9月25日放送の「カンブリア宮殿」は

豆腐業会の革命児と言われている

男前豆腐店株式会社 代表取締役 社長 伊藤信吾氏。

ユニークな商品コンセプトを展開して短期間で

男前豆腐というブランドを認知させただけあって、

仕事にたいする考え方もユニーク

□社員はアメリカ風ファーストネームで呼び合う

社長はジョニー、社員はチャールズ、テリー、キャロル…

フランクに呼び合うことで役職にとらわれず、

意見を言い合える風通しのいい会社にしようという狙い。

パンを買うように楽しんで豆腐を買うようにしたい。

お父さんがお使いで買いに行っても迷わないネーミング。

豆腐をカロリーを気にしないデザートにしたい。

失敗しても、発見だといって反省しない。

□ 自分の仕事で泣けるときが一番幸せ


面白いですね。



そんな伊藤社長、

貿易会社の経理、築地での見習い、を経て

お父さんが経営する豆腐会社で営業を始めたものの、

どの取引先のスーパーを回っても

「値段はいくらまで下がるの?」

としかバイヤーからは言われず

「だめだこりゃ。」と

どこにもない豆腐を作る決意をしたそうです。

誰かを批判するって訳じゃなくて、

スーパーさんに値段を叩かれるってのは

俺にダメ出しされるってことなんです。

自分のネタの作りこみが足りなくて勝負してるから、、

値段だけの話になるんであってね。

朝から晩まで仕事やってて、その仕事が楽しくないんじゃねえ、

そこらへんは噛み付いてましたね、この豆腐業界に。

どうしても俺はこの業界で食っていく

転職たって同じなんだよ、ここ乗り越えないと、

って自分盛り上がりで頑張ってましたけどね。」

就職したい企業ランキングに豆腐屋、絶対ないですから、

旅行会社に行きたい人、テレビ局に勤めたい人、

そりゃ、僕だって勤めたいですよ。

でも、どんな職業でも、一工夫、二工夫、あると思うんです。

(中略)

どの職業でも、職種でも、何かを生み出すひらめきって

あるんじゃないかと思うんですよね。

アイツは他のこと考えている、絶対違うこと考えているって

方向まで必ず持っていけると思うんですよね。」


うーん、すごいわかります。

誰もが仕事をしていて、会社や業界の都合でうまく行かず

「だめだこりゃ。」と落ち込むことがあります。

そこであきらめたり、逃げたりしないで

自分だけの解決方法を見つけようとする

執念があるかどうか、ということが大事という

良い見本の話ですね
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ハードボイルドの作家として一時代を築き、

最近は中国の史記・古典を題材にして男の生き方を

書き続けている北方謙三氏。

一時期、ホットドッグプレスで連載していた人生相談

「試みの地平線」も人気でした。

そんな北方氏、最近の若者についても

やはり辛口です。

「言われた仕事をして、ある程度給料もらえたら納得するし、

もらえなければ転職…

いま多くの若いヤツが去勢されている気がするね。

大きなものに逆らわない。

上の方針で会社が潰れてるのに、

それを阻止しようとすらしない。

そういう情けない状態になっちゃっている。

負けたっていいんだよ。

そこで戦えば、その経験が人生の力になる。

俺の歳でボロボロにされたら、

立ち上がるの大変だよ。

若いヤツなら、一回や二回ボコボコにやられて

泥まみれになっても立たなきゃしょうがないじゃん。

先が長いんだからさ。

(中略)

血沸き肉躍るということは大切で

そういう“熱さ”を身体の中に取り込んでおいて

ほしいんだよな。

そうすると何かがあったときにパッと立てる。

大きな物を動かせるんだ。」

うーん。やっぱり言うことがカッコいいですね。

そして熱い。もう60にもなるのに。

たしかにハードボイルド小説の主人公って

見た目や行動は静かで冷静な印象でいて、

中身は熱く、暖かいってキャラが多いですよね。

それってビジネスマンにも相通じるのかもしれないですね。

負けてもいいから、時には戦える熱い気持ちは

いつまでももっていたいものですね。

「R22」より

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皆さん、8月21日放送のテレビ東京「カンブリア宮殿」は

「ライブドアとはなんだったのか?」でしたが

ご覧になりましたでしょうか?

