• 24 Feb
    • うただ、点

      お久しぶりです、ともすけです。 まったく時間がない! 誰か僕の時間を盗っているな!?((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル     最近は読書もしてないので何も書くことないです。     宇多田ヒカル論 世界の無限と交わる歌   Amazon     こんな本買いましたけどまだほとんど読んでいません。 今37頁です。 でも「世界の無限と交わる歌」のさわりの部分は出てきました。 世界の無限と交わるってどういうことよ? 少し引用してみましょう。   「とにかくいろんなことを学びたい、吸収したい。楽しいことも怖いことも、良いことも悪いことも、成功も失敗も、出会いも別れも、みんな私の世界を大きくする。同等の価値がある。私を豊かにするものを拒む理由はない。どんなことも受け入れられる。」(『点』 P8)     孫引きなんですけど。宇多田ヒカルさんが『点』でそう言ってるらしいです。8歳のときにそう思ったと。私の世界とそれと同等の価値のある世界があるわけですね。それがなんなのか。もうひとつ引用してみましょう。   「ものごとの本質に近づこうとすればするほど、自意識というものが邪魔になる。自意識を消すためには、外の世界に全感覚を開かないといけない。 家の窓を全部開ける。ドアも開ける。えい、壁も壊しちゃえ。すると、空間はつながり、一つの空間になる。「自分」の境界線が消える。あらゆるものが無限に流れ込み、無限に開放されていく。 創造が始まる。」(同、P18~19)   これ、僕が読んで宇多田ヒカルさんすごいなと思ったのが8歳の時点で「どんなことも受け入れよう」としたこともすごいのでしょうが8歳の時点で自意識をそんなに明確に持っていたのかということなんです。僕が8歳のときは何も考えてなかったな~。世界と自分が分離してないくらいアホだったかも…。小2だろ?なにも考えないでただただ野球して遊んでました。日が沈むまでみんなで野球してました…アホです…。     やっぱね、僕が思うに宇多田ヒカルさんはまわりの大人の影響を強く受けたんじゃないかな。早熟だったのではないかと。だから自分のもっている自意識の壁というものに早く気づいたのではないかな。この自意識の壁は1度築いて壊さないといけないと思うのですが宇多田さんは8歳で気づいたんだなと思うとやはりすごいなと思います。     宇多田ヒカルというアーティストを意識したのはデビューのときから結構経った後の映画『CASHHERN』の主題歌「誰かの願いが叶うころ」でした、たぶん。リアルタイムで観たか自信がないのでたぶんで。確か紀里谷和明と結婚しててそれも『キャシャーン』の映画化の主題歌なのにこんな感じの詞?って思ったのですよね。詞を読んでいてやはり早熟というかなんというかまあそれと上の2番目の引用にあるように「ものごとの本質」をしっかりとつかんだ詞であることは確かであるでしょう。     「ATフィールドは心の壁なんだよ!」…エヴァンゲリオンですが…。まあね、宇多田さんはATフィールド張らないところがすごいんだろうなと。それが音楽活動の分野だけなのか人間活動全般においてなのかはまだこの本も読んでないし『点』や『線』という本があるらしいのでまだわかりませんが。読書や映画(やアニメ)鑑賞ならATフィールド張らないことは容易でしょうが現実世界で張らないとなるとやはりすごいなと。自意識過剰な人間たちの巣窟と化したこの現代社会、やはりアーティストの言葉には耳を傾ける必要があるなと思わせられました。     あと今日は村上春樹の『騎士団長殺し』の発売日で早速手に入れてきました。昨日のNHKのクロ現+がとんでもなくNHKの迷走ぶりを表していましたがまあなんだかんだ言って売れるのでしょう。僕の行った本屋ではどうやら僕が1番乗りだったらしく(一人も人いなかった…)本もそんなに積んでなかったのでもしかしたら『1Q84』ほどじゃないのかなとか思ったり。新潮社の情報の出し方がへたくそだったというのはあるでしょう。まったく情報が出なかったので唖然としました。メール登録ってなんだったんだよと思いましたね。読むのはだいぶ後になるでしょう。     しかし、考えてみると僕が感じる他者の自意識の壁にはいったいどのようにふるまえばいいのか…。

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  • 14 Feb
    • 定本 漱石全集 第3巻

      おはようございます、ともすけです。「非人情の 天地に 逍遥したい」定本 漱石全集 第3巻です。いや〜もういい加減買うのやめようかな、と思ってきました。やはりどうして電子書籍でほぼ無料で読めるものを1冊約5000円出して×28冊集めねばならぬのかと…。それならばプレイステーション4とファイナルファンタジー15を買って楽しむべきではないかと。いまモンスターストライクではFFコラボやってます。FFも今年で30周年を迎えたそうで…僕が初めてやったのは4です。スーファミのやつ。それはとても綺麗なグラフィックじゃった…いまネットで検索してみるととんでもない絵なのですけどね。自分のなかで美化していた部分もあるのでしょう。そうだ!プレイステーション3は持ってるから10のリマスターをやろう!…まあいいやファイナルファンタジーは。でも10は泣けるらしいよ!あとは最近、「逃げるは恥だが役に立つ」を観てます。あの恋ダンスがね、なんかこの世界のみんな踊れるんじゃないかという錯覚を起こしてしまう…。観てみるとなんか内容はイメージしてたのと違いました。まあガッキーが可愛いとかいう情報しか入ってなかったのですが。なるほど〜プロの独身との秘密契約結婚とはそういうことだったのか。僕が仕事に出かける前に猫師匠が現れました。猫師匠が1番喜ぶときは新しい猫の餌の袋を開けたときですね。やはり新鮮なものが食べたいグルメなんでしょう。いまちょっとやりたいことは、『うる星やつら』の名セリフを記事にアップしたいです。これが僕の会話の根本に流れているものなんだと言うことを知らしめたい(誰に?)あの面白さを記事を読んでくださっている方がたと共有したいです。

