エコ・ブログトップへ エコ・ブログ

【お知らせ】

「大分・別府 模擬試験D判定からでも合格できる 

               マッツンさん家(ち)の受験勉強術」


読者のみなさま、長らくお待たせいたしました。

お約束どおり、ブログを再開いたします。

                  マッツン 2009年11月1日

新規掲載記事

11月11日 「新型インフルエンザ2」


11月10日 「戦略と戦術」「ひとつめのオルゴール」~夕陽のガンマンより

(2009/11/15)


11月4日  「黄色いマフラー」


11月3日  「ヨシオの志望校-再び東京大学へ」

(2009/11/8)


11月1日  「新型インフルエンザ」


10月30日 「戦略と戦術」「もうひとつのオルゴール」~夕陽のガンマンより

(2009/11/1)





1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>
2009-11-11 07:55:29

新型インフルエンザ2

テーマ:新型インフルエンザ

先々週、三男のノリオが新型インフルエンザにかかったのをきっかけに、二男のテルオにも感染してしまい、翌日、学校で気分が悪くなったテルオは、大分のK中学から別府の自宅まで、タクシーで帰ってきました。



数日後、テルオたちのクラスの数人がインフルエンザを発症し、テルオの病状回復とはうらはらに、クラスは学級閉鎖になってしまいました。


そんな中、長男のヨシオはというと、家の中にふたりもインフルエンザの患者がいたにもかかわらず、平然と毎日学校へ通っていました。

「おれはあのふたりには近づかんけん」


テルオとヨシオが隔離されている部屋には、子供たちが専用で使っているパソコンがあるのですが、ヨシオはパソコンを使うこともやめていました。

「おれの中では、パソコンは壊れて2週間は使えんのよ」

と言っていたそうです。


ただ、学級閉鎖のクラスが増えていく中、学校側では今回のインフルエンザについては別の見方をしていたようです。


「高校2年生のいまのうちにインフルエンザになって、新型に対する免疫をつくっておいた方がいいぞ。来年の入試の頃にかかると大変やからな」

ヨシオのクラスでは、担任の先生がクラスのみんなにそんなことをいっていたといいます。


ところで、K中学は隣接する大分T高校からわかれて設立された関係上、中学の先生方が高校の特定教科を教えるといったことがよくあります。

そのため、テルオのクラス担任の先生もヨシオたちの選択教科のひとつを受け持っており、ヨシオはその教科を受験科目に選んでいるのでした。

テルオの先生はヨシオが兄であることも知っていたので、

「いっしょにインフルエンザになっておけばよかったのに」

とヨシオに言ったそうです。


今年感染していたからといって、来年のインフルエンザに免疫があるかどうかはわかりません。ただ、来年の秋口から冬にかけて新型インフルエンザに初めてかかるよりははるかに安心であることは間違いありません。

私も妻も、ヨシオの家の中での徹底した予防には感心していましたが、反面、「今回インフルエンザになっておけば」という思いがあったのも確かでした。



数日後、自宅に電話をしたとき、出てきたテルオに、

「どうかい、みんな元気かい」となにげなく尋ねると、

「みんな元気で。ひとりを除いて・・・」と含み笑いをしながらいいました。

「兄ちゃんがインフルエンザになった」


その日、みんなを送り出したあと、妻が家で掃除をしていると、とつぜんヨシオがタクシーに乗って帰ってきたそうです。

熱を計ると37度を少し超えたところでしたが、小さいころから熱に弱いヨシオにとっては高熱だったのでしょう。それに先日テルオがやはりタクシーで帰ってきたこともあり、どのくらいの金額で帰れるかもわかっていたので、ためらいもなく学校を早退してきたのでした。


病院へ行くと新型インフルエンザということになり、薬をもらって家で隔離されることになりました。

下のふたりはすっかり完治しており、逆にいまさらうつることもないので、ヨシオとは普通に接していました。


早めにリレンザを投与したせいか、ヨシオはふたりほど高熱が出ることもなく、翌日からは普通に生活していたようです。

ただ、ヨシオが早退した次の日から、ヨシオたちのクラスも学級閉鎖になったのでした。



ヨシオの話によると、いつもマスクをしていた生徒がその日はマスクをすることもなく、咳き込みながらも授業を受けていたそうです。

家ではうつることのなかったヨシオも、学校でうつされたのは間違いないようでした。


同じテーマの最新記事
2009-11-10 08:16:43

「戦略と戦術」 ひとつめのオルゴール~夕陽のガンマンより

テーマ:戦略と戦術

先回、「もうひとつのオルゴール 」という題で、ある西部劇のお話をしました。


ブログの中で紹介したU-Tubeの動画だけでは、どんなお話かもわからないので、今日は少しその映画のストーリーについてお伝えしたいと思います。



映画の中に出てくるオルゴール、正確にはオルゴールつきの時計なのですが、これは初老のガンマン「リーバン・クリーフ」の妹が結婚の日に相手の男性とふたりでそれぞれの写真を入れてペンダント代わりに持つといった、ある意味、結婚指輪の代わりのようなものでした。



その妹が、婚礼の夜、敵役のアウトロー「ジャン・マリア・ボロンテ」に新郎ともども殺され、新郎の時計をボロンテが持ち去るのでした。

ストーリーの中で、ボロンテは事あるごとにオルゴールを鳴らし、不利な状況にある相手に決闘を挑み、相手を撃ち殺していくのです。そのたびに、もうひとつの時計の持ち主、自らが殺した女性のことを思い出すのでした。


