黄金もやしの出汁は黄金色

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深谷もやしの収穫中、「おっ。今日のもやしは美しいな」と思ったときつい写真に収めて、それをフェイスブックなどのSNSに投稿してしまいます。

それを見た方が「黄金もやし」と感想をくださいました。

「黄金もやし」いいですね。ありのままのもやしが黄金を生むもやしでもあってほしいです。

現実はまだまだ先の話ですけど。

 

「ナウシカだ」とおっしゃった方もいました。そうなのですか(笑)?

 

黄金色のもやしを見ていると、久しぶりに「もやしの出汁」をとってみたくなりました。事務所の机の上にIHコンロを置いて水の入った鍋を載せます。そしてこのもやしを適量引っこ抜いて、鍋に入れて茹でます。もやしの温かい香りがふわぁ~っと、冷え切った事務所に充満します。

5分くらい茹でたところで火を止めてしばらくすると、じわ~っともやしから出汁が染み出てきます。もやしの出汁は薄い黄色がかった色ですけど、ステンレスの鍋にあると黄金色に見えなくもありません。

この出汁、温かいままでも十分もやしの旨みを感じますが、一晩経って冷たくなったものを飲んでみましたら驚きです。もやしの香り、味がさらに鮮烈になっています。

 

出汁というより、もやしの冷たいお茶です。すうっとしたハーブティーのような味わい。なにか体に良さそうです。夏になったら麦茶のかわりに飲んでみるかな、と思いました。

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今年初めての投稿になります。みなさま本年もよろしくお願いします。

 

タイトルである「トランプ次期大統領と深谷のもやし屋」ですが、世界で最も力を持つ人間と今にも崩れ落ちそうな零細もやし栽培業が肩をならべるなんてふざけた比較だと思うかもしれませんが、実はこの記事がきっかけとなり、一昨日はフジテレビの「新報道2001」のトランプ特集で私も取り上げられ、さらに本日、違う報道系番組から取材の依頼がありました。

 

この元記事ではライターさんによる「トランプ大統領の誕生でモヤシ農家が歓喜」と非常にキャッチーなコピーのおかげで注目を浴びたわけですが、もやし屋である私が期待するのはこれまでのグローバル化一辺倒の世界規模の流れが少しは変わるかもしれない、それは我々個人の事業者にチャンスが来るかもしれないという部分です。

 

映像には流れませんでしたが「新報道2001」の時、取材に来たディレクター氏が「飯塚さんにとってグローバル化とは何ですか?」と質問をしました。グローバル化にはいろんな意味があると思いますが、私はもやし生産者として

 

「食べものに限って言えば一部の人たちが利益を得るための世界的な規格・基準。食文化とか個人の信念はすべて切り捨てられる規格・基準。価格は下がるかもしれないけど生産側に大きな負担を強いる規格・基準」

 

とそんなようなことを言いました。今にして思えば、1988年以降のもやしの「緑豆太もやし」化は、食品スーパー、量販店に向けたもやしにおける「グローバル化」であったと思うのです。

 

規模にもよりますが数千万から億単位に上る設備投資を経て、ようやく生まれる大量の緑豆太もやし。人件費は下がり、もやし生産におけるコストは下がったことでしょう。ところが

 

『食品スーパーの過当競争に加え、もやしの過剰供給、さらにもやしの差別化がなくなった』

 

ために、もやしの小売価格は下がり続け、とうとう現在、もやしの店頭価格は200gで17~19円は当たり前になってしまいました。理解ある小売りは29~36円ほどで売ってますが、考えてみてください、その価格は30年前と変わっていません。原料、包材、電気、、、あらゆるものが上がっているというのに。その結果としてこの10年ほど、もやし生産者はバタバタと廃業(倒産)しています。

 

もやし生産者にとって、これまでのグローバル化推進のなれの果てがこれじゃあ、何か大きな変化を期待するのは当然なのです。

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創造的人生の持ち時間

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「創造的人生の持ち時間は10年だ。芸術家も設計家も同じだ。君の10年を、力を尽して生きなさい。」

…これは私の大好きな映画、宮崎駿監督の「風立ちぬ」(2013年公開)の中の台詞です。主人公の堀越二郎(零戦の設計士)の夢の中に現れるイタリア人飛行機設計士のカプローニ氏がこういって堀越二郎を励まします。私はもやし生産者でありますが、この言葉がとても強く残っています。

 

2008年、もやし生産者としてなんの希望もみえず、売り上げも落ち、取引先がどんどん減っていく中、最後の手段として実行した自ら店頭に立ってのもやしの販売。そこでわずかに見えた希望を信じて、お金はかけられないけど、2009年からありとあらゆる手段を使ってもやしの価値を伝える活動を行ってきました。HP、ブログは言うに及ばず、絵本を作ったり、生の栽培しているもやしを売り場にもちこんで、そこから抜いてお客さんに食べさせたり、もやしの出汁を試食に出したり、絵本の原画展をゲリラ開催したり…2009年は私にとって創造的人生の始まりの年であったと思います。

 

あれから7年が過ぎました。倒産を覚悟したもやし屋は今もまだ続いています。昔からの安いもやしを扱ってきた取引先は去っていきましたが、日本一高いとか、10倍以上で売られているとか、そういう取引で私のもやしは扱われています。運転資金の融資を受けてもあっという間になくなってしまったのが、ギリギリですが新たな融資も受けずになんとかやっています。

伊勢丹、高島屋…まだまだ店舗単位ですが昔なら夢のような百貨店の売り場にもならんでいます。地元の大きな食品スーパーではもやし専用の大きな冷蔵ケースを使わせてもらい、高い私のもやしが毎日売り切れてしまっています。これまで何度もテレビ、新聞、雑誌で紹介され、今年はテレビに3回出させてもらいました。そしてとうとう大手出版社の講談社から私が著した本まで出版されてしまいました。7年前にはまるで想像できなかったことが起きています。

 

カプローニ氏が説く「創造的人生の持ち時間が10年」としたら、私はあと3年です。

10年と決まっているわけではないでしょうが、「もたもたしていると時間はあっという間に過ぎてしまうよ」というのを監督の宮崎駿氏は伝えたかったのでしょう。

 

最近、私の周りでも創造的人生にスタートを切った若い人たちが増えてきました。それぞれが試行錯誤を繰り返して、大きな夢の実現に歩んでいます。私の持ち時間である3年、まだまだやりたい創造的活動はあります。今三つありまして、そのうちの二つはもやしに関わることで来年実現するつもりです。

 

もう一つは…「創造的人生に生きている人たちを支える」ということです。

 

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