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  • 10 Feb
    • か、が、く…。

      こんばんは、ともすけです。   僕はこのブログでは文学やら哲学やらを書いていたりするのですが、学生時代は理系の科目の方が得意だったのです。小説はそこそこ、漫画はかなり好きだったのですが成績はなんでか理数のほうがいい。こればかりは持って生まれたものなので仕方ありますまい。 なんかこの世界は数学を突き詰めれば一つの解が出るかもしれないなんて妄想を抱き出してから進路変更したのですよね。本質的には東野圭吾の『容疑者Xの献身』に出てくる石神みたいな感じなのかもしれません。文学や哲学に出会えてよかったですよね。興味なかったらまったく違う人生を歩んでいたでしょう。 それで何が言いたいかというと、僕は結構変わったものの見方してると思うのです。文学や哲学も純粋な(いるかはわかりませんが)小説好きとか哲学好きとかとは違うような気がするのです。そんなわけで昔から僕ちょっと違うんですよ、と言い続けているのです。     で、今回は『文明探偵の冒険』からの引用。この本を直接読んではいません。どっかの学校の入試問題です。作者も知らないのでどれだけ正しいことを言っているのかもわかりませんが、僕の文学や哲学を読む姿勢とだいたい同じだなと思ったので長かったですが!一生懸命打ちました。     「科学的知識は、原理的にどこまで行っても絶対的な正しさを保証され得ない。科学者のネットワークにおける議論を通してスクリーニングされ、徐々にその信頼性が高まっていき、多くの科学者が認める公の知となって、時には「科学的事実」なる称号を得る。だが仮にそうなっても改訂可能性はいつも開かれている―――当然、その確率は低いだろうけれど。だからこそ科学は、「人類にとって最も信頼に足る知」というステイタスを得たのである。…   …Natureの場合は、たとえば米国のScience誌に比べると、結果的に質の悪いものを載せる失敗よりも、載せるべき重要な論文を載せない失敗を避けることを、やや重視する傾向があるように思う。この考え方は、科学の本質に照らしても健全であろう。 要するに科学という活動にとって、[面白さ]は非常に重要なのだ。そこから何か凄いことが始まるかもしれない、という予感のようなもの。脳髄がヒリヒリするような、心臓がワナワナするような、そんな高揚感。おそらく一流の科学者なら皆、その感覚を共有しているはずだ。それこそが、科学という活動を駆動するメイン・エンジンであることは、間違いない。…   …そもそも最近の日本は[ワクワク]を軽視する社会だろう。少なくとも公の場では、[ワクワクすること]よりも[ちゃんとやること]の方が、遥かに重視される。ワクワクがなければ、先ほどの[知識のための科学]は発展しないはずなのだが、どうやら元々この国で[科学]とされていることのほとんどは、[科学に基づく技術]のことだったので、特に問題はなかったのである。」(『文明探偵の冒険』神里達博 講談社現代新書)     という至極もっともなことが書いてあるのですが。ちょっと引用がこれでも短かったと思うので何が書いてあったか補足すると、日本の科学は今まで科学に基づく技術を輸入してきた。だから技術を先進国からコピーしてくればそれでよかった。外国の知識をいち早く正確な日本語に翻訳する能力やその輸入した基本原理を自由に使って、より性能の良い製品をつくるとかが重視された。しかし先進国となった日本ではもうそうはいかないと。つまり「ワクワクする」ことを重視する社会、失敗することを恐れない姿勢のようなものが重視される社会が求められるのではないかなと。     この科学の姿勢と同じことを文学や哲学に僕は求めています。失敗を恐れずに大胆な読み方をしたい。そういう読み方をしている人のブログを見に行きたい。間違った!こいつ間違ってるぞ!とあらさがしをするのはあほらしい。大げさに言えばブログ記事のなかでなにか一行でも光る言葉が書いてあったらそれでいいのではないかと。だからみなさん、僕に優しくしてねw というわけでもないのですが、人様のブログを見に行くときはできるだけそうしたいとこころがけています。     バルトのテクスト論になぞらえるなら作者から読者の側へ権力が移ったわけですから読者は自由な読みを許されたわけです。(あんまり酷いのは駄目だけど)あと、作品について権威が書いてあるのをなぞるのもそれはその権威という作者に権力が移っただけなので読者の読みの自由は確保されないと思います。大学教育でならば一次テクストは読み込み自分に叩き込みますがそれ以外は自分でテクストを構築=表現しなくてはならない。そういうものでしょう。つまりは「ワクワクする」ものを書くことが大事だという点で僕は上の引用に同意します。そんな感じで書いていけたらな~と思います。

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  • 09 Feb
    • ドルチェ&ガッバーナ

      こんばんは、ともすけです。帰ってきたら、ガッバーナからレター。なんやろ?これ?音楽的なものがテーマ?春夏か…来たな…来ましたな…。わが愛しのガッバーナ。だが僕の身体は冬の間に増量してしまった…!疲労困憊ではあるが、身体を鍛えなおしスリムなボディを取り戻せ!実はランバンのほうが好きだったりするが…やはり僕の青春はガッバーナとディオール。人は青春と言う名の幻を追いかけるものなの…。しかし、公式サイト見ると今年も飛ばしてるなガッバーナ。Tシャツに18万ってマジか…洗濯できないだろそんなの…。スニーカーで34万円か。なるほどな…(動揺を隠せない:(;゙゚'ω゚'):)昔とユーロのレートが違いすぎてね?まあ覗くだけ覗いてみるか。そして掘り出し物を探すのだ、行け!

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  • 05 Feb
    • 考え中。

      こんばんは、ともすけです。 実はいま頭が痛いので何もできないでいます。 なので旅行の計画でも考えとくかなと。 たぶんあと1時間後には寝てるでしょう。     まず行くなら3月。3月の末頃に休暇が取れる。 どこへ行く?行くなら東京。もしくは神奈川。 東京で去年のように野球が観たいが3月ではオープン戦になるでしょう。 なにかライブや演劇を探すにしてもチケットはもう完売しているでしょう。 そこで神奈川。 ともすけ家の親族はほとんど神奈川に住んでいます。神奈川に僕らが移らなかったのが逆におかしいくらい。 でもまあ今のところ動く予定はないのですが。 神奈川に行くなら…劇団四季の『オペラ座の怪人』をやっているらしい。 調べた。チケットは完売だ!(泣) 神奈川文学館?あってる?夏目漱石デジタルライブラリーがある!だめだ!3月の末は休館日が並んでいる…。 しかし僕はベイがみたいのだ。 こうなったら横浜中華街食べ歩きツアーにするか…。 胃袋が持つかのデスマッチを繰り広げるのも面白い。 そして夜はスマホでモンスターストライクをするのだ(嘘です)。     きっと桜が綺麗な頃だろうな~。 ゆっくり休みて~疲れたて~(新潟弁) とにかく今をなんとか切り抜けて3月のパラダイスを待ちます・・・では寝ます。 おやすみなさい。

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    • 白くまくんが来た!

      こんばんは、ともすけです。実はエアコンが壊れていて自宅ではベッドに潜り込み、ただインフルエンザや胃腸炎にだけはならないように…と身体を暖めていました。だからここ数週間は冬眠期でした。そして今日ついに!白くまくんがやってきたのです!白くまくんとはあの日立が出している瞬息で室内を暖める、もしくは冷やすマシーンである。こいつはすごい性能だ!!以前の◯芝製のマシーンを凌ぐかもしれない…10年の歳月もあるし…。ということでやっとこさ冬眠期を抜けたのであった。部屋に設置してもらうということで本棚の整理をしました。いや、実は本棚に本を詰め込んだだけ…。少しだけ僕の本棚をお見せしましょう。これがニーチェだ。うむ、すべて見事に古本だな…。文庫や新書は別の棚にあります。文庫コーナーに。あとは祖父の家に。ここらへんは汚いな…。ドゥルーズがこの奥に隠れています。1番左のヌードの美術史はスルーしてください。文庫コーナーの一部。なんか文学も混ざってますけど。この頃記憶力が悪くなったので読み返さないと忘れてしまう…。いま読んでるのは『宇多田ヒカル論』です。暖かくなった部屋で宇多田を聴きながら宇多田について考えようと思います。いちおう書いておきますが、僕は小室サウンドに熱狂した世代です。宇多田ヒカルは結構冷静に見てます。それではまた!

