• 24 Mar
    • 修行の旅。たぶんその3(完結)

      旅3日目。 僕はついに神奈川近代文学館を目指すことになった。 カナブンには夏目漱石デジタルライブラリーがある。去年の秋頃だったろうか、読書メーターで知り合った方からカナブンで漱石の展示会をやっているということを教えていただいたのだ。しかしそのときは行けなかったのだ。カナブン訪問は僕の念願! 僕はついに!ついに!!という思いでみなとみらい駅へと向かった。     みなとみらい駅から通勤快速で1駅で元町・中華街駅だ。構内は入り組んでいるが確かアメリカ口から出るとカナブンに最も近いと思う。     出るとこのような公園?がある。異人墓地が右手に見える。左側には近くの園児の一行がいた。ここ横浜近辺、山下公園、港の見える丘公園は園児率が高い。平日の昼間だから園児かお年寄りが大半なのだが・・・。地域の人たちは普通に公園として楽しんでいるのだろう。         緑の多い土地である。なにか緑の生き物が頭に花を咲かせているキャラをよく見る。名前が書いてあったが忘れてしまった・・・。みなとみらい駅にもいたのだが。とにかく街を挙げて緑化政策をしているのだろう。         右上に指が写っているのは気にしないでください。坂、山手にあるので坂を登る。神奈川県は電動式自転車の普及率が高いらしい。ママチャリ、ベビーカーもよくみかける。活気のあるいい街だ。         よこはまフェア。右下にいるキャラがさっき触れた緑のいきもの。赤レンガ倉庫は昨日行ったのだがもう少し先に行くと山下公園だったのだ。         港の見える丘公園入口。曇ってるので少し寒い。         この公園は花がとても多い。緑化政策の賜物ですな。新潟のこの時期は寒さもあるけど街で花を咲かせているのはなかなか見れない。ここをまっすぐ行くと、         港があります。左手がインターコンチネンタルホテル、観覧車、ランドマークタワーがある方。右手に進むとカナブンがある。しかし景色がいい。真正面にベイブリッジが見えたかな~。こここでも園児たちが遊んでます。         画像あった!真正面にベイブリッジありますね。手前に古い建物がある。港っぽい。         花が咲いている。花の種類はわからないのですが、なにせみんな違って数が半端じゃないので、花でいっぱいです。歩いていて花の香りがする。         霧笛橋。ここを渡ると、         神奈川近代文学館。ついに来ました!漱石先生!この日をどんなに待っていたことか!! そして僕は入口へと向かった。   ・・・しかし、しかしなんと!Σ(゚д゚lll) 今日は休館日だったのです!!!!!!!!!!!!!!!!!! Σ(゚д゚lll) Σ(゚д゚lll) Σ(゚д゚lll) Σ(゚д゚lll) Σ(゚д゚lll)     新潟から来たんだよ!! Σ(゚д゚lll) これが人生というものなのか・・・僕は漱石先生とは出会わずの人生なのか・・・。 正岡子規です!野球大好き! プレーボール! ・・・取り乱しました・・・まあさ・・・また来ようよ・・・。         ということで僕はその隣にあった大佛次郎記念館に入ったのだった。 大佛次郎については以下の画像を参照のこと。         『鞍馬天狗』。猫好き。なるほどね~。 猫グッズを買ってきました。         山下公園を歩く。この記事を書いていて気づいたのひとつの記事に画像は15枚しか貼れないということ。なので「中華街に行く」の巻は省略します。山下公園から内陸側に行くと中華街があります。あと横浜スタジアム。       船だ!左端にランドマークタワーがある。観覧車も見える。パシフィコも。あいだに僕の泊まった横浜なんとか東急があります。     この街はいい街だ。こんな街住んでみたいな。歩いている人を見ていると独特のものがあってこれが横浜の地域性なのかなとか思いました。それとも観光客なのかな。そこがいまひとつわからなかったです。     そして今日僕は新潟に帰ってきたのですが、MAX315号に乗って帰ってきました。そう!新潟にはNGT48がいる!4月12日メジャーシングルデビューなのでみなさんよろしく。     新潟寒いです。帰ってきたら肩こりがひどかった・・・。東京駅まで4,50分かかってそのあと新幹線で2時間半なので結構疲れる。荷物抱えてたから筋肉使ったのかも。     帰ってきたら猫がよそよそしかったです。まるで他人を見るかのような目で見つめてきました。抱っこしてもゴロゴロいわない!16年育てた歳月を忘れたのか猫よ・・・。  

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  • 23 Mar
    • 修行の旅。 たぶんその2

      こんにちは、ともすけです。   昨日はインターコンチネンタルホテルにある中華料理店「カリュウ」に行ってきました。   食べログだとランキング3位か…。創作料理ともある。   リンク。   http://www.interconti.co.jp/yokohama/restaurant/restaurant/karyu/       31階にあったのですがエレベーターの重力が…。苦しみながら31階に到達すると…そこのフロアにはカリュウしかおらんかった…。       予約していたのでスムーズに入れる。コースはいろいろあるのでリンク先を見てください。僕が頼んだのは、   旬菜コース。 あわびフェアということで期間限定コースらしい。 ・ あわび入り前菜の盛り合わせAssorted Appetizers ・ 蟹肉、干し貝柱、絹笠茸の卵白仕立てスープSoup with Crab Meat, Dried Scallops and Mushrooms, Egg White Flavor ・ シェフお勧めの蒸し点心三種Three Kinds of Steamed Dumplings ・ 海老の柚子風味マヨネーズソースDeep Fried Prawns with Mayonnaise Sauce, Citron Flavor ・ あわび姿の黒酢入りバルサミコソースPan Fried Abalone with Balsamic Sauce, Black Vinegar Flavor ・ 牛肉のカレー風味サテ醤ソースPan Fried Beef with Satey Flavor, Carry Flavor ◆ 下記a)~b)より一品お選びください。Please select one dish from the following. a) アサリと菜の花のガーリックチャーハンGarlic Fried Rice with Clam and Canola Flower b) 野菜と翡翠麺の炒め焼きそばFried Green Noodle with Vegetables ・ オリジナルデザートOriginal Dessert ・ 福建銘茶 鉄観音茶Ti Guan Yin Tea 食材の入荷状況により、一部内容が変更となる場合もございますのでご了承くださいませ。 【こちらのメニューは2017/3/1~2017/4/28までのメニュー内容となります。】 (税金、サービス料金込み)         中華料理店とちょっと違った雰囲気。フロアがあまり中華感がなく、高級感はあるが居心地がいい。フロアのなかは他の方の迷惑になるので撮りませんでした。料理だけ撮りました。         前菜。あわびが主体のコースなだけにあわびもう来た。あわび、チャーシュー、海老など。ひとつひとつの食材が厳選されている印象。いや、僕は美食家じゃないのでわからんけど。海老とかが歯で噛むとプチリと切れるわけです。ああ、これがよく聞くプリプリ感なのだなと。あわびコースだけにあわびの美味しさが印象に残る。           蟹肉と貝柱、茸…長生きできそうな味。スープもね、具材どうしが引き立てあってるのですな。たまごスープじゃないよ。あ、ジンジャーエールも頼んでます。       点心。シェフおすすめということで。左上のやつ。なかになんだろ?菜類が入ってます。凝ってますな。下のは皮で包んであるだけあり、噛むと口の中で具材と汁の味が広がります。中華料理店なのにシュウマイはでないんだなとちらりと思う庶民の僕w      海老なんですけど、実は僕は海老が苦手なのです。おまけにマヨネーズも苦手。僕はそのまま頼みましたが、注文するときに苦手な食材などを聞いて変えてくれるようです。でもこれもとても美味しかったです。前菜で出された海老とは違う味つけで思わずシェフを呼びたいくらい(嘘)        あわびです。創作料理という感じですな。ソースとあわびが合う!あわびとはこんなに美味かったのか…今まで食べていたあわびはいったい…。黒酢とバルサミコソース…やるな!シェフを!シェフを呼べ!!      牛肉のカレー風味、うんうん柔らかくて美味しい。でもサテ醬ってなんだ?このサテ醬というのがいい味出してる気がする。野菜も美味しいし、こういうのを食べてると料理人になってみたかったと思います。世のお父さん、お母さん、小さい頃からお子さんによいものを食べさせてあげてください。   ここで大きなミス!!ガーリックライスの写真を撮るのを忘れた!あさりの味とガーリックがライスととてもマッチしていました。   なにかこのコースは食べていてシェフの思想というものを感じましたな。一流はそういうものを感じさせるものなのかもしれない。      ジャスミン茶。だいたいここまでで1時間半くらい経ってます。このコースは2時間くらいを想定してつくられているようです。ゆったりです。      ジャスミン…。かなり混んでるから予約しないと入れなかったかも。フロアの雰囲気は中華という感じはあまりしなかったです。もしかしたら公式サイトに画像あるかな。      デザート。胡麻のやつ…名前忘れたw 月餅とマンゴープリン。このマンゴーは美味いな…上に乗っている生クリームと甘さが重なりより味がまろやかになる…。   そして楽しい時間は過ぎたのだった…。       お店の人の許可を得て窓からの展望を写真に撮らせてもらいました。ベイを見ながら食事ができるのはいいね。横浜だからね。       ホテルへ戻る途中、赤レンガ倉庫に立ち寄る。     あれ?赤レンガ倉庫ですよね?戻ってきて画像見たら自信がなくなった…。    こっちは確実に赤レンガ倉庫。赤レンガ倉庫についてはたいして言うことはなし。お土産屋を見ましたが横浜煉瓦とか横浜ハーバーとか高いのですな。新潟の笹団子や磐梯太鼓とかとはわけが違うのですな…。     というわけで横浜の旅は…あれ?僕なにもしてないじゃん!なにかしよう、なにかしようと焦る…。そして今日が最終日です…。

