松田まなぶオフィシャルブログ Powered by Ameba

日本を夢の持てる国へという思いで財務省を飛び出しました。国政にも挑戦、様々な政策論や地域再生の活動をしています。21世紀は日本の世紀。大震災を経ていよいよ世界の課題に答を出す新日本秩序の形成を。新しい国はじめに向けて発信をしたいと思います。


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 今年の通常国会、終盤はテロ等準備罪法案審議のドタバタ以外は、加計学園問題一色でした。

 森友にせよ、加計にせよ、「一強」政権の安倍総理に対する忖度がどうのといった、次元の低い問題に貴重な国会審議が費やされたことは残念でした。

 もっと国政の場で議論すべき本質的な問題はたくさんあるのにと、うんざりした国民も多かったと思います。

 

●総理主導は規制改革の手法のイノベーションだった。

 この加計学園問題、衆議院議員として国家特区戦略法案の審議に携わった筆者として、ここは申し上げておかねばと思うことがあり、以下、この問題を正しく捉える視点は何かについて書かかせていただく次第です。

 そもそもこの問題、総理の指示があったかどうかに焦点が当たっており、政府はそれを否定していますが、もし、仮に総理からの指示があったとしても、そもそもこの国家戦略特区は、規制改革について総理主導を制度化した仕組みそのものでした。

 忘れもしない、2013年秋の臨時国会での国家戦略特区法案の審議、筆者は、内閣委員会で何度も質疑に立ち、同委員会の理事として党や政府との調整に走り、本会議でも代表質問に立ちましたが、委員会での総理への質疑に際して、筆者が冒頭、「内容がスカスカの法案ですね」と述べたところを、安倍総理が途中で遮って答弁席へと立ち上がり、「そんなことはない、画期的な法案だ」と色を成して反論したことを今でもよく憶えています。

 アベノミクス3本の矢のうち、最も難しいのが構造政策や規制改革などを内容とする第3の矢。安倍政権発足当初、その2つの大きな柱とされ、国会に提案されたのが、国家戦略特区と産業競争力会議でした。

事業への挑戦者を応援し、日本の課題解決の成功事例を生み出して改革を進めるモデルにしていこうとする本法案の趣旨には筆者も賛成でした。しかし、「国家戦略」と銘打っている割には、改革の中身が漠然としていたので、当時の野党の立場としては「スカスカ」と表現せざるを得なかったものです。

 それもそのはず、この法律は改革の中身よりも、改革の手続きを定めた法律であり、中身はこれから総理主導で決まっていくという性格のものだったからです。中身よりもむしろ、改革手法の一種のイノベーションという大きな意義がありました。

 先日、この法案を巡って、当時、担当大臣として筆者の質疑に対し何度も答弁に立たれた新藤義孝・衆議院議員と一献を傾ける機会がありましたが、その際に新藤元大臣から、当時の筆者の対応を次のように評価する言葉がありました。

…最初はスカスカだと言いつつも、法案審議を重ねていく過程で、中身が評価できるとの判断に至り、最終的に賛成に回ることにしたと言っていただいた、これこそ国会審議の素晴らしさだ。…

 最近、国会のレベルが下がっていると新藤議員は嘆いておられましたが、振り返ってみれば、当時のそんな国会審議こそ、本来の国会のあるべき姿であったように思います。


●もし総理の指示があったとしても、何らおかしくない建てつけの制度。

 それでは、国家戦略特区という法律上の仕組みが定めた画期的な手続きとは何だったのか。従来から規制改革には構造改革特区など、様々な特区制度が存在し、現に存在していますが、規制改革に反対する省庁の壁を破るのは容易ではありません。

 そこで、わかりやすく単純していえば、①特定の事業者がやりたい事業を国として応援し、②その事業者の事業実現のために必要な規制改革メニューをテーラーメードで考え、③各省庁の上に立つ総理官邸の力で各省庁の壁を破る、という手続きを定めたわけです。

