黄砂

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3月15日付 Yahoo! Japan ニュース
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060314-00000373-reu-ent

内蒙古の植生破壊がひどい最大の原因は、山羊と羊の放牧頭数が多すぎることだ。matt が入手した情報では、最近30年間で7倍に増えている。

山羊と羊、特に山羊は、牛や馬と異なり、植物を根こそぎ食べてしまう。それは「より悪い環境でも育てられる、牧畜民にとっては便利な家畜」であるということでもあるが、それでも数が多すぎると、後に残るのは裸地になってしまい、風が吹くと簡単に表面の土が飛ばされてしまう。

植生が破壊された状態が続くと、表土が無くなり、土地が乾燥し、そこに再度植物が生育しにくくなってしまう。仮に生えてきても、すぐまた山羊や羊が食べてしまう。

長い目で見ると、植生が守っていた土中の水が簡単に蒸散し、土地がからからに乾いてしまうことにつながる。

それにしても、「汚染物質」とは何だろうか?

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前回述べたように日本の武士階層は分散社会を形成した。

中世ヨーロッパの領主達も分散社会を形成した。彼らも領内での支配権を独占した。自治について日本よりもっと明確で、領主どうしの(原則論としての)対等性がはっきりしていた。

だから、複数の王に仕える領主が珍しくなかった。複数の会社と雇用契約を結ぶフリーランスのようなものだ。(註)

これに対してシナ社会は、理念としてずっと中央集権的な行き方を選択した。そこには「儒生」と呼ばれる社会階層が形成され重要な役割を果たした。

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註: "Freelance"という言葉それ自体、この時代のそういう領主たちを含む傭兵から来ている。「自由な槍」は契約次第で色々な雇用主に仕えた。この影響は長く残り、ヨーロッパでは傭兵が広く採用されてきた歴史がある。現在でもフランス外人部隊、バチカンのスイス人衛兵などに痕跡が残っている。

海上の櫓は潜在的な兵営だ

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少しずつ事態が佳境に入りつつある。相手が攻勢に出ていることが明確になってきた。よい本も出版された。このことを書くよい頃合いだ。

南シナ海には南沙諸島と呼ばれる珊瑚礁があり、そこには「満潮時に水没するので『島』とは見なされない岩礁」がたくさんある。

その岩礁の一部に中共は櫓を建てている。90年頃から建てており、兵士を駐屯させている。

中共は「東シナ海の大陸棚も、南シナ海の南沙・西沙も、中国のものだ」と主張している。東シナ海において中共政権が主張する「排他的経済水域」が沖縄のすぐ北まで迫ってきているのはそのためだ。

南シナ海での彼らの行動パターンを考えると、東シナ海で日中共同開発を仮に実施し櫓を建てた場合、人民解放軍の兵士がその櫓に駐屯する可能性を想定しておくほうが良い。

中共政権側で建設工事に動員される人員の少なくとも一部が軍人である可能性も考慮しておく方が良い。

建設工事地点は、日本あるいは中国の「排他的経済水域」ではあっても、どこの国の領海でもないから、そこに兵器を持ち込むことを阻む法的な制約は無い。持ち込まれる兵器は機関銃かもしれないし、潜水艦かもしれない。

人民解放軍は伝統的に農業・工業・建設業などの生産活動を軍務の傍ら実施してきている軍隊だ。鄧小平改革以来軍務に集中する傾向は出ているが、それでも建設兵団は今でも残っている。工事現場にそういう部隊の人員が現れても不思議ではない。

彼らの対案は、①尖閣諸島近くの海域、および②九州南西沖合い、の2箇所で、いずれも日中中間線より日本寄りの海域だ。

彼らの対案を受け入れてしまった場合に想定しておくべき事態は、

(a) 尖閣諸島をいつでも襲える地点に、人民解放軍のヘリボーン部隊が駐屯すること

(b) 九州の沖合いに、人民解放軍のヘリポートや魚雷艇基地等が設置されること

などだろう。

mattの個人的意見としては、「共同開発」に関する交渉は以下の要領で行うべきだと思う。

(1) 基本的にずるずる延々と引き伸ばすこと

(2) 日中中間線より日本寄りの海域での共同開発は受け入れず、大陸寄りの海域での開発案を推すこと

(3) その一方で「白樺」を単独で開発する準備をして見せること

(4) 国際海洋法上「島」と認められない南シナ海の岩礁に中共政権が「基地」を設置して周辺諸国と衝突していることを、欧米のメディアにアピールすること

(5) フィリピンやベトナムなど、南シナ海での中共の行動に不満を持っている諸国に日本寄りの発言をさせること

こういう案の目的は、日中中間線より日本寄りの海域に、例え名義上日中共有にせよ、中共側が所有権を主張できる構築物を設置させないことにある。そういう構築物ができると中共側が軍隊を派遣する口実になるからだ。

この交渉は長引くほど良い。

「何が何でも交渉をまとめること」が国益とは限らない。共同所有する設備ができれば、「同じ船に乗った者どうし」ということで、衝突が無くなり「友好」が実現するのか? そうとは限らない。

