1月9日に日本のお医者様に診ていただいた翌日、Jが北京からやってきました。

私の体調が気になり、成田から一人で最寄り駅までやってくると言って、多少迷ったみたいですが、無事会うことが出来ました。


北京の病院へ私の変わりに検査結果を聞きに言ってくれたJは、そこで恐ろしい話をたくさん聞かされてきていたので、日本のお医者さんの説明で相当安心したみたいです。


どんなことを言われたか、あまりに凄すぎて全部話してくれませんでしたが、やっぱり今いるおなかの子供をあきらめなさい、と言うこと。奥さんは、一度妊娠できたんだからもう一度妊娠できる。最初から、リスクのない子供を生んだ方が良い、などなど。


なんで、こんなにすごいのか私達の見解は、子供を基本的に一人しか持てないことと関係があるのではないかと言うことです。中国で子供が将来親の面倒を見る、という観念は今も根強く、そのたった一人の子供は健康で将来性のある子供でなければならない!と思っているからではないかと想像したのです。この子がダメなら、次の子妊娠すればいいじゃない、と。


それと、もう一つの日本のお医者さんとこちらのお医者さんの見解の違いは、検査の方法にあるらしいです。

日本のお医者さんの説明では、検査の方法が違うので今回の私が中国でもらった検査結果の数値は日本で出たものよりはるかに上回っていたのです。だから、その数値でみると私は日本で言われた中度ではなく重症に当てはまるのだそうです。


これらのことは、Jと一緒に日本の病院へ言ったときにお医者様と話した内容の一部です。

私達は、日曜日のお昼、すべての患者さんが診察を終わった後で、先生からのお時間をいただき、一時間以上今後のことや治療法について、お話していただきました。しかも、通常の診察料のみ。。。

とても、良心的な先生で本当に感謝しています。また、ここの看護婦さんも私が妊婦なので、待合室ではなくベッドで待たせてくださったり。。。(その間、ごろっとしながら雑誌読んでました。。)


Jからの質問もいくつかあったのですが、ちょっとずれてる一つは「先生、Mayumitaはシーフード食べてもいいんですか?」、です。彼は、私がシーフードの調理済みえびとか食べようとすると、止めていたのです。。

先生のお返事は、「いいですよ。食べ物の制限は特にこの病気に関してはありません」と。それで私は、堂々と焼き魚定食にたどり着けたわけです。


私は、当初1月14日にNZへ戻る予定でしたが、数値が下がるまで長時間のフライトは勧められない、という先生の言葉で、日程を変える決意をしました。


Jは、まだ残っているリサーチを続けるため予定していた14日に北京へ戻っていきました。

私達は、次に会えるのはいつなんだろうね。。。と、話していましたが、この状況ではまったく予想は出来ませんでした。


一つだけいえるのは、私はNZでの出産を希望していた、と言うことだけです。

日本では、妹が出産でお世話になった病院へ短期間と言うことで飛び入り検診してもらっていたのですが、こちらも本当にすばらしい。。。。先生のアドバイスとか病院の設備とか。


ただ、私にとっての懸念は陣痛のときに一番頼りにするであろうJがいないところで出産することと、赤ちゃん誕生から一緒に経験、体験できないということです。


NZの子育ては、夫婦が一緒にすることが多く出産の翌日から問題なければ、すぐに家に帰って旦那さんもそこから育児、家事の分担が始まります。


私も、そういう子育てを希望していたので、日本からNZへ帰れないかもしれない、というのはとにかくものすごく不安でした。


病気に関しては、先生とのお話を聞いて、病気を持ちながら暮らしていくことの覚悟や、定期的な血液検査や毎日の薬など、初めてのことですが、このぐらいでいつもと同じ日常生活を送れるのなら全然問題ない、と思っていました。そして、この機会に薬を飲みながら生活する人の気持ちもちょっと分かち合えるのではないかと思って、これも一つのよい経験だと前向きに考えていました。


実際、薬を飲み始めてから10日の血液検査では、数値が下がり始めて、私の症状は激減してきました。

驚いたのは、寒さを感じるようになったこと。長袖を切ることが苦痛ではなくなり、呼吸も落ち着いてきたことなどなど。。また、むくみがちだった顔もスッキリとしてきたので、周りのみんなが「あ~、やっぱり前は病気だったんだね~」と、言い出すくらいの明確な違いが出ていました。


1月20日に良好な兆しが見られて、とても明るい気分になりました。北京にいたJも大喜び!