 こうでもしなければ「岩盤規制」に穴をあけられない、いわば「制度化された総理主導」といえるでしょう。安倍総理が内外に公約の如く何度も述べている「私自身がドリルの刃になって岩盤規制を打ち砕く」という有名な言葉があります。これを最もよく体現する制度が、この国家戦略特区であり、まさに今までの特区とは異なる「総理主導の特区」です。

 そもそもが総理の強い意向で改革を進めるという建てつけになっていて、むしろ、総理の指示の一つぐらい当然あって然るべき法制度です。

 ただ、総理だけの一存では決められない仕組みが構築されています。以下、いくつかの図をちりばめて掲載しますが、すでに全国のあちこちで国家戦略特区が認定されており、民間有識者から成る委員会を始め、重層的で組織的な意思決定の手順が整備されています。

 こうした制度、手続きの中において、学校法人加計学園岡山理科大に獣医学部を、愛媛県今治市にて新設するという方針が決定されたものです。一連の手続きは内閣府としての意思決定であり、これを担当する内閣府地方創生推進事務局は、当該案件の規制改革に抵抗する各省庁とは、当然、対立関係になります。

 

●官僚主導と官邸主導、所詮は役所間の戦い。

 官邸主導体制の確立は、中曽根内閣の頃からの大テーマであり続け、官邸のお膝元である内閣官房や内閣府の機能強化が進められてきました。あるときは予算編成権などを握る大蔵省を頂点とした官僚体制が政治から目の敵とされ、財政金融分離と経済財政諮問会議の設置で、同省の経済財政運営の主導権は弱体化されました。

 しかし、各種規制については、それぞれの制度を担う各省庁や、その背後にあるさまざまな既得権益などが改革を阻んできました。

 いまや英雄扱いの前川・前文部科学次官は、「公正公平な行政が損なわれた」と言っています。

 しかし、こうした「正論」こそが、各省庁が改革に抵抗する際の最大の武器となっています。「正論」を裏付ける情報やデータが集積しているのは所管の省庁ですから、その力は実に絶大です。

 国家戦略特区は、この縦割り所管官庁の抵抗を打ち破るためには、これまでとは少し目線を変えて、個別の事業者を起点にして、民と地方と国が対等の立場に立ちつつ協議を進め、規制改革の中身を検討し、その実現に総理自身が主導権を握る仕組みが必要だという考え方を採ったものです。これでようやく省庁の壁を打破できる体制が整ったわけです。

 内閣府におけるこの手続きを総理の一存でひっくり返したというのなら問題でしょう。そうでない限り、内閣府の決定が、所管官庁の立場からみれば「行政が捻じ曲げられた」と受け止められることがあるというのは自然なことです。

 筆者も、ある案件について、国家戦略特区の申請のお手伝いをしていますが、本特区制度の事務方である内閣府の地方創生推進事務局の官僚は、自分たちの役割はそもそも、規制改革のために各省庁と戦うことだと、筆者に明言していました。また、認定に向けてカギを握るのは、委員会の民間委員だということです。改革の良いモデルになると委員たちが興味を示さないと、なかなか認定には進まないようです。

 筆者も内閣官房や内閣府に出向した経験がありますが、各省庁との交渉の過程で「これは官邸の上層部のご意向だ、総理も了解している事項だ」などと言うのは折衝の通常の手口です。

 これは交渉事です。熾烈な戦いなのですから、それぐらいの言葉が飛び交ってもおかしくありませんし、私自身、似たようなことを言った記憶があります。どこの会社でも折衝ごとでは「社長の意向だ」ぐらいのことは言うでしょう。

 内閣府と戦う文科省とて、それを不当な圧力のように扱うのは、立場として当然です。そのような折衝の場面でのやり取りをいちいち論じ立てても意味がありません。

 報道をみて前川前次官に拍手喝さい、世論は省庁の「正論」を支持、ということになれば、内閣府が省庁に負けるということになりますが、これを国民がどう判断するかです。

 あたかも、事業者との癒着関係のような文脈でも批判されていますが、筆者が関わっている特区申請でも、内閣府の担当官僚たちは「地元の熱心さが決め手」と繰り返し強調しています。

