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日本を夢の持てる国へという思いで財務省を飛び出しました。国政にも挑戦、様々な政策論や地域再生の活動をしています。21世紀は日本の世紀。大震災を経ていよいよ世界の課題に答を出す新日本秩序の形成を。新しい国はじめに向けて発信をしたいと思います。


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 今年の通常国会、終盤はテロ等準備罪法案審議のドタバタ以外は、加計学園問題一色でした。

 森友にせよ、加計にせよ、「一強」政権の安倍総理に対する忖度がどうのといった、次元の低い問題に貴重な国会審議が費やされたことは残念でした。

 もっと国政の場で議論すべき本質的な問題はたくさんあるのにと、うんざりした国民も多かったと思います。

 

●総理主導は規制改革の手法のイノベーションだった。

 この加計学園問題、衆議院議員として国家特区戦略法案の審議に携わった筆者として、ここは申し上げておかねばと思うことがあり、以下、この問題を正しく捉える視点は何かについて書かかせていただく次第です。

 そもそもこの問題、総理の指示があったかどうかに焦点が当たっており、政府はそれを否定していますが、もし、仮に総理からの指示があったとしても、そもそもこの国家戦略特区は、規制改革について総理主導を制度化した仕組みそのものでした。

 忘れもしない、2013年秋の臨時国会での国家戦略特区法案の審議、筆者は、内閣委員会で何度も質疑に立ち、同委員会の理事として党や政府との調整に走り、本会議でも代表質問に立ちましたが、委員会での総理への質疑に際して、筆者が冒頭、「内容がスカスカの法案ですね」と述べたところを、安倍総理が途中で遮って答弁席へと立ち上がり、「そんなことはない、画期的な法案だ」と色を成して反論したことを今でもよく憶えています。

 アベノミクス3本の矢のうち、最も難しいのが構造政策や規制改革などを内容とする第3の矢。安倍政権発足当初、その2つの大きな柱とされ、国会に提案されたのが、国家戦略特区と産業競争力会議でした。

事業への挑戦者を応援し、日本の課題解決の成功事例を生み出して改革を進めるモデルにしていこうとする本法案の趣旨には筆者も賛成でした。しかし、「国家戦略」と銘打っている割には、改革の中身が漠然としていたので、当時の野党の立場としては「スカスカ」と表現せざるを得なかったものです。

 それもそのはず、この法律は改革の中身よりも、改革の手続きを定めた法律であり、中身はこれから総理主導で決まっていくという性格のものだったからです。中身よりもむしろ、改革手法の一種のイノベーションという大きな意義がありました。

 先日、この法案を巡って、当時、担当大臣として筆者の質疑に対し何度も答弁に立たれた新藤義孝・衆議院議員と一献を傾ける機会がありましたが、その際に新藤元大臣から、当時の筆者の対応を次のように評価する言葉がありました。

…最初はスカスカだと言いつつも、法案審議を重ねていく過程で、中身が評価できるとの判断に至り、最終的に賛成に回ることにしたと言っていただいた、これこそ国会審議の素晴らしさだ。…

 最近、国会のレベルが下がっていると新藤議員は嘆いておられましたが、振り返ってみれば、当時のそんな国会審議こそ、本来の国会のあるべき姿であったように思います。


●もし総理の指示があったとしても、何らおかしくない建てつけの制度。

 それでは、国家戦略特区という法律上の仕組みが定めた画期的な手続きとは何だったのか。従来から規制改革には構造改革特区など、様々な特区制度が存在し、現に存在していますが、規制改革に反対する省庁の壁を破るのは容易ではありません。

 そこで、わかりやすく単純していえば、①特定の事業者がやりたい事業を国として応援し、②その事業者の事業実現のために必要な規制改革メニューをテーラーメードで考え、③各省庁の上に立つ総理官邸の力で各省庁の壁を破る、という手続きを定めたわけです。

 こうでもしなければ「岩盤規制」に穴をあけられない、いわば「制度化された総理主導」といえるでしょう。安倍総理が内外に公約の如く何度も述べている「私自身がドリルの刃になって岩盤規制を打ち砕く」という有名な言葉があります。これを最もよく体現する制度が、この国家戦略特区であり、まさに今までの特区とは異なる「総理主導の特区」です。

