The Franco-German Axis (5)

FT.com 10月30日記事 "Merkel to meet SPD in bid to break finance deadlock"
http://news.ft.com/cms/s/a61f81f2-4973-11da-8686-0000779e2340.html

「財政赤字削減の財源を何に求めるか」が、左右で異なると報じている。

SPD側は「法人税・個人所得税の減税措置の縮小・撤廃」をその方法論としている。CDU側は付加価値税の増税をしたがっていることは前述した。

SPD側は高所得者層と大企業に、CDU側は中低所得者層に、それぞれより大きく負担させようという考え方だと推測する。

11月12日までに3党で連立結成合意しないといけない、と報じている。制度上時間制限があるようだ。もし間に合わなかったらどうなるのだろうか? 選挙のやり直し? そこまで知識がまだ無いが、決裂すれすれで交渉するのであればなおのこと「密室政治」にならざるを得なさそうだ。

どちら側がどの政策でどれだけの譲歩が可能だと考えているのか...

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The Franco-German Axis (4)

ベルギーで大規模スト。

FT.com 10月29日付記事
http://news.ft.com/cms/s/0176e912-4818-11da-a949-00000e2511c8.html

ここから読み取れることは、「大陸欧州の人々は、さっさと退職して年金生活できるのがよい、と考えているらしい」ことだと思う。(この記事のみならず、他の様々な読み物でも同様なことが読み取れると思う)

その調子であと何十年も年金と健康保険を給付し続けたら、社会が成り立たなくなると思うのだが。

それから、もう一つ読み取れるのは、「これから大陸欧州で、この種の大規模ストが頻発する可能性無きにしもあらず」ということ。

8月にはフランスでゼネストがすでに起こっている。日本での扱いは小さかったが。

今月はベルギー。

連立政権の政策提示内容次第では、ドイツだってどうなるかわからない。

少子高齢化が進行しているのは日本だけではない。欧州諸国はどこもそうだ。少子高齢化が進行するからこそ政府を小さくすることが重要になってくるのだが、既得権益擁護を主張する勢力が強ければ強いほど、政府を小さくする改革が遅れる。(※)

ひょっとしたら、「定年後が怖い」と思っている人が多数いることは、長い目で見ると幸運なのかもしれない。

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※ 今のところ、年金制度改革が最も重要な焦点だと見ている。

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The Franco-German Axis (3)

FT.com 10月28日付記事
http://news.ft.com/cms/s/28784818-474f-11da-b8e5-00000e2511c8.html

左右連立内閣の大前提として、「2007年中に350億ユーロ(4兆8千億円)の単年度財政赤字を大幅に削減し、GDP比3%以下に抑え込むこと」が挙げられているようだ。

EUから「2007年中に財政赤字をGDP比3%以下とするべし」と勧告されていることが背景らしい。もっとも、単一通貨の導入はこれを元から前提としていたわけだが。ドイツ人もちょっとは本腰入れようとし始めたということか。

具体的な対策として裏取引中なのが、

・付加価値税の増税(現行16%)
・「統合税」の導入(所得税・法人税の増税らしい)
・年金支給開始年齢の引き上げ(65歳⇒67歳)

付加価値税は日本の消費税と本質的に同じ性質の税金だ。すでに16%の税率なのだそうだ。

「統合税」は記事中で "Solidarity Tax" と表記されているのを和訳したもの。旧東独地域への補助金給付に当てる財源にするつもりらしい。

健康保険制度の改革(保険料上げ、或いは給付率の下げ)も俎上に上っているらしい。

CDUは付加価値税率を2%上げろと主張しているそうだ。

ここで書かれている通りの改革を Angela が公式に打ち出したら、その後どうなるか? 少し極端かもしれないが、ざっと想像をめぐらしてみると、

・労働者階級は猛反発? ⇒ 大規模スト?(フランス人は8月にやったぞ)
・大企業も反発? ⇒ 支出削減だけで財政再建を果たしてほしい?
・結果として連立崩壊?

