• 27 Jun
    • 不安な個人、立ちすくむ国家

      経済産業省の若手官僚の皆さんが作った提案書、   「不安な個人、立ちすくむ国家(PDF)」が話題を呼んでいます。   霞ヶ関の官僚の皆さんが「不安な…、立ちすくむ…」というタイトルを付けたことだけでも、すでに興味深いですよね。   65ページにわたるパワーポイントに平易な言葉で綴られた提案書は、過去の考え方や制度や政策の延長には、個人にも国家にも不安定な未来しかないのではないか?と、問題定期をしています。   自由の中にも秩序があり、個人が安心して挑戦できる新たな社会システムを創る努力   霞ヶ関でそんな動きが始まっている。心強いです。   「官」のすることなので、すぐに批判めいた言葉も集まっているようですが、同じ時代を生きる人、同じ未来を創る人が「前のめり」に打ち出した提案、ぜひ、耳を傾けたいものです。   居場所のない定年後 母子家庭の貧困 活躍の場がない若者 …   など、さまざまな観点を、お座なりでない語り口で綴っています。     みんなの人生にあてはまり、   みんなに共感してもらえる「共通の目標」を   政府が示すことは難しくなっている     経済成長こそが、多くの人を幸せにする。   そう言い切れる時代ではなくなっています。     提案書の中に興味深いデータが掲載されていました。     GDPが伸びても、かつてのように個人は幸せにならない。   経済産業省の官僚の皆さんが言い切るのですから、すごいことです。   時代が大きくハンドルを切ろうとしているのではないでしょうか?     また、これは世界的に見ても同様である可能性が。       不安な個人が生まれているのは事実。   いま「ほめ達!」が必要とされている理由でもあります。     報酬や、いまの制度だけでは報われない「個人」。   その不安を吹きはらい、個人が安心して挑戦できるように、   「心の報酬」を提案しているのが「ほめ達!」です。   「心の報酬」とは、その人自身の「成長の実感」そして「貢献の実感」を感じ取らせてあげること。   未来に向けて、少しでも不安な個人を減らすお手伝いをしたいと思っています。   そんな下支えを私たち「民」も協力しながら、「官」との連携をとり、安心した未来を作っていきたいものです。     提案書には、驚くような切れ味の言葉も載っています。     望んだものと違う人生の終末     実は、この言葉は高齢者の終末医療をテーマとしているようですが、定年後の社会との関わり方や、「人生100年」の生き方についても言及しているこの提案書の中にあっては、どきりとさせる言い回しです。   「65歳から年金暮らしで人生いっちょあがり。」   「いやいや、いまどきそこから35年もあるかも知れませんよ?」   「テレビばっかり35年、毎日見ながら過ごしますか?」   「35年後に気がつきますよ、望んだものと違う人生の終末。」   ぞくっとします。     この提案書、私たちが漠然と抱えている不安を行動に変えるための一石となるように思えます。   もちろん正否も可否も議論しながら。     考えることから、始めたいですね。   「不安な個人、立ちすくむ国家」       今日もイイ日に。        ■一般社団法人日本ほめる達人協会  http://www.hometatsu.jp/ ■ほめ達!検定開催中!!  http://www.hometatsu.jp/schedule/        

      NEW!

      13
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  • 26 Jun
    • 心の冷え性

      私は冷え性なのだそうです。   なのだそうです、というのは、言われて知ったことだからです。   数年前に、腰を痛めて大阪の鍼灸治療院に行った時に、     「松本さんは冷え性ですねえ。」     と言われました。     まったく自覚がなかったので、     「そ、そうだったんですか?」     と、新鮮な驚き。   特に膝から下が冷えている様子でした。     当時は大阪単身赴任時代。一人暮らしなので体調には気をつけながら、週に1度はスポーツジム、通勤を含めて毎日1万歩以上歩いていて、けっこう身体は活性化できていた、つもりでした。   それでも、身体は冷えていたのですねえ。     「意外と分からないものなんですねえ。自分が冷えているかどうかって。」     そんな私の正直な感想に、さすが大阪の鍼灸師のお姉様、ぶっこんできます。     「そうそう、気が付かないうち冷えてるんです、カラダもココロも。」     うまい(笑)     そんな粋な鍼灸師さんのお蔭で、腰も含めて足の指先まで血がめぐる感じとなりました。   気がつかないうちに冷えている。身体の不調はそんなことから始まっているのかも知れませんね。     心も、気が付かないうちに冷えているとか、   あるかも知れません。   体質的に、心の冷え性、なんてのもあるかも知れません。     自覚症状があれば、対処できますけれど、     「気が付かないうち」     というのは、よろしくないですね。   カラダの冷えは、触れると分かる、として、   ココロの冷えは、どうしたら分かる?     ココロの温度計とかあれば売れそうですが。     カラダの冷えは、温かい手で触れると分かるように、   やはり、温かい心に触れてもらえれば分かりそうですね。     そして、ぬくもり、分けてもらえれば、   ココロの温度も上がっていくかも知れません。     やはり、ふれあい、ですかね。   温かな人と、今週も出会いましょう。     今日もイイ日に。        ■一般社団法人日本ほめる達人協会  http://www.hometatsu.jp/ ■ほめ達!検定開催中!!  http://www.hometatsu.jp/schedule/    

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  • 25 Jun
    • 人の数ほど、星の数ほど

      昨日は「ほめ達!認定講師 養成講座」ベーシック7期の第5講。 16人の方々が「7分間プレゼン」をされました。 なぜ「ほめ達!認定講師」を目指したのか? 認定講師になって、何をしたいのか? 16人それぞれの人生、そして思いをプレゼンされます。  「7分間でプレゼン?短くないですか?」  と思われるかも知れません。 ところが磨きに磨いたプレゼン、まるで1本の映画を見るかのように、その人の人生や思いが伝わってきます。 16本の映画。 それぞれの人生や、思い。 これが重い(笑)  いや、ちゃかすところではない。 今回プレゼンされた16人。さまざまな職業、年齢。学生さんも主婦の方も、歯科医の先生も、司会もテレビもこなすフリーアナウンサーの方も、社長さんも婦長さんも。本当にさまざまで、そして魅力的な方々。皆さん明るく、ハツラツとしていて、行動的で、いつも笑顔の弾ける素敵な方々。ところが、その皆さんの笑顔の裏には、実は驚くような物語があることを知ります。ご自身の病気、トラウマ、身内の方の悲しい最期、ご自身の中の葛藤、ご家族との葛藤。その辛い時期を乗り越えようとする中で、ほめ達!と出会い、まずご自身の心を整え、ご自身が大きな変化をされることで、周りも変わり、今の笑顔がある。「36年も損しちゃいました。」なんてキュートな笑顔で言えてしまうような人たち。人の笑顔には、理由がある。人の魅力には、理由がある。その強さには、理由がある。16人の物語。涙と笑いの物語。16の感動をもらった一日でした。その思いの重さを受け止めたら、なんだか心が軽くなったりするのが不思議です。人には人の数ほど、物語があるのですね。この世界には、星の数ほど、きっと物語がある。できるだけ多くの物語と触れてみたいものです。次の認定講師養成講座 ベーシック8期は、東京で8月にスタートします。  今日もイイ日に。   ■一般社団法人日本ほめる達人協会 http://www.hometatsu.jp/■ほめ達!検定開催中!! http://www.hometatsu.jp/schedule/  