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  • 21 Mar
    • 修行の旅。たぶんその1

      こんばんは、ともすけです。私は修行の旅に出たのだった…。行き先は秘密。これがMAXときだ!!新潟と東京を繋ぐ最強の新幹線。ちなみに乗ったのはMAXとき316号。私は東京駅から秘密の通路を抜けて、あのまぼろしの街、みなとみらいへとたどり着いたのだった…この街の恐ろしいところはエスカレーターを乗り継いでいると知らぬ間にもといた場所に戻ってしまうことだ!私は腹ごしらえにちょい飲み横丁?だったかな。そこのなんとかという店でローストビーフ丼を食した。これが安いのに美味い!!店の特徴はとにかくガーリックなのだが、このローストビーフ丼はタレが甘くローストビーフは厚く味が染みている。ガーリック風味を効かせたい人はテーブルに置いてあるガーリックチップスをかけるといいだろう。ピリッと味が締まってこれまた美味しい。ホテルの部屋。景色については次回。このホテルの驚いたところは、バスルームとシャワールームが分かれているところだ。それだけではなくトイレもわかれている。通常のシティホテルではユニットバスのところが多いのではないだろうか。それとも私が安いホテルにしか泊まっていないのか…。シャワールーム。トイレルーム。やはり景色は載せておきましょう。これが噂に聞いた観覧車か…ホテルの部屋が空いていたためにシティビューからオーシャンビューにグレードアップしてもらったのだ。いい景色だ…しかしバルコニーに出るにはまだ寒すぎる季節だった…。色がいろいろ変わるのか〜。私はプレミアムモルツを飲みながら思ったのだった。夕食は唐揚げ弁当…。

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  • 19 Mar
    • 定本 漱石全集第4巻

      おはようございます、ともすけです。今回はスマホからの入力です。みなさんスマホから記事を書かれているのでしょうか?僕はスマホからだとどうしても全体を把握できない気がしていつもパソコンから書いています。しかし時代は流れる…スマホに適応していかねば…。さて、漱石全集第4巻 虞美人草 です。紫が嫉妬で濃く染まつたんでせう僕は子どもの頃思っていました。「この世界のすべての姉ちゃんはわいのものや〜」というじゃりテンとあたるの思想!!しかし現実はそんなものではなかった。男と女のあいだには愛とまたそれと同じくらいの嫉妬、憎しみがあったのです。わたしはあなたにそれを伝えようと思うのです。あなたならもしかしたらわかってくれるかもしれない。そう、恋は罪悪ですよ…。僕はまた子どものときシティーハンターに憧れていました。一発のために命を賭ける男…いやそうではないのです!依頼主の心が俺の心を震わせたとき、俺は依頼を引き受けるのさ。そんな男にわたしはなりたい、と。そして僕は新宿歌舞伎町へと向かったのだった…。お気づきでしょう。僕は基本的にアホなのです。僕をあまり信じないように。この世界もそして人間も機械状無意識でできている。それがつながったり離れたりしてこの世界はできているのだ。だからフロイトのエディプスの三角形のようなものは間違っている。この世界はもっと豊かでありそして狂っているのだ…。この世界でなにかを語るとき、我々はマスクをつけなければ語ることはできない。それはエクリチュールで語らなけれればならないからだ。だから僕はいくつものマスクを使い分けるのだ。じゃりテンのマスク、冴羽獠のマスク、はたまたニーチェのマスク、ドゥルーズのマスク…。そのマスクに隠れている僕は…混沌です。それはディオニュソスなのです。これだけ書いてきて操作を間違えて文章消えたらどうしよう…。そんな不安を抱えながら書いています。今週はおそらく毎日記事を更新すると思います。お暇なら見てやってください。新潟のB級グルメ、カキタレカツ丼です。カキは美味しいよね!画像を見るとあまり美味しそうに見えないな。フィルターをかけるのもありかと思いました。それではまた!

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  • 17 Mar
    • ツァラトゥストラ前口上

      おはようございます、ともすけです。 ブログ更新がなかなかできないでいますが生きています。 早起きすると書く時間がありますね。 でもこれから2度寝しますがw 今回は『ツァラトゥストラ』。     我は人間ではない! 我は終わりの人間である! 我は滅びようと望む人間である。 ・・・はたしてツァラトゥストラはなにを言っているのか。 彼は狂人なのか。 そうであると僕は言いたい。 彼はまた舞踏者でもある。その舞踏者は仮面をかぶっている。 その口が「もの」を吐くのである。     ツァラトゥストラ(上) (光文社古典新訳文庫)   Amazon   光文社古典新訳文庫は言葉がゆるいためにいまひとつニーチェの言葉は伝わりにくいかと思います。しかしそれでも精読すればわかるでしょう。     前口上より   「                          1   30歳のとき、ツァラトゥストラは故郷を捨て、故郷の湖を捨てて、山に入った。そこで自分の精神を楽しみ、孤独を楽しんで、10年間、退屈することがなかった。だがとうとう心が変わった。―――ある朝、朝焼けとともに起きて、太陽に向かって立ち、こう言った。 『おお、大きな星よ!お前に照らされる者がいなかったら、お前は幸せだろうか! この10年、お前はこの洞穴のところまで昇ってきた。俺や、俺の鷲や、俺の蛇がいなかったら、お前は自分の光とその軌道にうんざりしていただろう。 だが、俺たちは毎朝お前を待ち、お前からあふれ出るものを受け取り、感謝して、お前を祝福した。 ほら!俺は、自分の身につけた知恵に飽きてきた。蜂蜜を集めすぎた蜂のように。俺の知恵を求めて差し出される手が、必要なのだ。 賢い人間が自分の愚かさに気づいて喜ぶまで。貧しい人間が自分の豊かさに気づいて喜ぶまで、俺は知恵をプレゼントしたい。分配したいのだ。 そのためには、俺が下まで降りていくしかない!お前はあまりにも豊かな星だから、日暮れには、海のむこうに沈み、下界に光をもたらしているだろう。 俺は、お前の真似をして、沈まねばならない。俺が降りていこうとする連中の言い方を借りれば、没落しなければならない。 さあ、俺を祝福してくれ!お前は静かな目だ。大きすぎる幸せでも、静かな目なら、嫉妬もせず見ることができる。 この杯を祝福してくれ!あふれんばかりのこの水が、金色に輝いてこぼれ、あらゆる場所にお前の歓喜の反映を運ぶように。 ほら!この杯が空っぽになろうとしている。ツァラトゥストラが人間になろうとしているのだ』 ―――こうしてツァラトゥストラの没落がはじまった。」     太字はそのまま。傍線は僕がつけました。『ツァラトゥストラ』を読むときの参考になればと思います。     この世界には既存の価値観というものがあります。それに適合できない人間は精神を病むしかない。そしてある人は狂人となる。つまりこの世界と戦う者は神経症にならざるを得ない。それをすすんで引き受ける者となる。それがニーチェだったと思います。     もう1度書きますがこの世界の価値観と対立するものは精神を病まざるを得ない。人間というものはそういうものです。現代社会で精神疾患が多いのは世界の価値観に適合することが出来ない人間が多くなったためです。人間はそこで狂人になるのかならないのかを決めることはできない。自己選択権はない。     現代社会では医療という名のもとで「治療」が行われ、隔離される。つまりこの時代はツァラトゥストラはおろかニーチェさえも存在不可能な時代であるということだと僕は思います。それゆえニーチェの遺した『ツァラトゥストラ』を含めた多くの作品は貴重です。人類の宝だと思います。     ツァラトゥストラはいったい我々にどんな知恵をプレゼントしたかったのか、分配したかったのか・・・。

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  • 09 Mar
    • 「クロイツェル・ソナタ」 トルストイ