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  • 01 Feb
    • 『3月のライオン』

      おはようございます、ともすけです。 羽海野チカ原作でテレビアニメ化している『3月のライオン』。     3月のライオン 1(完全生産限定版) [Blu-ray] 12,960円 Amazon   前回もちょっと他の漫画と比較して描きましたけど、生い立ちの非常に不幸な少年が主人公なんですよね。僕は少年時代そんなに不幸な生い立ちではなかったけれども自分は自分なりにちょっとの不安、焦り、失望を感じて生きていました。でも勉強や部活動では日の目を見ることが比較的多くて認められることの喜び、やる気や希望にも満ち溢れていました。 それがあるときをきっかけに打ち砕かれるときがきました。といってもこの主人公零くんのような大きなものではないのですけど。僕の場合は左ひじ(左利きです)を痛めて野球のボールを投げられなくなったことです。つまり野球生命を絶たれたということなのですが。それにより野球部に在籍していながらも部活にも出にくくなり、クラスでも部活動ごとの集団で遊んでいたのですがその輪にも入りづらくなりと。こういうことで自分の景色がガラリと変わってしまうのだなと思いました。そんなときにこの『3月のライオン』の3姉妹のような存在がいてくれたらありがたかったでしょうね。僕はこういった人間がよくそうなるように部活動や勉強から外れた仲間たちとともに行動するようになっていきました。     だから零くんのように誰かがいてくれるようなある意味恵まれた環境にはいなかったように思います。両親も僕にそんなに熱心な人たちではなかったですし、心の持っていき場がなかったような。まあでもその当時そんなにものを考えてないですからただ流されていただけですね。でもこの作品の零くんが本当にこんなに自分の存在について考えるということに僕は共感できるんです。もう書かないと言いながらしつこく書いてますがw『こころ』を読んだとき僕は逃げ道がない青春真っただ中にいたんです。つまり三姉妹が僕にとっては先生だったのです。この『3月のライオン』を読んでいる方々がどのくらい零くんに感情移入されているかはわかりませんが僕のように自分と重ね合わせている方もいるのでしょうか。それとも前回書いたように理想の少年をそこに見ているのでしょうか。僕はテレビアニメでまだ5話までしか観ていないので零くんがどのように成長しているのかはわかりません。僕はこのあと後ろを見るのはやめてひたすら夢を追い求めるというある意味夢から逃避し、別の夢を追いかけることになりました。そこには強い仲間が待っていました。あながち間違っていた選択ではなかったと思います。自分が失ったもののメランコリーに浸ることのなかったこと、それが僕にとっては今でも僕を支える自信になっています。     人間の持つ弱さ強さ、それをありのままに受け入れて認める。そして前へと進んで行く。僕はそのようにして生きてきましたが果たしてこの作品の主人公零くんはどのように道を歩んでいくのか。三姉妹とはどのような関係を築いていくのか。この父親のいない疑似家族というのが僕にはよくわからなくてどうなるのか想像がつかないですね。ただテレビアニメ版ではエンディングで零くんはもがきながら大きく跳躍している、大きく飛んでなにかを飛び越えようとしている。これこそが青年と少年の間に架かる橋のメタファーであると僕は思います。         とまあ書きましたが全体的に暗~く話が進んで行くというのとは違って半分くらいほんわり感とユーモアで進んで行くのですね。日常ってそんなものでユーモアが欠けたら途端に息苦しいものになります。漫画で言えば『バガボンド』みたいな求道的なものは本来の人間の在り方ではないかなと僕は思います。そういえば昔『西遊記』というドラマがあったのです。夏目雅子や堺正章らが主演の1番古いやつ。玄奘三蔵が天竺にありがたい教典をもらいに行く話でおそらく妖怪というのは人外に住む人間でしょうが彼らから悟空や沙悟浄、猪八戒が三蔵を守って天竺への冒険を続ける。あのドラマが大好きだったのです。第1部の最後に天竺につくのですがそれが実は…となって第2部へと続く。あの1部の最後はびっくりしたな~。人生そんなものじゃないということを教えられた気がします。ああいう旅がしてみたかった。今は世界的に窮屈になってますよね。僕の子どもの頃はまだ道路は舗装されてなくて砂利道だったぜよ…時代はどんどん変わっていきます。     しかし、いつでも少年は「ファイター」なんだと思います。BUMP OF CHICKENの歌のタイトルのように。零くんがどうなるのか…見守り続けようと思います。

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  • 31 Jan
    • 漫画読んでます。

      こんにちは、ともすけです。 僕にとって1月2月は1番忙しい!いや、そんなに忙しいわけじゃないけど…でもね、ブログを書こうとしてパソコン立ち上げるとYouTube観ちゃうの!最近面白い動画多いですな。テレビに変わる究極の暇つぶしメディアになりつつある…恐るべし。   なので最近本を読む時間がない…加えて頭が働かなくて活字が読みずらい…。(『蜜蜂と遠雷』もまだ100頁くらいしか読んでません。) なので漫画を読んでます。     3月のライオン 1 (ジェッツコミックス)   Amazon   『ハチミツとクローバー』の羽海野チカさんの本。ハチクロのときも思ったのですがこの『3月のライオン』はより一層主人公の不幸感が強いです。僕の好きな漫画で『フルーツバスケット』というのがあるのですがその主人公、本田透(女性)も不幸感が強かったですがそれとも別な感じ。男も女も不幸を背負っている…しかし男は悩み過ぎる…女は現実とともに生きる…そんな女性漫画家の描き方というのはあるのかなとこの2作に限らず思います。『花より男子』とか『スキップ・ビート』とかは女性強いな~と思います。ですが一方で昔の一時期の少年漫画のヒロインの描き方がとんでもなくステロタイプだなと思っていたときがあったのですがちょっとそれと似たような感じはしますね。それがいいか悪いかは別にして。どっちも理想を求める傾向があるのかな。ある意味ロマン主義的な。僕の人格に大きな影響を与えたと言っていい高橋留美子先生が比較的フラットに男女を描き分けていたのでそれが普通かと思っていたのですが実は留美子先生が少数派だったようです。なにか世間的に異性に求めるものに鈍感になってしまった僕の性格はきっと留美子先生の影響があるに違いない。       夕凪の街 桜の国 (アクションコミックス)   Amazon   こちらはKindleで購入。いま話題になっている『この世界の片隅に』のこうの史代さんの漫画。この作品について僕が言えることはいまの時点ではないのですが、あとがきの部分に印象的な文章が載っていたのでそれを書いておきます。   「遠慮している場合ではない、原爆も戦争も経験しなくとも、それぞれの土地のそれぞれの時代の言葉で、平和について考え、伝えてゆかねばならない筈でした。まんがを描く手が、わたしにそれを教え、勇気を与えてくれました。」   経験を共有していなかったら何も言えないなら人間は終わりだ、と思います。それがなんだかわからなくても歩み寄る気持ち、行動が必要です。実際他人の経験したことを感じ取ることは難しいです。ですがそれは自分の経験したことを他人に伝えるのが難しいことと対になるはずです。その難しい2つのことを積み重ねてきたことが今の我々の遺産となっていないでしょうか。僕の祖父は太平洋戦争についてほぼ何も話さなかったので僕には太平洋戦争のことについて語れることはなにもありません。ですがそれでも語って行かなくてはならないのだろうと思います。もちろん原爆についても。人間ガンバレとエールを送りたい。     映画『この世界の片隅で』は新潟では2月4日から上映映画館が増えます。全国的に徐々に広がっていっているようですね。時間に余裕があれば観に行きたいです。

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  • 22 Jan
    • 『蜜蜂と遠雷』買ったど。

      こんにちは、ともすけです。『蜜蜂と遠雷』買いました。ふーん。猫よ…そんなに僕を見るな…。む!コンセントが据付のヒーターの熱で溶けている…これは構造上の欠陥じゃないのか?それはいいとして、『蜜蜂と遠雷』🐝直木賞受賞作品なんて今まで買ったことあったかな?たぶん文庫本ならあると思うのですけど。登場人物の名前が、風間塵。栄伝亜夜。高島明石。マサル・C・レヴィ・アナトール。「ここを制した者は世界最高峰のS国際ピアノコンクールで優勝する」というジンクスがある芳ヶ江国際ピアノコンクールを舞台に闘いを繰り広げる!…これはテレビドラマ化、映画化、アニメ化は約束されたものだな…。僕もなんとなく設定がアニメっぽいと思って買いました。実際どうなんだろう…。これからゆっくり読みます。

