昨日、東京芸大取手校において、11月4日に急逝された芸大教授、渡辺先生のお別れ会が執り行われた。
会場には、はるばる遠方からも駆け付けた大勢の人々が集って別れを惜しんだ。
一番に弔辞を読み上げる、芸大学長の声は初めからかすれ、途中何度も涙で中断する場面に、自分の気持も一気に涙と共に溢れ出た。
先生は1アーティストであり、大学教授であり、また、アーティストを応援し、アートと人々を繋ぐ取手アートプロジェクトを立ち上げられた方だ。
先生との出会いは2001年取手アートプロジェクトの時だった。
私が舞踊家のプロとして、歩み始めた頃だった。
”街とアートの関わり”がテーマのシンポジウムに参加した後、私が 「何かお役に立てる事があったら、やらせて下さい。」言うと、
「まず、資料を待って来て下さい。」とおっしゃった。
後日、写真とビデオを持参して、見ていただくと、
なんと先生は、「ミーナさんも、参加すれば?」と、言ってくれ、参加が決まったのだ。
締め切りも過ぎていて、実績もほとんどないインド古典舞踊家が参加する事になった時は、スタッフの人が、驚きを隠せず、
「先生がOKしたのですか?」 と私に聞いたのを良く憶えている。
初めてパンフレットの中にアーティストとして載った時の喜びを忘れる事はできない。
又、その時先生は、先生の親しい友人である青山のギャラリーのオーナーを私の公演に連れて来てくださり、それがご縁で、初めてのチケット代をいただく、プロとしての公演を翌年、そのギャラリーで開く事ができた。
先生は、私のプロとしての大事な道を2度も開いて下さった。
TAPでの私の初めての公演は好評を頂く事ができたが、先生はそれをとても喜んで下さった。
先生は、私を信じてくれた。
困った事が起きた時は、スタッフに任せず、自身で、動いて下さった。
私は、先生とじっくりお話ししたりした事はない。いつもお会いした時に、少し立ち話をする程度だった。
だけど、本当に、さりげなく、気遣って下さる方だった。
先生との最後の会話も、
「ミーナさん、神社の公演、ご苦労様でした。正面で見てましたよ。」
と、その後のレセプションのパーティーで、わざわざこちらに来られて、ねぎらいの言葉をかけて下さった。
私は、「先生、今日もシャツがすてきですね。」
と、いつもよりまた一段とカッコ良く、ピンクの地に花柄のシャツを颯爽と着こなす先生に言った。
「先生、前からそんなに、おしゃれでしたっけ?」
と、一緒にいたM氏が言うと、先生は、なごやかに笑ってこう言った。
「僕も、年を取ったという事ですよ。」
先生に出会えて、本当に、良かった!
先生は、本当に、ご立派で、いつも人の事を気遣っていらっしゃる、心の温かい、優しい方でした。
先生、本当にどうもありがとう。
私は、これからも、精進して、お客様に喜んでいただけるように頑張ります!
インド舞踊家ミーナ