最近、マスコミ等で許しがたい記事をよく目にする。

皇太子妃殿下を問題視するような記事だ。

デビ夫人の「皇太子位移譲」署名活動、

佐々淳行の秋篠宮殿下摂政論などもそうだ。


天皇皇后両陛下の東日本大震災被災地ご訪問にまつわる

感動的なエピソードがいろいろと報じられる中、

皇太子同妃両殿下の被災地へのお見舞いは

否定的に書かれたり、作為的に報じられなかったりだ。

皇太子妃殿下を否定するネガティブキャンペーンのため

妃殿下の素晴らしさや、その事実をマスコミは

隠蔽しようとしているのではないか勘繰らざるを得ない。


また、その原因を作っているのは宮内庁ではないのか

思わざるを得ないことが多々ある。

例えば以下の記事である。


天皇陛下の入院は18日間に及び、

「秋篠宮を摂政に」という主張が現れ始めた。

そう主張する人々が口にするのが

雅子様のご病気への気遣い。

元皇族竹田宮の孫に当たる、作家で

慶応義塾大学講師(憲法学)の竹田恒泰氏はこう語る。

「ご公務をお休みになっているのは、

好き嫌いではなく、ご病気だからです。

皇太子妃殿下のご公務のことを云々仰る方たちは、

適応障害という病気についてどれだけ知っているのでしょうか。

本当に苦しく、そう簡単に治る病気ではないと

知っているのであれば、

妃殿下にプレッシャーを与えるようなことは仰らないはずです。

もし知らないで仰ってるのであれば、

最低限の知識はお持ちになったほうがいいですね」

2003年12月に、適応障害による休養に入られてから丸8年。

昨年3月に愛子様に対する“いじめ事件”が発生してからは、

ご公務よりも愛子様の同伴登校を優先されているように

報じられている。

いつまでも同伴登校を続けたり、

校外合宿授業に同行したことに対しては、

批判も高まっている。

だが、この点についても竹田氏はこういうのだ。

「妃殿下のご病気にとって、

愛子様と接する時間はプラスに働いている。

もし妃殿下の行動が誤解を招いているとしたら、

それはご病状をきちんと説明できていない

宮内庁の責任でしょう。

それに 

昭和天皇は、単独でご公務に励まれることもありましたが、

“皇后が欠席するとは何事か”という批判はなかった。

戦後の全国巡幸も、 

昭和天皇はおひとりで行かれることが多かったんです」


以上『週刊ポスト』2011年12月9日号



さて、皇太子同妃両殿下の被災地へのお見舞いは

これまで既に8度にも及んでいる。

(両殿下お揃いでが5度、皇太子殿下お一人でが3度)

例えば、6月4日の宮城県御訪問。

両殿下はまず180人が亡くなった岩沼市を御視察。

市長の説明を受けられた後、

皇太子殿下は「黙礼させていただきたい」とお申し出になり、

お二人で海の方角に黙祷なさったといいます。

続いて山元町に移動され、2カ所の避難所を御訪問。

両殿下は床に膝をついて被災者一人一人に声をかけられた


この両殿下のお姿は

天皇・皇后両陛下のお姿とそのまま重なる。


津波の話をしている最中に涙ぐんだ鈴木弘子さん(67)に対し、

妃殿下は約1分間にわたって手を握り続け

「お辛かったですね」「大変でしたね」などと声をかけられた。

ほかの被災者に対しても真剣な表情で話に聞き入られ、

ハンカチで目を押さえられる場面もあった

突然泣き出した女性(45)には

「辛かったでしょう。今まで我慢されていたんでしょう」と

目を真っ赤にされながら、相手の腕をさすり、慰められた。


以上『皇室』平成23年夏号


しかし、この6月4日のご訪問では、

雅子妃殿下が被災者からお体を心配される光景も見られた。

被災者が雅子妃殿下を気づかったのは、

周囲の過敏な対応もひとつの要因だったようだ。

「お付きの人なのかしら、年配の男性が

時間のことばかり気にしてイライラしている様子でした。

両殿下はもっと話をしたい、聞きたいという感じだったのに、

被災者側の話を

途中でストップをかけたりするような行動もあって、

いい気分はしなかったですね。

あれでは雅子さまもかわいそう。

だって24時間監視されているようなものでしょう? 

雅子さまをがんじがらめにしているのは

宮内庁なんだなと感じましたね。

あれでは雅子さまの体調が悪くなるのも

無理はないと思いました」(50代女性) 


警備上の理由によるのか、避難所となっている体育館は

両殿下がいらっしゃる間、窓も全て閉じられ、

カーテンが引かれていた。

そのため被災者の間からは、

蒸し風呂のようになっていて暑くてたまらなかった。

私らは薄着だからまだいいけど、

皇太子さまと雅子さまは汗びっしょりになっていた

という声も漏れていた。


以上『週刊ポスト』2011年6月24日号



7月26日の福島県御訪問では、

原発事故の避難者250人が生活する

郡山市の福島県産業交流館と、

700人の被災者が入居する仮設住宅へ。

実は、この仮設住宅へのお見舞いは

皇族方では初めてのことだった。


雅子妃殿下は震災で一人息子を亡くした女性の話を

うなずきながら黙ってお聞きになり、

無言のまましばらく両肩に手を添えられた。

とめどなく涙を流す女性が顔をあげると、

妃殿下はこう話しかけられたという。

大変な思いをされたんですね。

でも精一杯、息子さんの分まで生きてあげてください。

必ず必ず、いいことが待っているはずですから


こうした場面は8月5日の岩手県御訪問でも繰り返された。


以上、『女性セブン』平成23年8月25日号



被災地以外の風評被害に苦しむ地域にも、

両殿下は御訪問になっている。

例えば、皇太子御一家はこの夏も例年と変わりなく

那須御用邸で御静養になったが、

これは地元住民にとっては何よりの励ましとなった。


以上『女性セブン』平成23年9月8日号


御用邸周辺は、

放射線量が毎時0.53マイクロシーベルトと

基準値の約5倍の高さで、

観光客は例年より30%減となるなど、風評被害を受け、

恒例の御静養も

取り止めになるのではと心配されていたからだ。

ところが、そんな心配をよそに、

御一家は8月11日から約2週間、那須に御滞在になった。

またレストランでは地元の食材を使った料理を

喜んでお召し上がりになり、

地元の人々の胸を熱くさせた

ある住民はこう話している。

「私たちはここで生活しているから、

放射線量が高いといわれても、

どこかに引っ越すというわけにはいかないんです。

でも、皇太子さま御一家が来ていただいたことは

『安全ですよ』といってくださっているのも同然です。

心から感動しました。


天皇・皇后両陛下も、震災後お見舞いを始められた当初、

食事や飲料を御持参のうえ被災地にお入りになったが、

風評被害によって被災地の人々が

困っていることをお知りになると、

次の御訪問からは地元のお弁当を調達されるようになった。

「風評被害にあっている人びとを支援したい」との

思し召しからだという。


皇太子・同妃両殿下のお姿は、

天皇・皇后両陛下のお姿とそのまま重なる

先日、ブータン国王夫妻が福島県を御訪問になり

風評被害に苦しむ県民たちを勇気づけられたが、

実は皇太子・同妃両殿下が実践されており、

そのことをマスコミがほとんど報じなかっただけなのだ。

我々日本国民が本当に目を向けるべきは

両殿下のこうした尊いお姿なのではないだろうか。

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