スタジオにライブドア社長の平松庚三氏と

ライブドアの社員さん70名を招いて、

事件発生から7ヶ月たったライブドアの現在、

そして平松社長やライブドア社員の方々の現在の

気持ち・考えを取材した内容でした。

そんな番組の後半、スタジオ内の社員さんが

平松社長に質問をするコーナーがあり、その中で

「ライブドアの若い社員を見て、どう感じていますか?」

という質問がありました。それに対して平松社長は

「社員というのは、部下であるというのが一つ。

でも部下だけだと思ってないし、ライバルと思っているし、

師匠だと思っている訳です。だから楽しい。」

と答えていました。

気持ちいい答えですね。

事件前のライブドアは法律やモラルに抵触すれすれでも

株価と売り上げと利益率が上がれば良いという方針で

突っ走り、結果あの事件を起こしてしまいました。

その厳しい状況で火中の栗を拾った平松社長。

ライブドア経営陣唯一の大人という声もありました。

それはきちんとした経営と社会のルールをわかっている

ということでしょうが、それだけでなく、苦しいときでも、

いつも明るさを忘れず、若い社員とも壁を作らず

気さくに話ができる、という点で、

ライブドア再建にぴったりの経営者だと思います。

この苦しい状況でも逃げなかった社員の皆さんと

力を合わせて、頑張っていただきたいものです。

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 某有名大学の付属中学校の吹奏楽部で

顧問をされている先生の言葉だそうです。

30年以上生きてきた経験からいわせていただきますと

誰でも大小の差こそあれ、

人生には何度かチャンスが訪れます。

そのチャンスをものにできるかどうかは

前々から準備をしているかどうかで

大きく違います。

チャンスを引き寄せるのも普段からの努力。

そしてそのチャンスをものにできるかどうかも

普段からの努力。

そう考えるとただの幸運のように見えることも

普段の努力の賜物(たまもの)かもしれませんね。

可愛いクマをモチーフに有名デザイナーや

人気のキャラとコラボしたオモチャ、

KUBRICK」「BE@RBRICK」が一大ブームとなり、

いまや年商20億円を超えるまでになった

株式会社メディコム・トイ。

社長の赤司竜彦さんは、身長182cm、金髪で

涼しげなルックスでビジュアル系社長と

呼ばれているとかいないとか。

その赤司社長、経歴もユニーク。

ファッション誌の取材記者から、

ソフトウェア会社のプログラマーに転職。

その会社の社長にオモチャの事業部を作りたいと

直談判に行くと、

「わかった。ただし条件がある。

今のプログラムの仕事を続けること。

新しく立ち上げる音楽事業部を手伝うこと。

それなら新規の事業部を認める。」

と言われ、その条件をのむことに。

一時期、プログラムをしつつ、

アイドルのマネージャーをしつつ、

下町の工場にオモチャの製造の相談。

と寝る間も無い日々を送っていたのだとか。

自分がやりたいと言って始めたおもちゃも

オモチャの製造の基礎が無い上に、

人気のキャラを作るには複雑な著作権を

クリアしなければならなかったりと、

トライアンドエラーで一から学んでいったのだとか。

見かけによらず、苦労なされてるんですねえ。

そんな赤司社長が自分の会社の社員に言ってるのは

「自分のやりたいことを自由にやれ。

でも自由は責任も重い。」

「好きなことを見つけたらまずとことん疑え。

それでも信じられるなら死ぬ気でやれ。」

なのだとか。

ただの好きで責任を負えないなら、趣味にしておけばいい。

死ぬ程に好きで責任を負えるのなら、

仕事や会社という形で社会に関わっていける。

ということでしょうか。

シンプルだけど血の通った重みのある名言ですね。

社長でジャンケン隊 2巻 より 抜粋

現代 洋子
社長DEジャンケン隊 2 (2)

