2006-04-15

仏縁

テーマ:我が家の家史

今朝から、史料調査会のメンバーと池上本門寺にて墓石調査。
近隣にある菩提所で墓参を済ませた後、本門寺に向かい作業に取り掛かる。


この菩提所の森家墓所は小高い丘の上にあり、江戸時代におそらく森家によって築かれた大階段があったのだが、今回の墓参で、現代的なコンクリート階段に生まれ変わっていた。この写真は在りし日の大階段である。



今回調査する被葬者は浩妙院殿といい、今からさかのぼること約370年前の寛永8年に死去した森忠廣夫人である。まずは彼女について書いておこう。


森忠廣は津山藩初代藩主・森忠政公の次男で、長男重政が早世したために18万石を受け継ぐ後継者として有力視されていた人物であるが、夫人が没した翌年に江戸藩邸で不審の死を遂げた。


この忠廣夫人の名は亀鶴姫といい、加賀藩主前田利常の娘であったが、利常夫人、すなわち亀鶴姫の母が、将軍秀忠の娘であったことから亀鶴姫は秀忠の養女として迎えられた。つまり亀鶴姫は秀忠の外孫である。 だが、彼女にとってこれは一過程に過ぎず、半年後には森家に嫁いだのである。
・・・つまり、前田家から嫁入りするのではなく、将軍家からの嫁入りという形をとったのである。形式はどうあれ、亀鶴姫は東照大権現こと、徳川家康の血縁者。これで森家は将軍家の縁戚となり、外様大名より優遇される「親藩」(しんぱん)として扱われ、ゆくゆくは「松平」姓を称せる手筈だった。


秀忠夫人の於江ノ方は、織田信長の姪に当たる人物。この嫁入りはその織田家の遺臣ともいえる森家を当時盛んだった外様冷遇政策から守ろうとする特別の計らいだったのかもしれない。


かくして「将軍家からのお嫁さん」を貰った森忠廣であるが、身分の高い奥さんを持つことのプレッシャーは並大抵のものではなかったらしい。事実、継嗣(跡継ぎ)でありながら、「将軍家の嫁を貰うにふさわしい立場」になるために婚礼直前に父と同等の官位に就けられ、まるで森家に当主が2人いるかのような立場に祭り上げられてしまったのである。将軍家の嫁をもらうということがどれだけ大変なことかが覗えよう。


だが、不運にも亀鶴姫は嫁いでまもなく病死してしまう。亀鶴姫には子もいなかったので、これによって、将軍家との縁戚関係は解消され、森家が松平姓を許されることはなかった。


 そして彼女という重圧から開放された忠廣は放蕩にはしる。もしかしたら、忠廣自身も独身時代から放蕩癖のある人物だったのかもしれない。


とにかく、この行状に父忠政公の怒りを買い、剛の者に監視させられながら藩邸に軟禁される。そして不審の死(古文書には病による急死)を遂げているのだ。


忠政公の為に付け加えれば、忠廣は毒殺ではないと思う。唯一だった嫡子の放蕩を心配する親の気持ちは当然であり、彼を亡くせば自分の後継者がいなくなるわけである。また、当時忠政公は領国津山に帰国中だった。


 忠政公にしてみれば、将軍家からの正室を亡くしたばかりで放蕩に狂う我が子は世間体にも良いはずは無く、強制してでも立ち直ってもらいたいという思惑があったのだろう。だが、この死に疑惑を感じた将軍家光(義妹の亀鶴姫を通して忠廣は家光の義弟でもある)は義弟の不可解な死について忠政公を糾問したという。


森家で没した亀鶴姫はこの当時の慣習として、実家の前田家に引き取られた。
棺はおそらく荼毘に付された後、生国の加賀に帰ったものと思われる。石川県の妙成寺にその墓所があり、森家の古文書には池上の本門寺にも葬られたというが、今回の調査によって本門寺の墓石は供養塔であって、埋葬地ではないことが判明した。本門寺は前田家の菩提寺ではあるが、森家の菩提寺ではないことを考えると、いづれの施主も前田家ということになる。


この墓石は層塔と呼ばれる形式のもので、11枚の屋根が重なるようにして建つ高い石塔であるが、現在は倒壊の危険から分解されてこのように仮置きされている。


仮置きされた亀鶴姫、すなわち浩妙院殿の墓石を調査していると、一人の僧侶が通りかかる。
碑文にしがみつく様にして作業をしている我々を不審に、あるいは興味深そうに眺めておられた。


 このままでは失礼だと思い、私が代表して事情をご説明申し上げると、この導師はこの墓石や被葬者についてよくご存知の方であられた。さらに発掘や墓石調査に携われて居られる関係者などもご紹介いただく。そして、我々が把握していなかった、浩妙院さまの意外な史料が現存していることを知り、それを見せていただいた。これについてはここで挙げるべきではないが、いずれ調査会が発表するであろう。


 実はこの時点まで、我々はこの導師は単に文化財担当の僧侶だと思っていた。
 ところが、その導師が我々を関係者に引き合わせて去られた後、その関係者によって、この方がこの寺院の代表的な管理職であることを知らされる。日蓮宗の大本山でそのような方といえば、相当な立場であることは容易に想像できよう。


 やはりこれもこの場で名前や役職名を挙げるべきではないのだが、そのような立場の方が、我々が調査している墓石の前を偶然通りかかり、偶然に私が説明をし、偶然にもその関係者をご紹介いただいた。
そして偶然は続く。師に紹介されたその関係者は我々メンバーの一人と旧知の関係であったことも。


仏教の世界で、こういう縁を「仏縁」という。この仏縁とはまことに不思議なものであり、もしやすると浩妙院さま(亀鶴姫)のお引き合わせなのかもしれない。

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