賞金首であると同時に、妹の仇であるアウトローを追い求める初老のガンマン。それが、いろいろないきさつがありながら、名無しのガンマン「クリント・イーストウッド」と手を組みます。

そして、ご紹介した「最後の決闘シーン」へとつながっていくのです。



そのあとは、先回ご紹介したとおりですが、この決闘シーンで非常に面白い事象が描かれています。



つまり、相手が握るオルゴールの鳴り響く間に、無理な体勢からでも、銃を取りに行くかどうかの判断をくださなければならないということです。

生き残る可能性はゼロではありません。

でも、それはオルゴールを握る相手のそれに比べれば、はるかに低いものでした。



ひとつめのオルゴール。それが鳴り響いている間は、自身の生存率は敵のそれに比べて圧倒的に不利な状況なのです。
これは、みなさん(「戦略と戦術」の読者としての)が遭遇している、リストラという状況によく似てはいないでしょうか。



オルゴールは戦争で言う「制空権」とか、「制海権」に似ています。その場を取り仕切る、ひとつの大きな力なのです。


つまり、オルゴールを相手が持っている限り、こちらに勝ち目はありません。

それは取りも直さず、オルゴールは、自分自身が持つ必要があるということでした。




実は、今年の初め、ブログの連載を休止したとき、私、マッツンのリストラに対する対処法は決まっていました。

それは、ひとつはオルゴール(主導権)を自分自身が握ること、それができない場合は、別の場所へ自分が移っていくというものでした。

その結果、私、マッツンは後者である出向を選びました。



仮に、何らかの幸運があって、逆転の主導権を握れたとしても、私自身は次の場所へ移っていくための作業は止めなかったと思います。

一度、会社に目をつけられた人間は、早晩、同じ目に逢うことは当然のように予測されるからです。



さて、この映画のエンディングにはもう少し先があります。


狙った賞金首に一人だけ助かった人間がいたのです。

その男は「名無しのガンマン」を狙い、後ろから引き金を引こうとするのですが、逆にそれを察知したイーストウッド(名無しのガンマン)にやられてしまうのでした。


銃声を聞いたオールド・マン(リーバン・クリーフ)が若いガンマン(イーストウッド)に問いかけます。

Any trouble, boy ?(どうかしたかい、ぼうや?)」


それに答えるイーストウッドです。

No, old man .(いいや、じいさん)

Trouble isnt trouble with my aiding.(自分で手当てができるトラブルはトラブルじゃない)」

So, all right now.(だから、いまは何の問題もない)

それを聞いて、笑いながら去っていく初老のガンマン、リーバン・クリーフでした。



More Ending of 「夕陽のガンマン」


http://www.youtube.com/watch?v=KBdBCTvK5zM&NR=1






































2009-11-04 05:47:30

黄色いマフラー

テーマ:ブログ

4日間の短い休暇を終えて、大分から横浜に戻ってきました。

いま、パソコンを叩いているテーブルの上には黄色いマフラーが置かれています。2年生になる三男のノリオが編んでくれたものです。



昨日、自宅の自分の部屋で本を読んでいると、ノリオが黄色い毛糸の玉と座布団を持って私の部屋にやってきました。フロアリングになった床に座布団を敷いて、小さな指に毛糸をかけ、編み物を始めたのです。指だけを使って編む指編みは幼稚園の頃に幼稚園の先生か誰かに習ったもので、以前は私や妻によく編んでくれていました。でも、最近はやっていなかったのか、しばらくあれやこれや指に絡めた毛糸を編みかけたりほぐしたりしていました。

やがて「思い出した」といったかと思うと、せっせと編み始めるノリオでした。


短い休暇も終わろうとする最後の日の昼下がりに、私のそばに座って黄色いマフラーを編んでいくのです。過ぎていく時間をとどめようとするのかのように、マフラーを編みこんでいく三男がかわいく思えて仕方がありませんでした。


「とうさんは、よう勉強するな」手元を見つめたまま、ノリオがそういいました。

「試験も終わったけんな。いまはそげん勉強しようわけやないんよ」

「もう、試験があったん?」驚くようにいうノリオでした。

「国家資格の2次試験がな」

「2回目の試験(2次試験)で終わりなん」

「・・・」


2次試験のあとには面接試験があるのですが、私は素直に言葉を続けることができませんでした。

実は、その試験のために先週大分に戻ってきていたのですが、試験のできはよくありませんでした。終わった瞬間に「だめだ」とわかるできだったのです。

その試験でうまくいかなければ、ノリオとの約束が果たせなくなるのです。


4月に出向になり横浜に行くことが決まったとき、3人の子供たちの中で涙を流して止めようとしたのはノリオだけでした。

「1年したら帰ってくるけん」

それが、私がノリオにした約束だったのです。


ヨシオやテルオも気持ちは同じだったでしょうが、ふたりはもう大人の考え方もできるようになっていました。ただ、言葉にしなかっただけだと思います。


「うかるといいな」編み物の手を休めもせず、ぽつりとノリオがつぶやきました。

「ああ・・、そうやな」私は思わず自信なさげにそういっていました。

私のためにもくもくと編み物をするノリオ。

その姿を見ていられずに、小窓の外に目をやると、初雪をつもらせた鶴見岳(つるみだけ)が、青い空にそびえたっているのでした。

1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>

あなたもエコ・ブログでブログをつくりませんか?