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  • 24 Jun
    • 大切な登場人物たち

      小林麻央さんの悲報にはやはり驚きました。   実は、私の高校の後輩でもありました。もちろん、年は彼女がだいぶ下ですけれど。   自分と同じ学び舎で、時代を超えて、笑ったり悩んだりした人が先に去っていく。辛いですね。   彼女の生きようとする姿や、周りを気遣う姿を、とても気高く、美しく感じました。   心からご冥福をお祈り申し上げます。     自分も半世紀以上も生きてきたら、見送ることをたくさん経験します。   自分が生きている限り、誰かを見送る立場に居続けるものですね。   最近は直接自分とのつながりがなくても、自分の大切な人がその方の大切な人を送る話を聞くことも多くなり、その人の悲しみを慮ることはできないまでも、ずしりと重い心を覚えることがあります。   同じ時代を生きる人たち。   同じ物語の中の、大切な登場人物たち。   その尊さを痛感しています。     生きている限り、人生は意外なほどに長編小説です。     昔は、短編の繰り返しのようだと思っていました。   ときめきや、おどろきや、よろこびや、不安や、   そんな感情を激しく感じる短編小説を生き切るように思っていましたが。   生き続けている限り、人生は意外なほど、長編小説です。     とうの昔に終わった寓話の、実は続編があったりして。   とうの昔に切れたと思った縁が、実は新しい物語をはらんでいたりして。   この人が運命の人と思っていたのに、いつの間にか手の届かないところに行ってしまったりして。     何れにしても、何れにしても、何れにしても。     人生という物語は、たくさんの大切な登場人物たちで出来上がっています。     尊い尊い、尊い、人たち。     その人たちに出会うために生まれてきたと言っても過言ではありませんよね。   大切な登場人物たちとの縁が、自分の人生のすべて。   その人たちの幸せを願うばかりです。     昨日も大阪で、大好きな仲間たちと飲みました。   なんばのアーケードで、ハイタッチして別れました。   あなたも、君も、そしてあなたも、さらに私も。   大切な登場人物、同士、ですよね。     ずっと幸せでありますように。       今日もイイ日になりますように。          

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  • 23 Jun
    • ほめ達!になる100通りの方法 その23

      「未来をほめる」     ほめるの基本は、プロセスをほめる、   と昨日のブログに書かせていただきました。     「よく頑張っているねえ。」   「そこまで出来たのか!」   「いい感じじゃないか。」   「小さいようでも、大きな変化だよ!」     そんな風に、努力や変化、そして成長を認めて、ほめてあげる。   成長を実感させてあげる。   成果でなく、プロセスをほめる。   言わば「目に見えないもの」をほめてあげるようなものですね。     「目に見えないもの」をほめると言えば、   素敵なほめ方があります。   プロセスの先にある、     「未来をほめる」     努力や変化、そして成長を認めてあげたら、今度はその先に起きそうなこと、   期待できそうなこと、   目にはみえないけれど、きっと訪れそうな、     「未来をほめる」     もちろん、未来のことなんて誰も分かりません。   何の保証もないですけれど、   きっとそうなりそうだ、私はそう信じてるよ、と、伝えてあげる。     「この調子だと、うまくいくんじゃないか?」   「とっても楽しみだね。」   「すっごい結果が出ちゃうんじゃない?」   「きっと出来るよ。」   「大丈夫。心配いらないよ。」   「わくわくするね。」     一所懸命頑張っているあなただから、その先にはきっといい結果が待っている、そう伝えてあげる。     もちろん、必ずその通りになるということではないですし、普通の私たちは預言者でも占い師でもありませんが、     「私はそう思う。」     と伝えてあげるのは、相手に勇気や元気を渡せますよね。     「未来をほめる」     それは、相手が目指すゴールに向かって進む「これからの道のり」を応援してあげることでもありますね。     今日のお仕事、今日の課題、きっと上手くいきますね。   きっと大丈夫。       今日もイイ日に。        ■一般社団法人日本ほめる達人協会  http://www.hometatsu.jp/ ■ほめ達!検定開催中!!  http://www.hometatsu.jp/schedule/    

      17
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  • 22 Jun
    • ほめ達!になる100通りの方法 その22

      「プロセスをほめる」     なかなかほめるところがない。   いつほめたらいいの?   下手にほめて、自信過剰になられたら大変!     ほめ達!研修で、よく質問されることでもあります。     どうしても「誉め讃える」という意味合いだと、     「成果をほめる」     イメージですよね。     「すごくよく出来てる!」   「君は能力が高いな。やはりイイ結果だ!」   「非の打ち所がないね。完璧だね。」   「他の人と比べものにならない素晴らしさだ!」       よく考えてみると、そういうほめ言葉を言うシーンって、日常には限られていそうです。   確かに、そういう言葉を言ってあげるタイミングは多くないし、まして、さしてそう思っていないのに相手にそんな言葉を使ったら、勘違いも生まれそうですね。     ほめるの基本は、プロセスをほめる。     仕事を確実に前に進めている。   納期をきちんと守っている。   前よりも少しでもスキルを身につけた。   目標に向かって努力を重ねている。     その姿を、ほめる。     「よく頑張っているねえ。」   「そこまで出来たのか!」   「いい感じじゃないか。」   「小さいようでも、大きな変化だよ!」     そんな風にプロセスをほめる。     それは、ゴールに向かう姿を「応援」することでもあり、   小さな「成長を実感」させてあげることでもあります。       プロセスをほめるほめ方では、相手が変な勘違いをしたり、図に乗ってしまうなんてことはありません。   きっと、相手の瞳の奥や、心の底に、小さな元気を灯してあげられると思います。       「プロセスをほめる」       今日もイイ日に。          ■一般社団法人日本ほめる達人協会  http://www.hometatsu.jp/ ■ほめ達!検定開催中!!  http://www.hometatsu.jp/schedule/          

      19
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  • 21 Jun
    • ボタンのかけ違い