冒頭に書いたが、誠に時宜を得た書が出版された。みなさんも是非読まれたし。

「中国は日本を併合する」(平松茂雄著、講談社インターナショナル刊)

「各単位は独立自営」

鎌倉時代の御家人はまさしくこういう独立自営土地所有者だった。それが武装していた。もともと武士はそういう社会階層だった。

鎌倉時代には「関東御成敗式目」という法律があった。これは原則として鎌倉殿の部下=御家人に対して適用された法律だった。(一部、寺社などにも適用された)

今日の法律をイメージするとまったく違う。内容の大半は

・相続の基準

・地界の区分基準

に関するもの。当時御家人が鎌倉殿に司法判断を仰ぐことと言えば、

・一族の中で相続争いが起こったときの裁定

・他の御家人との間で土地争いが起こったときの裁定

と、ほとんどこの2つだけだったわけだ。

言い換えると、これ以外のことは「わざわざ鎌倉殿に司法判断を仰ぐ必要は無かった」ということだ。

それは「その土地に地付きの御家人一族内では自治」という原則が貫徹していたからだ。(註)

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註: ずっと以前に、「日本的革命の哲学」(PHP出版刊、山本七平著)を紹介した。絶版だが、入手可能なら参照されたし。

中世の日本とヨーロッパには、歴史上 "feudalism" と称される社会制度が登場した。

"Feudalism" は「封建制」と和訳される。この訳はやっかいだ。

漢語の「封建」は、周代(西周:BC770より前)のときに、周王族の血縁者などを華北の各地に「封じ」て、都市を運営させたことを元来指している。

19世紀にマルクス主義が資本主義より前の時代を押しなべて「封建時代」と認識してしまった。「古い考え、頭の固い考え方」をする人に対して「封建的だ」と言ったりするのは、この訳語の転用だろうと思う。

これらの「封建」と、ここで言う "feudalism" とは違う概念だ。

ここで言う "feudalism" とは、

・(もともとは土着の)土地所有者が

・その地域の領主として立法・行政・司法の権限を全て握って独立自営しており

・その独立自営の原則が法的に(成文法であろうが慣習法であろうが)認められている

という社会制度のことだ。

念のために述べておくと、「中国社会の超安定システム」の著者金・劉夫妻は、マルクス主義的な「封建」の定義を使っている。mattが上で述べていることを否定しているかというとそうではなく、金・劉夫妻は同書中で「西欧・日本の封建制と中国の封建制の違い」を述べている。一言で言うと、前者は割拠・分散社会で、後者は一体化社会・大一統社会だ、と述べている。

その違いは、ここでmattが書いているような(あるいはこれから書くような)ことだ。

1980年代前半の中共政権下で執筆した金・劉夫妻としては、マルクス主義に依拠しない論文は政治的に書けなかったのだろう。

さて、官僚機構を編成駆使して、皇帝は社会を儒教イデオロギーに沿って編成していくことになる。

いかに皇帝個人が有能でも、一人では何もできない。部下に分業させ、各地域地域ごとに

(1)徴税とその前提となる戸籍・地籍の整備

(2)治安の維持

(3)民間における(刑事・民事上の)紛争の処理 = 裁判

(4)治水・灌漑設備の維持

などを実施していく必要がある。

ちなみに、こういう行政・司法の機能は必ずしも「官僚機構」がやらなければならないわけではない。

全世界的に見ると、官僚機構が貧弱だった社会は珍しくない。中世の日本なんかそうだ。

伝統シナ社会の基本構造・理念はこういうことだ。

(a)この世の秩序は「天」によって定められている。

(b)「天」の意志「天意」を「天子」が受けてこの世を統治する。

(c)「天意」に従う統治を実現する手段として、「天子」は官僚機構を編成し駆使して社会を統治する。

(d)「天子」は一人の人物(男性)である。

「天子」は「皇帝」と考えてよい。

「天意に基づくこの世の秩序」を実施する基準が「儒教」と総称されている。(註)

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註: 上に書いた考え方には、「天子はシナに在する」という重要な前提が、無条件に想定されている。こういうところにシナ歴代政権の外国に対する独善的な態度が起因しているのだが、そのことは当分は取り扱わない。

「中国社会の超安定システム」(原題:在歴史表象背後 - 対中国封建社会超穏定結構的探索、金観涛・劉青峰共著、1983年四川人民出版社刊、日本語訳は1987年研文社刊)

という本について、もう一つのブログが「もっとSinology」と称していた頃に書き始め、ずっと止めていた。

それを再開するとともに、もう一冊の興味深い本の紹介を併せて行おうと思う。

シナ史関連本を読んでいると、次から次へと政権が変わっていくことに気づく。「一治一乱循環の如し」という言葉を見たことがあるが、まさにそんな感じだ。

これは、その治乱興亡の背後にあるとされる一貫性、法則を探る企画だ。