      こんばんは、ともすけです。     クロイツェル・ソナタ/悪魔 (新潮文庫)   Amazon   「クロイツェル・ソナタ」、高速で読みました。 さる高貴な人物から「悪魔」が『蒲団』に似ているのではないかとのコメントをいただき、さて読もうかと思いました。しかし!僕の性格上前に載っている「クロイツェル・ソナタ」から読みたい・・・ということで「クロイツェル・ソナタ」(以下「ソナタ」)から。     まあこちらも『蒲団』と似ているところがありますね。作品成立の年を見ても花袋が読んでいた可能性は高いですね。しかしはっきりと言おう!花袋よお前は敗れていると!(格が違うと!)     どこらへんが違うかというとですね、『蒲団』と「ソナタ」は両方とも自己の内面について書いているという点で共通しています。告白型の小説ですね。ただ『蒲団』がゲスに見えるのですが「ソナタ」はゲスに見えないのです。むしろ高尚なものを読まされたという気持ちと僕的にですがトルストイという人間の作家としての器のでかさを感じさせられたのです。     なぜそのような気持ちになるかというとまずあげるならそのポズドヌイシェフ(以下「紳士」)の告白が僕の考えられる限りではその理性、その感情が限界状態までそれ以上にないほどの地点まで描かれている、なおかつそのバランスが絶妙に取れているということです。紳士の語る情景がありありと浮かんでくる、完全に僕は作品に思考をコントロールされているのです。これはトルストイの描写の力、作家としての力というしかないのではと思います。     紳士は妻を殺した男なのです。それが嫉妬に狂って殺したことは確かであるのにこの告白する紳士に汚らしさはない。ただなにかに敗れたということだけは感じます。読み込んでいないので記述は曖昧になりますがこの紳士は非常にもっともらしいことを言う。感情と同等もしくはそれ以上の理性を持ち出します。この世界は目的を達成したときに終わる。しかしこの世界は終わってはいけない。ならばどうなるか。それを先延ばしするものが必要である。それが欲望である。そして肉欲を肯定することになる。肉欲こそがこの世界を無限に引き延ばす安全弁であると。     なるほどと思います。しかしどうもトルストイはこの世界を終わらせたい気持ちが強いに違いない。究極の理想社会を目指している向きがある。マタイによる福音書から引用します。   「しかし、わたしはあなたがたに言う。だれでも、情欲をいだいて女を見る者は、心の中ですでに姦淫をしたのである。」   ここにはトルストイの大きな思想があるに違いないと思います。そしてそれをこの紳士は妻殺しということで逆向きに体現してみせているのだと。妻を殺害した後の紳士のセリフにこうあります。   「真の放蕩とは、肉体関係をもった女に対する道義的関係から自己を解放することにほかならないのです。」   つまりこれはトルストイの思想を逆に言ったように読めるのです。肉体関係をもった女に対する道義的責任関係に服従することこそが放蕩ではないのだと。これはカントのいう自由とまったく重なると僕は思います。     この作品の醍醐味は143ページ以降の紳士が自宅に帰ってきたときに妻とその不倫相手が密会している場面にあります。終わりまでの30ページの描写はもうすべてが描かれていると言っていいと感じるほどです(ただ155ページ12行目から156ページ13行目にらしからぬ描写がありました。それ以外はほぼ完璧ではないかと。)。そこには紳士の激しい嫉妬と妻を殺害するという目的を遂行する極めて冷静な理性が同時に描かれています。そしてその理性と感情の揺らぎを「フィクションであるがゆえに」極めて精密な経路を辿って描くことに成功していると思います。フィクションであるがゆえにこの殺人描写には美しさを感じるほど、ため息が出るほどです。     紳士は妻を殺した経緯をすべて覚えています。人を殺したことがないのでわかりませんがそのようなことがあるのでしょうか?   「自分の内部の憤りをますます強く煽りたてれば煽りたてるほど、意識の光がいっそう明るく燃えあがるので、その光の下では自分のしていることのすべてが見えぬはずはないのです。」   紳士は妻を短剣で刺したあと自殺を図るためにピストルを持ち出します。   「書斎に入ると、まっすぐ壁のところへ行き、ピストルをとって、点検したあとーーーちゃんと装填してありましたーーーテーブルの上においたのです。そのあと、ソファのうしろから鞘をとり、ソファに腰をおろしました。」   ピストルを点検し、侵入したときに落とした短剣の鞘を「殺害後にも関わらず」覚えているのです。   そして紳士は姉に妻のところに来いと言われます。そのとき。   「『ちょっと待ってください』わたしは妻の姉に言いました。『長靴をはいていかないのは、ばかみたいだから、せめてスリッパくらい、はかせてください』」   そして紳士は死んでいく妻を看取ります。そのときの最初の描写です。   「最初に、何よりも強いショックをわたしに与えたのは、鼻の一部と片方の目の下にかけて、痣を作って紫色に腫れあがった妻の顔でした。それは、わたしをとめようとしたとき、肘で一撃をくらった痕なのです。美しさなどみじんもなく、何か醜悪なものが目に映じただけでした。」   殺人を犯したことの動揺がありながらも妻の有様を極めて冷静に見ている。その冷静さはいったいどこからくるのでしょう。 しかしそのあと彼は妻の告白からあることに気づきます。   「このときはじめて自分自身を、自己の権利を、誇りを忘れ、はじめて妻の内に一人の人間を見いだしたのでした。」   紳士は最後の最後で妻の内に人間を見出すのです。そして妻は「生きたい!」と言って死んでいきます。   『蒲団』と「ソナタ」の違いを書きましょう。『蒲団』は地べたを這っている。対して「ソナタ」は形而上学的である、天上を見上げている。これは当時文学の最高水準を誇ったロシアと極東の小国であった日本との文化格差であると言えるのではないでしょうか。トルストイの思想に同調するかは別の話として彼の作家としての才能はやはり当代一だったのではないかと思います。もちろん現代から見ると理性が勝ちすぎている、意識をすべて描写しようとしているために想像する余地が極めて狭められているというのはあります。しかし彼の書いたものは近代文学を代表するものだと言っていいと思います。そして彼は近代の人間像を書いた偉大な作家でしょう。     先般のワイドショーでの不倫騒動などの反応を見る限り「ソナタ」は受け入れられそうな気がしますがどうなのでしょう。『蒲団』も時雄の気持ち悪さがありましたが結論としては受け入れられそうですよね。しかし「ソナタ」の言いたいことは高度に人格を完成させることだと思います。それは現代人にはとても受け入れがたい。(なのにガチャガチャ言っていることに僕は疑問を感じる。)『蒲団』というのはまさにその「ソナタ」の抱えた思想の高みを目指すというその一点が決定的に欠けている、そう言えると思います。そしてそれ以降の私小説も同様の道を辿るのでしょう。もしかしたらこの時期の日本の作家は表象としての美というものにまだ関心がなかったのかな。思想についても同じく(これは白樺派あたりが気づくのですかね。)。結局自分の私生活を暴露するという日本独自のものへと進んでいく。この謎というのは作品を読みながら解いてみたいですね。読んでて苦痛にはなるでしょうが。     う~ん、あまりいい文章ではなかったな・・・。 次に読む予定は近松秋江の「疑惑」です。もしかしたら「悪魔」を先に読むかもしれません。

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  • 07 Mar
    • 言文一致の完成を見た作品。『蒲団』