 それは、その事業者が将来にわたって、内閣府と仲間になって規制改革を提案してくれる方なのかどうか、ということが、省庁との戦いの上では大事だからです。

 それがたまたま総理の友人なら、国益上必要な規制改革もしないのかということにもなってしまいます。「李下に冠を正さず」とは、よく耳にする評論家の弁です。しかし、疑念を持たれないためには国益と信じることも遂行できないといことになるのでしょうか。人脈の広い政治家ほど総理になれなくなってしまうでしょう。

 

●公務員のあり方について提起された論点

 加計学園問題で浮かび上がった論点の一つは、公務員のあり方でした。

 日本で長年にわたって議論され、実行されてきた公務員制度改革の本来の目的の一つは、国民に選ばれた政治家が担う政治に対する公務員の応答性を高めることでした。

 あれだけ官僚批判をしてきた世論やメディアは、今回は官僚支配の味方なのでしょうか。

 ただ、前川前次官が言うことが国民にとって正論に聞こえるなら、そして、そうした正論こそが官僚主導、省庁縦割りの弊害と批判されてきたものなのであれば、官僚は意外と良いことをやっているではないかという、別の見方も台頭するかもしれません。

 もう一つ、国民に広く知られることになったのが、「一強支配」の官邸に対して官僚たちが委縮しているという現実でした。

 よく「省益」が批判されますが、各省庁には、それぞれの立場で担う国益があります。各省庁がそれぞれの担う国益を自由闊達に主張するのであれば、それは省益とはいえません。その上に立って最終的に総理官邸が決断を下すというのが、望ましい「政治主導」の姿であるはずです。

 

●規制改革を一般国民の立場に立って考えてみると…

 さらにもう一つ、論点を提供したのが、獣医学部の新設を認めるという本件の規制改革の内容についてです。獣医学科の新設は過去50年、認められてきませんでした。

 類似の問題として医学部の新設があります。医師不足が言われて久しく、政府も近年、医学部の定員は増やしてきましたが、医学部(医学科)の新設ということになると、1979年の琉球大学以来、認められてきませんでした。

 ようやく最近になって、東日本大震災の復興支援として東北地方に所在する大学一校にのみ新設を認める方針が採られることになり、2016年4月に、日本では37年ぶりの医学部新設が宮城県内で実現することになりました。

 加えて、この国家戦略特区制度のもとに、成田市に国際医療福祉大学の医学部新設が認められることになりましたが、これは国際的な医療人材の育成を目的とするもので、一般の臨床医の養成・確保を主たる目的とする既存の医学部とは次元の異なるものです。

 いくら医師不足であっても、あるいは将来の医療ニーズに応える医療人材の育成が急務であっても、医学部新設に担当省庁は極めて消極的で、国家戦略特区の指定を受けなければ無理だとされています。

 獣医も医師もそうですが、一般に参入規制の撤廃に抵抗がなされる背景には、既得権益を守るということがあります。これは生産者側の論理そのものですが、一般国民の立場に立てば、本当は、自由に参入し、ユーザーへのサービス向上のために競争してほしいということになります。

 生産者側を起点に組み立てられた「戦後システム」の次なる「社会システム」とは、エンドユーザーを起点に、消費者や一般国民に価値を提供・保証するという考え方で組み立てられるべきものであり、いま、それが強く問われる時代になっています。その中であって、加計学園問題については、未だに生産者側を起点とする立場から批判するというのでは、本筋を間違えてしまうことになりかねません。

 

 確かに、加計学園に獣医学部を設置すること自体については、獣医師など不足していない、いや、不足している、研究体制の構築も急がれるなどと、様々な見方や意見、問題や論点が出ています。しかし、国家戦略特区とは一つの社会実験です。