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  • 21 Jan
    • よい本を読む。

      こんばんは、ともすけです。  おととい、第156回芥川賞と直木賞の発表がありました。リアルタイムでは観れなかった(ニコ生で)のでタイムシフト視聴しました。  しんせかい Amazon 山下澄人。読んだことないんですよね…今回僕の買っている「群像」からは候補作が出なかったのでそういう点でも比べるのが難しいです。そういえば「すばる」に批評について面白い記事がありました。批評の最前線が書かれていた気がします。山下澄人について直接の言及はなかったと記憶していますがその流れには乗っているのだろうと思いました。  蜜蜂と遠雷 Amazon 恩田陸。有名どころでファンが多い。子供でも顔を知っているくらい有名らしい。『夜のピクニック』から注目していました。恩田陸は途中迷走期があったような気がしますが、この『蜜蜂と遠雷』でついに直木賞受賞。音楽に詳しい人ならより楽しめる作品なのかと。僕は詳しくないですが読む予定です。  あえて結論を言うなら芥川賞と直木賞ともに現代日本文学の現在をよく表した作品が受賞したように思います。近頃の芥川賞、直木賞は裏切らない選考が特徴かなと。それがいいのか悪いのかはわかりませんが、一般の人々に興味を持たせ購買意欲を高めるという目的に資する選考になっているという印象を受けます。  と、ここから突然ですが夏目漱石の『こころ』について少し書きます。「上の14」の一部の僕が感じた一部だけちょっと書きます。タイトルにすると世の高校生が学校の問題を解くために検索してくる恐れがあるのでタイトルには「こころ」も「漱石」も使いません。もちろんこの記事はそういった役にも立ちませんけど…。この頃なんとなく集中力がないので真面目に書くことはできないかもしれません。「もっと気軽に書けばいいじゃないか。肩の力を抜きなよ。目と目があえば嫌なことなんてすぐ忘れるよ!」「大人は嫌いだ…ずうずうしいから!」みたいなセリフがガンダムにあった気がする…。とりあえずリンクは貼っておきましょう。興味をもたれた方が全集を買うかもしれないし。 岩波書店の漱石全集のリンク。https://www.iwanami.co.jp/news/?action=detail&news_no=17359 全集第9巻が『心』です。では書きます。  僕たちは体験したことからものを考えます。僕たちは体験していないことを考えることが非常に難しい。僕の心に『こころ』が響いたのは僕の心がこの作品に書いてあると思ったからです。僕は少年時代にあることに気づいていました。それは世界が滅びてしまうことと同義といえるものでした。ただそれを言葉にするすべを知りませんでした。言葉としてそれが書かれていることも当然知らなかったのです。人は他人の経験を客観的に見ることはできるかもしれません。しかし僕の経験を客観的に見ることなど不可能なのです。それは僕にとってつねに世界が滅んでしまうほどの恐怖と面しながら、なんらかの期待を抱かずにはいられずに思わず前へ飛び込んでしまう、そのようなものだったのです。そしてその「飛び込んでしまった」ことの後悔を僕は知ることになったのです。  『こころ』「上 14」からの引用です。 「私は私自身さえ信用していないのです。つまり自分で自分が信用出来ないから、人も信用できないようになっているのです。自分を呪うより外に仕方がないのです」「そうむずかしく考えれば、誰だって確かなものはないでしょう」「いや考えたんじゃない。遣ったんです。遣った後で驚いたんです。そうして非常に怖くなったんです」 唐突なようですが、聖と肉、真と偽は対立する概念ではなく、概念でさえないかもしれません、コインの表裏なのだと思います。投げたときどちらが顔を向けるかわからない。将来が見えないからと手堅い生き方を選ぶという話を耳にすることがあります。それは悪いことではないかもしれません。むしろ「堅実さ」は美徳といえるかもしれません。ですが僕の経験を振り返るにそれは生き方の一面でしかなかったのではないか、僕は生きてみてそう考えることがあります。人生の後半に待っているものとは若い時分にはとても想像の出来なかったものなのです。それはまさに上の引用のように「遣ってしまった」後でしか驚くことができないもの、それは個人の資質や技量では避けることができないものだったのです。『こころ』に書かれていることは、ですから若い人が読んで意味があると感じてはいけないことなのだと思います。この『こころ』という作品に共感する人は押しなべて「淋しい」人であると僕は思います。このような生き方を経験しないで生きてほしい。若者は力のある存在です。僕は若い人にはつねに「まつりのまえ」の希望と不安が入り混じり、それでいてなんらかの期待を持ち続けざるを得ない興奮、そのようなものを感じながら人生を歩んでいってほしいのです。『こころ』に書かれている秘密はそのように生きたあとに知ればいい、そう思います。  『こころ』は先生の「こころ」が書かれていると思います。それを知ることは意義のあることかもしれません。しかしすべての人間が人生を歩んでいく過程で体験する「遣ってしまった」という「まつりのあと」の気持ち、そこから湧き出てくる恐怖が書かれているのだと知ることも意義のあることだと思います。その先に見えるのは諦念かもしれません。『こころ』という作品は先生の諦念を書いた作品だと読まれる方もいると思います。しかし僕はそうは考えません。先生は「個」というものへのこだわりを脱したからこそ自裁したのだと僕は思います。それはかつて先生に誰かから受け継がれたものだった。それを先生は私に受け継いだのでしょう。それは血や戸籍などというものだけではない人間が古来から営んできた、受け継いできた命のバトンなのではないかと思います。それは命といっても生物学的な意味だけではありません。まさにそれは「こころ」と表現していいものなのかもしれません。こころを受け継ぐ。それはもしかしたら漱石が何度か作品で触れている…  「かつてはその人の前に跪いたという記憶が、今度はその人の頭の上に足を載せさせようとするのです。私は今より一層淋しい未来の侮辱を受けないために、今の尊敬を斥けたいと思うのです。私は今より一層淋しい未来の私を我慢する代りに、淋しい今の私を我慢したいのです。自由と独立と己とに充ちた現代に生れた我々は、その犠牲としてみんなこの淋しみを味わわなくてはならないでしょう」 先生は上のように書きながらも私に遺書を送ります。僕は先生も人間の営みが生み出すものから抜け出ることができなかったのだと思います。それを超え出ることは人間にはできない。それは私という個にこだわるのならばできたでしょう。しかし結局は先生は私を裏切ることができずに私に裏切られることを選んだのだと思います。そして私は将来誰かを裏切り裏切られるでしょう。先生は自分を「淋しい」人間だと言います。僕は『こころ』を初めて読んだときからこの「淋しい」という言葉を不思議に思っていました。淋しい人間とはいったいなんなのでしょう。この淋しさについてはここまで書いてきたことから察していただきたいと思います。ただ僕は先生は遺書を書くことによって淋しさから解き放たれたのだと感じています。先生のこころが本来あるべき流れへと辿りついたのだと僕は思います。僕は『こころ』を読むと先生のあたたかさを感じ胸が締めつけられます。僕も先生のようにつないでいかなければならないのだと強く思うのです。 あなたはひょっとしたら淋しい人間ではないですか。そうでないことを私は願います。ですがあなたがもし淋しい人でも…。先生は僕にその人生をかけてそう語りかけているように思うのです。   *漱石が小学生に宛てた手紙のリンクです。http://www.huffingtonpost.jp/2014/10/12/natsume-souseki_n_5971888.html 