ここから、NZへの帰国には長い道のりがあるのですが、それはまたこの次に。。。




AD

今年見た映画とドラマ。。

テーマ:
先日見た映画のウェブサイトを発見しました。

http://www.festivefilms.com/hunting/

恋愛小説がベースだそうですが、主役の彼女がとても個性的でいい感じです。ショートカットの似合うな~、と思える女優さんの一人だと思いました。それと、足にフィットしたパンツをはいているのを見たら、あまりの細長さにちょっと驚きです。それは、ストーリーの中でも話題になったりしているからあえて細く見せる設定なのかもしれないです。

ストーリーは途中で見えてくるので、服装や役者が会話をしているときのしぐさやフランス語と言葉の持つ響きにフォーカスしながら見てました。言語の違う映画を見るのは、やっぱり楽しい。。

北京に滞在していたときに見た一つは、「投名状」。衣装は、確かに興味深いのですが、やっぱり戦いの時間が少しでも長引くて寝てしまいます。。ジェット リー、アンディ ラウと金城武(← お目当てここ)が出ていたのでDVDを買ってみたのですが、結局途中で寝てしまいました。

http://www.warlordsthemovie.com/

そんな中で、「ラスト コーション」は上海の舞台設定と衣装が美しい。。。
マージャンの手さばきも見ていたら、マージャンを学びたくなるくらい上品。言葉も楽しめて良かったです。


あとは~、あ中井貴一が主演・プロデュースした「鳳凰」。。。。中井貴一はほとんどしゃべっていない感じなのと、ラストが好きではありませんでした。

http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD11446/index.html

ドラマは、北京の昔ながらの下町「胡同(フートン)」を舞台にした、笑いあり、涙ありのホームドラマ「房前屋後」がものすごくはまりました。しかも、北京の中国語なので、聞き取れるようになるまでちょっと時間がかかりました。

http://shopping.jchere.com/detail-id-354733.htm

余談ですが、実際に滞在していた北京の街で、人々と接するうちに、違う言い回しとか、発音とか少しずつは慣れてきたのですが、そんなところで帰国です。残念。。。。このDVDは、NZに持って帰ってきたので、また見てみようと思います。

このほか色々見ましたが、それはまた次回ということで。。

あ、あと今朝は珍しく霧のような小雨が降りました。しかも、風あり。こういう天気が、あってこそウェリントンっていうイメージなんですね。久しぶりの雨なので、空気が水分を帯びて気持ちが良かったです。

AD

今朝は、12時に来る予定だった台所とお風呂場の張替え業者の人が、朝9時に来るとJから8時半に電話が入る。。。断りたかったのですが、冷蔵庫、洗濯機、その他お風呂場の棚などで埋もれた居間でご飯を食べるのも限界だったので、お願いすることにしました。


大きな重い荷物を除いてですが、のんびりとハーブティーなどを飲んでいた気持ちの良いお天気の贅沢時間が一気に飛んでしまいました。一秒たりとも無駄に出来ない30分。しかも、私は低い位置のものは拾いずらいお腹。。無理のない角度を確認しながら、一つずつ片付けていきます。


やっと、終わった9時ちょうど。業者の方がやってきました。

驚いたことに、「作業するをスペースが必要なんですけど、どこかないですか?」って、聞いてない!