      おはようございます、ともすけです。   言文一致の完成と言われる作品、田山花袋の『蒲団』について書いてみようかと思います。以前も書いたかもしれませんが今回は読み直したので。     蒲団・一兵卒 (岩波文庫)   Amazon   この『蒲団』という作品は明治40年に書かれています。明治40年というと・・・1907年。日露戦争の後ですね。花袋は日露戦争に従軍しています。戦争から帰ってきてさてどうするものよと。友人の島崎藤村や国木田独歩が名声を得てきている。自分も、という気持ちがあったでしょう。そのような契機で書かれたのがこの作品です。     まあ日本文学を齧った人ならば読んでいない人はいないくらいエポックメーキングな作品で、その内容の過激さでその時代大論争となったという。僕は今読んでもじゅうぶん衝撃を受けると思うので読むのをおすすめしたいですね。おそらくこの作品を読んでいないと日本文学の歴史がいまいち理解できないと思います。日本文学に興味ないよというかたはスルーされてもそれはそれで構わないでしょう。     さて、花袋は尾崎紅葉の門を訪れましたが紅葉からは直接教えてもらえなかったらしい。紅葉の美文と花袋の文体はあまりにかけ離れているのでしょうがなかったかもしれません。でも『蒲団』を読むと微かに紅葉の(なのか?)美文の影響というものも受けている箇所が何箇所かある気がする。まあ先人の影響はなにかしら受けるものですからね。     『蒲団』の主人公は竹中時雄36歳妻あり、3人の子あり。職業は文筆家だが地理書の編集の仕事をしている。生活としては妻と子との生活にマンネリを感じ仕事も小説を書きたいのになぜか地理書の編集をしなきゃいけない。地理は好きみたいですけどね。そんなところに神戸の女学生から熱烈な手紙がくるのです。時雄はそれを読みながら、まあなかなか熱意があってそこそこいい文章を書くじゃないか、これで顔が良かったらな~なんて思うわけです。そのあと2通ほど手紙がきて満更でもない時雄はその女学生横山芳子19歳と文通を始めるわけです。時雄は師弟の関係を結んでどうしても気になるらしく芳子の写真を送れとか言い出す始末です。     芳子は東京にやってきて時雄の家に下宿します。作家を目指そうというわけです。女性で作家を目指すのは大変なことだぞと時雄は説得したのですが芳子はどうしても作家になりたいと上京してきます。芳子は熱心ですね。ですがここでいいたいことは2つ。ひとつは時雄は芳子を下宿させていまのマンネリ化した生活を潤いのあるものにしたかったということ。つまり芳子に恋をしてるのですね。妻子持ち36歳の男にしてはまるで童貞のようなおそろしいほどの直情的な欲望を抱いています。それが『蒲団』が評価された1番の理由だと思います。男の内面をそのまま赤裸々に書いた、表向きは真面目な男時雄が裏ではとんでもないエロ男だったという告白の作品です。そしてもうひとつは芳子ですが、彼女は岡山の田舎の超お嬢様です。神戸の女学院に通っています。母親が敬虔なキリスト教徒なのかな。この作品ではこのキリスト教というのも深く関わってきます。しかしこの芳子、親に結構甘やかされて育てられたようでかなりハイカラな女性です。文学の道を志すなどと言っていますがおそらくこれはファッションみたいな軽いノリで言ってますね。美人でなんかゆるい女、それが芳子で、そんな彼女に時雄はあわよくば的なことを考えていますがこの芳子は東京にきてなかなかのハイカラぶりを発揮して時雄を悩ませます。     まあぶっちゃけて書いちゃうと芳子はいい女なんですね。それで時雄も教えるのが楽しみになって、というか惚れちゃってメロメロになって芳子にツルゲーネフ(すごいツルゲーネフが好きらしい)なんか教えるのです。しかしこの芳子、旅先で会った同志社大学の青年田中と恋に落ちてしまうのです。いかん!いかんぞ!芳子!お前は修行中の身なのだ!と表ではいいますが、裏では芳子を取られた!おれが手をつけるより先に!という嫉妬心のかたまりとなります。そしてここらへんがあの時代なんでしょう、芳子が処女であるかどうかということが問題の焦点になっていきます。キリスト教の聖と俗みたいな話と関わるのかも。田中は同志社の神学生ですし。芳子よ、お前と田中は霊の関係だけなのか?それとも肉欲の汚い関係となってしまったのか(と書いてあります)ということが重要なこととなります。芳子と田中はあくまで清い交際だと主張するのです。     それをいちおう信じた(疑念は持っています)時雄は同志社をやめて東京にやってきた田中を説得したり芳子の親に二人の仲を許してやってくれないかと手紙を書いたりします。でもそれは表の顔。裏では嫉妬の嵐、芳子、芳子です。『蒲団』というと最後の場面が有名で、それが気持ち悪いとか言われますが実は全編を通して時雄はそんなやつです。移り香にくらりとしたり、芳子のいないあいだにこっそり部屋に入り込み田中との手紙を盗み読んだりとまさにお前は本当に「師」なのか?と。そしてついに決着をつけるときがやってきました。詳しくは書きませんがつまるところ芳子と田中のあいだに肉体関係があることがわかったのです。芳子は処女ではなかった!それが時雄には裏切りと感じられたようです。結局芳子は田舎に帰ることになります。時雄は「あの男に身を任せていた位なら、何もその処女の節操を尊ぶには当たらなかった。自分も大胆に手を出して、性慾の満足を買えば好かった。」などと本音を(こころのなかで)言い出します。「このままこうして、男を京都に帰して、その弱点を利用して、自分の自由にしようかと思った。」という人非人的な心中が赤裸々に描かれています。     そして芳子が去ってからの時雄。「さびしい生活、荒涼たる生活は再び時雄の家に音信れた。子供を持てあまして喧しく叱る細君の声が耳について、不愉快な感を時雄に与えた。」こんな感じです。世の奥様方の反感なにするものぞと本音を赤裸々に書いていきます。そして最後があの名場面。芳子の蒲団に寝て、芳子の来ていた夜着に顔を埋めながら泣く時雄。     『蒲団』という作品は実在のモデルがいるようです。竹中時雄が花袋、横山芳子が岡田三千代、田中秀夫が永代静雄らしいです。ですがこの作品は事実をありのままに書いた作品ではないということだけは書いておかなければならないと思います。花袋はこの作品のなかに相当のフィクションを入れています。ですからいわゆる私小説として作家のありのままを語ったというわけではないでしょう。ですがまあありのままに語ったと取られたことで大論争になったわけですが・・・。     作品としてはその文体はかなりシンプル。ツルゲーネフやモーパッサンなどを読んでいた花袋ですがどれほどの影響を受けていたのかは文体上はよくわかりません。しかし言文一致にこの2人の影響下で成功したとは言えるのでしょうね。地の文の描写はまあそこそこ。会話文も今読んでも違和感はない。ただ人物造形に甘さがあるような気がします。時雄はしっかり書けていたとしても芳子と田中がいまいちステレオタイプにしか描けていない気がする。そこがもしかするとあの時代の若者たちという一般性を持ち得ることになったと見ることもできるとは思います。作品の構成としても現在から回想するという形式はそこそこ新しかったのではないかなと思います。そして芳子の手紙が始めは新時代の女性としてふさわしい言文一致で書かれていたものが最後には旧時代の候文になってしまうところなどもよく考えられています。まあ個人的には楽しく読めました。日本の自然主義文学の源流がこれなんだな~と思うとなにか読んでてためになった気もするので読んでみる価値はじゅうぶんあると思います。     アフターストーリーとして花袋は『縁』、永代三千代は『ある女の手紙』を書いています。二次創作ものとしては妻視点で書かれた中島京子の『FUTON』ですか。妻は果たしてどう思っていたのか・・・興味あるところです。

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  • 24 Feb
    • うただ、点

      お久しぶりです、ともすけです。 まったく時間がない! 誰か僕の時間を盗っているな!?((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル     最近は読書もしてないので何も書くことないです。     宇多田ヒカル論 世界の無限と交わる歌   Amazon     こんな本買いましたけどまだほとんど読んでいません。 今37頁です。 でも「世界の無限と交わる歌」のさわりの部分は出てきました。 世界の無限と交わるってどういうことよ? 少し引用してみましょう。   「とにかくいろんなことを学びたい、吸収したい。楽しいことも怖いことも、良いことも悪いことも、成功も失敗も、出会いも別れも、みんな私の世界を大きくする。同等の価値がある。私を豊かにするものを拒む理由はない。どんなことも受け入れられる。」(『点』 P8)     孫引きなんですけど。宇多田ヒカルさんが『点』でそう言ってるらしいです。8歳のときにそう思ったと。私の世界とそれと同等の価値のある世界があるわけですね。それがなんなのか。もうひとつ引用してみましょう。   「ものごとの本質に近づこうとすればするほど、自意識というものが邪魔になる。自意識を消すためには、外の世界に全感覚を開かないといけない。  家の窓を全部開ける。ドアも開ける。えい、壁も壊しちゃえ。すると、空間はつながり、一つの空間になる。「自分」の境界線が消える。あらゆるものが無限に流れ込み、無限に開放されていく。  創造が始まる。」(同、P18~19)   これ、僕が読んで宇多田ヒカルさんすごいなと思ったのが8歳の時点で「どんなことも受け入れよう」としたこともすごいのでしょうが8歳の時点で自意識をそんなに明確に持っていたのかということなんです。僕が8歳のときは何も考えてなかったな~。世界と自分が分離してないくらいアホだったかも…。小2だろ?なにも考えないでただただ野球して遊んでました。日が沈むまでみんなで野球してました…アホです…。     やっぱね、僕が思うに宇多田ヒカルさんはまわりの大人の影響を強く受けたんじゃないかな。早熟だったのではないかと。だから自分のもっている自意識の壁というものに早く気づいたのではないかな。この自意識の壁は1度築いて壊さないといけないと思うのですが宇多田さんは8歳で気づいたんだなと思うとやはりすごいなと思います。     宇多田ヒカルというアーティストを意識したのはデビューのときから結構経った後の映画『CASHHERN』の主題歌「誰かの願いが叶うころ」でした、たぶん。リアルタイムで観たか自信がないのでたぶんで。確か紀里谷和明と結婚しててそれも『キャシャーン』の映画化の主題歌なのにこんな感じの詞?って思ったのですよね。詞を読んでいてやはり早熟というかなんというかまあそれと上の2番目の引用にあるように「ものごとの本質」をしっかりとつかんだ詞であることは確かであるでしょう。     「ATフィールドは心の壁なんだよ!」…エヴァンゲリオンですが…。まあね、宇多田さんはATフィールド張らないところがすごいんだろうなと。それが音楽活動の分野だけなのか人間活動全般においてなのかはまだこの本も読んでないし『点』や『線』という本があるらしいのでまだわかりませんが。読書や映画(やアニメ)鑑賞ならATフィールド張らないことは容易でしょうが現実世界で張らないとなるとやはりすごいなと。自意識過剰な人間たちの巣窟と化したこの現代社会、やはりアーティストの言葉には耳を傾ける必要があるなと思わせられました。     あと今日は村上春樹の『騎士団長殺し』の発売日で早速手に入れてきました。昨日のNHKのクロ現+がとんでもなくNHKの迷走ぶりを表していましたがまあなんだかんだ言って売れるのでしょう。僕の行った本屋ではどうやら僕が1番乗りだったらしく(一人も人いなかった…)本もそんなに積んでなかったのでもしかしたら『1Q84』ほどじゃないのかなとか思ったり。新潮社の情報の出し方がへたくそだったというのはあるでしょう。まったく情報が出なかったので唖然としました。メール登録ってなんだったんだよと思いましたね。読むのはだいぶ後になるでしょう。     しかし、考えてみると僕が感じる他者の自意識の壁にはいったいどのようにふるまえばいいのか…。

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  • 14 Feb
    • 定本 漱石全集 第3巻