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  • 18 Jan
    • 『こころ』 夏目漱石

      二つの孤峰ーー近代的自我・他者・金銭ーー夏目漱石『こころ』 *ポメラ試し中。まだ慣れてません。 1二つの孤峰・漱石と鴎外 明治文学のなかで高い峰が二つそびえ立っている。いずれの流派、主義に属することがない。「自然主義の藤村、花袋」などと呼ぶことはできない。 ・しかしながらその時々に隆盛を誇っていた文芸思潮の影響は受けている。二人は群れることなく独自の文学を作り上げていった。 ・今まではほぼ時代順に見てきたが、漱石と鴎外は文学史にくくれないため、この二人だけは時代の流れから離れ個人について書いていく。 2夏目漱石の生涯①生没年 慶応3(1867)~大正5(1916)・紅露逍鴎 明治をほぼ全部生き切った明治文学の巨匠。彼らと漱石は同時代だが名前は入っていない。 ・漱石の作品史 『猫』明治38~『明暗』大正5長い期間活動していたわけではない。そのため紅露逍鴎には入っていない。しかし今我々が読むと紅葉などよりずっと文学的貢献をしてきたと評価できる。 ・鴎外は5年早く生まれ7年遅く死んだ。芥川は明治25~昭和2年。 ②複雑な家庭環境・江戸生まれ。夏目金之助が本名。夏目家に生まれ里子に出される。また実家に戻る。(塩原姓のまま実家に戻る。落ち着かない生活を送った。 ・幼少期の影響かものごとを考え込んでしまうタイプで一種沈鬱なところがあった。それが作品にも影響しものごとの根底を問う文学になった。 ③英国留学・二松学舎で漢学を勉強。その後に英文学を学ぶ。明治33~36にイギリス留学。正岡子規が亡くなったという報を受けて帰国。 ・漱石にとって英国留学は苦しいものだったが、鴎外にとってドイツ留学は楽しいものだった。この点は対比される。 ・英国で漱石が頭がおかしくなったのではないかという噂が流れる。それだけ緊張しながら考えていたということ。英国では日本のやり方となにもかも違う。異国の状況に大変なショックを受ける。 ・日本とは何か。ヨーロッパとは何か。個人主義とは何か。近代とはどういうものなのか。 ・自分とは何かは自分以外のものに触れてみないとわからない。日本人は自分たちが背が低いと知らなかった。他者と比べて初めて自分がわかる。違うものに触れながら、我々とはいったい何なのかと問い始めていった。 ④すぐれた先生・漱石の周りには若い人が集まった。漱石は話し好き。父親としては癇癪持ちだったが青年にはいい先生だった。 ・門弟 寺田寅彦、鈴木美重吉、小宮豊隆、森田草平、野上豊一郎、安部能成、芥川龍之介 ⑤『こころ』の問うもの・人間と人間というのは必ず衝突するものである。人間には他者が理解できない。お金は人間の悪を引き出すものである。近代に生きる我々は新しい時代の我々自身の生き方をまだ見つけ出せていないのではないか。漱石の作品には必ず深刻な問題が現れている。  3時代背景①大正3年・『こころ』の発表された年。晩年の作といえる。明治39年の花袋の『蒲団』以降私小説が主流となっていた。白樺派も含め私小説が権威をふるっていた時代に漱石は『こころ』を書いた。 ・『こころ』は私小説とは呼びがたい。漱石は私小説とはなれ合わなかった。それゆえの孤峰。 ②自然主義との違いⅠ表現上の問題・違いはいくらでもある。自然主義の作家は自分たちの表現の仕方を平面描写と自称した。あるがままを淡々と描いていくということである。 ・花袋の『一兵卒』は平面描写。主人公は脚気で死ぬ。その死んでいく様子を淡々と描き出した。観察して描き出す自然主義の手法。 ・藤村の『破戒』『新生』もあるがままを淡々と描く平面描写。 ・漱石は平面描写とは少し違う。『こころ』は読んでみると探偵小説っぽい。先生の謎。死をほのめかす。読者は興味を持つ。これは新聞小説だったからということもある。表現上の様々な工夫を自然主義とは別の仕方でしている。 Ⅱ内面の重視・理想という反省・自然主義は「無理想・無解決」。生き方としての理想、人間はどのように生きていくべきかという問いかけはない。『一兵卒』も無解決。問いかけは出てこない。『新生』も姪が妊娠するがただ書いているだけ。反省はない。志賀直哉も生き方への反省はない。 ・漱石の作品には問いかけがあった。理想がある。人間はどのように生きていくことが本当なのか。人間にとって自我はどういうものなのか。 ・中の1 大学を卒業した(今の博士号を取るより偉い)私が田舎に帰る。喜んでいる父が私には馬鹿に見える。卒業証書をうまく飾ることができずコロンとひっくり返る。知識をありがたがることを少し見下す視線の描写。父の心を馬鹿にしたことを反省する気持ち。根本的に考えていこうとする鋭い批判性がある。 Ⅲ社会・国家・時代という視点・自然主義は個人の悲惨を描くことはできる。『一兵卒』 個人を描いているが戦争の是非の意識はない。『破戒』 苦しんでいく様。差別、社会構造の問題意識がない。天皇誕生日の日にも楽しむことができなかったという描写があるが、ヒエラルキーの頂点(天皇)に対する批判はない。社会性を欠いているのが日本的自然主義。 ・漱石 近代とは何か。自分の生きている時代は前の時代とどう違うのか。 ・上の14 明治は自由・独立・己とに満ちた時代である。封建時代とは明らかに違うという意識がある。 ・大正3年 『私の個人主義』今の時代にも通用する問題意識を持っていた。恐ろしい驚くべき洞察。今の時代も解決しない問題意識を見抜いていた。  4『こころ』論非常に面白い小説。細かく読んでいくとものすごく追究すべき問題が出てくる。またおかしなところも出てくる。 ①構成について・成立したときの事情。朝日新聞連載 1914(大正3) 4・20~8・11重要。構成上の工夫。表現上の工夫。 ・当初の『こころ』は短編集『心』をつくろうと試みていた。しかし、第一編「先生の遺書」が長すぎて断念する。岩波で出版する際に、上・中・下にして出版された。 ②構成上の破綻Ⅰ中途半端おかしいところ。私の父はどうなったか。中の最後で危篤。私は先生のところに戻る。親父がどうなったかわからない。また先生の遺書を読みながら私がどうなったかもわからない。空白。 Ⅱ作中の矛盾・先生から私、遺書を受け取る。「下」と同じ長さ。400字詰め原稿用紙200枚。「中」の16で懐に差し込んだとある。厚くて差し込めない。漱石には書を書くと長くなる癖があった。 ・手紙の数 「上」の9 箱根からの絵葉書。日光から紅葉を封じ込めた封書。「上」の22 帰省中もらった手紙は2通。遺書を含めて3通のはず。矛盾がある。 ・手紙の矛盾についてある研究者。帰省中にもらった手紙と遺書は先生から。紅葉の封書は先生の奥さんから。 ・死にそうな父を置いて東京へ向かった。奥さんのところへ向かったのではないか。 ・先生が奥さんを墓参りに連れて行ったか。「上」の6 連れて行ったことはない。「下」の51 連れて行った。長く書いているうちに漱石が忘れたという解釈。1回目は連れて行かれたという解釈も。 ③先生はなぜ自裁したのか・乃木の殉死。我々が生きているのはおかしいのではないかと考えた。←おかしい。先生は世捨て人。引っかかる。 ・プリント1P 丸谷才一「徴兵忌避者としての夏目漱石」 ・松本寛「『こころ論』ーー<自分の世界>と<他人の世界>のはざまでーー」非常にいい文章。ひとつひとつ丹念に書かれている。 ・この講義ではなぜ自裁したのかは話さない。自分で考える。 ④『浮雲』とプリント9P・『こころ』と『浮雲』は非常に似た作品。『浮雲』は失敗作。善玉悪玉がはっきりしていて相対化されていない。『こころ』とは違う。先生は善悪の矛盾を抱えている。 ・2作とも母子家庭のうちの娘。主人公が入り込んでくる。関係ができそうなところで闖入者が出てくる。本田昇とK。 ・図から言えることは、父がいなくなっているのが近代の社会の問題だということ。近代以降、強い力を持つ中心がなくなった。それは若い人たち、女性たちにとって悪いことばかりではないが、そこに近代の苦しみ(父の不在)を見ることができる。 ⑤深淵としての他者・図2 『こころ』の仕組み。読み手先生、先生の奥さん、奥さんの若い頃、K、叔父さん、義母はすべて私という語り手を通じて見ることができるもの。私というフィルターを通さなくては見ることができない。 ・先生はKのことを理解していないんじゃないか。私が語った範囲でだけ読者は理解する。私を通してしかアクセスできない。先生の証言を通じてしかKを理解できない。 ・叔父さんは本当に悪人なのか。先生は許していない。果たしてどうなのか。実際はそんな人じゃなかったかもしれない。先生のフィルターを通した叔父さん像。 ・奥さんは先生とKの関係を知らなかったのだろうか。奥さんは知っていた可能性がある。先生と奥さんのあいだにも深淵がある。 ・先生の遺書 事実をそのまま語っているのか。先生の側から見たものが書かれている可能性。嘘が書いてある可能性もある。 ・お互いに理解することができない。他者と他者の物語。理解することのできない他者同士の物語。 ・理解しがたい他者同士の物語。近代を生きる我々の問題。理解も共感もできない他者と他者がつながっていかなくてはならないという現代的課題。テロの恐怖=他者と他者との関係。漱石は非常に優れた文学者であった。   *以前、『こころ』を書いたらブログやめますと書きましたがこれはメモ書きなのでやめません。もう少し頑張って続けます。

