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2016年03月02日(水) 20時56分29秒

父身罷りし後~

テーマ:泣き言と戯言

2016年2月11日木曜日10:05父他界。バレンタインデーに葬儀。


1月28日木曜に末期の肝臓癌であることが判明したその2週間後の

急死であった。医師によれば老衰としてもよい程穏やかな最期で、

当日早朝は介護職員の朝の挨拶に「お早う」と返事をしたというから、

まさかその日が命日になるとは、職員も父自らも思わなかっただろう。


2月1日に介護認定のため役場の職員が訪れた時には自らしっかり

応答し、トイレにも自力で行けたので「要支援かもですね~」などと

言われた程であったが、翌日容体ががくっと悪化。歩くのも困難に

なったため、タクシーで診療所へ。


入院は嫌だという本人の希望にて、かかりつけ医が理事長を務める

特養にショートステイという形で入所したが、ともかく肝臓が腫瘍で

2倍の大きさになっていて消化器官を圧迫し、飲食も困難になって

いたため、点滴を行うも以後尿量も減少。体内に水が溜まり手足が

むくんで、それが辛いと言っていた。


前夜、そろそろ危ないかもしれないと呼ばれ面会時間外訪問したが、

病院と違って泊まり込みが出来ず、結局21時頃に私と姉は帰宅した。

翌日面会時間開始に間に合うようすぐホームへ訪れていれば、家族が

誰も死に目に会えなかったということはなかったかも知れない。


ともかく交友範囲が広く、その連絡先は父以外よく知らぬ状態で

あったため取り急ぎ家族葬としたのだが、行きつけの呑み屋店主

及び店員・常連が押しかけ骨まで拾って帰って行ったのには閉口。


呑み屋一同からしてみれば、我ら三姉弟は結婚もせず孫も儲けず、

全員実家に居着いていながら父の世話も家事もろくにせぬ親不孝者

ばかりで、その上あんなにいい人(<父のこと)を、心の家族である

我々吞み屋一同に知らせずこっそり葬ってしまおうというろくでなし共

である、と見なしているので、葬儀も大変嫌~な感じであった。


父の子供3人の内、最も父から気にかけられたのが私なので、晩年

色々と憎らしいところがあった父でも、いざ亡くなってみると悲しい

気持ちが湧いてきて落ち込んだのだが、吞み屋一同サマの蔑みの

お陰で、葬儀後、私にしては比較的早く日常的平静さが戻り、弔い

以外の死後の事務作業をちまちま進めることができている。


吞み屋一同の内、父に大変思い入れのある店員氏は、歌が得意

だった父が吞み屋で彼女に教えた旧い歌のレパートリー一覧を

記入していたメモ帳を形見として所望する旨父の携帯にメールを

送ってきていたが、その後更に弟の職場に数回やって来て要求。


先日そのメモ帳を発見したので、遺影に使用した携帯できる小さな

父のプリント写真も併せて弟が渡したのだが、「少なくとも四十九日

までは手を合わせてやってくれ」と、父の携帯にメールを寄越した。


なんだかな。ここまで言われるほどワシら姉弟は薄情モノ呼ばわり

されとる様で、また悲しい気持ちがぐぐっと減った今日なのであった。

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