こういう予期せぬ状況に陥ってしまったときに限って、Jは仕事。。。

Jは、ちゃんと11時に帰ってくる予定をしていたのに、9時にくるってことに無理がありました。。。


とりあえず、業者の方の手を借りて、居間を大改造。

終わったらすぐに、私はベッドルームに戻り、横になりました。


ただ、もの作業の音がとんでもなく大きくて、ここには長くいられない状況。。

お友達と飲茶の約束を12時にしていたので、とりあえず出かける準備をしていると、J君帰宅。


あまりのうるささに、急いで家を出ました。

カフェへ直行して、私はブルーベリーマフィンとカフェインなしのラテを。

Jは、ケーキにFlat Whiteというカプチーノみたいな珈琲。


何気なく、お店で見つけたカタログとか広告の中に、フィルムフェスティバルの冊子が。。

見てみると、1時45分からちょっと見ても良いかな~、と思えるフランス映画が。

しかも、平日の5時前なら約1000円で見られるとのこと。


映画館は、友達と一緒に行く飲茶レストランから5件目ほどです。

これは、チケットが取れるなら行ってみよう!と思って、映画館へ足を運ぶとその場で購入。


まずは、約束しているMちゃんと会うため、私はレストランへ向かいます。

彼女のお姉さんご夫婦とその子供も一緒で、平日のお昼からものすご~く和やかに飲茶などを食べて、満足満腹です。デザートは、マンゴプディング。これを食べないと、帰れない!といっていいほど、このプディングが好きです。。


その後、Mちゃんのお姉さんご家族とは別れ、Mちゃんと二人でウィンドウショッピング。

なんだか、この感じが「部活帰りに立ち寄るサンリオショップ」みたいで、楽しかったです。


そして、Mちゃんはアルバイトへむかい、私は映画館へ。

人が少ないな~、とは思っていましたが、本当に15人ぐらいしかいませんでした。しかも、9割が女性一人客。


好きな座席にゆったりと腰掛けて、映画を待つ間なんだかわくわくしてきました。

こうやって、一人で映画をみるのも久しぶりで。。。


家で後片付けをしているJには、申し訳ないのですが、出産前のわがままと思って後しばらく見逃してもらいます。朝からとてもつかれきっていた身体に、飲茶とおしゃべり、一人で映画館。。。フランス語で眠くなる。。。最高!


あ、映画はなんというかフランス語を気持ちよく聞きました、といった感じのロマンスです。

アメリの人だと思うんですが。。タイトルすら、怪しい。。


ありました、冊子が。

えっと、英語のタイトルが「Hunting and Gathering」です。

予定日まであともう少しですが、まだいけるかな~。もう無理かな~。

癖になりそうな贅沢時間。。






AD

出会い。。。

テーマ:

朝と夕は、かなり冷えてきたと感じるウェリントンですが、昼間はまるで真夏日の今日。

学校も今日までホリデーだったので、街はKidsの唄や叫び声等で非常に賑わってました。


私は、朝9時からカフェにて去年お世話になったカウンセラーの上司とお茶です。

2週間に一度ぐらいの割合で、こうして今だに連絡を取ったり、お茶飲んだりしてます。

なんだか、すでに上司という感じではなく、お友達に近い感覚で会ってます。。楽しいです。


楽しいといえば、昨晩もものすごく楽しいひと時を

過ごす事が出来ました。

それは、Blogを通じて出会った人からお電話を頂いたからです。


私は、このBlogで親しくなってメールとか文通をしている人がいます。この出会いも、不思議だ~と思ううちに自分の中で大事うな存在へと変わってきました。。

昨日の夜も、そんな予感を思い出させてくれる、初めてとは思えぬ楽しさを味わい、夜もその余韻に浸って眠ることが出来ました。Mさん、本当にありがとうございました。。


そして、今日の午後には、以前のクラスメートJちゃんから「天気が良いから、ビーチいかな~い?」と、お誘いを受け、ビーチで散歩。ビーチといっても、人口の砂浜であるオリエンタルパレードというエリアです。