      先日、知り合いに文章の添削を頼まれました。     NPOでものすごい頑張ってる奴で、気心の知れた奴。   ただ、仕事の接点などはまったくありませんでした。   そんな奴からの依頼なんで、かなり真剣に文章に向き合いました。     自分たちの活動を広く伝えるための文章のようです。   一言ひとこと、一行いちぎょう、思いの溢れる、素晴らしい文章でした。     とは言え、私に添削を求めてくるなんて今までなかったことですから、   きっと、本人は何かすっきりしていないのでしょう。     例えばここを、こう変えてみたら?   と、Wordの文章に数箇所コメントを入れて、メールに添付して戻しました。   メールの本文には、よく書けてるねということを伝えた上に、   さらに、文章の構成が今、こうなっているからと分析して、ここを膨らますこともできるんじゃない?と返信しました。   Wordに書いたコメントは、門外漢の私がかなり立ち入っているから、どうかなと思いながらでしたが、本人のあふれる思いに応えようとしました。     半日ほどして返信がきました。     「なんか、あまあまなチェックですね。ひとまず、文章をふくらますところはやってみる。」     ん?そうなの!? もっとガッツリとした言葉が欲しかったのか?   いやあ、人の反応ってわからないなあ。   奴はもともと強いし、自分に厳しいけど、そんなにか。   いやいや、期待に応えられなかったら、悪いことしたな。     そこから数時間もせずに、またWordの添付ファイルが送られてきました。   書き足したからもう一度見てほしいと。     よしよし、では今度はさらに気を入れて見てやろうとWordをダウンロードして、講演への移動中にiPadのWordアプリで読みました。   私が膨らましてもイイのでは?と言ったところは、とても具体的で分かりやすく膨らましてる。さすがだな。   ところが…     私がWordのコメント欄に書いたところは、まったく前と変わっていない模様。   あれ、そうか、私のコメントがレベル低くて、奴として却下だったのね。   だから「あまあま」と言われたのか…     でも、こことここは、こうした方がいいと思うけどなあ。   どうしても気になったところを数箇所、     「前にも書いたけど、やはりこの部分はこういう考えでこうした方が…」     と、こちらも真剣に向き合うことが奴の思いに応えるものと、またまたWordのコメント欄に書いてメールに添付して返信しました。     送信してから、ふと、     「?」     と思いつき、あわてて追っかけでメールを送りました。     「えっと、Wordのコメントって見えてる?ブラウザで開くとコメントは表示されないから、いったんダウンロードしてWordアプリで開かないと。」     Gmailなど、今時のメールソフトは、添付ファイルをアプリを立ち上げなくてもブラウザーの中でプレビューできてしまう。とっても便利だけど、Wordアプリの機能はもちろんないので、テキストは読めても、コメントなどは読めない。     「ぎゃ!ダウンロードして見るんだ!?」     すぐに返信が戻ってきました。     「ぎゃ!コメント参考になります!ってかこのまま使っちゃおう!」     おいおい。     「なんか、メールであっさりした感想しかくれないなあ、どうせ自分に関係ないから?と思ってた。」     おいおい。     人と人の誤解や溝ってのは、こうして出来上がっていくわけです。   お互いに一所懸命だったりするのに。   ボタンのかけ違いというか、ファイルの開け違いというか(笑)     ITリテラシーとか言って、ITを使いこなす能力うんぬん言いますが、   それも単純なことではなくなっていますね。   奴は、十分にITリテラシーも高い。   もっというと人生のリテラシーも高い奴。     それでも、便利になった機能のお蔭で、逆に落とし穴があったりもする。     やはりコミュニケーションは永遠の課題なのでしょうね。   道具と、道具の使い方だけでは解決しない。   解決できるとしたら、   やはりどこまでも相手と向き合うこと?       ボタンのかけ違い。   注意したいですね。   ずいぶん痛い目にあってきましたし(笑)       今日もイイ日に。      ■一般社団法人日本ほめる達人協会  http://www.hometatsu.jp/ ■ほめ達!検定開催中!!  http://www.hometatsu.jp/schedule/            

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  • 20 Jun
    • 2種類の人?

      若い頃、世の中には2種類の人がいると思っていました。   道を歩いていて、すれ違いざまに、相手をよけて歩く人とよけずに歩く人。   混雑した電車の中で、たとえ1cmでもずれてくれる人と、まったく動かない人。   エレベーターでドアが開いた時に、先を譲る人と、真っ先に降りる人。     私はどちらかというと前者でした。それが普通と考えていました。   でもたまに、道で一所懸命よけてあげていてもブツかられるとか、   場合によっちゃ、それでさらに怒鳴られるとかすると、   なんでやねん!と思っていました。     世の中には2種類の人がいる。     譲る側は、じゃっかん損してるかも。       ずいぶん前にそんなことを呑みながら話していたら、ある大先輩に恫喝されました。     「このバカやろ!何を偉そうに言ってるんだ!大間違いだお前!」     私は自分の正論だと思っていたのでびっくりしました。     「よけずに歩く人だと?アホかお前、お前も、お前の気づかないところで、違うことで人に助けてもらって生きているんだぞ。わかっとるのか!」     「相手からしたら、お前がよけてくれない人だ!」     頭から水をかけられたような衝撃。     「それに、よけない人がいたら、その人たちの大半はよけられないんだよ!」     「よけられるお前が偉そうに言うな!よけられない、不器用な人の身にもなれ!」     十分なパラダイムシフトでした。     そうか、薄かったな、自分。   その人のたちは傲慢でもなんでもないのか。傲慢なのは自分?     そうだよなあ、私が気づかない、私ができないとこともいっぱいあって、それを誰かがフォローしてくれているんですよね。   困ったなあ。知らないところでお世話になってるなんて。   申し訳ないなあ、ありがたいなあ。   困ったなあ。感謝だなあ。     今日もイイ日に。      ■一般社団法人日本ほめる達人協会  http://www.hometatsu.jp/ ■ほめ達!検定開催中!!  http://www.hometatsu.jp/schedule/             

      20
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  • 19 Jun
    • 人生、苦しい時は登り坂

      誰だって毎日一所懸命暮らしていますよね。   もちろん、毎日ハイテンションで、最高の集中力で、全力で過ごす!なんて具合にはいかなかったりしますが、   その人なりに、一所懸命な毎日だと思います。     それでも、上手くいかなかったり、運が悪い?とか思ってしまったり、あれれ、スランプ?とか思ってしまったり、うわあ、しんどい!そんな時がありますよね。     人生、楽ありゃ、苦もあるさ     水戸黄門のテーマ曲を思い出します。     人生楽ありゃ苦もあるさ 涙の後には虹も出る 歩いてゆくんだしっかりと 自分の道をふみしめて     何度聴いても、いい歌詞ですよね、勇気が出ます。   歩いてゆくんだしっかりと!自分の道をふみしめて!   ですね。     また、     「人生、苦しい時は登り坂」     と教えてくれた人がいました。     登っている、成長しているから、負荷がかかる、だから苦しい。   苦しい時こそ、自分の成長の時。   そのしんどさは、必ず自分を磨いてくれている。     たまにふと振り返ると、確かにあの時期があったから、今の自分がある、なんて思えるとか、   あの辛い時期があったからこそ、いま少し優しくなれた、とか、   自分に必要な登り坂が、何度も何度もあったのだと思えます。   そしてこれからもあるのでしょう。     一方で必死に成長しようとしている人にとっては、成長が止まってしまったような、どうにも上に上がれなくなる時があります。   どんなに成長しようとしても、変化が起きなくなってしまう時。   高原現象(Plateau effect)というそうです。   高原とは、尾根のような山道の中の平坦な場所。   右肩上がりだった成長曲線が止まってしまって、平行線。   がんばってもがんばっても上がられない時。   いわゆる階段の踊り場、のような時期ですね。   これも実は、次の成長のために、力を蓄える時期だと言います。     誰だって毎日一所懸命暮らしていますよね。   涙の後には虹も出る。     今週も歩いていきましょう。   しっかりと。     今日もイイ日に。      ■一般社団法人日本ほめる達人協会  http://www.hometatsu.jp/ ■ほめ達!検定開催中!!  http://www.hometatsu.jp/schedule/                      