まあ、ここまで即断するのはやめておこう。

とにかく、こういう「話し合い」の現場は表沙汰にはできないな。

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胡と漢(44)

テーマ:

グユクの死後、チンギス・カンの四男トルイの長子モンケが次代の君主となった。(註1)

1251年より彼は2正面作戦を採った(註2)。一つは南宋攻略作戦、もう一つは中東攻略作戦だ。前者の指揮官がトルイの次男クビライ(註3)、後者の指揮官がトルイの三男フレグだった(註4)。

クビライは金蓮川草原(註5)に根拠地を設置し、そこで兵力を養成し始めた。

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註1: モンゴルの君主「カン」がどうやって決まるか説明しておこう。

モンゴル社会では君主は終身制だ。もっとも、生活環境が厳しいから誰でも比較的早く死ぬことが多く、世代交代は農耕社会より早いと思う。

君主が死亡したら、君主の血族・親類・その他の有力者が集まり、数ヶ月~数年間かけて集会を行い、ここで君主を選出する。この集会を「クリルタ(クリルタイ)」と呼ぶ。全会一致で一人の人物を選ぶことになっているらしい。

君主の候補者は前君主と同じ男系血族の男子に限られる。通常は前君主の子が有利。息子の間での相続順位が慣習法で決まっているわけではないが、複数の息子がいる場合は末子が君主の位を相続するのに有利なことが多い傾向がある。

また、モンゴル社会は母方の血にうるさい。従って、有力な一族出身の女性を母親に持つ前君主の子が有利だということになる。

註2: よくもまあ毎年のように軍事作戦を行うものだと思うが、一つにはこれが必要だった時期がどうやらあったらしい。チンギス・カンがモンゴル高原の支配権を確立した1206年頃以降は特にそうであるように思われる。

当時、「モンゴル」は「政治的集団」だった。言語・人種・生活文化がばらばらな様々な人々をよせ集めて「イェケ・モンゴル・ウルス(大モンゴル国)」を形成したわけで、ともに軍事作戦でも行わないと、集団の統一を維持するのは難しかったのではないかと想像する。13~14世紀の「モンゴル」を今日の(外モンゴルの)モンゴル人像から連想すると実態と合わないかもしれない。

註3: 「フビライ」という表記もよく見られるが、ここでは「クビライ」で通す。

註4: フレグとその後継者が打ち立てた政権について簡単に述べておこう。

彼はイラン高原・メソポタミア・シリア・アナトリア東部を制圧した。そこで兄モンケ死去の報を聞きモンゴル高原に引き返そうとしたが、シリアに置いた後詰部隊がエジプト(マムルーク朝と呼ばれる政権)軍に粉砕され、背後を突かれる危険から中東を離れられなくなってしまった。これによりフレグとその子孫はモンゴル高原でのクリルタに出席できず、君主に選出されるチャンスは得なかった。

この政権(イル・カン国と通称される)は最終的には君主自らがイスラム化している。また、この政権下で「集史」と呼ばれる歴史書が編纂された。イスタンブールのトプカプ宮殿に今でも状態の良い写本が残っている。

註5: 現在の北京市のほぼ真北でモンゴル高原の南東端にある一帯。7月27日投稿の「胡と漢(26)」の註5<http://ameblo.jp/mattmicky/entry-10003097272.html#cbox >を参照。後にこの地に「開平府」、「上都」と呼ばれる、元朝の夏の首都が建設される。

The Franco-German Axis (2)

Angela が背景に持っている勢力はCDUおよびそこと中が良いCSU。前者は北ドイツに、後者は南ドイツに勢力基盤を置いているのだそうだ。

北はプロテスタント、南はカトリックを背景にしているのだろうと思う。どちらも政治的主張は保守派。キリスト教的価値観を重視し、経済面では規制緩和派、つまり資本家側、大企業側の立場、とまあこういうことらしい。

SPDは社会民主主義政党で、労働者寄りの立場。宗教的価値観はあまり重視していないらしい。経済面では労働者保護を目的とする数々の政策を過去に導入しているようだ(時短や手厚い社会保障など)。

この両者がほぼ勢力均衡(僅かにCDU+CSUが優位らしいが、議会で多数派を占めているわけではない)し、連立政権を組もうというわけだ。

これだけ思想・哲学が異なると、ものすごい妥協が要るだろう。

焦点は例えば以下のようなことだろう。

① 解雇を容易にするかどうか

② 税制を簡素化し、高所得者層と企業を相対的に優遇するかどうか

③ 公社などの官業を民営化を進展させるかどうか

④ トルコのEU加盟に賛成するか反対するか

類似の争点は日本でも見られる。①~③については少しずつ規制緩和側=大企業・資本化優遇側へと日本社会は進みつつあると思う。

④は日本ではドイツほど明確ではないと思う。外国人労働者は日本でも結構増えたが、ドイツのようにトルコという特定の国から来た人とその子孫が人口の10%近くに達しておりドイツ国籍保有者も大勢いる、という状態ではない。この点ドイツでの事態は深刻だろう。