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  • 15 Jan
    • こんにちは、ともすけです。寒いよ〜。新潟市内で画像のありさまです。出かけたくない、しかし用事がある。だいたい積雪量は30センチくらい?もう少し山間地に近づくと80センチくらいあるそうです。電車も止まった…センター試験を受ける受験生は大変だろう…。車を運転するとまるでオフロードを走っているような。これだけ降ると4WDがほしいところ。こんな寒い日は味噌カツだよね(意味不明)。味噌カツは名古屋でなきゃ食べられないぎゃ〜。いや、新潟でも食べられます。明日になってると雪が溶けている…なんてことはないでしょう。

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  • 13 Jan
    • 漱石全集 第2巻 そして『騎士団長殺し』、Nintendo switchへ…。

      「見渡した処 凡ての物が 静かである」こんばんは、ともすけです。  漱石全集第2巻、買いました。僕は漱石マニアなので買ってますが僕の周りで買っている人は見かけません…。    第2巻の収録内容は下の通り。  しかし、全28巻長い…。僕は『吉本隆明全集』、『谷崎潤一郎全集』と途中で挫折しているので全部揃えることができるかどうか…。   字は読みやすいですね。…などといいところを探してみる。おい!もう特典つかないのかよ!?((((;゚Д゚))))ガクガクブルブルなんかつけようよ~アニメのDVDなんか特典満載でしょ?    あと、村上春樹の新作の発売日が決まりました。  騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編1,944円Amazon ドン・ファン的香りがする。まさかのモテ男が主人公の話なのかも。『1Q84』のときほどの盛り上がりはない気がします。なんかまわりの反応ではタイトルに「殺し」がついていて嫌とかいうすごい素朴な感想も。   そしてわれらがニンテンドーのNintendo switchの発売日が3月3日に!29800円。プレステ4いくらだったっけ?だいたい同じくらいですね。買う…予定。

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  • 07 Jan
    • pomera

      あけましておめでとうございます。ともすけです。 ポメラ買ったどーーーー!!  知る人ぞ知るポメラ。文章を書く強者どもが使っていて気になっていたポメラです。こちらは2011年に発売されたDM100というもの。  キングジム デジタルメモ ポメラ DM100 ブラック38,880円Amazon これ定価で表示されれますが2万円くらいで売ってます。  一方最新機種DM200.  キングジム デジタルメモ ポメラ ブラック DM20053,784円Amazon こちらは高いですし値崩れも起こしていない様子。  先ほどiPhoneのキーボードとして使用できることも確認。これで外からでも長い文章が書ける…いや書かないかもしれないけどちょっとしたことをメモすることができるのは嬉しい。まさかこんないいものがこの世界にあったとは。これでiTunesの使えないパソコンからおさらばだぜ!(BTOなのでiTunesと相性がよくない)  では今年はiPhoneとポメラで頑張ります。

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  • 27 Dec
    • とりあえず近況。

      おはようございます、ともすけです。  どうしても寿司が食べた~い。回転ずしでもいいから寿司が食べた~い。新潟はそこらへんのスーパーで売ってる寿司でもうまい…だが上には上があるのです。  ここ富寿しは新潟では古くから老舗のお寿司屋です。特製のだししょうゆがまたおいしい。右のはあなごのたれです。気づかれた方もいらっしゃるでしょう…そう、ペンでネタが書いてある!  めだい、こち、つづのめ、たい。なんだかよくわからんが旨い。寿司はいいよね・・・。カウンターで馴染みの大将と話しながら朝まで酒を飲む…古町がまだ元気だったころ…おうちでテレビ見ながら食べてました!(泣)  今は万代地区が栄えてまして、1月9,10日はNGTが1周年感謝祭をやるとか。地域密着型アイドルなんですよね。ちょっと他のAKBグループとは違います。  久しぶりにメガネを買った。オリバーピープルズを買おうと思ったけど日本製のブランドを買った。もはやブランドで買う時代は終わったと感じます。自分がよいと思うものを買うべき時代が来たかと。トムフォードのサングラスも直してもらいました。いい店や…。  最近読んでる本。  19世紀後半から20世紀中ごろまでの哲学を再確認。ベルクソンの『時間と自由』はベルクソンでは1番読みやすいでしょう。漱石も読んでたし。現象学に関しては良書はたくさん出てます。これがベストではない。『イデーン』を買った方がよい。それはわかっているが高いし買ってもまず読まない。まあここらへんの本は面白いですね。僕はいまの日本の思想(あるのか?)に対しては相当○○してますから。さすがにじっくり読む時間はないので流れを再確認する程度で。この頃は読んでも読んでも忘れていく…。    図書館から借りてきた『モロイ』。やばい…すごい読みにくい…。一緒に自伝も借りてきたのですがそちらのほうが読みやすい。当たり前だ。なんとか年末年始に集中して!  他にはそうだな~漱石全集の『猫』は読みたいな~。『猫』がどれだけ小説の正統を行っているかはこのブログを読んでくださる猫好き…いや本好きのかたならわかっておられることでしょう。僕もホントは『猫』みたいな小説読みたいんだ~。くしゃみ(漢字が出てこない)先生と猫ほど人間らしい登場人物がいただろうか!『坊っちゃん』の坊っちゃんがいた!そう!ボルヘスの『ボルヘス、文学を語る』読んでました。隠喩について語っているところは大変興味深かったです。隠喩って読み手がわからないと隠喩にならないんですよね…当たり前ですけど。だから古典作品でもう痕跡も残らない隠喩って相当たくさんあるんだなと思いました。  他はもうネタがないな…昨日はYouTube見ながら寝落ちして4時に起きてこの記事を書いています。ブログを書く時間が取れてよかったのか…。  globe20thに出たカヴァーアルバムがなかなか面白いでき。浜崎あゆみや倖田來未も参加。僕的には坂本美雨のPurecious Memoriesがいい感じ。なんか20歳前後の頃を思い出すね…僕にとっては懐メロ効果あります。そのときの情景が浮かんでくる詞の書き方ね、小室哲哉は楽曲は評価されてるけど詞もいいと思うけど。会話の語り方を積極的に使ってるから聞く人によっては軽いと思うかもしれないですが。  こんな感じですね。あとブログ記事の「ヤンキー」はまだ書くつもりでいますので待っている方はもう少しお待ちください。僕は平行読みしかできないのです…テクストとテクストのあいだから何かが生まれてくる…そんな気がしませんか?と言い訳してみる…。

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  • 17 Dec
    • 差異と反復についての補足

