ココアの元気も、夢もめぐ~る 心屋カウンセラー田中貴子

命が弾ける夢実現のナビゲートします

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こんばんは、ココアこと田中貴子です。

今日は、4ヶ月ぶりのBeトレ参加。


前回はまだ冬だったんだと、感慨ひとしお。

見知った人と会うたびに、久しぶり!のあいさつとなりました。


会えた皆さん、ありがとう。


ブログや、著書、ポッドキャストで、ぢんさんの日々のメッセージに触れているつもりでも、生の楽しさは別格!

ブータンからの旅帰りの話も聞きたくて、やりくり。


終わって、シンプルにしっかと残ったのは、「大丈夫」の言葉。

もうこれだけです、以上!の分かりやすい魔法の言葉。

おでこにシールを貼ってもいいくらい(笑)と、ぢんさんも繰り返し強調。


合わせて、周りが言ってきても、自分の心が不安になっても「それが何か?」で切り返す。

これは、ぢんさんがブータンで瞑想されたときに、降ってきた言葉らしい。


私も知らず知らずのうちに、先週のピンチに何度かつぶやいてた~。


腹に落とし込むように、大丈夫を信じられると面白いことが起こる。


会が終わって、同期の仲間たちと、オープンエアで食べたいね。


のびのび開放空間がいいねと、いそいそお店探し。


今宵は暑くも寒くもなく、風もない、申し分ないコンディション。


ちゃんと見つかりました!


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通されたときには、小さいテーブルに4人で座る?どうする?だったけれど、「2つテーブルをくっつけることはできますか?」と聞いたところOKに。


相手の答えがNOだとしても、聞くだけ聞いてみよう。


2つにしてくれればいいのにのゴリ押しもなければ、一応聞いてみるというスタンス。


聞いたら、結果があるいは違ってくるかもよ?のさらりとした提案。

それだけで、今日はきっといい時間になるぞと思えてくるから、素敵。


パスタで注文した際にも、ないと言われ、レモンクリーム味が食べたかったので、残念がったところ・・・

ショートパスタのフジッリ(らせん状のねじりパスタ)をペンネ(形状がペンに似ている)に変更して、出してもらえることに成功!