      おはようございます、ともすけです。「非人情の 天地に 逍遥したい」定本 漱石全集 第3巻です。いや〜もういい加減買うのやめようかな、と思ってきました。やはりどうして電子書籍でほぼ無料で読めるものを1冊約5000円出して×28冊集めねばならぬのかと…。それならばプレイステーション4とファイナルファンタジー15を買って楽しむべきではないかと。いまモンスターストライクではFFコラボやってます。FFも今年で30周年を迎えたそうで…僕が初めてやったのは4です。スーファミのやつ。それはとても綺麗なグラフィックじゃった…いまネットで検索してみるととんでもない絵なのですけどね。自分のなかで美化していた部分もあるのでしょう。そうだ!プレイステーション3は持ってるから10のリマスターをやろう!…まあいいやファイナルファンタジーは。でも10は泣けるらしいよ!あとは最近、「逃げるは恥だが役に立つ」を観てます。あの恋ダンスがね、なんかこの世界のみんな踊れるんじゃないかという錯覚を起こしてしまう…。観てみるとなんか内容はイメージしてたのと違いました。まあガッキーが可愛いとかいう情報しか入ってなかったのですが。なるほど〜プロの独身との秘密契約結婚とはそういうことだったのか。僕が仕事に出かける前に猫師匠が現れました。猫師匠が1番喜ぶときは新しい猫の餌の袋を開けたときですね。やはり新鮮なものが食べたいグルメなんでしょう。いまちょっとやりたいことは、『うる星やつら』の名セリフを記事にアップしたいです。これが僕の会話の根本に流れているものなんだと言うことを知らしめたい(誰に?)あの面白さを記事を読んでくださっている方がたと共有したいです。

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  • 10 Feb
    • か、が、く…。

      こんばんは、ともすけです。   僕はこのブログでは文学やら哲学やらを書いていたりするのですが、学生時代は理系の科目の方が得意だったのです。小説はそこそこ、漫画はかなり好きだったのですが成績はなんでか理数のほうがいい。こればかりは持って生まれたものなので仕方ありますまい。 なんかこの世界は数学を突き詰めれば一つの解が出るかもしれないなんて妄想を抱き出してから進路変更したのですよね。本質的には東野圭吾の『容疑者Xの献身』に出てくる石神みたいな感じなのかもしれません。文学や哲学に出会えてよかったですよね。興味なかったらまったく違う人生を歩んでいたでしょう。 それで何が言いたいかというと、僕は結構変わったものの見方してると思うのです。文学や哲学も純粋な(いるかはわかりませんが)小説好きとか哲学好きとかとは違うような気がするのです。そんなわけで昔から僕ちょっと違うんですよ、と言い続けているのです。     で、今回は『文明探偵の冒険』からの引用。この本を直接読んではいません。どっかの学校の入試問題です。作者も知らないのでどれだけ正しいことを言っているのかもわかりませんが、僕の文学や哲学を読む姿勢とだいたい同じだなと思ったので長かったですが!一生懸命打ちました。     「科学的知識は、原理的にどこまで行っても絶対的な正しさを保証され得ない。科学者のネットワークにおける議論を通してスクリーニングされ、徐々にその信頼性が高まっていき、多くの科学者が認める公の知となって、時には「科学的事実」なる称号を得る。だが仮にそうなっても改訂可能性はいつも開かれている―――当然、その確率は低いだろうけれど。だからこそ科学は、「人類にとって最も信頼に足る知」というステイタスを得たのである。…   …Natureの場合は、たとえば米国のScience誌に比べると、結果的に質の悪いものを載せる失敗よりも、載せるべき重要な論文を載せない失敗を避けることを、やや重視する傾向があるように思う。この考え方は、科学の本質に照らしても健全であろう。  要するに科学という活動にとって、[面白さ]は非常に重要なのだ。そこから何か凄いことが始まるかもしれない、という予感のようなもの。脳髄がヒリヒリするような、心臓がワナワナするような、そんな高揚感。おそらく一流の科学者なら皆、その感覚を共有しているはずだ。それこそが、科学という活動を駆動するメイン・エンジンであることは、間違いない。…   …そもそも最近の日本は[ワクワク]を軽視する社会だろう。少なくとも公の場では、[ワクワクすること]よりも[ちゃんとやること]の方が、遥かに重視される。ワクワクがなければ、先ほどの[知識のための科学]は発展しないはずなのだが、どうやら元々この国で[科学]とされていることのほとんどは、[科学に基づく技術]のことだったので、特に問題はなかったのである。」(『文明探偵の冒険』神里達博 講談社現代新書)     という至極もっともなことが書いてあるのですが。ちょっと引用がこれでも短かったと思うので何が書いてあったか補足すると、日本の科学は今まで科学に基づく技術を輸入してきた。だから技術を先進国からコピーしてくればそれでよかった。外国の知識をいち早く正確な日本語に翻訳する能力やその輸入した基本原理を自由に使って、より性能の良い製品をつくるとかが重視された。しかし先進国となった日本ではもうそうはいかないと。つまり「ワクワクする」ことを重視する社会、失敗することを恐れない姿勢のようなものが重視される社会が求められるのではないかなと。     この科学の姿勢と同じことを文学や哲学に僕は求めています。失敗を恐れずに大胆な読み方をしたい。そういう読み方をしている人のブログを見に行きたい。間違った!こいつ間違ってるぞ!とあらさがしをするのはあほらしい。大げさに言えばブログ記事のなかでなにか一行でも光る言葉が書いてあったらそれでいいのではないかと。だからみなさん、僕に優しくしてねw というわけでもないのですが、人様のブログを見に行くときはできるだけそうしたいとこころがけています。     バルトのテクスト論になぞらえるなら作者から読者の側へ権力が移ったわけですから読者は自由な読みを許されたわけです。(あんまり酷いのは駄目だけど)あと、作品について権威が書いてあるのをなぞるのもそれはその権威という作者に権力が移っただけなので読者の読みの自由は確保されないと思います。大学教育でならば一次テクストは読み込み自分に叩き込みますがそれ以外は自分でテクストを構築=表現しなくてはならない。そういうものでしょう。つまりは「ワクワクする」ものを書くことが大事だという点で僕は上の引用に同意します。そんな感じで書いていけたらな~と思います。

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  • 09 Feb
    • ドルチェ&ガッバーナ

      こんばんは、ともすけです。帰ってきたら、ガッバーナからレター。なんやろ?これ?音楽的なものがテーマ?春夏か…来たな…来ましたな…。わが愛しのガッバーナ。だが僕の身体は冬の間に増量してしまった…!疲労困憊ではあるが、身体を鍛えなおしスリムなボディを取り戻せ!実はランバンのほうが好きだったりするが…やはり僕の青春はガッバーナとディオール。人は青春と言う名の幻を追いかけるものなの…。しかし、公式サイト見ると今年も飛ばしてるなガッバーナ。Tシャツに18万ってマジか…洗濯できないだろそんなの…。スニーカーで34万円か。なるほどな…(動揺を隠せない:(;゙゚'ω゚'):)昔とユーロのレートが違いすぎてね?まあ覗くだけ覗いてみるか。そして掘り出し物を探すのだ、行け!

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  • 05 Feb
    • 考え中。

      こんばんは、ともすけです。 実はいま頭が痛いので何もできないでいます。 なので旅行の計画でも考えとくかなと。 たぶんあと1時間後には寝てるでしょう。     まず行くなら3月。3月の末頃に休暇が取れる。 どこへ行く?行くなら東京。もしくは神奈川。 東京で去年のように野球が観たいが3月ではオープン戦になるでしょう。 なにかライブや演劇を探すにしてもチケットはもう完売しているでしょう。 そこで神奈川。 ともすけ家の親族はほとんど神奈川に住んでいます。神奈川に僕らが移らなかったのが逆におかしいくらい。 でもまあ今のところ動く予定はないのですが。 神奈川に行くなら…劇団四季の『オペラ座の怪人』をやっているらしい。 調べた。チケットは完売だ!(泣) 神奈川文学館?あってる?夏目漱石デジタルライブラリーがある!だめだ!3月の末は休館日が並んでいる…。 しかし僕はベイがみたいのだ。 こうなったら横浜中華街食べ歩きツアーにするか…。 胃袋が持つかのデスマッチを繰り広げるのも面白い。 そして夜はスマホでモンスターストライクをするのだ(嘘です)。     きっと桜が綺麗な頃だろうな~。 ゆっくり休みて~疲れたて~(新潟弁) とにかく今をなんとか切り抜けて3月のパラダイスを待ちます・・・では寝ます。 おやすみなさい。

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    • 白くまくんが来た!

      こんばんは、ともすけです。実はエアコンが壊れていて自宅ではベッドに潜り込み、ただインフルエンザや胃腸炎にだけはならないように…と身体を暖めていました。だからここ数週間は冬眠期でした。そして今日ついに!白くまくんがやってきたのです!白くまくんとはあの日立が出している瞬息で室内を暖める、もしくは冷やすマシーンである。こいつはすごい性能だ!!以前の◯芝製のマシーンを凌ぐかもしれない…10年の歳月もあるし…。ということでやっとこさ冬眠期を抜けたのであった。部屋に設置してもらうということで本棚の整理をしました。いや、実は本棚に本を詰め込んだだけ…。少しだけ僕の本棚をお見せしましょう。これがニーチェだ。うむ、すべて見事に古本だな…。文庫や新書は別の棚にあります。文庫コーナーに。あとは祖父の家に。ここらへんは汚いな…。ドゥルーズがこの奥に隠れています。1番左のヌードの美術史はスルーしてください。文庫コーナーの一部。なんか文学も混ざってますけど。この頃記憶力が悪くなったので読み返さないと忘れてしまう…。いま読んでるのは『宇多田ヒカル論』です。暖かくなった部屋で宇多田を聴きながら宇多田について考えようと思います。いちおう書いておきますが、僕は小室サウンドに熱狂した世代です。宇多田ヒカルは結構冷静に見てます。それではまた!

