晋ちゃん!

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安倍内閣の支持率が低いのだそうだ。

mattはここんとこエネルギーねた記事を中心に読んでいる。しかも、日経・日経産業・日刊工業の3紙に目を通している。

「エネルギーねた」と言っても、mattの定義では、例えばイラン情勢は完全に「エネルギーねた」だ。

「ある種のアミノ酸を生成できるよう改造した大腸菌のDNA塩基対を一部取り除いたら、その大腸菌の生産性が3倍になった」なんて記事も、mattにとっては「エネルギーねた」に分類される。こういう記事も一方で読んでいる。

FT.com もある程度目を通す。

はっきり言って、日本の首相の支持率まで気にしている余裕がない。

しかし、今のところ特に支持しているわけではないが、安倍首相を観察していると、外交っぽいことには好感は持てる。

もちろん、「mattの個人の感覚において好感が持てる」ということだ。

(1) 就任直後、最初のインタビュー記事は Financial Times のそれだった。

(2) Financial Times の直前に、CNNのインタビューを受けている。

(3) Washington Post のインタビューも受けた。

(4) 新首相がいつも最初に外遊する国がアメリカだったのに、就任直後に訪中した。関係はまずまずだ。(おそらく中共側の事情によるのだろうが)

(5) 今月に入って、インドのメディアのインタビューを受けている。(どういう報道がなされたのか、まだ全く分からない)

(6) 国際エネルギー機関(IEA)の次期事務局長に日本人をはめ込むことに成功した。(選挙の詳しい過程は報道されていないが、官邸の支援が何らかあったことはほぼ間違いない。何しろ、非ヨーロッパ人初のIEA事務局長だ)

なかなか、やるじゃん!

特に最初の3つと(6)は、とても好感が持てる。

最初の3つは確かに「パフォーマンス」ではある。それはその通りだ。

しかし、政治家が演技するのは重要なことだ。

最初に英米系メディアのインタビューを3タテで受けた。良い結果を生んだとは今のところ言えないが、その努力は買おう。

率直に言わせてもらうが、日本の大手メディアは事実報道以外は目を向けるに値しない。「あんな連中のインタビューなんかどうでもよろしい」と思う。

matt自身、日本語のメディアに目を通す場合、メディア側が注入している価値判断は極力排除して、事実だけ追いかけながら読んでいる。

TVはあまり見ない。ニュースでもあまり見ない。「どれが事実で、どれがTV局が混ぜたTV局の価値判断なのか」を瞬時に区別するのが難しいし、その区別を一々覚えていられないからだ。

(6)は、後で効いてくるだろう。

あと10年くらいしたら、「ああ、あのとき事務局長の椅子取っていて不幸中の幸いだったな」と、一部の人にはわかるようになるだろう。
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胡と漢(82)

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永楽帝の最初の親征は西暦1410年に50万の兵力を動員して行われた。

50万だ。

皇帝が自ら遠征するのだから、臣下が率いる兵力より圧倒的に大きくなければ面子が立たない。

しかし50万人も出すとなると、補給は大変だ。

(80)で書いたように、まず水が要る。

食料も要る。

(80)では書かなかったが、燃料もいる。薪か石炭だ。

これらの補給を50万人分しなければならない。

50万人といっても、前線で戦闘する兵士ばかりではない。

50万人のうちのどのくらいなのか資料がないが、水と食料と燃料を運ぶ輜重部隊に相当な数が必要になる。

前線で戦闘する兵士だけでなく、こういった輜重部隊に所属する兵士たちも水と食料と燃料を消費する。

農耕民にとって草原地帯への遠征は、「農耕地帯から補給物資を前線に送り届けなければならない。その前線に補給物資を送り届ける輜重部隊にも補給物資を消費させながら」という活動を意味している。

(80)と(81)とここで書いたように、騎馬民は正反対だ。

家畜の乳が食料と水を兼ねている。その食料と水の供給源は、自力で歩いてくれる。

家畜の乳から作った(からからに乾いた)チーズは保存がきくので、戦場に携行できる。

最悪の場合、家畜の血を飲む。血も飲み水と食料を兼ねている。

炊事・暖房の燃料も家畜が供給してくれる。家畜の糞を彼らは拾い集めて火にくべる。草原地帯は乾燥しているので、騎馬民たちは糞をそのまま手で拾い火にくべている。

衣服や靴などの材料もかなりの程度家畜の皮革から採る。

動力付き補給装置を騎馬民は持っていることになる。

騎馬民、特に遊牧民にとって、どうしても(核家族の外部から)補給しなければならないものは、金属製品と茶葉くらいのものだ。

金属はベルトのバックルやナイフや鍋の材料だ。茶は、家畜の乳で煮出したりして飲む。遊牧民にとって茶はほとんど唯一の安定したビタミンC源で、これだけはどうしても農耕地帯から入手しなければならない農産物だ。

が、茶葉は保存がきくし軽い。あらかじめ貯えて戦場に携行すればよい。

騎馬民、特に遊牧民は身軽で、補給が簡単だということが言える。農耕民の軍事活動との差は大きい。

そういう集団と、50万の農耕民主体の集団とが、草原で戦ったらどうなるか。

1410年に始まり1424年まで続いた永楽帝の5回の遠征を見ていこう。

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胡と漢(81)

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騎馬民政権に対する農耕民政権の軍事的劣勢の背景としては、以前から指摘している「機動力」も大きい要素だ。

