にゅん。
年が明けましてから
どうにも頭から離れない事がありまして
記憶と考えを巡り巡らせてたんですが
決着もつきそうにないんですが
ここに書きながら整理しようと思います。
2011年のGW明けに
宮城県石巻市の湊地区へ
ボランティアって言い方は不適切ですが
復興作業のお手伝いへ行ってきました。
あんまりにも非現実な光景だったので
あの得体の知れない街の匂いと空気は
今でも鮮明に思い出します。
行った作業は津波で生き残った住宅の
庭の側溝のドブさらい。
作業を休んで腰掛けてると
ようやくここが現実だと実感が湧きました。
携帯を見ていると逆に
twitterに流れるタイムライン上の
バンド仲間のライブ告知が非現実に思えました。
おれは慈善としてボランティアとして
石巻へ行った訳ではありません。
体裁なしで言えば自身のためです。
ライブなんて不謹慎だ。
ずいぶんそんな声を聞きました。
悩まなかったアーティストは
きっといないんじゃないでしょうか。
自身が感じた事を容易に発信できる世の中
いろんな考えや声が交錯するのは当然です。
ただあんな事態の中であっても
自分が信じて貫いて来た唯一の物を
どういう形であれ否定される事に
どうにも我慢ならなかった。
ともあれ何が正しいのか間違ってるかも
なにもかも判断が難しかったあの頃
世の中の現状をきちんと見定めるためにも
とにかく出向いてみようと思いました。
こんな私的な理由でもいいのかと
機会を運んでくれた人へ相談したものの
理由なんて何でもいい
とにかく今は人手が必要
そう言われました。
現地へ着いて分かりました。
ほんとに理由なんてどうでもいい。
たった1日の作業。
何も力になれた気がしませんでした。
2011年の7月
仙台公演の前日に今度はメンバーと
復興作業の手伝いで湊地区へ訪れました。
作業の翌日ライブ会場へ向かう前に
どうしても気になって前回作業した側溝へ。
とんでもない異臭を放ってた溝も
真緑の草が生い茂っていました。
あの日共に作業した面々に写真を送りました。
本当に微々たる事だけれども
あの日作業した事も無意味ではなかった。
これもただの自己満足には違いないですが
とても嬉しかったんです。
それから被災地へは出向いていません。
側溝も今では雪が積もってるんでしょうか。
先日友人に会いました。
年の瀬に被災地を回ったそうです。
その友人の言葉を拝借して。
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クリスマスの連休で、宮城県の石巻、女川、南三陸へと足を運びました。
そこにはテレビや新聞では描ききれてない、被災地の「今」がありました。
言えることはただ一つ
まだ、これからさえも見えていない。
舗装されていない道路、ひしゃげた鉄骨や防風林
カニの手のような重機が瓦礫を積み上げる音、冷たく吹き付ける風
カラスの群れ、無機質に立ち並ぶ仮設住宅、バスが屋上に乗っかった市役所
今回、僕を連れて行ってくれた社会福祉関係の方があるホテルの女将さんを紹介してくれて
そのホテルは南三陸にあって津波の被害を受けつつも
600人近くの被災者に無償で寝床と食糧を提供し続けたそうで。
陣頭指揮をとってた女将さん
彼女の話を聞いて救われたんだ。
状況はまだ何も変わっていない
むしろ報道されなくなってこの震災が風化してしまう危険すら感じている。
それでも、私達はこの街を復興させてみせる。
世界中の人々のサポートを借りて、この経験をバネにたくましく生きていく。
優しく、強く、凛としたその佇まいと
なによりも笑顔があって。
とにかく笑っていこうよって
実際、ホテルでは定期的にイベントを組んでカラオケ大会とか、色々行われるみたい。
はしゃぐ老若男女の声が聞こえた気がした。
人間の底力の源は、こんな笑顔なんじゃないかと。
みんなも、東北に是非足を運んでみてください。
寄付もボランティアももちろん大事だけど
僕がこれから継続していこうと思うことは
被災地に行って直接お金を使うこと。
実際お米も魚もすごく美味しいし、温泉とかあるし。
二泊ぐらいゆっくりできたらかなりのリフレッシュになりそうですよ。
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自分自身にとってあんなに大きな出来事が
日に日に自分の中でどんどん薄れていく
とても嫌でした。
そんな矢先に聞いた友人の話。
直接出来ることはなくても
情報を発信して共有できるこのご時勢
それだけでも意味はある気がします。
例えば現状を知る事がどれだけ大切か
それは良く分からないし
知ったところで何もできやしないけれど
あの時に感じた事や考えた事
できるだけ忘れてはいけない気がします。
誰のためでもなく自分のために。
何が言いたいでもなく結論もない
ただ単に自分の整理のための文章でしたが
これを読んで少しでも何か感じてもらえたなら
とても幸いです。
被災地へまた訪れる機会があれば
今度はアーティストとして力になれるように
おれはおれの毎日を。
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