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  • 01 Feb
    • 『3月のライオン』

      おはようございます、ともすけです。 羽海野チカ原作でテレビアニメ化している『3月のライオン』。     3月のライオン 1(完全生産限定版) [Blu-ray] 12,960円 Amazon   前回もちょっと他の漫画と比較して描きましたけど、生い立ちの非常に不幸な少年が主人公なんですよね。僕は少年時代そんなに不幸な生い立ちではなかったけれども自分は自分なりにちょっとの不安、焦り、失望を感じて生きていました。でも勉強や部活動では日の目を見ることが比較的多くて認められることの喜び、やる気や希望にも満ち溢れていました。 それがあるときをきっかけに打ち砕かれるときがきました。といってもこの主人公零くんのような大きなものではないのですけど。僕の場合は左ひじ(左利きです)を痛めて野球のボールを投げられなくなったことです。つまり野球生命を絶たれたということなのですが。それにより野球部に在籍していながらも部活にも出にくくなり、クラスでも部活動ごとの集団で遊んでいたのですがその輪にも入りづらくなりと。こういうことで自分の景色がガラリと変わってしまうのだなと思いました。そんなときにこの『3月のライオン』の3姉妹のような存在がいてくれたらありがたかったでしょうね。僕はこういった人間がよくそうなるように部活動や勉強から外れた仲間たちとともに行動するようになっていきました。     だから零くんのように誰かがいてくれるようなある意味恵まれた環境にはいなかったように思います。両親も僕にそんなに熱心な人たちではなかったですし、心の持っていき場がなかったような。まあでもその当時そんなにものを考えてないですからただ流されていただけですね。でもこの作品の零くんが本当にこんなに自分の存在について考えるということに僕は共感できるんです。もう書かないと言いながらしつこく書いてますがw『こころ』を読んだとき僕は逃げ道がない青春真っただ中にいたんです。つまり三姉妹が僕にとっては先生だったのです。この『3月のライオン』を読んでいる方々がどのくらい零くんに感情移入されているかはわかりませんが僕のように自分と重ね合わせている方もいるのでしょうか。それとも前回書いたように理想の少年をそこに見ているのでしょうか。僕はテレビアニメでまだ5話までしか観ていないので零くんがどのように成長しているのかはわかりません。僕はこのあと後ろを見るのはやめてひたすら夢を追い求めるというある意味夢から逃避し、別の夢を追いかけることになりました。そこには強い仲間が待っていました。あながち間違っていた選択ではなかったと思います。自分が失ったもののメランコリーに浸ることのなかったこと、それが僕にとっては今でも僕を支える自信になっています。     人間の持つ弱さ強さ、それをありのままに受け入れて認める。そして前へと進んで行く。僕はそのようにして生きてきましたが果たしてこの作品の主人公零くんはどのように道を歩んでいくのか。三姉妹とはどのような関係を築いていくのか。この父親のいない疑似家族というのが僕にはよくわからなくてどうなるのか想像がつかないですね。ただテレビアニメ版ではエンディングで零くんはもがきながら大きく跳躍している、大きく飛んでなにかを飛び越えようとしている。これこそが青年と少年の間に架かる橋のメタファーであると僕は思います。         とまあ書きましたが全体的に暗~く話が進んで行くというのとは違って半分くらいほんわり感とユーモアで進んで行くのですね。日常ってそんなものでユーモアが欠けたら途端に息苦しいものになります。漫画で言えば『バガボンド』みたいな求道的なものは本来の人間の在り方ではないかなと僕は思います。そういえば昔『西遊記』というドラマがあったのです。夏目雅子や堺正章らが主演の1番古いやつ。玄奘三蔵が天竺にありがたい教典をもらいに行く話でおそらく妖怪というのは人外に住む人間でしょうが彼らから悟空や沙悟浄、猪八戒が三蔵を守って天竺への冒険を続ける。あのドラマが大好きだったのです。第1部の最後に天竺につくのですがそれが実は…となって第2部へと続く。あの1部の最後はびっくりしたな~。人生そんなものじゃないということを教えられた気がします。ああいう旅がしてみたかった。今は世界的に窮屈になってますよね。僕の子どもの頃はまだ道路は舗装されてなくて砂利道だったぜよ…時代はどんどん変わっていきます。     しかし、いつでも少年は「ファイター」なんだと思います。BUMP OF CHICKENの歌のタイトルのように。零くんがどうなるのか…見守り続けようと思います。

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  • 31 Jan
    • 漫画読んでます。

      こんにちは、ともすけです。 僕にとって1月2月は1番忙しい!いや、そんなに忙しいわけじゃないけど…でもね、ブログを書こうとしてパソコン立ち上げるとYouTube観ちゃうの!最近面白い動画多いですな。テレビに変わる究極の暇つぶしメディアになりつつある…恐るべし。   なので最近本を読む時間がない…加えて頭が働かなくて活字が読みずらい…。(『蜜蜂と遠雷』もまだ100頁くらいしか読んでません。) なので漫画を読んでます。     3月のライオン 1 (ジェッツコミックス)   Amazon   『ハチミツとクローバー』の羽海野チカさんの本。ハチクロのときも思ったのですがこの『3月のライオン』はより一層主人公の不幸感が強いです。僕の好きな漫画で『フルーツバスケット』というのがあるのですがその主人公、本田透(女性)も不幸感が強かったですがそれとも別な感じ。男も女も不幸を背負っている…しかし男は悩み過ぎる…女は現実とともに生きる…そんな女性漫画家の描き方というのはあるのかなとこの2作に限らず思います。『花より男子』とか『スキップ・ビート』とかは女性強いな~と思います。ですが一方で昔の一時期の少年漫画のヒロインの描き方がとんでもなくステロタイプだなと思っていたときがあったのですがちょっとそれと似たような感じはしますね。それがいいか悪いかは別にして。どっちも理想を求める傾向があるのかな。ある意味ロマン主義的な。僕の人格に大きな影響を与えたと言っていい高橋留美子先生が比較的フラットに男女を描き分けていたのでそれが普通かと思っていたのですが実は留美子先生が少数派だったようです。なにか世間的に異性に求めるものに鈍感になってしまった僕の性格はきっと留美子先生の影響があるに違いない。       夕凪の街 桜の国 (アクションコミックス)   Amazon   こちらはKindleで購入。いま話題になっている『この世界の片隅に』のこうの史代さんの漫画。この作品について僕が言えることはいまの時点ではないのですが、あとがきの部分に印象的な文章が載っていたのでそれを書いておきます。   「遠慮している場合ではない、原爆も戦争も経験しなくとも、それぞれの土地のそれぞれの時代の言葉で、平和について考え、伝えてゆかねばならない筈でした。まんがを描く手が、わたしにそれを教え、勇気を与えてくれました。」   経験を共有していなかったら何も言えないなら人間は終わりだ、と思います。それがなんだかわからなくても歩み寄る気持ち、行動が必要です。実際他人の経験したことを感じ取ることは難しいです。ですがそれは自分の経験したことを他人に伝えるのが難しいことと対になるはずです。その難しい2つのことを積み重ねてきたことが今の我々の遺産となっていないでしょうか。僕の祖父は太平洋戦争についてほぼ何も話さなかったので僕には太平洋戦争のことについて語れることはなにもありません。ですがそれでも語って行かなくてはならないのだろうと思います。もちろん原爆についても。人間ガンバレとエールを送りたい。     映画『この世界の片隅で』は新潟では2月4日から上映映画館が増えます。全国的に徐々に広がっていっているようですね。時間に余裕があれば観に行きたいです。

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  • 22 Jan
    • 『蜜蜂と遠雷』買ったど。

      こんにちは、ともすけです。『蜜蜂と遠雷』買いました。ふーん。猫よ…そんなに僕を見るな…。む!コンセントが据付のヒーターの熱で溶けている…これは構造上の欠陥じゃないのか?それはいいとして、『蜜蜂と遠雷』🐝直木賞受賞作品なんて今まで買ったことあったかな?たぶん文庫本ならあると思うのですけど。登場人物の名前が、風間塵。栄伝亜夜。高島明石。マサル・C・レヴィ・アナトール。「ここを制した者は世界最高峰のS国際ピアノコンクールで優勝する」というジンクスがある芳ヶ江国際ピアノコンクールを舞台に闘いを繰り広げる!…これはテレビドラマ化、映画化、アニメ化は約束されたものだな…。僕もなんとなく設定がアニメっぽいと思って買いました。実際どうなんだろう…。これからゆっくり読みます。