      こんにちは、ともすけです。  以前、差異と反復という記事を書いたと思うのですが、僕は非常に思わせぶりに書きました。その記事を読んでもしかしたら誤解が生まれたのではないかと若干の危惧を抱きまして少しだけまた思わせぶりに補足したいと思います。  「差異と反復」の記事へのリンク。http://ameblo.jp/matsuitomoki/entry-12197482161.html  ドゥルーズのいう、というか僕の生きた青春時代にはニューアカというものがありました…。そこでは差異というものを中心に思想が展開されたのです。差異というのは差です。時間の差を考えてみてください。過去、現在、未来と僕らは人間だからこそ感じることができるわけですよね。過去の自分と現在の自分、未来の自分は違う。それが差異です。  それまでの西洋哲学はプラトンに始まりヘーゲルに至るまでこの差異というものを重視してきませんでした。1番最初に重視したのはシェリングなのかな。いわゆるニューアカとか現代思想といわれるもの、ドゥルーズらフランス現代思想といわれるものの流れを組む人々は「生成」というものを重視しました。植物が生え、そして育ち、枯れるように、この世界に現れそして消えていく。その流れのなかに固定した姿はないのです。それを「生成」という言葉で表したのです。  一方、それまでの哲学は同一性ということを重視していたのです。変わらぬものです。永遠に変わらぬもの、それは例えば真理とかイデアとかですね。例えば、花があれば花には真の理想の形がある。それを僕らは頭で思い浮かべることができる。しかしこの世界にある花は生え、育ち、そして枯れる。それは完全な姿ではないのです。プラトン以降ヘーゲルに至るまでこの世界に存在するものは人間も含めすべて完全ではないものです。そしてどこかに完全な世界がある。そういうことを人間が意識したときに人間のなかで二元論という考え方が生まれたのです。以降フッサールの現象学に至るまで哲学(存在論)はそのような考え方を主流としてきました。  例えば、言葉。言葉を僕らは読む。本を読む。するとそこにはなにか僕らはわかること、ありがたいことが書いてあると思い込んでいる。しかしそうではない。それは僕たちが理性というものを信じているからそう思うのであって、理性はそんなに確実なものではない。だから言葉を読んで真理が書いてあるなんてことはない。つまり真理が現前すること=目の前に現れること、があると思うのは幻想でしょう。それを説明しつくそうとするのが理性の役割でした。しかし理性というものに反旗を翻したのがいわゆるフランス現代思想です。  ヘーゲルという大変偉大な哲学者がいました。しかし彼の哲学体系を西洋は批判する必要がありました。それは西洋が危機に瀕していたからです。その体系に対抗するものとして現れたのがニーチェとマルクスですが、これがあまりよくなかった。なぜならニーチェとマルクスもヘーゲルという建物に対抗して建物を建ててしまったからです。これでは形而上学の別の建物を建てたに過ぎない。同じことの繰り返しだったのです。  そこでフランスのデリダやドゥルーズという人は西洋の壮大な哲学という建物を少しずらすことを考えたのです。今ある建物をずらす。デリダの脱構築という手法を聞いたことがないでしょうか。既存の概念を遡って解体する。デリダは脱構築を使って西洋哲学をずらしていくのです。Aに対してBを持って対抗するのではなく、AとBのあいだで宙吊りになりその境界線を走る…わかりにくい言い方ですいません。具体的にはデリダやドゥルーズの著作を読めばおわかりいただけるでしょう。言葉に、理性に基づく真理を求めるのではなく、言葉の、文章のスタイルを変えることによって差異と戯れる…ちょっとごまかしましたw 要するに言葉のなかにはなにかを詰め込めますが、差異は差異でしかないんです。その差異についてとことん真面目に戯れようということです。やはり興味のあるかたは直接デリダもしくはドゥルーズといった人たちの著作に当たられるほうがよいと思います。  小説でいわれるポストモダンというものも大きな建物=近代文学とは違う書き方をするということだと思います。そこにはポストモダンという決まった形式があるのではなく、モダンではないという意味しかないと思います。  そうやって僕らの生きる現代に至る…というわけです。だから以前書いた差異と反復では同一性の優れた点を書いたのですがそれはプラトン以降ヘーゲルまでの理想=イデアというものがあり、それに近づくためのアスリートの同一性への試みというものを自分なりに説明したというわけです。そこのところを了解いただきたく今回再度記事を書きました。最近、ブロ友さんで哲学に対して興味をもたれる方を何人かお見受けしまして自分の思わせぶりな書き方に戸惑われているのではないか、それは失礼にあたるのではないかと考えていました。僕の世代はこのニューアカという時代についてあまり語りたくないのです。だからもしかしたら僕の上に書いたことはまったく知らないという世代の方もおられるかもしれません。このままあの時代の遺産が消えていくのか…僕はこれからも自分の記事で積極的に書くことはないかもしれませんがコメントさせていただくときは遠慮なく書かせていただきますのでそこのところよろしくお願いいたします。  フランス現代思想に興味をもたれた方は是非読んでみていただきたいと思います。ただしそれまでには西洋の歴史や哲学をよく理解してからでないといったい何をやろうとしているのかよくわからないということになってしまうと思います。よくよく読み込まれ血肉と化してしまわなければならない…面倒なことですが西洋を理解するということはそういうことなんでしょうね。

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  • 14 Dec
    • 定本 漱石全集 第1巻 「吾輩は猫である」

      こんばんは、ともすけです。  遂に岩波から発刊スタートした「定本 漱石全集」。12月9日が漱石の命日だったらしくNHKがしきりに漱石関連の番組を放送していました。僕はNHKには「真田丸」の総集編をしっかりつくってもらいたい…。  吾輩は猫である (定本 漱石全集 第1巻)4,968円Amazon まあ漱石全集を集めることにどれほどの意義があるのかは僕にもわかりません。岩波はもちろんちくまも全集を文庫で出してますし。おそらく集めるのは相当の漱石マニアでしょう。今まで40種類ほど全集が出ているとか…ここで買う意味はあるのか!?僕はお薦めしません。僕も古書で岩波の持ってるし…。  そんな僕ですが1巻を買ってしまいました。「吾輩は猫である」。文庫であるじゃないかよ!!!!これはもう道楽ですね、好きだからしょうがないじゃない。フィギュアあつめるとかと同じですね。  この全集には附録がついています。  漱石の名刺レプリカ。これはまあ見た瞬間驚きました。僕はこれほどまで普通の名刺を見たことがありません…。明治時代の名刺ってみんなそんな感じだったのかな~と思います。今はカラフルな名刺ありますものね。そして『心』自筆原稿レプリカ。僕にとって『こころ』は初めて世界というものを知らせてくれた大切な作品なのでこれはありがたい!ありがたくて自分でもまだ見ていません。大切なものは持っているだけで満足するあるある。   本の装丁はたぶん、漱石のデザインだったような気がする。たぶんです!!たぶん!!   「猫だって笑はないとは限らない」漱石の作家としての出発点が『猫』だったことからも漱石が近代小説の枠組みにはまらない作家だったことがうかがえます。もしも漱石が長生きしていたら『猫』のような小説が主流になっていたかもしれない…。  でも漱石を読むなら文庫でしょう。漱石は作品ごとに様々な実験を試みています。漱石の試みを多くの人に体験してもらうためには文庫のほうが断然いい。やはり全集は本当にマニア向けのものだろうな~。

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  • 12 Dec
    • 『オン・ザ・ロード』 ジャック・ケルアック