リクエストに喜んで応えてくれたのも、感激でした。

http://www.giraud.co.jp/coltibuono/index.html


160626_191821.jpg

なんだかんだで、イメージ通りに、美味しく、楽しめました。

言わなければ、本音を我慢したままだったかもしれない。


それでも、それなりに楽しめるだろうけれど、ゆったりとしたいという気持ちには今一歩だったかもしれない。


ダメ元だから、断られても、そうよねと諦めがつく。


きっと大丈夫と思えると、いい流れがすぅーとやってくる。


こういう簡単なことから実践すると、どんどん試したくなります。


どうせ思うなら、「ダメかなー」でなく、「大丈夫、なんとかなる」。


ハプニングさえ面白がれたら、それもまた新しい出逢いだものね。



読んでくださって、ありがとう。



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こんばんは、ココアこと田中貴子です。


カウンセリングの在り方を実践的に習った師匠が私には何人かいます。


その中で、繰り返しカウンセリングの逐語録や録音テープを検証し、傾聴の精度をあげ、深く相手の思いを理解することの大切さを学んだのは、鈴木雅幸さんです。


折しも心屋のカウンセリングを学んで、キャリア関連だけでなく、心の相談も多く受けるようになっていた頃。


直感やテクニックで終わらない、相手の心にしっかり寄り添うには、基礎でもあり、全てでもある傾聴を学び直したいと思ったのです。


エンカウンター・グループ講座に参加したときの感想ブログ


しみじみ読み返したら、懐かしい・・・2013年3月の記事。


お世話になった臨床カウンセラー養成塾


よーくみると、私がちらっと写ってます。。。


笑っていますが、微妙な会話の差異に唸ってしまったこと、しばしばでした。



スクールカウンセラーのご経験も豊富な鈴木さんならではの教育現場での気づきも、元・中学教員でもあった私には、染みる話でした。


その後、企業研修講師としてもご活躍、多くのビジネスマンの方とのカウンセリングも経て、満を持しての、今回の著書です。


タイトルはセンセーショナルで、これさえあれば!と前のめりになりそうですが、中身はコツコツ地道に繰り返すことで、身についていくことを何度も語っておられます。


かつての傾聴の学びのときと同じ、たゆまぬ努力の姿勢です。


色々新しい情報を取り入れたい私は多読派なので、耳の痛い言葉もありました。


・多くの人たちが、本を一度読んだだけで十分と思ったり、それで何かを得られたように錯覚しがちです。


しかし、実際にはほとんどの内容は忘れてしまうものです。


ものごとというものは、マスターするのに時間がかかるものです。


素晴らしい内容であれば、なおさらです。


「メンタル強化の問題は、知的理解だけでは解決しないことがほとんど。


頭の中に繰り返し叩き込む、そして試行錯誤のなかで、ハッと気づいたり、またはつくづく、しみじみと実感することが大切。」


・「高い理想を掲げて挫折してしまうというのは、自分で目の前に1000枚のお皿を積み上げているようなもの。


一方、プロセスに意識を向けて、着実に目標や夢を実現するということは、毎日毎日、目の前の数枚とか十数枚のお皿を洗い続けていくことと同じ」


大切なのは、プロセスに集中することです。


1000枚を積み上げて、うんざりするのではなく、退屈なルーティンだと感じても、ただやるべきことに集中するのです。


すると、自分でも予想もできない地点にたどり着くこともあるのです。


それが「結果」というわけです。



もちろん、ラストにはちょっと意外な笑いの効用も。


真面目なお人柄がにじみ出ている著書ですが、やってきたことが裏付けされて、自信となり、真の力となる。


それを身を持ってやってこられた鈴木さんらしい言葉に、くじけそうなときは勇気をもらえそうです。


心の持ち方バイブルとして、そばにおいておきたい本となりました。

まだ2回しか読めていないので、今度はオススメの線を引きながらで、読もうと思います。


読んでくださって、ありがとう。



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こんばんは、ココアこと田中貴子です。


先日相手の気持ちを想像しながら話すと、コミュニケーションが柔らかになるという話をしました。


そうはいっても、相手の顔色や態度をみて、ご機嫌うかがいをするという意味ではありません。

相手のやった行動に対して、率直に感じたまま、ねぎらい感謝する。


相手に任せたことは、(リスクも引き受けながらも)信じる。


一緒に行動を共にしているのなら、「頑張ったね。もう少しだね。」と、励まし合いながら、気持ちを共有していく。


すると自然と、相手から安心や信用を頂けるようになります。


気難しいタイプの人も、なぜかその人の前では、おおらかに認めてくれる。


そんな対応になっていくのを、父との会話でも痛感しました。


そうなると、いい意味で気が緩みます。



一昨日は、リハビリ病院に移動する母の付き添いで、父と共に行動。

あれこれ気遣いする場面が多々あり、我慢も疲れもピーク。

帰りの電車を待つホームで、とうとう私、キレちゃいました!


大人げなかったけれどね。


「私だって人間だから、もう無理!今は無理!」と言ってしまいました。

いつもなら大声で、父は「子どもが親にたてつくとは何事か!」と怒ったりするのに、昨日はぼそぼそ小声。



謝らない私。


謝る気など、さらさらなかった。


我ながら、驚くほど冷静でした。


こんな自分もいたんだーと感じただけ。



だって、やるだけ十分やったもの。


細かなことに、指図や文句を言われたくなかったのです。


お互い黙ったまま、電車を待ちました。

どんな1日を過ごしてきたのか事情の分からない、通りすがりの人は、娘らしき私を怖い人だと思ったかもしれません。


それすら、どうでもよかった。


ほんの少しクールダウンしたかった。



自分をただ尊重したかったのです。



電車利用も久々の父でしたが、2つある荷物をときどき手伝ってくれながら、実家まで、徒歩にてゴール。


行きはタクシー利用だったので、上出来。


声をかけ合ったことで、着いたときには不思議な達成感さえありました。



すでに18時40分を過ぎていたので、「もう帰るね」も自分の意思。

以前なら、お茶ぐらいと言われたら、少しだけねと残ったかもしれない。

それも無理しないで、今の気持ちに合わせる。



じゃあねと歩き出し、ふと後ろを振り返ると、ドアの前に父の姿がありました。

角を曲がるまでずっといたことも意外で、目頭もじんと熱くなりました。


私もありがとうをこめて、手をふる。


振りつづけて、ちゃんと嬉しさを表現してました。


それがあの瞬間の精一杯。



罪悪感もなく、これでいいのだと認めた自分に心境の変化をみました。



自分の意思で、ここまではする。


ここまではやらない、やりたくない。


この区別ができると、限界を超えない。


超えたら、尚のこと、一番に自分を大切にする。



そうしていくと、相手も私も素直になれる。



あなたはどうですか?


無理してしまう場面や苦手な人はいませんか?