ものすごいことに、みんな水着で海水浴を楽しんだり、日光浴を楽しんだり、私が2004年にウェリントンへ来て、3月末にしては始めてみる光景です。Jちゃんに、ミルクシェイクをご馳走になって、二人でのんびり。。。

彼女とも、徐々に親しくなってきて、気がつけば3月はじめ、彼女が中心となってBaby Showerというパーティーを開いてくれました。Baby Showerでは、プレゼント(赤ちゃんのもの)あり、食事あり、ゲームあり、の出産前のパーティーですが、とっても楽しかったです。こういうパーティーを開いてもらえて、本当に感激しました。


私は、すぐに友人が出来る!といったほうではないのだと実感していたウェリントン生活で、ようやく現地の友人もそうですが、Blogを通じて出会う人とも交流できて、しかも励ましていただいて、本当にうれしかったです。


出会いの不思議さ、楽しさを改めて実感の今日でした。

Easterです。。

テーマ:

金曜日からEasterでホリデーです。ほぼすべてのお店がお休みだった金曜日と日曜の今日は街もがら~んとしていたのですが、昨日はほとんどのお店が開いていて、しかもかセールが多いので、街は人、人、人だらけでした!


私はこの数日比較的のんびりとすごしてます。多くの時間は最近すっかりはまっているソーイングに費やして、あれこれ新しいものを作り続けています。


ちょっとめずらしく暇そうだったJ君は、何を思ったか「ピザを作ろう!」、「パンも作ってみよう!」と、台所にこもり私とは違う方向で創作意欲を燃やしていました。


手作りの食パンは、おいしいですね~。驚きました。

私は、料理に関してかなり口うるさく嫌がられているので、今回は台所とは距離を置いてみました。

思ったとおり、のびのびとパン系作りに打ち込んでいました。。


私のほうは、今回赤ちゃん用の寝袋を作っていました。型紙は自分で勝手に作って(しかも、適当に新聞広告とか使って)、いつもだと実際小さな布を使ってミニチュアで試作品をつくるのですが、今回このミニチュア作業を省いたために、ちょっと失敗。。。縫っていく順番でやっぱり混乱してしまいました。。

着られないことはないのですが、いたる部分で反省点の多い寝袋となりました。


10年以上離れてしまったミシンをもう一度触って、色々試してみると、楽しさが蘇ってきました。しかも、用語もやり方も丸々忘れているので、ネットでそのつど調べながらやっています。インターネットの便利さに改めて感動。。

だって、ギャザーの作り方とかギャザーを均等に寄せる方法とか、家庭科の授業以来です。今は、個人のサイトなどで写真なども添えて説明しているものも多いので、それなりに真似することが出来ます。


出産前まで、しばらくミシンで楽しもうと思います。






前回の続きと言うより現状と言うことになりますが、休み前にちょっとうれしいことがありました。

それは、1月から周期的に続けている血液検査で、今回初めて数値が正常値へ戻ったということです。

正確に言うと、あと一項目高めの部分があるのですが、一番大事な2項目が正常値へ戻ったので、薬を減らすことが出来ました。。。薬を飲み始めてから、約2ヶ月半ぐらいですが、出産前に一度正常値まで戻ってよかったです。医師からは妊娠しているときは数値は低く出てくることがある、と聞いていますので、出産後しばらくするとまた上がってくることも予測されていますが、こうやって先のことも分かっていれば実際数値が上がっても、驚くことなくすごせます。


また、この病気の場合、一度数値が下がったからといって病気が完治!と言うわけではありません。なぜかと言うと、私は薬を飲みながらこの正常値へ戻ったからです。今後も、薬は飲み続けて、血液検査を定期的に行って、「薬のさじ加減」を専門医に続けてもらうことになります。薬無しで数値が正常値を維持できたら、しばらく薬を飲まずに過ごすことが出来ます。それでも、定期的な血液検査は再発していないか確認するために必要となってきます。


