えいちゃんの出産〜亡くなるまで↓

40w2d 入院3日目 - えいちゃんが生まれた日①

40w2d 入院3日目 - えいちゃんが生まれた日②

40w2d 入院3日目 - えいちゃんが生まれた日③

 

えいちゃんを帝王切開で出産し、一度も近くで見れずNICUヘ搬送後、初めて会い、初めて腕の中に抱っこした後、

数分で天国へ行かなければならなかった。私はショックでその後の記憶が全くない。

 

次に記憶があるのはその日の昼、搬送された大学病院のベッドで、治療の管が取れ、きれいにしてもらったえいちゃんの遺体をスタッフが再び私の腕の中に抱かせてくれた時だった。私はまだ朦朧としていたため、夢なのか現実なのかわからなかった。

 

妊娠経過もとても順調、パパが仕事から帰ってきて、ただいまーとパパがお腹に話しかけると返事をしているみたいにお腹の中でたくさん動くパパ大好きな男の子だった。

 

私が寝ている時も、明け方によくお腹の中から脇腹をこちょこちょして起こしたりして甘えん坊だったえいちゃん。

 

なぜこんなことになったのか。

 

腕の中のえいちゃんは頭がぶよぶよだった。

どうしたんだろう...これ...

真っ白なお顔なのに、頭の部分だけは赤黒かった。

 

なんで、なんで、なんで?

なんでなの?

 

帝王切開の傷の痛みなんて全然感じなかった。

それよりも悲しみと悔しさと疑問。それしかなかった。

 

あふれる涙を流しっぱなしにしながら、冷たくなったえいちゃんを抱いていた。

えいちゃんは3400g近くもある、髪の毛もフサフサなしっかりとした男の子だった。

 

赤ちゃん元気ですよ、と言われ産んだえいちゃんは、今腕の中で冷たくなっている。頭がついていかなかった。

 

目を開けているえいちゃんは、帝王切開で生まれた後に遠目で一瞬見えただけだった。すごいかわいい!と思ったのは覚えているがどんな顔だったかあまり思い出せなく、悔しい。

 

えいちゃんの生きている時の写真はなく、夫がNICUで管にいっぱい囲まれた目をつぶったえいちゃんを撮った携帯のムービーしかなかった。えいちゃんはママの事もパパのことも一目も見れず死んでしまった。


えいちゃんを抱きながら何が起こったのかゆっくり振り返っていると、スタッフの方が病室に来ておっぱいは痛くないか聞いてきた。痛くなると心配だから、母乳を止めるお薬を飲んだ方がいいと思うの、と言われ突然のことにショックで大泣きしてしまった。

 

おっぱいは全く痛くなかったが、えいちゃんは私のおっぱいも飲めずに死んでしまったんだ,,,と思うと耐えられなくなった。お腹空いて天国に行ってしまったなんて。私は母親として何もできなかった。

 

泣いていると、スタッフが私のおっぱいをつまみ、数滴母乳をスポイトで吸って、えいちゃんの口元に入れた。

これで天国では十分なほどお腹いっぱいだから、大丈夫だよ、と言った。

 

私は出される食事にほとんど手をつけないまま、導尿の管もついたまま、眠ることもできず、えいちゃんを腕枕して過ごした。起き上がれなくて横顔しか見れないのが悔しかった。

 

大学病院のスタッフは皆、優しかった。

えいちゃんのことも、本当にかわいいね、イケメンねと言い、手形と足型を取ってくれたりした。

 

2日くらい経った頃だろうか。

NICUで診断された死因は吸引分娩の時の頭の血腫が広範囲に渡り起こる出血性ショックだったと聞かされた。

その後のCTでもそれ以上の疾患は全く見られない、健康な赤ちゃんだった。

吸引をせず帝王切開をしていれば健康に生まれていたはずだった。

 