今年から、丁度30年前の1976年、

東急グループで新しい会社が産声を上げました。

「消費者が手と頭を使って自分で楽しみながら

作る活動を応援する。

そのために各売り場の担当者が、

自分で専門的な知識を勉強し、

各担当者の裁量で商品を仕入れ、販売する。

そのためには多品種少量販売となり、

少品種を大量に売るという、

商売の儲けの鉄則とは逆行するが、

今後の消費の成熟化に応えるためには必要なはず。」

という企画段階のアウトラインはグループ内では

時期尚早である、と反対意見が多かったそうです。


しかし当時の東急不動産社長であった松尾英雄氏が賛成し、

東急グループの総帥であった五島昇氏がバックアップ。

「三十億くらいの損はするかもしれないが、

それくらいならいいだろう。

とにかくやってみろ。

ただし、既存の百貨店やスーパーの真似はするなよ。

自分たちでそのシステムを

向こう傷を負いながらつくっていくべきだ。

背中の傷は許せないけど、向こう傷ならいい。

おまえたちだけでやってみろ。」


こうしてハッパをかけられた創立メンバーは

「手の復権」

「手と知恵を活かす生活の楽しさを」

というコンセプトを推し進め、

専門店も含め、全国22店舗、売り上げ900億円の

人気業態に育て上げたのです。

そう、みなさんご存知の東急ハンズのお話です。


東急グループの二代目総帥五島昇を描いた

城山三郎著「ビッグボーイの生涯」より。


城山 三郎
ビッグボーイの生涯―五島昇その人

 

東急というといろんな鉄道路線を買収しまくり、

強盗慶太と呼ばれた五島慶太氏が有名ですが、

その息子の五島昇氏もかなりの人物です。


東急グループは上記の東急ハンズの他に

渋谷、自由が丘、二子玉川、たまプラーザなど

沿線の土地もイメージが良いのですが、

そんな企業ブランドが形成される裏側が見られる上に、

まあ、五島昇氏がカッコ良すぎて

とんとん読めてしまいます。


TVバラエティ「ダウンタウンDX」で

「芸能人あなたのライバルは?」のコーナー

「おつかれちゃ~ん。」で名を知られた

三人組のインスタントジョンソンは

同じ三人組のロバートが心のライバルなんだとか。

というのも、あるイベントで競演したところ、

人気の差がありすぎて、

「向こうは年下だけど、いつか必ず追いつき、追い越したい。」

と熱く語ると、

同じ番組出ていた北島三郎さんは、

「その気持ちはいいよ、先輩はいつか追いつけるけど、

後輩は追いかけてくるから、それをライバルに持つのは、

いいことだよ。」

とお褒めの言葉。

たしかに優秀な後輩をライバルにすると、

よい緊張感で自分の成長を見つめ直せそうですね。

ちなみにその北島三郎さんの心のライバルは

大野穣(おおのみのる)さん、これは北島さんの本名。

つまり芸能人ではない自分自身。

鏡を見て体調が悪くて仕事が億劫になりそうなときは

「芸能人だからって仕事なめてんじゃないよ。」

とハッパをかけてくれ、

歌っているときは客先にもう一人の自分が座って

にらんでいるような気がして、

彼が納得させる歌を歌おうと気合が入るそうです。

さすが、サブちゃん、長い期間、トップを張り続ける人は、

気合の入り方が違いますね。

私は今、特別にライバルと意識している人は

いないんで、誰か探したほうがいいですよね。

ちなみに理想の男は北斗の拳に出てくる

雲のジュウザです。

2005年の3月、居酒屋チェーン大手であるワタミが

創業23年の老舗介護会社「アールの介護」を

M&Aしたとき、ワタミの社長である渡邉美樹氏が

買収先企業の幹部を前に買収報告と

決意表明をしました。

「施設に入られてる人たちは全部

自分の母親だと思う。

それさえできれば絶対いける。

絶対に喜んでいただける。

ありがとうをたくさん集められる。」

渡邉美樹社長の本やインタビューを読むと、

「ありがとう」や「感謝」という言葉がよく出てきます。

そしてその言葉の根底にはいつも

ありがとうをたくさん集められたら成功できる

という哲学が秘められているように思います。

年が明けて、2006年。

私も今年は少しでも多くの「ありがとう」を集めて

自分も幸せになりたいものです。

皆さん、去年よかった人は今年も、

去年が良くなかった人は今年こそ、

いい年にしたいですね!