 その成果を見て、どのような成果があり、あるいは弊害があるのか、とりあえず一事業者にやってもらい、それを踏まえて他への展開をどうするか、規制を全国的にどうするかを考えるというのが、この仕組みであるはずです。

 アベノミクスの成否だけでなく、日本の将来を左右するのが日本経済の生産性の向上であり、それは規制改革を軸とする「第3の矢」にかかっているとされます。

 今回の加計学園問題については、そもそもいったい何が問題なのか、本当に論じるべきなのは何なのかを、国民世論はよく見極める必要があるのではないでしょうか。

 少なくとも、規制改革の「ドリルの刃」が砕かれるような結果にならないことを祈るものです。

 

松田まなぶのビデオレター、第64回は「規制改革戦略から整理する加計学園問題」

チャンネル桜6月13日放映。

 

 

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●求められる国家機能の強化と財政再建の意味再考

 シチリア島のタオルミーナで開催された今年のG7サミットは5月27日に首脳宣言を採択して閉幕しましたが、今回の大きなテーマは北朝鮮問題でした。

 昨年の伊勢志摩サミットでは、北朝鮮を国際社会への「挑戦」だとして「強く非難」しましたが、今年は、①国際的課題の最優先事項であり、②国際平和への新段階の脅威と位置付けられ、北朝鮮は「挑戦」から「脅威」へと格上げした表現となりました。

 サミットの際に行われた日米首脳会談では、「対話ではなく、圧力」で一致、安倍総理は新たなミサイル迎撃システムの導入を進める旨、表明したとされます。

 前回述べたように、中国の北朝鮮対策への協力が十分に得られないうちに北朝鮮がICBMの開発に成功し、一国主義に傾く今の米国が北朝鮮と手を握ってしまうという最悪のシナリオが万一、現実のものとなった場合、日本はいくら専守防衛とはいえども、巡航ミサイルも含めた自主防衛力の強化を迫られる可能性があります。

 そのとき、GDP比1%枠で防衛費にタガをはめてきた日本の財政には十分な対応力があるのかといえば、高齢化とともに拡大する社会保障費に財源をとられ、先進国で最も政府にカネのない国になっているということも前回、述べました。

 日本ではこれまで、専ら社会保障や経済政策との関係で論じられてきた財政ですが、いまや、国家としての危機管理、リスク管理の観点から考える必要が出てきたと思います。

 

●日本は「小さくて弱い政府」の国

 戦後の日本は、諸外国と比べて「小さくて弱い政府」で一貫してきました。

 超高齢化が進んでいるわりに、消費税率や租税負担率が低いという「小さな政府」だけではありません。特に国民の安全安心に関わる部分での政府の法的権限はかなり制約されているのが実態です。戦前戦中のトラウマからか、国家が機能を強化しようとする度に、各方面から強いアレルギー反応が起こってきました。

 今通常国会で最後まで与野党が激しく対立した「テロ等準備罪」(共謀罪)の法案も、テロを日常的な脅威として実感している欧州などの国々であれば、むしろ警察機能を強化してほしいというのが国民の声になるのではないでしょうか。

 確かに、数々の冤罪事件で日本の司法警察への信頼は落ちているとは思いますが、戦前の特高警察や治安維持法に懲りた戦後の日本では、警察権力が極めて限定的で、効果効率の観点から刑事司法を見直すべきとの議論が常にありました。

 筆者が衆議院議員として、その成立に関わったマイナンバー法案もそうです。マイナンバー制度は、いずれ、国民の健康や安全安心のための危機管理の上で実効ある社会インフラになるものですので、筆者は推進の立場をとりましたが、個人情報や国家による国民監視への懸念などの観点から、日弁連など各界から強い反対意見が出されていました。

 筆者が現在、東京大学のチームに客員教授として参画しているサイバーセキュリティー対策も、国家や国民生活の安全保障の上で大問題です。直近では日本政府の予算も増えていますが、つい最近まで、米国よりもゼロが3つも4つも少ないと言われたものです。