      24
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  • 18 Jun
    • 家族のチームビルディング

      昨日、大分で「ファザーリング全国フォーラム」が開催されました。   その分科会の一つ「夫婦円満サミット」に、   宮崎県日南市で「夫婦円満都市推進プロジェクト」を進めているLIONさんと、   男性が主に家事を担当する「秘密結社主夫の友」の楽しい皆さんとともに「ほめ達!」として参加させてもらいました。   私は20分のミニセミナーとパネルディスカッションに参加でした。     NPO法人ファザーリング・ジャパンは「笑っている父親になろう」をミッションにされています。   昨日は、そんな家事や育児に積極的な旦那さんを中心に、多くの「家庭に前向きな」方々とのセッションです。   お互いに頷き会える、さらに新しい気づきを共有しあえる、素晴らしいセッションとなりました。     どんなご家庭にも、家事や育児や、ご夫婦お互いの役割分担、お互いの仕事のバランスの取り方、家族のコミュニケーションなどに、いろいろな課題がありますよね。   それぞれ個別に事情もあるでしょうから「夫婦円満」と一口に言っても、そんなに容易くはないのが現状かも知れません。     LIONの杉本マイスターが提案する「夫婦の家事ギャップを解消」するための、食器洗いなどの作業レベルに落とした「夫婦円満」の方法や、   ほめ達!からの「そもそも相手を認めることから始まる」心のレベルの「夫婦円満」の方法などを提案させてもらいました。     「2時間あっと言う間でした!」     と口々に言っていただける、楽しくて濃い時間となりました。               最後のパネルディスカッションでは、参加者全員で「夫婦円満」について考えました。     その中で、あえて私はビジネスっぽい言い回しで「家族のチームビルディング」という言葉を使わせていただきました。     「チームとは、ある目的、目標を達成するために作られた集団」     ビジネスではそんな風に定義します。   まさに家族もそうではないでしょうか?     家族というチームの目的は?   そう、その家族が幸せになることですよね。     この家族を通して、家族全員が幸せになること。   旦那さんも、奥さんも、お子さんも、みんなそれぞれが幸せになること。   しかも、個人がバラバラに幸せになるのではなく、その家族を通して幸せになることですよね。     そのための、家族という最高のチームを作る、チームビルディング。     チームにはいろんなメンバーがいます。   遠い目的を掲げるメンバーも、目の前の作業に気をもむメンバーも、   作業に熟達したメンバーも、一見不器用なメンバーも、   明るいメンバーも、怒りっぽいメンバーも、   無口なメンバーも、おしゃべりなメンバーも、     でも、与えられたメンバーは、このメンバーです。   さらには、パートナーというメンバーを選択したのは、私たち自身。   このメンバーの力を最大限に発揮して、毎日楽しく、苦しい日も励ましあって、幸せという目的のために、一緒に歩き続けることができる最高のチーム作り。     もう一度、     「チームとは、ある目的、目標を達成するために作られた集団」     家族というチームの目的は、   その家族の幸せ。     「夫婦円満」最強チームをつくりましょう。     今日もイイ日に。        ■一般社団法人日本ほめる達人協会  http://www.hometatsu.jp/ ■ほめ達!検定開催中!!  http://www.hometatsu.jp/schedule/                

      19
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  • 17 Jun
    • 幸福順応?

      今朝は、おんせん県、大分で目を覚ましました。   温泉宿ではなく、大分駅前のビジネスホテルですが、さすが大分、展望露天風呂があったりします。   大分はずっと昔から大好きなところで、公私ともに、何度も訪れています。   最近は、講師ともに、何度も訪れています。(キレのないギャグだ・笑)     温泉、いいですよね。   肩までと言わず、顎や耳ぐらいまで遣って、日頃に溜まった溜息を「ふ〜。」っと吐いたり、身体の芯に固まっている疲れを「ほっ。」っと温めてほぐしたり。   それが内風呂なら、天井を見上げたり、湯桶の響きを楽しんだり。   それが露天なら、周りの木立の茂りや青空夜空を仰いだり、湯気を分けて吹く風を眺めたり。   それが硫黄泉なら、白濁した優しいお湯を腕や肩や脚にまとわりつけたり。   それが単純泉なら、透明な湯の中に自分の手のひらが泳ぐのを眺めたり。   極楽ごくらく。     でも、たいていの温泉では、そんなに1時間も2時間も漬かっていたりすることはなくて、まあ、ぼちぼち楽しんだら、上がってきてしまいますよね。   じゃぽんと入った時のあの「ふ〜。」って幸せ、どうせなら、ずっと続いて欲しいのに。     「幸福順応」     ってやつですね。   幸せは、幸せなのに、慣れてしまう。順応してしまう。   その在り難さに慣れてしまう。当たり前と思ってしまう。だからそこから去ろうとしてしまったりする。   こんなに気持ちいい場所から。   ん〜、人間って、贅沢に出来ていますね。     逆に悪いこと、辛い!痛い!ことは、順応しきれません。     「なんでやねん!!」     と思うから、「当たり前」とは思うことはありませんよね。         「幸せ」を「当たり前」と思ってしまう。     そもそも、そこに、心から幸せになりづらい理由があるのかも知れません。     この「幸せ」は「超特別!」と思える。   「在り難い」と思える。   「当たり前じゃない」と思える。     いま、漬かっているこの湯の温かさ。   心地よさ。     しっかりと感じ切らにゃ、ですね。       おんせん県おおいた。   感じきりつつ。     今日もイイ日に。      ■一般社団法人日本ほめる達人協会  http://www.hometatsu.jp/ ■ほめ達!検定開催中!!  http://www.hometatsu.jp/schedule/    

      26
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  • 16 Jun
    • 風に立つライオン