促進剤を打つ時、帝王切開の時はあんなに承諾書にサインをするのに、吸引はそんなリスクがあるなんて全く聞かされてもなければ、想像もしていなかった。

 

思い出されるのは出産時のあのとてつもない痛み。

何回もお腹を押されながらの吸引。

その時にえいちゃんが致命傷を負ったと思うと、今でも気が狂いそうになる。

 

人生で一番悔しくて悲しい事実だった。

そして何より、えいちゃんがかわいそうでしょうがなかった。

痛かったよね、えいちゃん。

ママも痛かったけど、えいちゃんは死んじゃうほど痛かったなんて知らなかった。

ごめんねえいちゃん。ママが死ねばよかったのにね。

 

自分が生きているのが申し訳なかった。

 

えいちゃんを抱きながら過ごせた時間は3日間。

次の日歩く練習をしたが貧血がひどく辛かった。

歩けるようになったって何のためになるのだろうか、と考えたりもした。

 

夫は私のベッドの横にもう一つベッドをおいてもらい、特別に泊まっても良い許可が出ていた。

何度かえいちゃん抱っこする?と聞いたが、数回抱っこしただけで、俺はもう心の中でお別れしているから、と言い、

日中はずっと読書をしていた。私と悲しみの出し方が違うんだなぁ、と思った。

 

私は夜がきて暗くなると、暗さに恐怖を感じるようになった。睡眠薬を処方されても2時間で起きてしまう。

えいちゃんを眺めながら、寝ている夫の手を握って恐怖から何とか逃げていた。

 

携帯をみようにも、妊婦時代のアプリや赤ちゃんグッズの宣伝広告がたくさん目に入ってきて過剰に反応しては涙が止まらなかった。

 

お風呂にも入れず、髪の毛はめちゃくちゃ、むくみまくりの顔、陣痛で叫びすぎて唇がカサカサでところどころ裂けていた。えいちゃんとたくさん写真を撮ったが、どれもひどい顔だった。

 

えいちゃんと過ごせる最後の日になって、傷口をかばいながらそーっと歩き、そーっとシャワーを浴びた。髪の毛をとかし、薄くメイクもしてやっと夫と3人で写真を撮った。

 

霊安室に連れて行かれてしまう前の最後の2時間、えいちゃんを沐浴ができることになった。

妊娠中マタニティーセミナーで夫婦で練習した沐浴。

こんな形で最初で最後の沐浴をしなくてはならないなんて、涙が止まらなかった。

 

えいちゃんの着ているお洋服を脱がす。初めて見るえいちゃんの裸。ちゃんとおむつもしていて、何とうんちもちょっと出ていた。すごくびっくりした。生きていた証だった。

 

透き通るようなお腹、可愛いお手手、足もすごくしっかりしていた。背中の毛がすごく濃くて、男の子のシンボルもちゃんとしていた。全体の重さもずっしりしていて、数日前までこんな大きい子がお腹にいたんだな、と思うとえいちゃんは本当に頑張ったんだな、と思った。

 

えいちゃんの冷たい体を湯船に入れた瞬間、えいちゃんの顔がふわーっと笑顔になったような気がした。

お口もお目目もうっすら空いて、ほっぺも赤みがさしたような顔になって気持ちいいと言っているようだった。

私は涙を流しながら休みなく話しかけ、夫は無言で涙を流しながら二人でお湯をかけ、撫でた。

 

その時のえいちゃんの表情は、本当に幸せそうな顔だった。

あんなに痛い思いをして死んでしまったえいちゃん。それを思うだけでも辛いママとパパのために最後にこんな顔を見せてくれるなんて、本当にいい子。

 

今でも毎日お線香をあげるときに、その表情をしたえいちゃんが天国で楽しそうに走り回っている姿を想像するようにして心を落ち着かせているんだよ、えいちゃん。

 

ありがとう、えいちゃん。

天国でもお風呂はいってあったまってね。

 

大好きだよ、えいちゃん。

 

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