 そもそもが総理の強い意向で改革を進めるという建てつけになっていて、むしろ、総理の指示の一つぐらい当然あって然るべき法制度です。

 ただ、総理だけの一存では決められない仕組みが構築されています。以下、いくつかの図をちりばめて掲載しますが、すでに全国のあちこちで国家戦略特区が認定されており、民間有識者から成る委員会を始め、重層的で組織的な意思決定の手順が整備されています。

 こうした制度、手続きの中において、学校法人加計学園岡山理科大に獣医学部を、愛媛県今治市にて新設するという方針が決定されたものです。一連の手続きは内閣府としての意思決定であり、これを担当する内閣府地方創生推進事務局は、当該案件の規制改革に抵抗する各省庁とは、当然、対立関係になります。

 

●官僚主導と官邸主導、所詮は役所間の戦い。

 官邸主導体制の確立は、中曽根内閣の頃からの大テーマであり続け、官邸のお膝元である内閣官房や内閣府の機能強化が進められてきました。あるときは予算編成権などを握る大蔵省を頂点とした官僚体制が政治から目の敵とされ、財政金融分離と経済財政諮問会議の設置で、同省の経済財政運営の主導権は弱体化されました。

 しかし、各種規制については、それぞれの制度を担う各省庁や、その背後にあるさまざまな既得権益などが改革を阻んできました。

 いまや英雄扱いの前川・前文部科学次官は、「公正公平な行政が損なわれた」と言っています。

 しかし、こうした「正論」こそが、各省庁が改革に抵抗する際の最大の武器となっています。「正論」を裏付ける情報やデータが集積しているのは所管の省庁ですから、その力は実に絶大です。

 国家戦略特区は、この縦割り所管官庁の抵抗を打ち破るためには、これまでとは少し目線を変えて、個別の事業者を起点にして、民と地方と国が対等の立場に立ちつつ協議を進め、規制改革の中身を検討し、その実現に総理自身が主導権を握る仕組みが必要だという考え方を採ったものです。これでようやく省庁の壁を打破できる体制が整ったわけです。

 内閣府におけるこの手続きを総理の一存でひっくり返したというのなら問題でしょう。そうでない限り、内閣府の決定が、所管官庁の立場からみれば「行政が捻じ曲げられた」と受け止められることがあるというのは自然なことです。

 筆者も、ある案件について、国家戦略特区の申請のお手伝いをしていますが、本特区制度の事務方である内閣府の地方創生推進事務局の官僚は、自分たちの役割はそもそも、規制改革のために各省庁と戦うことだと、筆者に明言していました。また、認定に向けてカギを握るのは、委員会の民間委員だということです。改革の良いモデルになると委員たちが興味を示さないと、なかなか認定には進まないようです。

 筆者も内閣官房や内閣府に出向した経験がありますが、各省庁との交渉の過程で「これは官邸の上層部のご意向だ、総理も了解している事項だ」などと言うのは折衝の通常の手口です。

 これは交渉事です。熾烈な戦いなのですから、それぐらいの言葉が飛び交ってもおかしくありませんし、私自身、似たようなことを言った記憶があります。どこの会社でも折衝ごとでは「社長の意向だ」ぐらいのことは言うでしょう。

 内閣府と戦う文科省とて、それを不当な圧力のように扱うのは、立場として当然です。そのような折衝の場面でのやり取りをいちいち論じ立てても意味がありません。

 報道をみて前川前次官に拍手喝さい、世論は省庁の「正論」を支持、ということになれば、内閣府が省庁に負けるということになりますが、これを国民がどう判断するかです。

 あたかも、事業者との癒着関係のような文脈でも批判されていますが、筆者が関わっている特区申請でも、内閣府の担当官僚たちは「地元の熱心さが決め手」と繰り返し強調しています。

 それは、その事業者が将来にわたって、内閣府と仲間になって規制改革を提案してくれる方なのかどうか、ということが、省庁との戦いの上では大事だからです。

 それがたまたま総理の友人なら、国益上必要な規制改革もしないのかということにもなってしまいます。「李下に冠を正さず」とは、よく耳にする評論家の弁です。しかし、疑念を持たれないためには国益と信じることも遂行できないといことになるのでしょうか。人脈の広い政治家ほど総理になれなくなってしまうでしょう。