      昨夜、さだまさしさんのコンサートへ。   この2週間ちょっと、さださんは喉を痛めて、コンサートを何本か延期にされていました。   一昨日の横浜でのコンサートから再開され、そして今日の川口リリアホール。   心配しながら、開演前に楽屋にお邪魔しました。     楽屋のドアを開けると、さださんは鏡の方を向いて、喉用の吸入器のスチームを吸いながら、声の調整中。   いろいろな発声をしながら、声帯のさまざまな部分にスチームを当てているようです。   私は、後ろから、     「こんにちわ!」     と言いながら、鏡の中のさださんの視線に合うように身体をかがめて、手をふりました。   さださんも吸入しながら、鏡を通し手をあげて、     「おうおう。」     「大丈夫ですか?」     「んなわけないだろ!」     「ですよね。」     「今日は、ストレートが走らないよ。ストライクとれないぞ、おい。」     「大丈夫です。私ら客席でボール玉でも全部振りますから。」     「まあ、どうなることやらだけどな(笑)」     「まさしさん、何だったら、代わりに唄いましょうか?(笑)」     「おう、唄っといてくれ(笑)」     すると、マネージャーの石井さんが、     「バンドメンバーのトラ(エクストラメンバー=代役)ってのは聞いたことあるけど、本人のトラって、聞いたことないですね(笑)」     そんなバカな話をしながらも、さださんは吸入を続けています。     「じゃあ、まさしさん。客席におります!頑張ってください!!!」     「おう、頑張るよ。やれるところまでやるまでよ!」       さださんと仕事をしていた時代に、何度か見た、その後ろ姿。   待っていてくれるお客さまのために、全身全霊でステージに上がるその後ろ姿。   例え身体がボロボロでも、28億の大借金をしていた時でも、   ただ一人、ステージに上がり、マイクの前に立ち、数千のお客さまに元気を届ける、その後ろ姿。   どれだけ強いんだろう、この人。     『風に立つライオン』     という、さだまさしさんの歌で、     「僕は風に向かって立つライオンに、なりたい」     と歌った、そのままの姿を感じます。       そんな夜が、ソロになって今夜で4227夜目。   4227回目のコンサート。         本番。   私は一人のお客として客席で聴かせていただきました。   1曲目から、一気に作り上げられる、さだまさしの世界。   喉の調子は100%ではないものの、それを超えたところで、歌が客席に届きます。     歌、楽曲、バンドの皆さんとともに作り上げる演奏、音響、ステージセット、照明。   どれをとっても、驚くほどに上質です。   4227の夜、磨き上げてきた、上質なコンサート。   圧倒的でした。   3曲目には、私は恥ずかしさも忘れて、涙が溢れて仕方がないほどでした。       終演後、また楽屋を尋ねたら、     「スリルたっぷりだったろ?」     なんて、さださんはいつもの茶目っ気たっぷりな顔で笑っていました。     「いえいえ、本当に素晴らしかったです。本当に感動しました!」     私にはたいした褒め言葉も浮かびませんでした。   ただただ、感動をお伝えしました。     お前、またまた〜     そんな笑顔で、さださんは他のお客さまのところへ行かれました。           しかし、すごいは、   さだまさし。   どんだけ、すごいんでしょう。   ずっと追いかけ続けないと、なりません。       今日もイイ日に。        ■一般社団法人日本ほめる達人協会  http://www.hometatsu.jp/ ■ほめ達!検定開催中!!  http://www.hometatsu.jp/schedule/      

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      1
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  • 15 Jun
    • 蜘蛛の糸

      縁の糸、赤い糸、蜘蛛の糸。人と人を結ぶ糸の存在を強く感じることが最近多くあります。   昨日も羽田空港で、ばったりと懐かしい仲間と会いました。   途切れたと思っていた糸が、実は細くてもつながっている、そんなこともありますよね。   ふと、20年ほど前に書いたエッセイを思い出しました。   以前、このブログにアップした「フォークダンス実行委員会」と同じシリーズです。   Windows95の時代、まだホームページも珍しい頃。 知り合いが立ち上げた通販サイトのアクセス数アップのために何回か連載した、   「机の上の大通り」   の第6話です。   机の上、つまり「デスクトップ」が、インターネットの登場で大きく変わり始めた頃に書きました。   まだフェイスブックもツイッター、携帯もない時代。   「パソコン通信」と呼ばれた匿名のチャットで、見ず知らずの男性との夜中の会話の、ほんの小さなお話です。       :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::     最近、僕の部屋の、それも机の上の、 人通りが激しくなった。 往来を行く人たちと、僕との、 ほんの小さな物語。 「机の上の大通り」 第六話 蜘蛛の糸   真夜中のチャットは、思いのほか素直になれてしまうことがある。 見ず知らずの人々とネット上で出会い、どうでも良い会話を続けているうちに、その場から一人減り、二人減りして、最後に残った二、三人は、別に相手が誰であろうと、別に僕が誰であろうと、それは大きな問題ではなく、ふと相手の心の中身を垣間見て、ふと自分の中身を見せてしまう。 ことに午前三時の辺りでは、ある種おだやかな、現実社会では有り得ないような、初めて話す人との接触が起きることがある。 相手の姿が見えないことや、社会的な関係のないことや、環境に会話が左右されないことなどが、逆に相手を真正面から見ることにつながるのかも知れない。 相手の仕草、目線、服装、温度、湿度、部屋の風景、周囲の音、向き合う距離感、まわりの他人、そんな雑多な情報がないことが、相手を知る上で余計な憶測や懐疑を省いて、直接相手の心につながれることがあるのかも知れない。   「目が見えなくなって、初めて見えるものもあるんだよ」 ある失明した人が昔僕に言った。 健常者のままでそれを理解することは僕にはきっと出来ないだろうけれど、その端緒は少し感じられると思った。 情報は多いに超したことはないだろうけれど、真実は量で知らせるものでもない。   八戸のその彼とも、ニフティーのチャットで一度だけ会話をした。 夜中、数人の他愛もない会話から始まり、最後に僕と彼だけが残った。 何も具体的な自分の身の上なんて話しはしなかったし、少しも深刻な雰囲気ではなかったが、何か、彼の今いる暮らしや、彼の今の心の向きなどが、少し感じとれる会話になった。   「何も不満はないけれど、何も満足できないしね」   八戸と言う、北の、太平洋に面した、大きな町の、青い空の下に、そんな彼はいる。 彼が実際どんな風に吹かれ、何を見、何に煩わされているのか、知る由もないが、ふと、彼の心の色だけは見えた。   「ぼんやりとした不安って奴ですかね」   初めは僕はその台詞にピンとこなかったが、彼のフォローで思い出した。芥川龍之介の最期の台詞だ。 死ぬんじゃねえぞ!と僕は冗談交じりに言った。   「死んでも死なない」   照れ臭い言い方だが、なんだか僕は、見ず知らずのその彼の暮らす姿に、愛おしさを感じた。 彼と僕とは今、細い細い蜘蛛の糸のような回線で繋がっている。 蜘蛛の巣と言われるインターネットは、世界中を覆い尽くす立派で強固なものであるけれど、一人一人を繋いでいるのは、細く頼りなげな蜘蛛の糸である。 どちらがどちらに伸ばした糸なのか分からないけれど、今この瞬間、糸は細くとも、強く、繋がっている。   「遅くまで、ありがとう。明日も頑張りましょう」   ほとんどのチャットがそうであるように、結局お互いの具体的なことは何も話さず、再会の方法も決めることもなく、僕らは会話を終了した。   モニターから両者の名前が消える。   ぷつりと切れた蜘蛛の糸が、夜空を舞う。   今年の春、親類の結婚式のために岩手に行った。 式の前日に行ったので、少し自由な時間があった。車を借りて、かみさんと何処かへ行こうと言うことになり、ふと思い出して八戸まで行ってしまった。 丁度ウミネコが産卵のため来ていると言うので、蕪島(かぶしま)に行ってみた。青空の下、藍い海を背景に、数万羽のウミネコが小さな島いっぱいにうごめき、飛び交い、その独特の鳴き声は島の遥か遠くまでを覆っていた。 売店で貸してもらったウミネコの糞よけのビニール傘をさしながら、八戸の市街地の方角を眺めた。 蜘蛛の糸のもう片方の切れ端は、この町の何処かで風になびいている。そしておそらく僕が握ったままにして、時折眺めているこの切れ端と、繋がることは二度とはないだろう。   「ま、お互い頑張ろ」   ボタボタとビニール傘を直撃するウミネコの糞の音を聞きながら、ただそんな風に、思った。     (1997年初出) :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::   手の中にある糸の切れ端。 それも生きた証ですよね。 手放さなくてもいいと思っています。   今日もイイ日に。      ■一般社団法人日本ほめる達人協会  http://www.hometatsu.jp/ ■ほめ達!検定開催中!!  http://www.hometatsu.jp/schedule/        