今は、病院で見ていただくお医者様が、毎回2,3人いて、同じ人ではありません。

なぜかと言うと、甲状腺の病気と妊娠の両方の分野で専門医として働くお医者様がこの病院にいないからです。おそらく世界でも数は非常に少ないと日本のお医者様に聞きました。ただ、日本でいたときラッキーだったのはこの先生の以前お世話になったドクターがこの分野で活躍される方だったのです。。だから、何か気になる点はこの先生に連絡を入れてくださったので、さらに多くのアドバイスを頂くことが出来ました。


NZの病院では、妊娠専門のお医者様と甲状腺専門のお医者さ、それ以外のないかの先生とのチームワークで私の経過確認と治療方針が決められていきました。皆さん親切で、本当に居心地が良いです。予約制ですが、時には待ち時間が一時間近くになりますが、NZの永住権保持者ということでこれらの治療がすべて無料なのです。。ですから、基本的には文句なしです!


それから、先週の定期健診ではお腹周りが99cm。。。大きいです。一週間で2cmUpです。。

今は、予定日まで一週間をきったので毎週検診していただいていますが、先週から助産婦さんに針をやってもらっています。


これは、胎児の位置を出産へ向けて整えたり、子宮の働きを促したり、色々作用はあるみたいですが、とにかく気持ちが良いです。


助産婦さんといえば、以前は担当の助産婦さんのアシスタントをしてくれていた中国人の女性が無事助産婦の試験に合格し、独立したので、私の担当は彼女にしてもらいました。経験と言う点では、これまでの助産婦さんとは比べられませんが、私にとっては彼女のきめの細かいサポートやNZでの出産に関して日本との違いから来る不安などをとても良く理解してくれる部分など、どうもしっくりくるのです。また、中国語で話しているので、「破水」、「前駆陣痛」とか英語で分からない単語は書いてもらったりすると、すぐ分かるので心強いです。。


そうです。出産前にちょっとNZでの出産準備などについても書いていけたらと思ってます。

テーマもあまり使い分けていなかったのですが、ちょっと新しく追加してみました。









ご無沙汰しています。

Blogを書くことからしばらく遠ざかっていましたが、色んな人たちのBlogを読みながら、また復活してみよう!と言う気持ちになってきました。



まずは、近況報告でしょうか。

今は、妊娠36週半で今のところ順調です。予定日まで一ヶ月弱です。


体重は日本のお医者様に言われせると、すごいことになってます。

今の時点であまりはっきり覚えていない妊娠前の体重より大体15kg増です。。日本にいたら「双子ですか?」とか「今予定日過ぎました?」」などと聞かれるのではないでしょうか。。。。。

ただ、私の助産婦さんから言われるているのは、旦那さんが西洋人で奥さんがアジア人のカップルは赤ちゃんが大きい(アジアの基準から見て)ことが多いです、と。妊娠中毒症とか出なければ、この体重でも全然問題ないです、と。。。。。いずれせよ、腰にかなりの負担もかかっているので、体重管理は続けていきます。


また、最近の活動はというと親学級、その他のクラス、部屋の整理整頓、模様替え、出産と産後の準備、検診、病院、薬局等々。。。あ、あとは日々の食事(3食うち一食はJの弁当)作り、冷凍食品作りと最近買ったソーイングマシンで片っ端から裾上げ、とか。。。プラス友人とお茶。



自分の中では相当忙しいのですが^^、今は一日があっという間に過ぎていくくらいがちょうど良いと思えます。また、勉強のストレスがないという晴れ晴れとした気分で?好きなことに集中している日々です。。