      おはようございます、ともすけです。  オン・ザ・ロード (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-1)2,808円Amazon  アメリカ大陸を横断する壮大なストーリー。これ、最初に読んだときにはすごいつまらないな…400頁もこれが続くのかよ…と思いながら読み、読み終わった後も苦行が終わったと思った…それぐらい自分とは合わない小説と思っていたのです。しかしこれ、何度か読み返していると、あるときこころのスイッチが「カチリ」と入った音が聞こえたんです。突然、主人公とそのまわりの仲間たちとリズムが合いだした。情景が、彼らのいかれた生き方のなかに僕も飲み込まれていく!そうするともう彼らとの旅が面白くてしかたがなくなってくる!こういう読書体験は僕にとって珍しいことなのですが、読む手がとまらない!先を読みたくてしかたがなくなってしまう!転がる石は止めることができない…。  この『オン・ザ・ロード』の裏帯びに、全集の編者池澤夏樹は次のようにこの作品を選んだ理由を書いています。 「自由というのはこんなに楽しいものか。20世紀半ば、『オン・ザ・ロード』は若者の解放宣言だった。男二人、ニューヨークからメキシコ・シティまでのおしゃべり過剰の、気ままな、行き当たりばったりの旅にぼくたちは同行する。」 心を自由に脱線させろ!アメリカのビートジェネレーション、僕は彼らの言う自由というものが最初はわかりませんでした。もしかしたら少し軽蔑していた部分もあったかもしれないです。でも今はわかります。自由が、本当の自由がこんなに心躍らせるものなんだと教えてくれた。  裏帯には何かと話題のボブ・ディランの言葉もあります。「この本はぼくの人生を変えてしまった。」  そうなんです。この小説にはそれだけの、人の人生を変えてしまうほどのパワーがあるんです。『オン・ザ・ロード』を他の言葉で言い表すことはできない。『オン・ザ・ロード』に書かれていることがすべてだと思います。この小説は確実に世界文学全集の第1巻を飾るのに相応しい、まさにそう言える小説だと思います。池澤夏樹の全集への編集方針をある程度理解することができるものとも言えるかもしれません。   オン・ザ・ロード [Blu-ray]5,076円Amazon  この小説は西部開拓の物語、まさにアメリカンドリームを夢見た者たちの反復でもあるように思います。西への旅の果てに彼らはいったい何を見るのか…。  この本を読まずしてアメリカを語れるのか。いや語れまい…それほどの影響力を持った小説だと僕は思います。読んでいない方は是非!とにかく行こうぜ!道はいくらでもある!

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  • 05 Dec
    • 『文学としてのドラゴンクエスト』 さやわか

      おはようございます、ともすけです。  今回は、ゲーム史上燦然と輝く名作シリーズドラゴンクエストについて書かれた本、  文学としてのドラゴンクエスト 日本とドラクエの30年史 (コア新書)950円Amazon です。  ドラゴンクエストⅠを初めてやったのは僕が小学生のとき友達からゲームソフトを借りてやったのでした。あまりの怖さに一人でやることができず友達と一緒にプレイしました。今のドラクエをプレイしている人にはちょっと想像がつかないでしょうね。  このドラゴンクエストという作品、ちょっとした感受性を持っていた人は気づいたと思うのですが、物語性が非常に優れています。初期のロト三部作、天空三部作。その後ⅦからⅩにいたるまで手が抜かれたことがありません。この作品の脚本部分について書かれているのがさやわか氏が書かれた『文学としてのドラゴンクエスト』なのです。  内容についてはあまり触れずに僕の経験からこの作品について書かせてもらいます。まずⅠ、Ⅱ、Ⅲと続くロト三部作ですが、これはアニメ漫画のように自分ではない選ばれし勇者になりきり物語をプレイするモダン小説のような重厚さを持った作品になっています。特にⅢでは自分の出自を明らかにする冒険を追体験することになります。この物語のシンプルでいながら構造的な物語性は村上春樹の初期作品と比較されるべきでしょう。まあこの本でも比較されてるんですけど。  そしてⅣ、Ⅴ、Ⅵと続く天空三部作。こちらはⅣならば物語が章立てとなりより物語性が増しています。Ⅳが空間を違えた仲間たちとの物語ならばⅤは時間を違えた仲間たちとの物語です。そしてⅥはついにその時間と空間を違えた物語へと進化するのです。天空三部作にロト三部作との比較で不満を持つ人々もいたように僕は記憶していますが、これは物語がモダンからポストモダンへと移行したということに気づかなかったあまり文学的でない人々もしくはモダン小説に深い愛着を持っていた人々によってだったと思います。まあここでも村上春樹を引き合いに出すならば天空三部作が出されたと同じ時期に『ねじまき鳥クロニクル』を出しています。非常に似ている作品だと思いませんでしたでしょうか。  村上春樹と比べると時代性というものがよく見えてくるかなと思いましたがまあリアルタイムにはみんな読んでいないと思うのであまり比べてもなと思う気もないではないですが、二人とも同時代に早稲田大学で学生時代を過ごしているんですよね。だから作品に流れるものも似たようなところはあるのではと思います。  そしてⅦ。Ⅶになると本体がニンテンドーDSへと移ります。画像処理も発達し3Dで描かれるようになり物語性はポストモダン性をさらに深化しながらより複雑になっていく。いわゆるお使いゲームからの脱皮が図られます。自由な順番で地図のかけらを集めて旅するように。Ⅷはプレイステーションがプラットフォーム。今作から本当にお使いゲームとしての要素が大変薄くなり正直何をしていいかもわからなくなる。Ⅸではネットを利用したすれ違い通信がブームを引き起こしました。珍しい地図を集めるために秋葉原のヨドバシカメラの前に人が集まるという、今年のポケモンGOみたいな現象も起きました。物語はより自由にポストモダン極まれりという感じです。そしてⅩはやりましたね。ついにMMORPGへと。月額課金というハードルの高さはありましたが試みはある程度の成功を収めました。  この本で気になったところをひとつあげておくと、ドラクエはなぜ日本では売れるのに海外では売れないのかということです。さやわか氏はそこにドラクエの日本人性を指摘しています。まあシンプルに言うと、主人公が普通の等身大の人物ではなく勇者のような選ばれし者だから、ということでした。つまり日本のアニメ漫画的要素が強いということなのですがこう聞くと、アニメって世界で受け入れられてるんじゃないの?引き合いに出した村上春樹の小説って世界的に読まれてるんじゃないの?という疑問が湧いてくると思います。そんなあなた!この本を読んで確かめてください。この本は880円と高いですし、活字も大きく読むのに2時間かかりません。決してリーズナブルではないのですがそれでも謎をときたいあなたは買うべきです。  最後にドラクエというコンテンツについて僕が思うのはいま、Ⅰ~Ⅸまではスマホでプレイすることができます。非常にお手軽になっていてスマホユーザーみんなが(金さえ出せば)遊べるようになっています。このドラクエシリーズは日本の新時代のラノベやアニメ漫画と非常に高い親和性を持っています。そして日本がモダンからポストモダンへと移ったことを追体験させてくれます。小説を読むのはめんどくさいという方はドラクエでそういった歴史を体験してみるのもどうでしょう。そしてプレイすればドラクエがなぜここまで人々に支持されているのかその理由がわかると思います。

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  • 03 Dec
    • THREE

      こんにちは、ともすけです。  THREEがメンズのコスメを発売するというので買ってみました。これはどうやらAOYAMA店だけの先行発売のようでそれ以外で手に入れるためにはオンラインストアで買わなければいけません。新潟も伊勢丹にTHREEはあるのですがオンラインショップで購入しました。新潟伊勢丹でも売られるようになるのだろうか…しかし新潟のTHREEは1階女性化粧品売り場にあるわ…そこでカウンセリングなんて受けられない…。  箱に上質な紙を使ってる様子。      ポーチも手触りのよいこだわりを感じる。       開けるととてもよい香りがする…さすがTHREE。トライアルきっとなので価格は抑えめですが、ローションは税抜き5000円します。高級化粧品だな…。メンズ向けのメイクキットはでないのかしら。http://www.threecosmetics.com/   どんなピンチのときもぜったいあきらめない。そうよそれが可憐な乙女のポリシー。冬はお肌の手入れをしなくちゃね。

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プロフィール

ともすけ

性別:
男性
誕生日:
1974年10月4日
血液型:
AB型
お住まいの地域:
新潟県
自己紹介:
音楽一般に目覚めてきました。それにより読書の理解の幅も広がりました。共通点はリズムです。お薦めの本、...

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