      22
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  • 14 Jun
    • ほめ達!営業

      昨夜はある大手企業の和歌山支社で、営業職員350人の皆さんに、     「ほめ達!営業セミナー」     をさせていただきました。     ほめ達!の企業研修や講演で回らせていただく中には、私の経歴から「営業」に重点を置いたセミナーをご依頼いただくことがあります。   営業経験者としては嬉しいことですし、さらにそれがどなたかの役に立つというのはとても光栄なことです。     私が新人3ヶ月目にして月の手数料収入2000円だった苦しい時代から、   大変革していった営業の方法。   350人の素晴らしい、そして前向きな営業職員の皆さんは本当に熱心に聴き入ってくださいました。       例えば、お客さまとの接触回数を増やすだけで、いとも簡単に信頼を得ることができる。     信頼=接触回数 (ザイオンス効果)     というのがあります。     お客さまはいちいち訪問してきた営業のことなど記憶しません。   こちらは必死で訪問していますが、   お客さまからすると沢山来る営業の一人で、まずまったく記憶にも残りません。   私たちがお客の立場だったらそうですよね?   ただし、お客さまとの接触回数を増やすというシンプルなことだけで、   お客さまから好印象をもらい、信頼を勝ち得て、ついにこちらは商品・サービスを発注してもらえるのです。     もちろん、お客さまに直接会いに行くことが一番ですが、電話、ハガキ、メールなど、どんな形でも接触回数を増やせばOK。   テレビで同じCMを何度も見ていると、いつの間にかその商品を(使ったこともないし、さほど詳しくも知らないのに)スーパーの棚で手にとってしまうのも一緒ですよね。     セブンヒッツ理論     というのもあって、接触回数を増やすっていってもどのくらい?   という疑問に答えることができます。   最低7回。   7回の接点で、明らかに結果が変わってきます。     これって、営業だけでなくても、職場や地域や学校などでも同じですよね。     大きな会社の違う部署の方たちと、なんだか距離があって、ちょっとしたことも依頼しづらいとか。   用事がある時だけ、メールや電話をするのではなくて、もっと接点を持ちに行くといいかも知れません。   何かのついでに、その部署に寄って、     「あ、松本さんこないだありがとうございました。」     なんて接点を持つとか。     あるいは、会社主導で、部門の交流会などを持つことも、職場の活性化には効果的ですよね。   (けっこうこれが重い腰なのですが、まさに営業と一緒、やれば納得・笑)     昔ながらのご近所づきあいの良いところも、こうしたことにあるのでしょうね。   街でよく会う人たち。   商店街のおっちゃん、おばちゃん。   ママ友たち。   PTA.。   会うことから生まれる、共同体意識、信頼関係がありますよね。     人と人との関係は、実はシンプルです。   それがお客さまとであっても同じですね。   ただ、売上目標を目指す、営業の大変な毎日の中では、そのシンプルさが見えなくなってしまいますよね。       昨日はそんな話しと、     「ほめ達!的営業トーク」     を織り交ぜながら、お伝えできました。   ほめ達!的営業トークは、まさに私の本「ほめる人ほど、なぜ出世が早い?」に散りばめたものです。   またじっくりこのブログでも紹介させていただきますが、結論は、     お客さまに寄り添う。   お客さまに向き合う。     それに尽きると思っています。       そして実は、私たちの人生の中では、     誰もが自分という商品を周りの人に提案する営業     ですよね。   営業って素晴らしいです。     今朝の和歌山も、気持ちのいい営業日和の青空です。   350人の営業職員の皆さん、頑張っていただきたい!と願っております。     今日もイイ日に。        ■一般社団法人日本ほめる達人協会  http://www.hometatsu.jp/ ■ほめ達!検定開催中!!  http://www.hometatsu.jp/schedule/                

      20
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  • 13 Jun
    • ほめてないのに

      ほめるとは、人、モノ、起きる出来事の価値を発見して伝えること。   ほめるとは、向き合うこと。   ほめるとは、認め、讃え、応援すること。     「ええ?松本さん、なんだかそれ、ほめることの拡大解釈じゃないの?」     あはは、まあ辞書に載っている意味とは違いますかね。   ただ、拡大解釈してどうこうしようということでもなくて、   ほめることによって巻き起こることを観察していると、   ほめることの本質ってそういうことなんじゃないかと、必ず思えてきます。     ほめるのは、人をいい気持ちにさせようとすることではありません。   耳障りのいいことを言おうというのではありません。   ましてや、人をコントロールしようということではありません。   相手としっかり向き合って、   相手を認めて、   相手の成長を願って、   応援したり、   励ましたりすること。   そしてそこに居てくれることに、   感謝すること。     だから、実は、言葉どうこうではないんです。     相手への向き合い方そのものが、   ほめることだと思っています。     ですから、実は言葉ではほめていないのに、   ほめられたと思ってもらえることがたくさんあります。     前に居た会社を辞める時に、   ご挨拶に回れない、お世話になった全国の知り合いにメールを送りました。   戻ってきたありがたいお返事の中に、     「松本さんにはいつもほめてもらって」     と言うお言葉がたくさんあって、驚きました。     確かに私はほめ達!ですが、   仕事の中で、そんなに褒め言葉をのべつまくなしに言っている訳ではありません。   それでもほめられたと思ってもらえるのは、   きっと私が私なりにですが、一所懸命、その人の仕事に興味を持って話しを聴いただけかも知れませんし、   その人の仕事や心配りに、ただただ、感謝を感じていただけかも知れません。   ほめられたかどうかは、相手側が決めることですものね。     相手の反応が自分のコミュニケーションの成果である。     と教わったことがあります。   ほめることを、こちらが拡大解釈するかどうかより、   相手がどう受け止めてくれるか、どう解釈してくれるかが、きっと大切なんですよね。       今日もいい日に。        ■一般社団法人日本ほめる達人協会  http://www.hometatsu.jp/ ■ほめ達!検定開催中!!  http://www.hometatsu.jp/schedule/                  