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  • 21 Jan
    • よい本を読む。

      こんばんは、ともすけです。  おととい、第156回芥川賞と直木賞の発表がありました。リアルタイムでは観れなかった(ニコ生で)のでタイムシフト視聴しました。  しんせかい Amazon 山下澄人。読んだことないんですよね…今回僕の買っている「群像」からは候補作が出なかったのでそういう点でも比べるのが難しいです。そういえば「すばる」に批評について面白い記事がありました。批評の最前線が書かれていた気がします。山下澄人について直接の言及はなかったと記憶していますがその流れには乗っているのだろうと思いました。  蜜蜂と遠雷 Amazon 恩田陸。有名どころでファンが多い。子供でも顔を知っているくらい有名らしい。『夜のピクニック』から注目していました。恩田陸は途中迷走期があったような気がしますが、この『蜜蜂と遠雷』でついに直木賞受賞。音楽に詳しい人ならより楽しめる作品なのかと。僕は詳しくないですが読む予定です。  あえて結論を言うなら芥川賞と直木賞ともに現代日本文学の現在をよく表した作品が受賞したように思います。近頃の芥川賞、直木賞は裏切らない選考が特徴かなと。それがいいのか悪いのかはわかりませんが、一般の人々に興味を持たせ購買意欲を高めるという目的に資する選考になっているという印象を受けます。  と、ここから突然ですが夏目漱石の『こころ』について少し書きます。「上の14」の一部の僕が感じた一部だけちょっと書きます。タイトルにすると世の高校生が学校の問題を解くために検索してくる恐れがあるのでタイトルには「こころ」も「漱石」も使いません。もちろんこの記事はそういった役にも立ちませんけど…。この頃なんとなく集中力がないので真面目に書くことはできないかもしれません。「もっと気軽に書けばいいじゃないか。肩の力を抜きなよ。目と目があえば嫌なことなんてすぐ忘れるよ!」「大人は嫌いだ…ずうずうしいから!」みたいなセリフがガンダムにあった気がする…。とりあえずリンクは貼っておきましょう。興味をもたれた方が全集を買うかもしれないし。 岩波書店の漱石全集のリンク。https://www.iwanami.co.jp/news/?action=detail&news_no=17359 全集第9巻が『心』です。では書きます。  僕たちは体験したことからものを考えます。僕たちは体験していないことを考えることが非常に難しい。僕の心に『こころ』が響いたのは僕の心がこの作品に書いてあると思ったからです。僕は少年時代にあることに気づいていました。それは世界が滅びてしまうことと同義といえるものでした。ただそれを言葉にするすべを知りませんでした。言葉としてそれが書かれていることも当然知らなかったのです。人は他人の経験を客観的に見ることはできるかもしれません。しかし僕の経験を客観的に見ることなど不可能なのです。それは僕にとってつねに世界が滅んでしまうほどの恐怖と面しながら、なんらかの期待を抱かずにはいられずに思わず前へ飛び込んでしまう、そのようなものだったのです。そしてその「飛び込んでしまった」ことの後悔を僕は知ることになったのです。  『こころ』「上 14」からの引用です。 「私は私自身さえ信用していないのです。つまり自分で自分が信用出来ないから、人も信用できないようになっているのです。自分を呪うより外に仕方がないのです」「そうむずかしく考えれば、誰だって確かなものはないでしょう」「いや考えたんじゃない。遣ったんです。遣った後で驚いたんです。そうして非常に怖くなったんです」 唐突なようですが、聖と肉、真と偽は対立する概念ではなく、概念でさえないかもしれません、コインの表裏なのだと思います。投げたときどちらが顔を向けるかわからない。将来が見えないからと手堅い生き方を選ぶという話を耳にすることがあります。それは悪いことではないかもしれません。むしろ「堅実さ」は美徳といえるかもしれません。ですが僕の経験を振り返るにそれは生き方の一面でしかなかったのではないか、僕は生きてみてそう考えることがあります。人生の後半に待っているものとは若い時分にはとても想像の出来なかったものなのです。それはまさに上の引用のように「遣ってしまった」後でしか驚くことができないもの、それは個人の資質や技量では避けることができないものだったのです。『こころ』に書かれていることは、ですから若い人が読んで意味があると感じてはいけないことなのだと思います。この『こころ』という作品に共感する人は押しなべて「淋しい」人であると僕は思います。このような生き方を経験しないで生きてほしい。若者は力のある存在です。僕は若い人にはつねに「まつりのまえ」の希望と不安が入り混じり、それでいてなんらかの期待を持ち続けざるを得ない興奮、そのようなものを感じながら人生を歩んでいってほしいのです。『こころ』に書かれている秘密はそのように生きたあとに知ればいい、そう思います。  『こころ』は先生の「こころ」が書かれていると思います。それを知ることは意義のあることかもしれません。しかしすべての人間が人生を歩んでいく過程で体験する「遣ってしまった」という「まつりのあと」の気持ち、そこから湧き出てくる恐怖が書かれているのだと知ることも意義のあることだと思います。その先に見えるのは諦念かもしれません。『こころ』という作品は先生の諦念を書いた作品だと読まれる方もいると思います。しかし僕はそうは考えません。先生は「個」というものへのこだわりを脱したからこそ自裁したのだと僕は思います。それはかつて先生に誰かから受け継がれたものだった。それを先生は私に受け継いだのでしょう。それは血や戸籍などというものだけではない人間が古来から営んできた、受け継いできた命のバトンなのではないかと思います。それは命といっても生物学的な意味だけではありません。まさにそれは「こころ」と表現していいものなのかもしれません。こころを受け継ぐ。それはもしかしたら漱石が何度か作品で触れている…  「かつてはその人の前に跪いたという記憶が、今度はその人の頭の上に足を載せさせようとするのです。私は今より一層淋しい未来の侮辱を受けないために、今の尊敬を斥けたいと思うのです。私は今より一層淋しい未来の私を我慢する代りに、淋しい今の私を我慢したいのです。自由と独立と己とに充ちた現代に生れた我々は、その犠牲としてみんなこの淋しみを味わわなくてはならないでしょう」 先生は上のように書きながらも私に遺書を送ります。僕は先生も人間の営みが生み出すものから抜け出ることができなかったのだと思います。それを超え出ることは人間にはできない。それは私という個にこだわるのならばできたでしょう。しかし結局は先生は私を裏切ることができずに私に裏切られることを選んだのだと思います。そして私は将来誰かを裏切り裏切られるでしょう。先生は自分を「淋しい」人間だと言います。僕は『こころ』を初めて読んだときからこの「淋しい」という言葉を不思議に思っていました。淋しい人間とはいったいなんなのでしょう。この淋しさについてはここまで書いてきたことから察していただきたいと思います。ただ僕は先生は遺書を書くことによって淋しさから解き放たれたのだと感じています。先生のこころが本来あるべき流れへと辿りついたのだと僕は思います。僕は『こころ』を読むと先生のあたたかさを感じ胸が締めつけられます。僕も先生のようにつないでいかなければならないのだと強く思うのです。 あなたはひょっとしたら淋しい人間ではないですか。そうでないことを私は願います。ですがあなたがもし淋しい人でも…。先生は僕にその人生をかけてそう語りかけているように思うのです。   *漱石が小学生に宛てた手紙のリンクです。http://www.huffingtonpost.jp/2014/10/12/natsume-souseki_n_5971888.html 

