「32歳ガン漂流エヴォリューション」

http://www.publiday.com/blog/adrift/

奥山 貴宏さんについて。




ガン闘病 IT社長 藤田憲一さん 大きなクリスマスプレゼント

http://ameblo.jp/med/entry-10022280616.html

の注釈でも書きましたが、

奥山さんもガンと戦って、

わたしたちに鮮烈な

記憶を残して去って行った方です。

「生きたい、死にたくない」


という事を出来る限り排除した


かつてないスタイルで、


ガン闘病記をつづりました。




御無礼かもしれませんが、

ご本人ではなく

死去されたあとの

お母様であるサ母の

文章を取り上げさせていただきます。

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http://www.publiday.com/blog/adrift/000721.html

■読者のみなさまへ――サ母より

このガンエヴォは我が家のパソコンでは見ることができませんので、貴宏がこれまでどんなことを書き、読者の方がどんなことを書かれているのかも知りませんでした。今回の入院中、初めて読者のみなさまのメッセージを読む機会を得ました。もっと早くに知り得ていたらと残念でなりません。

3月24日、突然の主治医からの電話で入院を勧められました。しかし、本人には見事断られてしまいました。まだ『VP』の校正が終了していなかったのです。
3月29日に上京した折、『VP』の校正刷を少しずつ輪ゴムで止めてと言うのです。寝ながら読むには重過ぎるからとのことでした。ベッドに仰向けに寝ながら、分厚い量の校正刷を必死で読んでおりました。
よほど嬉しかったのでしょう。31日の夜、「仕事が一段落しました」とのメールが入りました。

4月6日は受診予定の日でした。病院へ付き添うために上京しましたが、肩で息をしているような状態でした。そこですぐ病院へ連絡を入れ、午後に入院できるようお願いしました。
アパートの部屋の玄関からエレベーターまで5、6歩。エレベーターを降りてタクシーまで40歩位でしょうか。やっと歩いて行きましたが、それが最後の歩く姿となりました。

病室に着くなり酸素吸入をし、すぐに腹水を2リットル抜いて貰いました。もうぼろぼろの体になっていたのです。入院後も日に日に体力は低下し、食も細くなりました。『VP』の見本が届いても表紙を見ただけでした。
牧野出版の吉田さんも見えましたが、貴宏にはお会いする気力もなかったのです。でも、印刷された読者の方からのメッセージを読ませて頂いて、なんとか返事を届けたいということで、翌日吉田さんに口述筆記をして頂きました。それが「作家デビュー」のメッセージとなって実現したのです。また、NHKの西島さんからもメールでブックセンターの写真を送っていただき、本が並んでいる様子を見ることができました。本屋さんで見られないことをとても残念がっておりました。

本が店頭に並び、毎日届く読者の方からの反響を読んで貰う度に元気を取り戻していきました。

主治医との話し合いでは、貴宏は「今は体力がない。少し休みたい。体力が戻ったら山形の家に帰りたい」と言いました。実家で小説の二作目を書きたかったのです。

17日はすいかをおいしそうに食べ、3時すぎに父親が「連休にまた来るから」と言って病室を出ようとしたら、「ありがとう」とはっきりとひとこと言って別れました。
その後吉田さんと西島さんが見えました。吉田さんは読者の方々のコメントを読み上げてくれました。
お二人が帰られたのは6時頃。その後、少しうとうとしておりましたが、突然『VP』の見本を見たいと言って本を手に取ると、後半の部分を真剣に見ておりました。何かを確かめたかったのでしょう。
少しして、食事すると言ってカロリーメイトを少し飲んで、またしばらく休み、ぽつりと、
「がんばらないと……車椅子に乗れたらいい」
「そうね。電動車椅子もあるし、行動範囲広がるよね」
それが最後に交わした会話でした。
ちょっと間をおいて、細くなった手で私の手を静かに握りしめました。今思うとありがとうとさよならの両方を伝えたかったのでしょうか。
それから40分程して静かに息を引き取りました。
死ぬ間際まで仕事への意欲をみせました。それは読者の方々の『VP』に対する感想を聞いたからだと思います。


貴宏は病気との戦い、孤独との戦い、仕事との戦いと、ずっとずっと戦って来ました。どんなに辛く苦しくても仕事を続けてこられたのは、読者の方々の声によるものだと改めて知りました。読者の方が、貴宏の言葉に勇気を貰いました、励まされましたと述べておられますが、本当に励まされたのは貴宏の方だったと思います。長い間支えて下さり、本当にありがとうございました。

通夜や葬儀を通し、貴宏が多くの良き友、先輩、読者の方々に恵まれていたことを知り、とても嬉しく思いました。と同時に感謝の気持ちで一杯です。また、これまで身近にいた者として、力尽きるまでよく頑張ったと誉めてやりたいです。
本当は大声で叫びたいほど苦しい時もあったのに、平気で乗り越えたふりをして。ものすごく努力してるのに、普通にできたふりをして。

病室では、「そばにいるから安心してお休み」と言うと「うん」とうなずき、安らかな寝顔で眠ったものでした。息を引き取った貴宏の顔はとても穏やかでした。すべての力を『VP』に注ぎ、満足したかのように。
故郷の山形で、まだまだ書きたかったろうにと思うと残念ですが、仕方のないことです。自分が忘れられない為に本を残すと宣言し、病気と戦いながら三冊も出版できたのですから、よくやったと言ってやりたいです。

今、庭には、梅の花とこぶしの花が咲いています。桜の開花には、あと一週間はかかるでしょう。入院する時には、東京は桜が満開でした。タクシーの中で「今年は花見ができなかったな」と言っておりました。昨年の8月2日に亡くなった愛犬ロッキ-とお散歩した公園に貴宏も連れてお花見を致しましょう。リクエストは何かな? おだんごかな? 上京の前には、よくメールのやり取りをしました。今回のリクエストは……と。

貴宏はたくさんの仕事を残してくれました。サ母はインプットされた任務の遂行を当分続けていかなければならないようです。それが全て完了した時に、悲しみはどっとやってくるのでしょうか。


サイボーグ母こと、奥山貴宏母より



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わたしはこの文章を


何度も読んでいますが、


何度読んでも泣けてしまいます。


>ちょっと間をおいて、細くなった手で私の手を静かに握りしめました。今思うとありがとうとさよならの両方を伝えたかったのでしょうか。
それから40分程して静かに息を引き取りました。



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これ以上言うことがないので、


わたしの感想は、


今回は、


なしです。




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話題作。

31歳、肺がん、末期。

余命2年。

奥山 貴宏
31歳ガン漂流
ブログをまとめた
通称「ガンエボ」
彼流の文章が冴えに冴えています。

奥山 貴宏
32歳ガン漂流 エヴォリューション

奥山さんが亡くなったあとに

出版されています。

奥山 貴宏
33歳ガン漂流ラスト・イグジット

念願の小説。

発売3日後に死去される。

奥山 貴宏
ヴァニシングポイント




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