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少し前に、真央さんが亡くなりました。

闘病中に、癌であることを自身のブログで公表し、同じような病気や困難さに向き合う人たちの力になり、また病気のことだけでなく、ご家族や周りの方々との日々の暮らしの彩りをブログに書かれていたことは、皆さん、ご存知の通りです。

真央さんの死をたくさんの方が悲しみ、惜しんでいました。

最後の力を振り絞って、海老蔵さんに「あいしてる」と残したという真央さんの最期は感動的なようにテレビで流れていました。



たとえ、どんな美しい最後があっても

それでも、いたはずの愛おしい人が亡くなって、話したり手を握りあったり、笑ったり喧嘩したりできなくなるのは、ただただ悲しい‥

そうであろうご家族を思うと、真央さんの死を惜しんで語られる言葉が、私の心を上滑りしていました。



そんな時に出会った、この言葉。


『亡くなるその日が一番美しい人生』




私は、死のニュースを聞くと、いつも心がザワザワします。

私は、まだ死んだことがありませんが、身近な人の死を体験した時、その死が誰かを長く苦しめたり、争いのもとになることもあったし、葬儀などで語られる故人を偲ぶ声に違和感を感じたこともありました。

ある日突然やってくるその日、
自分にはその後どうしようもないその日を、
どう準備していたらよいのだろう。

大切な人が死んでしまうこともある、日々の現実を、
どう覚悟していたらよいのだろう。



そんなふうに思っていたので、先ほどの言葉に出会って、気持ちが少し落ち着きました。

『亡くなるその日が一番美しい人生』



年を取って、亡くなる前の人生はヨボヨボでシワシワかもしれない。

病気のせいで痩せたり太ったり、傷だらけかもしれない。

事故や災害もあるかもしれない。

周りの人にいろんな荷物を残すかもしれない。



けれど、ある日突然やってくる、その日が一番美しい人生であるように生きたい。

それには、いつも、今この瞬間が美しくあるように、心を磨いて、自分自身が進化していることなのだろうと思いました。

何かをなし得てたかどうかではなくて、自分の魂に恥ずかしくないよう、一所懸命に息を吐いて息を吸っていたかどうか。

一所懸命とは、ひとつところに命を懸けること。

少しくたびれて、横になってゴロゴロしている日であっても

自分の力では何もできなくなっていても

感性と心を磨き続けられますように。

そんな願いを、真央さんも空から応援してくれるような気がしています。


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