こんな風に、日常生活プラス妊婦生活が今はとても順調にすごせていられることに日々感謝です。

すべて周りの人たちからのサポートのおかげです。


それで、これから少しずつこの数ヶ月のことと今現在のことを書いていけたらと思ってます。

過去のことについては、長くなったり、内容が暗くなったりするかもしれませんが、出来るだけ事実プラスアルファで書いていくつもりです。


まずは、今年最初の出来事から書きます。


1月3日、あまりにも風邪が長引いていたたので滞在先の北京で、病院へ行きました。

そのときに、診断されたのは風邪と「バセドウ病」でした。バセドウ病はかなり重症に見える(喉仏の辺りが甲状腺でそこが晴れている状態)と言われました。。すぐに血液検査をしましたが、結果が間に合わず私は7日日本へ

帰国しました。


その後、すぐに以前かかりつけだった先生に診て頂いたのですが、先生も見てビックリするほど甲状腺が腫れていて、同日中に紹介状を持って、甲状腺の専門医へ。 。


バセドウ病についてですが、この病院のウェブサイトを見るときちんと説明されているので、興味のある人はこちらをどうぞ。


http://ishikawa-clinic.jp/topics/topics_01.html


一般的に男性より女性に多く、また妊娠が起因して発病する人もいるそうですが、その場合は軽度であり産後には治ってしまう事が多いと聞きました。しかし、私の場合は中度だったので、かなり長く患っていたのではないか、ということでした。


バセドウ病の症状である動悸、息切れ、暑さと大汗、高血圧や体重増加、などなどですが、後になって考えてみるとほとんど全部該当していました。なぜずっと気付かなかったのかと言うと、私の中の解釈でこれらの症状は、妊娠による体重増加が原因だと思い込んでいたからです。。

また、バセドウ病はこの病気を発見するための血液検査をしなければ通常の血液検査の項目では分からない病気なのだそうです。ですから、こういう症状が続いたら、やはり病院へ行って先生に相談することが大事だったのだと、今は痛感しています。。。


先生から病気の説明、私の症状の程度、治療法について、妊娠6ヶ月の時点でこの状態だった危険性などについて説明していただきました。


バセドウ病と妊娠に関することも色々サイトがあるので、詳しくはこちらをチェックしてみてください。

http://www.j-tajiri.or.jp/faq/07.html


私が診ていただいた先生は、事実を隠すことなく、しかもかなり詳しく明確に説明して下さったので、初日病気を診断されても、あまりショックを感じることはありませんでした。それよりも、病気のことがわかるにつれて、自分の体調の変異の理由が分かり、ある意味ほっとしました。


ただ、驚いてしまったのは私のこういった症状はお腹の子供も持ち合わせていたかもしれない、ということです。このまま、病気が発覚しなければ私も胎児も心筋梗塞などのリスクを持ち合わせ続けることになったかもしれないのです。それを知ったときは、早くに体の異変に気付かず、子供に苦しい思いをさせていたのかもしれない。。。と思ったら、とてつもなく悲しい気持ちになりました。


でも、先生は「お腹の子供はここまでがんばってきたのですから、あとはあなたががんばりましょう」と、言ってくださいました。また、現状が私が発病していた中でピークに達していたのなら、後は数値葉薬で下がっていくものだし、もしピークへ行く途中であったならこれ以上悪化させるのを防げるから、とも言われました。


そうです。体調最悪の日々は、一旦この日でおしまい!

ここからの目標は医師を信頼して、一日も早く回復することです。

治療法は、妊娠しているため薬を飲む方法のみです。このとき気になったのが、胎児への影響ですが、薬が母胎に一番影響を与えやすい時期が妊娠4~12週の時期なので、私の場合は薬自体が母胎に影響を与えるリスクよりも、高い数値のままいることのほうがリスクがはるかに大きい、といった状況でした。このまま治療せずにいたら、胎児や私が心筋梗塞などの危険にさらされることになりうるので、私は薬で治療をしてもらうことになりました。これが1月9日のことです。。。


とりあえず、この続きは次回書きます。。。。