『ボランティア演奏』ということ

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きっと賛否両論だし、叩かれるの覚悟で書くんだけれども、最近『ボランティア演奏』ということについて考えさせられることが多くなった。




去年、こんなに世間が賑わっているシーズンにも、病院に入っていて遊びにも行けない方というのはたくさんいらっしゃるんだよなと思って、どこかの病院にボランティア演奏に行こうと思ったんです。



で、どこか演奏できそうな病院はあるかな?と思って調べてみたら、

『無料で演奏してくださる方を募集しています。プロに限ります。』

と書いてあるところがあって、一瞬で萎えた。



例えば、音大生とか、アマチュアの方でも、演奏の場が欲しいのに、演奏出来る場所がない、という方ってたくさんいるんです。


音楽に真摯に取り組んでいて、練習もたくさんしているのに発表の場がない。



そういう方の中に、お金がでなくても演奏したいです、という方ってたくさんいると思います。


私もそうでした。



なのに、「タダでも演奏したいんです」という気持ちを「あ、うちプロ以外お断りなんでwww」って拒否るってどうなのよ。



そもそも、音楽家というのは労力に対しての収入が返ってくることは滅多にないので、やはり「無料」というのはとても厳しいものがあるのです。



だけど、やはり形がないものだから、平気で

「うちにピアノあるから弾きに来てよ!」「うち綺麗な場所があるから弾きにきてよ!」

と言われてしまうことも多いです。(そういう解釈でない方もたくさんいらっしゃいますけどね!)






数年前にある病院にボランティアで演奏に行ったんです。



交通費が往復でガソリン代込みで1万円近くかかって行ったところだったのですが、
「是非弾いてください」
とのことだったので、時間もあったので行って来て演奏したんです。



演奏終わって、そちらの院長先生とお話していたら、

「うちの家内は趣味でピアノをやってましてね、家にスタインウェイがあるんですよ」

とのこと。



※スタインウェイ=1千万超のピアノ





ここの院長先生は趣味でそんな高いピアノ買う余裕があるのに、どうして1ヶ月の食費もままならない私はわざわざここに1万円も出して自分の演奏を提供しに来たんだろう、とすごく疑問に思いました。



ボランティアって言われて行ったくせにおこがましいのですが、せめて交通費だけでも欲しかった。(当時私の月収5万)





病院に入院していて、外の華やかな空気をすごく虚しい気持ちで眺める気持ちは私も痛いほど知っているので、病院に限らず、自分で自発的にそういったところでボランティア演奏はしたいと思ってます。



ボランティアというのは「自発的に」することだと思うのだ。




「ボランティア」という名前にかこつけて、

「タダでうち来て演奏してください」

という依頼(依頼とも言えない)が結構周りにもあるので、これってどうなんだろうと最近よく思うのです。



それに「(ボランティア精神でやらなきゃね…)いいですよ」って言ってしまうと、今度、私に仕事をお金払って依頼してくださる方、そして私のコンサートにいつもお金を払って来てくださる方に対して失礼になってしまうんですよね。




自分を安売りしたくないとか、そういう変な話じゃないんだ。



「慈愛精神のないやつだ」とか「思いやりがない」とか思われるかもしれませんが、そういうことではないんです。



『ボランティア』って、『タダで演奏してもらえるラッキーなもの』ではないんです。

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