いかに間違った蒋介石像を伝えているのか、正に「目から鱗」の一冊です。

また、本書は蒋介石ばかりでなく、中国近代史をつくりあげ、後に神格化された孫文、毛沢東の実像にも迫りながら、「中国の為政者とはいかなる存在であるのか」、「中国文明の本質とは何か」をも明らかにしてくれる快著です。

最新の史料を縦横無尽に駆使して描かれる、ありのままの蒋介石像に、どうぞご期待を!


『蒋介石神話の嘘-中国と台湾を支配した独裁者の虚像と実像』

 ○黄文雄著

 ○四六判並製/316頁

 ○定価:1500円+税


以下に簡単に内容をご紹介します(目次ではありません)。


蒋介石神話の嘘  ・蒋介石と4人の妻。毛沢東と4人の妻

 ・革命家は無法者で喧嘩の名人

 ・蒋介石の学歴詐称

 ・左派将軍時代の蒋介石

 ・国共合作の真相

 ・有名無実の北伐統一

 ・蒋介石のドイツ人顧問団

 ・日本軍より味方の損害が大きかった黄河決壊作戦

 ・蒋介石の頭は禿げでも坊主でもない                                                                            


※ご購入は、全国の書店店頭、もしくは直接明成社まで電話かFAX にてお申し込み下さい。



(浮羽博幸)



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