まともに主張をぶつけ合うと、両派は合意に達しなくなってしまう。もちろん連立政権の形成もできない。今後のドイツ政局がどうなるか、気楽な言い方だが「見もの」だ。

もちろん、FXトレーダーとしての matt にとっても「見もの」だ。Euro の価値に影響し得る。

The Franco-German Axis (1)

Angela が組閣しようとする様子をFTが報じている。

10月17日 "Merkel crosses boundary in search for compromise"
http://news.ft.com/cms/s/a13d7b62-3f32-11da-932f-00000e2511c8.html

10月17日 "Merkel forced to appoint rivals to her cabinet"
http://news.ft.com/cms/s/8b536b9e-3f42-11da-932f-00000e2511c8.html

政治学を専攻していた学生時代、「小選挙区制」と「比例代表制」について習ったことがある。

この2つは、西ヨーロッパと北アメリカでは、「議会制民主主義の2大類型」ということになっている。(厳密に言うともう一つ類型があるが、ここではおいておく)

このことを論じ始めた人物は、Arent Ljiphart(ライパート)というオランダ出身の学者だ。彼は日本ではほとんど知られていない。同様に、彼の学説も日本ではほとんど知られていない(一度だけ「比例代表制を賛美する」内容で、朝日新聞に載っていたのを見たことがある)。

小選挙区制を彼は "Westminster type" と呼んでいる。一方、比例代表制を "Consensus type" と呼んでいる。

小選挙区制を採用している国は、アングロ・サクソン系の国が目だつ。比例代表制は大陸欧州諸国に多い。

"Consensus type" の "consensus" は、もちろん「同意」とか「合意」という意味だが、この場合「妥協した結果の裏合意」という要素を多分に含んでいる。

大陸欧州諸国は昔から「小さな会派が乱立」する傾向がある。ドイツに典型的に現れるので、ドイツを例にとる。こういう対立軸が伝統的にドイツ社会に潜んでいるのだそうだ。

・プロテスタント(北部) vs カトリック(南部)
・資本家階級 vs 労働者階級 (戦後日本と違い、上と下の格差が結構大きい)
・自由主義思想 vs 社会主義思想 (1990年までは、社会民主主義が大陸欧州で強かった)

現代においては、

・親イスラム圏(親トルコ系)派 vs ドイツ国粋派
・旧西ドイツ vs 旧東ドイツ

という対立軸もあるかもしれない。

Ljiphart の説では、

① 対立軸の多い社会では、政治的主張が大幅に異なる小さな会派が乱立する傾向がある。

② そうすると、議会内で多数を占めるには、小さな会派どうしで合意して連立政権を組むことになる。

③ 連立政権を組むと、他勢力に妥協することにより自派の主張の純粋さを薄めなければならなくなる。

④ そうすると、自派内の急進的な勢力がいつも欲求不満になる。

⑤ そこを何とか抑えてそれぞれの会派の崩壊を防ぐために、合意は“裏”で行われることになる。

という。

彼の言う "consensus" とはこういう意味だ。「合意」といっても、「互いに思いやる、美しい話し合い」が前提になっている保証はない。

更に言うと、

⑥ こういう社会の数々の対立軸を反映した小さな数多い会派を前提に政治をしようとすると、比例代表制にして、小さな会派にも一定の発言権を与えるのが良い。"50% plus 1" でないと影響力を行使できなくなる小選挙区制だと、小さな会派から発言する機会が奪われてしまう。場合によっては、それが原因で暴力的な現象が起こったりしかねない。

Angela が組閣する様子を見ていて、この説を思い出した。

胡と漢(43)

テーマ:

チンギス・カンには4人の息子がいた。

1241年の君主オゴデイ(チンギス・カンの孫)が死んだ。

これより前の1234年、オゴデイの弟トルイが原因不明の死を遂げている(註1)。

オゴデイの死後すぐに、彼の兄チャガタイも死んだ。

長男のジョチは、最初のヨーロッパロシア遠征時にすでに死んでいる。

オゴデイが死んで、チンギス・カンの孫の代で権力抗争がモンゴル政権内で起こった。

・長男ジョチの系統(バトゥ)
・三男オゴデイの系統(グユク)
・四男トルイの系統(モンケ)

の間でモンゴル高原の支配権(つまりカンの位)をめぐる抗争が5年間続いた。

1246年グユクがカンの位についた。彼は西方(註2)攻略計画を発表し準備を始めたが、即位2年後の1248年に突然死亡した。

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註1: 金滅亡に際して最も戦功があったのは彼である。トルイの死は権力抗争の結果であった可能性は否定できない。

註2: トルキスタン⇒中東⇒東地中海 を目指す計画だったようだが、詳細をまだ確認していない。