      18
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  • 12 Jun
    • 橋をゆく人

      昔から、橋を渡るたびに、すれ違う人が何故か魅力的に感じてしまうのですが、そんなことはありませんか?   与謝野晶子の、     「今宵会う人みなうつくしき」     では、ないのですが、     「橋で会う人みなうつくしき」     と思えてしまう。何故でしょうか。   あ、もちろん、老若男女関係なくです。     昨日、荒川をジョギングししていた時に、西新井橋を渡りながら、疑問が解けました。     理由は二つ。     一つは、橋を渡る人は本当に美しく見えるということ。   なぜなら、川からの照り返しがレフ板のようにその人に光を当てたり、遮るものがない空の下、ほぼ全方向から光が当たって、その人の顔や姿を輝かせること。   映画の撮影で照明を作り込んだよな効果がきっとあるのですね。       写真は西新井橋ではなく、6年前の渡月橋       こちらは昨日の西新井橋     そして、もう一つ。   橋を渡る人には、心にほんの小さな変化が起きるではないかと思います。   街を歩くのとはちょっと違う、橋を渡る時の見晴らし、そして風。   街の中では閉ざしていた心の窓が、ふっと開くような感覚。   開放感であったり、   場合によっては溜め息だったり、   いずれにしても、心の窓から流れ出す思いや、流れ込む風があって、   そしてほんのちょっとだけ、晴れ晴れとした顔になれる。   だから、美しく見えてしまうのかも知れません。     友人で、ジョギング好きで素敵な女性が、     「橋を渡って、土手を走って、心のオリは川に流して、はあすっきり。」     なんて言っていたのを思い出しました。     川は大地と空と海との循環でもあると同時に、私たちの心の循環にも手を貸してくれているのかも知れませんね。     「橋で会う人みなうつくしき」     異性との待ち合わせは橋の上とかが良いかも知れません。   変か(笑)         今日もイイ日に。        ■一般社団法人日本ほめる達人協会  http://www.hometatsu.jp/ ■ほめ達!検定開催中!!  http://www.hometatsu.jp/schedule/

      17
      4
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  • 11 Jun
    • 伝説は未来にある。

      週末に私が元居た会社の仲間と呑みました。   元居た会社は外資の損害保険グループ。グループ内での経営統合など「大変革」の真っ只中で、この春はとてつもない人事異動などがあったようです。   そんな激流の中でも、めちゃめちゃ前向きに日々を過ごしている仲間が多くて、自分の居た会社ながら、本当に素晴らしい会社だなあと思います。   前から思っていましたが、この会社の人たちとの飲み会では「愚痴」「悪口」が一切出ません。   それはどんなメンバーの組み合わせでもそう。   とにかく明るく楽しい酒で、仕事のための激論はあったとしても、それも建設的なことばかり。     「僕はもっとこうした方がいいと思うんです!なぜなら…」     なんて、相手が役員だろうが、新人だろうが関係なく話せる空気がありました。         私が居た頃に、     「自分が考えるこの会社の文化(カルチャー)は?」     社員全員にアンケートで訊いてみたところ、     「風通しの良さ」「個人の尊重」「自由」「開拓者精神」     という言葉がトップに上がってきました。     この言葉だけ聞くと、日本に入ってきて間もない外資や、ベンチャー企業のように思えますよね。   実は日本で既に70年の歴史のある、企業としては十分に老舗。   そんな会社であるのに、     「風通しの良さ」「個人の尊重」「自由」「開拓者精神」     と「社員自身」が思っている会社は、本当に素晴らしいと思います。       そのアンケートを取ったのは、会社のカルチャーの再確認のため、そして社員の「自信と誇り」の再確認のためのプロジェクトでした。     数々の伝説(LEGEND)を創り出してきた社員たちが、この先、統合などの大変革を経て、どうあるべきか?   自由で風通しの良い文化があっても、社員一人ひとりの心の中には当然不安もあります。当たり前ですよね。   だから、一度、自分たちの「過去」「現在」「未来」をしっかりと見つめ直そう、そして「自信と誇り」を再確認しようというプロジェクトでした。     そもそも、自分たちは、どんなことを目指して、どんな価値をもって、どんな方法で、どんな人たちのために、どんなことを成し遂げてきたのか?   そしてこれから、どこに向かうのか?     社員全員の意識調査、会社が過去70年に成し遂げてきたことの再確認、社内外のキーマンへのインタビュー、部門や拠点ごとの業務の「素晴らしさ」を全国の社員に向けてテレビ会議で発信するなど、考えられるありとあらゆる方法で、約1年かけて全社員で、自分たちの会社を見つめ直しました。     そしてプロジェクトの結論として、ただ1行の言葉が生み出されました。   それは、     「伝説は、未来にある。」     70年の歴史の中で、数々の伝説のような商品やサービス、仕組みを生み出してきました。   ただし、過去の伝説の本当に大切なことは、伝説となった商品やサービス、仕組みそのものではなく、それを生み出そうとしてきた社員一人ひとりの、   「意識と行動」や「自信と誇り」。   だから、社員一人ひとりの「意識と行動」そして「自信と誇り」が活性化され続けている限り、常に「伝説」は生まれ続ける。未来に向かって生み出され続ける。     「伝説は、未来にある。」     素敵ですよね。     これは、私がいた会社の素晴らしい考え方であると同時に、私たち一人ひとりに取り入れられる考え方ではないでしょうか。       そんな「伝説」を生み出し続ける仲間との飲み会、楽しいです。     「日本酒、50銘柄飲み放題!しかも時間制限なし!これは松本さんに声かけなきゃと思って!」     そんな風に声をかけてくれる仲間。   社内の飲み会であっても、社外の私に声かけてくれる素敵な人たち。     この人たち、ぜったいにまた伝説を作るなあ。     7杯目くらいの日本酒でふんわりしながら、     (いや、数は正確ではありませんが・笑)     またまた嬉しくなってしまいました。     応援しています。   そして、見習いますね。     今日もイイ日に。        ■一般社団法人日本ほめる達人協会  http://www.hometatsu.jp/ ■ほめ達!検定開催中!!  http://www.hometatsu.jp/schedule/                

      17
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  • 10 Jun
    • 鬼という おそろしものは

      先日の夜、駅のホームで大声でケンカをしている男性二人がいました。   混雑した電車の中での、乗客同士のぶつかり合いのような、よくある発端な感じでした。   私よりちょっと年上かな?というスーツ姿の男性と、就学前くらいの女の子を連れた若いお父さん。   きっと、日常でも何か面白くないことがあったのかも知れませんね。   でも、怒ってしまうと、なかなか止められないのも人間。   女の子が半泣きだったから、気の毒なので、割って入りました。   どっちが悪いか判断なんて勿論付きませんので、そんな時の割って入り方は、     「ごめんなさい。ほんと、ごめんなさい。間に入ってごめんなさい。ほんとごめんなさい。」     んなこと言い続けて二人の真ん中で頭を下げ続ける、情けない、かつ訳わからないおっさん風です(笑)   けっして「やめな!」とか手で抑えたりはしません。あぶないし。   まあ、お二人のお怒りに入り込むんだから、ごめんなさいですよね。 訳わからないおっさんが間を塞げば、お二人の間に距離があく。   当然、お二人だって、些細なことで始まったケンカですから、距離が離れると、終戦しやすくなるようで、啖呵切りながらどちらかが去り始めてくれたりします。   でも、残ったお一方は、     「何だ逃げんのか!」     的になるので、またそちらに向かって私が、     「ごめんなさい、ごめんなさい、割って入って、ほんとごめんなさい」     あ、こういう時は目を見ません、とばっちり喰らうから(笑)飽くまで変なおじさんです。     で、     「わかったよ、うるせいなぁ!」     で、終息となるわけです。   ふー。       私も過去に、感情に任せた喧嘩とか口論とか、当然に経験があります。   それって、結局当の本人もとっても後味が悪い。   切りつける感情の刀は諸刃の剣ですものねえ。   相手も自分もズタズタですわ。     何であんなこと言っちゃったんだろう。   反省しても済まなかったりします。     自分の心に住む「鬼」に、うろたえてしまいます。     「松本さん いつも穏やかですよね。」     なんてことを最近言ってもらえますが、   昔はけっこう、その自分の中に住む「鬼」に悩まされました。     鬼という おそろしものは どこにある 邪見な人の胸に住むなり     一休禅師の歌です。   邪見な人とは、邪見になってしまった人、つまり自分ですよね。   だれだっていつも邪見なわけではないですから。   一休禅師はこんな歌も読んでます。     心こそ 心まどわす心なれ 心に心 心ゆるすな     心まどわすのは、決して相手のせい、外にあるもののせいじゃないよ。自分の心にこそ心まどわすものがあるんだよ。   わかりますねえ。   胸に住む鬼も   心まどわす心も   なくなりはしないものの、出番を減らすことは出来そうですよね。     「あ、いま、胸の鬼が目を覚ました、あかんあかん、キミ出てこんでも、この場のボクは大丈夫。キミの代わりに上手いことやるわ。」     とか。   ま、そんな簡単じゃなくても、鍛錬鍛錬。   ですね。     今日もイイ日に。       ■一般社団法人日本ほめる達人協会  http://www.hometatsu.jp/ ■ほめ達!検定開催中!!  http://www.hometatsu.jp/schedule/    