気づきのヒントになりますように。





読んでくださって、ありがとう。




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こんばんは、ココアこと田中貴子です。


昨日は、花屋さんで、自分で生けてみたい花を選び取って、思いつくままに自由にアレンジ。


花を飾りながら感じたこと、花からのメッセージを言葉に表現する、吉元由美さんのワークショップに参加しました。


フラワーアレンジメントは、超がつく「ど素人」。


花かごが小さめだったので、花もさほど量はなくていいかと思ったら・・・


中がスカスカになって、バランスが悪い。


ありゃー。

高さを微調整しながら、もう一度やり直し(泣)。


一晩たって、玄関に置いた花をみたら、水をぐんぐん吸い上げて、賑やかに花開いてくれました。


馴染んだかなーで、満足の完成をここに見たり。


一緒に同じ場所で、個性豊かに選びアレンジして、楽しく咲き誇った花たちにも、思いを馳せてます。




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期待しすぎず、絶望しすぎず


選んだのは、淡いオレンジピンクのバラ。


優しい、素直、柔らかさがある世界を創ろう。



差し出す愛がテーマ。


明るさや可憐さも出したいな。



妖精がふわふわと跳ねるはこれ、


温かい日差しはこれ。



イメージでは最高傑作!

私って天才?とうぬぼれながら、手を動かす。


鼻唄まじりで。



すると、待てよのブレーキ。


もう残った花は数本。


急に楽園があせてくる。


これだったけ?



違う、違う、違う・・・・!


もっとああだった、こうだった。


センスないなー。

しょげてくる。


ルールも、正解もない。


自由だからいいのに。

何を比べてるの?


誰と比べているの?



今ある最高を愛でよう。


今ある感性をまっすぐ表現しよう。



こにはまんまの私がいる。


そこには凪いだ心も映ってる。



ただそのままをそっと受け取ろう。






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こんばんは、ココアこと田中貴子です。

すれ違っていたはずの両親が、本当は助け合いたかったという話をしました。


その後のやり取りについて聞いたとき、母の言葉が変わったなと感じました。


例えば、こんなケース。

お通じが今ひとつすっきりせずに困っていることを話したら、父が頼まれた薬と共に、ヨーグルトやら牛乳を家にある分、ありったけを持ってきたそうです。

以前なら、施設に着いて早々、父が「重たかった」とつぶやけば・・・

「こんなに持ってきて・・・!沢山はいらないのに。」と言いそうな母。


「雨が降っている中、ご苦労さま。ありがとう。」と答えたらしい。

それで父は「大変だったよ」と言いながら、少し笑っていたように見えたというのです。


うんうん、いいねーと私。



どこが違うか、分かりますか?


「こんなに持ってきて!」のほうは、無理しなくていいのにという気持ちもありますが、善意の行動を否定されたようなニュアンスが入っています。

私だったら、こんな沢山持ってきたりしない。


だから重たくなってしまうんだ。

自分が楽に持てる重さにすればいいのに。


そんなつもりはなくても、相手には非難されたように感じます。

だから、あんまり嬉しくない。

「ちぇ!持ってきてやったのに!うるさいな。」


そんな後味の悪さが出やすくなります。



一方、「雨が降っている中、ありがとう」の場合は、相手の行動を想像しながら、ねぎらっています。


雨で傘をさしながら、よろけそうになったかもしれない。


ちょっと足を止めたり、もう少しだと励まして歩いたかもしれない。


持っていけば喜ぶだろうなとワクワク向かったんだろうな。

そんな相手の気持ちをも推し量って、感謝を伝えています。

だから、素直に嬉しくて、にやっと笑みが漏れたのでしょう。


相手を思って同じ行動をしたのに、結果が全くといっていいほど、違います。



これでは不十分、足りないと非難がくれば、もうしないの反発。


ありがとうの愛の気持ちには、また力になるよの愛の言葉。



まだまだ、「ありがとうを言っておいたわ。」のレベルみたいだけれど、でもその様子を話す母も、こっそり嬉しそう。

少なくとも、母のために、必死で持ってきたことには変わりはないんだもの。


量が多いとか、どうでもいい。


自分だったら・・・もいらない。


自分のために、手伝ってくれた、思ってくれた。

その真っ直ぐな優しさがいいのだ。


それをありがたく受け止められるといいな。



周りに迷惑をかけるのが嫌な母だけれど。


こうしてほしいの要求水準が高い母だけれど。


もっと楽に頼めるといいねー。


施設のスタッフさんに、ポットのお湯をお願いするときに、「6分目に入れてね」(笑)

細かに指示しがちなとこ、まだまだあるねー。



何度も足を運ばせるといけないから、多めにお願いするのとな。


少ないと困るのだそう。


それ、伝わってないよーーーー。



絶賛、人にお願いする、完璧でなくても文句言わないの修業中です。


ふくろうさんも、ふむふむ、やっておるなと、見守ってます。

そういう私はどう?と言われてるみたいな静かな目。




読んでくださって、ありがとう。


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