 

●公務員のあり方について提起された論点

 加計学園問題で浮かび上がった論点の一つは、公務員のあり方でした。

 日本で長年にわたって議論され、実行されてきた公務員制度改革の本来の目的の一つは、国民に選ばれた政治家が担う政治に対する公務員の応答性を高めることでした。

 あれだけ官僚批判をしてきた世論やメディアは、今回は官僚支配の味方なのでしょうか。

 ただ、前川前次官が言うことが国民にとって正論に聞こえるなら、そして、そうした正論こそが官僚主導、省庁縦割りの弊害と批判されてきたものなのであれば、官僚は意外と良いことをやっているではないかという、別の見方も台頭するかもしれません。

 もう一つ、国民に広く知られることになったのが、「一強支配」の官邸に対して官僚たちが委縮しているという現実でした。

 よく「省益」が批判されますが、各省庁には、それぞれの立場で担う国益があります。各省庁がそれぞれの担う国益を自由闊達に主張するのであれば、それは省益とはいえません。その上に立って最終的に総理官邸が決断を下すというのが、望ましい「政治主導」の姿であるはずです。

 

●規制改革を一般国民の立場に立って考えてみると…

 さらにもう一つ、論点を提供したのが、獣医学部の新設を認めるという本件の規制改革の内容についてです。獣医学科の新設は過去50年、認められてきませんでした。

 類似の問題として医学部の新設があります。医師不足が言われて久しく、政府も近年、医学部の定員は増やしてきましたが、医学部(医学科)の新設ということになると、1979年の琉球大学以来、認められてきませんでした。

 ようやく最近になって、東日本大震災の復興支援として東北地方に所在する大学一校にのみ新設を認める方針が採られることになり、2016年4月に、日本では37年ぶりの医学部新設が宮城県内で実現することになりました。

 加えて、この国家戦略特区制度のもとに、成田市に国際医療福祉大学の医学部新設が認められることになりましたが、これは国際的な医療人材の育成を目的とするもので、一般の臨床医の養成・確保を主たる目的とする既存の医学部とは次元の異なるものです。

 いくら医師不足であっても、あるいは将来の医療ニーズに応える医療人材の育成が急務であっても、医学部新設に担当省庁は極めて消極的で、国家戦略特区の指定を受けなければ無理だとされています。

 獣医も医師もそうですが、一般に参入規制の撤廃に抵抗がなされる背景には、既得権益を守るということがあります。これは生産者側の論理そのものですが、一般国民の立場に立てば、本当は、自由に参入し、ユーザーへのサービス向上のために競争してほしいということになります。

 生産者側を起点に組み立てられた「戦後システム」の次なる「社会システム」とは、エンドユーザーを起点に、消費者や一般国民に価値を提供・保証するという考え方で組み立てられるべきものであり、いま、それが強く問われる時代になっています。その中であって、加計学園問題については、未だに生産者側を起点とする立場から批判するというのでは、本筋を間違えてしまうことになりかねません。

 

 確かに、加計学園に獣医学部を設置すること自体については、獣医師など不足していない、いや、不足している、研究体制の構築も急がれるなどと、様々な見方や意見、問題や論点が出ています。しかし、国家戦略特区とは一つの社会実験です。

 その成果を見て、どのような成果があり、あるいは弊害があるのか、とりあえず一事業者にやってもらい、それを踏まえて他への展開をどうするか、規制を全国的にどうするかを考えるというのが、この仕組みであるはずです。

 アベノミクスの成否だけでなく、日本の将来を左右するのが日本経済の生産性の向上であり、それは規制改革を軸とする「第3の矢」にかかっているとされます。

 今回の加計学園問題については、そもそもいったい何が問題なのか、本当に論じるべきなのは何なのかを、国民世論はよく見極める必要があるのではないでしょうか。

 少なくとも、規制改革の「ドリルの刃」が砕かれるような結果にならないことを祈るものです。

 

松田まなぶのビデオレター、第64回は「規制改革戦略から整理する加計学園問題」

チャンネル桜6月13日放映。

 

 

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