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  • 18 Jan
    • 『こころ』 夏目漱石

      二つの孤峰ーー近代的自我・他者・金銭ーー夏目漱石『こころ』 *ポメラ試し中。まだ慣れてません。 1二つの孤峰・漱石と鴎外 明治文学のなかで高い峰が二つそびえ立っている。いずれの流派、主義に属することがない。「自然主義の藤村、花袋」などと呼ぶことはできない。 ・しかしながらその時々に隆盛を誇っていた文芸思潮の影響は受けている。二人は群れることなく独自の文学を作り上げていった。 ・今まではほぼ時代順に見てきたが、漱石と鴎外は文学史にくくれないため、この二人だけは時代の流れから離れ個人について書いていく。 2夏目漱石の生涯①生没年 慶応3(1867)~大正5(1916)・紅露逍鴎 明治をほぼ全部生き切った明治文学の巨匠。彼らと漱石は同時代だが名前は入っていない。 ・漱石の作品史 『猫』明治38~『明暗』大正5長い期間活動していたわけではない。そのため紅露逍鴎には入っていない。しかし今我々が読むと紅葉などよりずっと文学的貢献をしてきたと評価できる。 ・鴎外は5年早く生まれ7年遅く死んだ。芥川は明治25~昭和2年。 ②複雑な家庭環境・江戸生まれ。夏目金之助が本名。夏目家に生まれ里子に出される。また実家に戻る。(塩原姓のまま実家に戻る。落ち着かない生活を送った。 ・幼少期の影響かものごとを考え込んでしまうタイプで一種沈鬱なところがあった。それが作品にも影響しものごとの根底を問う文学になった。 ③英国留学・二松学舎で漢学を勉強。その後に英文学を学ぶ。明治33~36にイギリス留学。正岡子規が亡くなったという報を受けて帰国。 ・漱石にとって英国留学は苦しいものだったが、鴎外にとってドイツ留学は楽しいものだった。この点は対比される。 ・英国で漱石が頭がおかしくなったのではないかという噂が流れる。それだけ緊張しながら考えていたということ。英国では日本のやり方となにもかも違う。異国の状況に大変なショックを受ける。 ・日本とは何か。ヨーロッパとは何か。個人主義とは何か。近代とはどういうものなのか。 ・自分とは何かは自分以外のものに触れてみないとわからない。日本人は自分たちが背が低いと知らなかった。他者と比べて初めて自分がわかる。違うものに触れながら、我々とはいったい何なのかと問い始めていった。 ④すぐれた先生・漱石の周りには若い人が集まった。漱石は話し好き。父親としては癇癪持ちだったが青年にはいい先生だった。 ・門弟 寺田寅彦、鈴木美重吉、小宮豊隆、森田草平、野上豊一郎、安部能成、芥川龍之介 ⑤『こころ』の問うもの・人間と人間というのは必ず衝突するものである。人間には他者が理解できない。お金は人間の悪を引き出すものである。近代に生きる我々は新しい時代の我々自身の生き方をまだ見つけ出せていないのではないか。漱石の作品には必ず深刻な問題が現れている。  3時代背景①大正3年・『こころ』の発表された年。晩年の作といえる。明治39年の花袋の『蒲団』以降私小説が主流となっていた。白樺派も含め私小説が権威をふるっていた時代に漱石は『こころ』を書いた。 ・『こころ』は私小説とは呼びがたい。漱石は私小説とはなれ合わなかった。それゆえの孤峰。 ②自然主義との違いⅠ表現上の問題・違いはいくらでもある。自然主義の作家は自分たちの表現の仕方を平面描写と自称した。あるがままを淡々と描いていくということである。 ・花袋の『一兵卒』は平面描写。主人公は脚気で死ぬ。その死んでいく様子を淡々と描き出した。観察して描き出す自然主義の手法。 ・藤村の『破戒』『新生』もあるがままを淡々と描く平面描写。 ・漱石は平面描写とは少し違う。『こころ』は読んでみると探偵小説っぽい。先生の謎。死をほのめかす。読者は興味を持つ。これは新聞小説だったからということもある。表現上の様々な工夫を自然主義とは別の仕方でしている。 Ⅱ内面の重視・理想という反省・自然主義は「無理想・無解決」。生き方としての理想、人間はどのように生きていくべきかという問いかけはない。『一兵卒』も無解決。問いかけは出てこない。『新生』も姪が妊娠するがただ書いているだけ。反省はない。志賀直哉も生き方への反省はない。 ・漱石の作品には問いかけがあった。理想がある。人間はどのように生きていくことが本当なのか。人間にとって自我はどういうものなのか。 ・中の1 大学を卒業した(今の博士号を取るより偉い)私が田舎に帰る。喜んでいる父が私には馬鹿に見える。卒業証書をうまく飾ることができずコロンとひっくり返る。知識をありがたがることを少し見下す視線の描写。父の心を馬鹿にしたことを反省する気持ち。根本的に考えていこうとする鋭い批判性がある。 Ⅲ社会・国家・時代という視点・自然主義は個人の悲惨を描くことはできる。『一兵卒』 個人を描いているが戦争の是非の意識はない。『破戒』 苦しんでいく様。差別、社会構造の問題意識がない。天皇誕生日の日にも楽しむことができなかったという描写があるが、ヒエラルキーの頂点(天皇)に対する批判はない。社会性を欠いているのが日本的自然主義。 ・漱石 近代とは何か。自分の生きている時代は前の時代とどう違うのか。 ・上の14 明治は自由・独立・己とに満ちた時代である。封建時代とは明らかに違うという意識がある。 ・大正3年 『私の個人主義』今の時代にも通用する問題意識を持っていた。恐ろしい驚くべき洞察。今の時代も解決しない問題意識を見抜いていた。  4『こころ』論非常に面白い小説。細かく読んでいくとものすごく追究すべき問題が出てくる。またおかしなところも出てくる。 ①構成について・成立したときの事情。朝日新聞連載 1914(大正3) 4・20~8・11重要。構成上の工夫。表現上の工夫。 ・当初の『こころ』は短編集『心』をつくろうと試みていた。しかし、第一編「先生の遺書」が長すぎて断念する。岩波で出版する際に、上・中・下にして出版された。 ②構成上の破綻Ⅰ中途半端おかしいところ。私の父はどうなったか。中の最後で危篤。私は先生のところに戻る。親父がどうなったかわからない。また先生の遺書を読みながら私がどうなったかもわからない。空白。 Ⅱ作中の矛盾・先生から私、遺書を受け取る。「下」と同じ長さ。400字詰め原稿用紙200枚。「中」の16で懐に差し込んだとある。厚くて差し込めない。漱石には書を書くと長くなる癖があった。 ・手紙の数 「上」の9 箱根からの絵葉書。日光から紅葉を封じ込めた封書。「上」の22 帰省中もらった手紙は2通。遺書を含めて3通のはず。矛盾がある。 ・手紙の矛盾についてある研究者。帰省中にもらった手紙と遺書は先生から。紅葉の封書は先生の奥さんから。 ・死にそうな父を置いて東京へ向かった。奥さんのところへ向かったのではないか。 ・先生が奥さんを墓参りに連れて行ったか。「上」の6 連れて行ったことはない。「下」の51 連れて行った。長く書いているうちに漱石が忘れたという解釈。1回目は連れて行かれたという解釈も。 ③先生はなぜ自裁したのか・乃木の殉死。我々が生きているのはおかしいのではないかと考えた。←おかしい。先生は世捨て人。引っかかる。 ・プリント1P 丸谷才一「徴兵忌避者としての夏目漱石」 ・松本寛「『こころ論』ーー<自分の世界>と<他人の世界>のはざまでーー」非常にいい文章。ひとつひとつ丹念に書かれている。 ・この講義ではなぜ自裁したのかは話さない。自分で考える。 ④『浮雲』とプリント9P・『こころ』と『浮雲』は非常に似た作品。『浮雲』は失敗作。善玉悪玉がはっきりしていて相対化されていない。『こころ』とは違う。先生は善悪の矛盾を抱えている。 ・2作とも母子家庭のうちの娘。主人公が入り込んでくる。関係ができそうなところで闖入者が出てくる。本田昇とK。 ・図から言えることは、父がいなくなっているのが近代の社会の問題だということ。近代以降、強い力を持つ中心がなくなった。それは若い人たち、女性たちにとって悪いことばかりではないが、そこに近代の苦しみ(父の不在)を見ることができる。 ⑤深淵としての他者・図2 『こころ』の仕組み。読み手先生、先生の奥さん、奥さんの若い頃、K、叔父さん、義母はすべて私という語り手を通じて見ることができるもの。私というフィルターを通さなくては見ることができない。 ・先生はKのことを理解していないんじゃないか。私が語った範囲でだけ読者は理解する。私を通してしかアクセスできない。先生の証言を通じてしかKを理解できない。 ・叔父さんは本当に悪人なのか。先生は許していない。果たしてどうなのか。実際はそんな人じゃなかったかもしれない。先生のフィルターを通した叔父さん像。 ・奥さんは先生とKの関係を知らなかったのだろうか。奥さんは知っていた可能性がある。先生と奥さんのあいだにも深淵がある。 ・先生の遺書 事実をそのまま語っているのか。先生の側から見たものが書かれている可能性。嘘が書いてある可能性もある。 ・お互いに理解することができない。他者と他者の物語。理解することのできない他者同士の物語。 ・理解しがたい他者同士の物語。近代を生きる我々の問題。理解も共感もできない他者と他者がつながっていかなくてはならないという現代的課題。テロの恐怖=他者と他者との関係。漱石は非常に優れた文学者であった。   *以前、『こころ』を書いたらブログやめますと書きましたがこれはメモ書きなのでやめません。もう少し頑張って続けます。

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  • 15 Jan
    • こんにちは、ともすけです。寒いよ〜。新潟市内で画像のありさまです。出かけたくない、しかし用事がある。だいたい積雪量は30センチくらい?もう少し山間地に近づくと80センチくらいあるそうです。電車も止まった…センター試験を受ける受験生は大変だろう…。車を運転するとまるでオフロードを走っているような。これだけ降ると4WDがほしいところ。こんな寒い日は味噌カツだよね(意味不明)。味噌カツは名古屋でなきゃ食べられないぎゃ〜。いや、新潟でも食べられます。明日になってると雪が溶けている…なんてことはないでしょう。

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  • 13 Jan
    • 漱石全集 第2巻 そして『騎士団長殺し』、Nintendo switchへ…。

      「見渡した処 凡ての物が 静かである」こんばんは、ともすけです。  漱石全集第2巻、買いました。僕は漱石マニアなので買ってますが僕の周りで買っている人は見かけません…。    第2巻の収録内容は下の通り。  しかし、全28巻長い…。僕は『吉本隆明全集』、『谷崎潤一郎全集』と途中で挫折しているので全部揃えることができるかどうか…。   字は読みやすいですね。…などといいところを探してみる。おい!もう特典つかないのかよ!?((((;゚Д゚))))ガクガクブルブルなんかつけようよ~アニメのDVDなんか特典満載でしょ?    あと、村上春樹の新作の発売日が決まりました。  騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編1,944円Amazon ドン・ファン的香りがする。まさかのモテ男が主人公の話なのかも。『1Q84』のときほどの盛り上がりはない気がします。なんかまわりの反応ではタイトルに「殺し」がついていて嫌とかいうすごい素朴な感想も。   そしてわれらがニンテンドーのNintendo switchの発売日が3月3日に!29800円。プレステ4いくらだったっけ?だいたい同じくらいですね。買う…予定。

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ともすけ

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男性
誕生日:
1974年10月4日
血液型:
AB型
お住まいの地域:
新潟県
自己紹介:
音楽一般に目覚めてきました。それにより読書の理解の幅も広がりました。共通点はリズムです。お薦めの本、...

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