仕事の合間に仕事とは関係ない調べ物をしていましたら
とても良い名言を取り上げているブログを見つけました。


未許可ですが、勝手に全文転載させていただきます。


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起業してわかったこと   
            2005/12/1(木) 午後 4:49

サラリーマン時代、何か閃いたアイデアを口にすると
「お前の考えてる事なんぞ、同じ事を
とっくに皆も考えてるよ」
と先輩によく言われた。

起業してわかったのは、

何百人も同じ事を考えていても
実際に行動に移す人は殆どいない・・。

だから成功するには、中身を緻密に考え、
結果として断念する理由を見つけてしまうより、
まずは行動。

行動、行動、行動!

中身は走りながら修正を加えれば良い。
知識人、常識人はイノベーションを起こせない。

未来を予測する事は簡単だ、未来を創ればよい。

って、誰の言葉だったかな・・。


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なるほど~。

確かにそうですよね。

アイディアを思いついても、
できない理由を考えたり、
人のアイディアにケチをつけたりするだけで
何もしないというのでは、
何も変わらないですよね。

明治維新の推進力となった薩長同盟だって、
当時の人達からすれば
薩摩と長州が組めば、幕府を倒せるというのは
当たり前の話で、ものすごいアイディアではなかった。
ただ、お互い抗争を繰り返した因縁があり、
組める訳が無い、というのも常識でした。

それを承知でまずは、行動し、実現させた
坂本竜馬と中岡慎太郎は歴史に名を残し,
「できる訳がない。」
「そんなできそうも無いことをするより、
一人でも多く開明論者を切る!」
などといって飲み屋や遊郭でくだをまいていた
学者センセやエセ は結局
何も成し遂げずに終わった訳です。

できない理由を探してなにもしない人間と
まずは行動してその流れで
問題解決をしていく人間とでは
時間がたつとともに大きく未来が変わってしまう、
ということですね。


株式会社インフォプラントの大谷社長,


勝手に転載して申し訳ありません。
そして良い言葉を教えていただきまして,
ありがとうございました。

プロレスが大好きで新日のレスラーを志すも

172cmの身長のため、入門できず。

それでもあきらめず、たけしプロレス軍団⇒

メキシコ⇒FMW⇒ユニバーサルプロレス⇒

みちのくプロレスを経て、自分の地元に戻って

プロレス団体を立ち上げた

大阪プロレスの社長 スペル・デルフィン氏。

deru


タレントの早坂好恵さんの460回プロポーズして

結婚したエピソードも有名です。(それって洗脳では?)


大阪でショービジネスするなら吉本と組まなアカン。そして

「物事はトップダウンさせな進まん。」と考え、

当時の常務のだった木村政雄さんに直談判。

提携にこぎつけたのです。

「吉本にはケツの毛までむしりとられて。」

といいながらも、タレントとしての活動がそのまま宣伝になり、

関西ローカルとはいえ、地上波に番組ももてるまでに。


情熱と努力になにわの商人ならではのサービス精神、

それに吉本興業というパートナーは鬼に金棒ですね。

「大阪プロレスを全国区の知名度にする。」

という夢も意外と遠くないのかもしれませんね。


「社長 DE ジャンケン隊」 1巻 より


現代 洋子
社長DEジャンケン隊 1 (1)




サンズエンターテイメント 野田義治社長

手塚プロダクション   松谷孝征 社長

シネカノン  李鳳宇 社長 / てててん  末政ひかる 社長

アニコム 小森伸昭 理事長

一風堂ラーメン 河原成美 社長

海洋堂 宮脇修一 専務

吉本興業 故 林裕章 社長

高須クリニック 高須克弥 社長

新潮社  佐藤隆信 社長 / コメ兵  石原司郎 社長

ガルエージェンシー 渡邉直美 社長

プロピア 保知 宏 社長 / 大人計画  長坂まき子

ホッピービバレッジ 石渡美奈 社長

ピーチ・ジョン 野口美佳 社長

新江ノ島水族館 堀由紀子 館長

クリエイティブオフィスキュー 鈴井貴之 社長

デフスターレコーズ   藤原俊輔 社長

アップリカ葛西 葛西得男 社長

DDIポケット 木下竜一 会長

サニーサイドアップ 次原悦子 社長


など面白い社長さんがたくさん出てます。



気軽に読めます。