      19
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  • 09 Jun
    • 「当たり前」が辿り着いたところ

      今朝は、早朝から千葉でモーニングセミナーに参加して、お話しをさせていただきます。   私の住む街足立区は、千葉にも埼玉にも接している東京のハブタウンですが(笑)、さすがに6時のセミナーには間に合わず、前泊となりました。   昨夜東京で仕事を終えて千葉入り。   ゴハン、どうしよう。   駅前をちょいとウロウロしながら、旅暮らし数十年の嗅覚でお店を見つけて飛び込みました。   当たっちゃうんだな、これが。     「松本さんって、イイお店見つけるの得意ですよね〜!」     と、むか〜し、むかし、その昔、   (注:むか〜し、むかし、大昔)   おねえちゃんに言われたことを思い出しつつ、ほくそ笑みつつ(笑)、   小料理屋と居酒屋の間のような居心地のイイ店で、   大将がススメてくださる、おいしい肴と、おかみさんがススメてくださる美味しい千葉の酒を楽しみました。     私が入った頃には賑やかだった店内が、ふと気づくと、カウンターに私だけになり。   大将とのゆったりとした夜半の会話になります。     「ハモ、美味しかったでしょ?」   「サイコーです。関東でこんなハモ食べたことない。」   「でしょ。1キロ超えるようなでかいハモは仕入れないし。ハモも1キロ超えると、皮も硬いしね、骨も残る。」   「穴子の柳川も美味かったですねえ。ゴボウがまた美味い。」   「今日のゴボウいいでしょ。冬はネギにするけどね。」   「幸せになっちゃいました。お店は何年やられているんですか?」   「ようやく38年。その前に修行が10年ね。」   「うわあ、あわせて48年。半世紀の味ですね。こだわりも感じるし。」   「いや、こだわりとかよくお客さんに言われるけど、こだわりってよく分からなくてさ。だって、当たり前だもの。」   「当たり前、なんですか?」   「当たり前でしょ、お客さんによろこんでもらうようにするだけだからさ。」   「当たり前のレベルが高いんですね。」   「そんな上等じゃないよ。お金もらうだけのことはしなくちゃね。」     大将の「当たり前」は、私たちの「幸せ」。     「でも、大将の当たり前は、僕らの当たり前を遥かに超えてますね。」   「そう言ってもらえたら嬉しいですよ。」     千葉の優しいお酒「甲子(きのえね)」をお燗でやりながら、   「当たり前」の辿り着いたところを舌の上で感じていました。     「当たり前」こそ、実は自分のあるべき姿なのですね。   自分は、こうあって、当たり前。   そんな自分に「必ず」なる。   「必ず」だから、当たり前。   そして、そうあり続ける。   当たり前の凄さ。     う〜ん、いいなあ、千葉の夜。     今日もイイ日に。      ■一般社団法人日本ほめる達人協会  http://www.hometatsu.jp/ ■ほめ達!検定開催中!!  http://www.hometatsu.jp/schedule/      

      18
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  • 08 Jun
    • 君が袖振る

      駅の改札口やホームで、大きく手を振っている人を見ると嬉しくなったり、ジーンときたりしますよね。 昔よりも減ったかな? 特に男性では減ったかも知れません。 人前で大きく手を振るって、今時少し恥ずかしいのかも知れませんね。  待ち合わせ場所で、手を振って足早に近寄ったり、 別れ際に惜しむように手を振ったり、 してます?  『手の振りは自分の感情の大きさを表す』  のだそうです。動物行動学の小林朋道先生が仰っていました。 確かにそうですね。  「ちぎれるほど手をふる」 「胸の前で、小さく、周りに気づかれないほどに、君は手を振った」 「背伸びして大きくゆっくりと、空に弧を描くように振るあなたの手が見える」 「青空のなか岸壁から遠ざかる船。やがて小さくなるその人の、その振る手の様だけは、いつまでも忘れないと思えた」 「改札を抜けていく君、何度も振り返り、高く手をあげて手を振った。それはまた会おうねと言う言葉に聞こえた」  ドラマを感じますね。 確かに手の振り方は、その人の感情や、思い、そのものを感じますね。 犬が尻尾を振るのにも、きっと通じるのではないでしょうか。  古来「袖振る」とは求愛を伝えることだとか。 今の女性の振袖にもつながる話ですね。  『あかねさす むらさき野ゆきしめ野ゆき 野もりは見ずや 君が袖振る』  万葉集の額田王(ぬかたのおおきみ)の有名な歌。  「あかんやん、大海人皇子(おおあまのおおじ)!そこで袖振ったら、みんなにバレバレやん!」  という歌でしたっけ?(笑)     『手の振りは自分の感情の大きさを表す』   人は言葉を使わなくても、豊かな感情を表現できるんですよね。 言葉は後から生まれたのですから当たり前のようで、これって本来すごいチカラ。 でも、会ってみないと発揮できないチカラ。 SNSやメールでのコミュニケーションの現代、ひょっとしたら忘れられがちかも知れません。  私もこのブログで毎日「言葉」で思いなどを伝えていますが、 実は、駅の改札で大きく手をふるだけで、 もっともっとたくさんの思いが伝わります。  これまたところが、ただ会うだけでもだめで、 照れたり遠慮したりして、感情を抑えてしまうと、 結局大切なことは伝わりません。  目を見たり、思いっきり笑ったり、手を振ったりすることが大切。 感情を解放してあげることも大切かも知れません。  照れずに感情を表現してみた方が、 間違いなく、人との関係は深まりますよね。     手を振ってますか? ちぎれるほどに。   今日もイイ日に。   ■一般社団法人日本ほめる達人協会 http://www.hometatsu.jp/■ほめ達!検定開催中!! http://www.hometatsu.jp/schedule/    

      19
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プロフィール

松本秀男

お住まいの地域:
東京都
自己紹介:
日本ほめる達人協会 専務理事・特別認定講師

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