騎馬民の軍隊は、草原の騎馬戦力が敵でも、対等の機動力を発揮して戦える。

機動力(馬)も疲弊するが、替え馬は騎馬民社会にはたくさんいる。簡単に取り替えられる。

騎馬民は小さいときから馬に乗って育つから、「馬をあやつれる戦士」も豊富に手に入る。

農耕民社会の軍隊は、馬の頭数をそろえることそれ自体が困難だ。家畜の大半は農業生産のためのものなので、家畜を徴発しすぎると生産力の低下を招いてしまう。

農村で農業生産用に飼育されている家畜は、人を乗せて駆け回るように訓練されていない。

社会全体として騎馬の習慣に乏しいから、馬に乗って戦場を迅速に移動できる戦士を大量に確保するのも難しい。

騎馬民がシナに本拠地を置く政権(隋唐・元・清など)を打ち立てたときは草原地帯へ簡単に勢力圏を拡大できたのに、農耕社会出身者が樹立したシナ政権(宋・明など)が草原地帯の騎馬民勢力に苦戦することが多いのは、(80)とこの(81)で説明しているような背景があるためだ。

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胡と漢(80)

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細かい話ばかりしてきた。少し視点を変えよう。

永楽帝はその生涯で5回モンゴル高原へ自ら遠征している。

永楽帝の治世の後は、モンゴル高原へ遠征する明朝皇帝は現れなかった。いや、正確に言うと次代の宣徳帝は一度出撃した。が、比較にならない小規模で、本気でなかったことは明白だ。

明朝は「農耕社会出身者による最後の伝統シナ社会政権」だ。明の後は清だが、清はマンチュリア出身の騎馬民による政権だ。だから、モンゴル高原やチベット高原、トルキスタンにまで軍事力の展開を比較的簡単に行っている。

明はそうではない。

昔の隋唐政権とも違う。隋唐政権は五胡出身者が中核を構成した政権だった。だから、モンゴル高原やマンチュリアへ影響力を及ぼすのはそれほど難しくなかった。

結局、ライフスタイルの問題があるということだ。

馬に乗って育った人達が編成した軍隊は、草原地帯(半乾燥地帯)を簡単に移動できる。通常の生活どおり、家畜を連れて移動すればよい。

遠征しても補給に困らない、ということだ。

家畜をつれて移動する、と書いた。放牧・遊牧生活というのは、「歩き回る食料に囲まれる環境を自ら作り出し、その中に住み込む」ライフスタイルだ。

食料が自力で歩いたり走ったりしてくれる。その食料は飲み物(乳)も供給してくれる。

農耕社会の軍隊が移動する場合は、穀物を車に載せて運ばなければならない。草原地帯は水が簡単には得られないから、水も運ばなければならない。

補給が難しい、ということだ。

胡と漢(79)

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永楽帝が政権を奪取した頃、モンゴル高原では政権争いが起こっていた。

故元(旧元朝政権)が衰退し、代わってモンゴル高原東部ではタタール部、西部ではオイラート部が、モンゴル高原での主導権を争いつつあった。

永楽帝はこれに目をつけ、タタール部とオイラート部の族長を「王」に封じた。一種の勢力均衡策だ。

また、それまですでに支配下におさめていた遼東半島(遼寧省南部の半島。大連などがある)までの地に軍事施設を配置した。

遊牧民政権が大型化しない隙に、西の方現在の新疆にまでも軍事施設を設置した。

ところが、永楽帝が即位して7年目に、タタール部へ派遣した明の使者が捕らえられ殺害される事件が起こった。

永楽帝は10万規模の部隊をモンゴル高原に派遣した。

が、タタールを深追いして高原(草原)深く入り込んでしまった後に壊滅させられた。

永楽帝は自ら遠征することにした。

高句麗(6)

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中共政権は、10月に朝鮮へ石油を供給したことがわかった。

11月28日(火)日経朝刊8面の記事によると、

・10月の北朝鮮向け原油輸出は5万8685トン。前年同月比67.7%増

・単月の輸出量としては今年2番目に多い

・10月のどの時点で朝鮮に供給されたかは不明

・9月の朝鮮への輸出量はゼロだったが、アメリカを除いた中国原油の主要輸入国(日本・インドネシアなど)への輸出もゼロだった

・9月の輸出量全体は前年同月比76.5%減

文脈を考えると、「9月の輸出量全体」は「アメリカ向け輸出」にかなり近そうだ。

さて、そうすると、また考え直しなのだろうか?

それとも、石油輸出再開が核実験の前か後かを捕捉するのが、判断するより先なのだろうか?

よくよく日経朝刊の同じページを見ると、こういう記事もある。

(Quote)
「飢える・撃たれる・凍える」 北朝鮮、国民に覚悟訴え

「銃が弱くて滅んだ国は多くても、飢饉(ききん)になって滅んだ国はない」。北朝鮮の労働党機関紙「労働新聞」あ二十七日、軍事力優先政治をたたえる長文の論説を掲載し、その達成には飢えて死ぬ覚悟など「三大覚悟」が必要だと北朝鮮住民に訴えた。(後略) (Unquote)

まだ、判断するのはやめておこう。

正日くん、確かに「飢饉で滅んだ国」は聞かないな。でも「エネルギー不足で滅亡寸前まで行った国(社会)」なら知ってるぜ。イースター島の先住民社会がそうだ。ジャレド・ダイヤモンドでも読んどいてくれ。(おっと、贅沢品は輸入不可なんだっけ? 今や本も贅沢品だよな?)

「凍える覚悟」が要るのは、石油を安定供給してくれるかどうか分からなくなったからだろう?

「撃たれる覚悟」が要るのは、同盟国が撃ってくるかもしれないからじゃないのか?