ざぼん的人生の歩きかた

午前に『生きていくために、身に付けていた方が良い、 
    考え方や、スキルについて』
   午後に『 自分自身を高めるための・こころ 』 
   の内容にしたいと思っています。
一部不定期に、読者の依頼により内容を変更する場合もございます。


テーマ:
前回は「 『礼』が伝える想い 」でした。

いつもおいで下さいまして ありがとうございます。

こんにちは 門前の小僧 ざぼんです。

9月にも同じことを書いたのですが、『礼』の話に

補足として、あと2つだけ書きたいと思います。

今日は『礼を尽くす』について話を少し。

」には もう一つ「」という字もあります。

こちらも本来は同じ意味だったのですが、

どういう訳か「禮」⇒「礼」に変わってきたとき

人に都合のいいように解釈されているようです。

それでは『礼を尽くす』を。

礼儀や作法、相手への敬意などの気持ちを表現しきること。

尽くす」は「筆舌に尽くし難い」と同様、

残さず表現するといった意味がある。


礼をつくす』とは簡単に言えば、

相手に対して敬い、礼儀正しくすることである。

礼をつくす』ということは、

相手に対する尊敬と愛情の表れであり、

礼をつくされた側が 自身の価値を感じ、身を正され、

さらにはお互いの信頼関係が深まるため、

たいへん 貴い行為であると感ずる。 と辞書にはあります。


礼を尽くすには相手がいるわけですが、

相手が、その礼に感謝しない場合どう感じるのでしょうか?

と考えた時、その礼は自分自身のためにあるのでは?

と思ったわけです。


礼を尽くすのは義務ではありません。

自分自身のこころの中から、自然と湧き上がるものだと思います。

それには感謝の気持ちがなければならないし、

感謝するということがあたり前と思えなければなりません。

自分のために尽力してくれた人がいる。

自分ができないことをできる人がいる。

自分が知らないことを知っている人がいる。

自分が経験していないことを経験している人がいる。


自分がすべてを知っているわけではないので、

そこに『敬のこころ』が生まれるるのではないでしょうか。

そして、その力を使って助けてくれたときには、

迷わず礼を尽くす。素直に気持ちをあらわすこと!

ではないでしょうか。

「 人のお世話をするように

   人のお世話にならないように
   
     そして 報いを求めない 

     
そんな想いで『 礼を尽くす 』考えてみました。


礼儀を正し、尊敬と愛情を示すことのできるようになる。

それが 自分への「 礼 」ではないかと。

松下奈緒 - ありがとう

ありがとうの大合奏 石巻・東松島・女川


推敲2回で完成。
最後まで読んでいただきまして ありがとうございます。
感想などいただけますと 小僧が喜びます。
(和尚 敬白)
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