 東大では、サイバーセキュリティーの現場で活躍する各界の方々を筆者のチームに集めて議論を始めていますが、この分野でも国家機能を強化して、日本全体としての共通インフラや仕組みを構築することが不可欠との意見が強く出されています。

 防災もそうです。2011年の3・11以降、国民の防災意識は高まってはいますが、日本には未だに米国のFEMA(連邦緊急事態管理庁)のような専門部隊の組織がありません。地震の心配のないドイツや英国にも国家レベルで専門組織と緊急時に自治体を指導する仕組みがあることなどに鑑みれば、これだけ災害の多い日本にあっては「日本人の命の値段が最も安い」と言う専門家もいます。

 もともと地震大国の日本が3・11以降、プレートの変化で大地震がさらに起きやすくなっているだけではありません。気候変動の影響か、東京などにも大被害をもたらすだろう「スーパー台風」が頻繁に日本を襲うようになるのは間近だという話も聞こえてきます。

 いまや、「空気と水と安全はタダ」というハッピーな状況は日本から過ぎ去り、国家の本来の目的である国民の命と財産を守る、まさに、国家が何のために存在しているのかという根本に立ち返ったところに国や政治の最重要課題があるという時代を迎えつつあるように思います。

 

●新たな「改革」の視点は「政府にしかできないことを政府にさせる」こと

 「民間にできることは民間に任せる」。これがこれまでの「改革」論の軸でしたが、そもそも自由放任が最適な結果を導くというアダム・スミス以来の市場メカニズムの前提には、市場では処理しきれない「不確実性」が存在しないということがあります。

 ケインズは「不確実性」こそが不況の原因だ(人々がより貨幣を持とうとする、おカネを支出しようとしなくなる)と説き、政府介入の必要性を経済学的に論証しました。

 国民を覆う不確実性を軽減するのは国家の役割であり、危機管理、リスク管理の機能を政府が十全に果たしてこそ、国民は自由と安心を享受し、市場経済も活性化する。アダム・スミスとて「夜警国家」論を唱えたのであり、その「夜警」の部分が大きく意識されるようになっているともいえるかもしれません。

 これからは、日本では諸外国と比べても十分にできていない「国家にしかできないこと、国家がやるべきこと」をできる政府を構築するということが、「改革」論の軸になっていくべきだと考えます。

 筆者はかつて、衆議院内閣委員会で菅官房長官に、よく財政再建といえば「財務省の論理だと言われるが、財政再建は「省益」と考えるか、「国益」と考えるかという質問をしたことがあります。菅長官の御答弁は当然。「国益」でしたが、そもそも財政再建は何のためにやるのかといえば、財政の対応力を回復するためということが大きな目的です。

 前述の観点に照らせば、財政再建は財務省の省益をはるかに超えて、国家国民の存立を全うするための手段を機能させるものであり、まさに国益そのものということになります。

 

●プライマリーバランスを分かりやすく解説すると…

 このように考えれば、社会保障に財源を奪われている状況を無くすために、社会保障の世界は消費税率の引上げで収支相償に持っていき、他の財政支出を圧迫しないようにすることが大事だということになります。

 しかし、安倍政権が消費税率10%への引上げを2度にわたり延期したように、そもそも経済がよくならなければ財政再建も困難です。

 政府は、経済成長を高めて2020年度に財政のプライマリーバランス(PB)を達成することを目標として掲げ続けています。確かに、このPBが達成されなければ、国債など政府部門の借金(公債等)の残高の経済規模(GDP)に対する比率は、無限に拡大し続けていきますので、PB達成は財政再建の必要条件です。

 筆者はよく、この「PB」論の妥当性につき、賛成か反対か、という質問を受けます。しかし、これは妥当性を問う当為(ゾルレン)の問題ではなく、単なる算数であり、事実(ザイン)の問題です。計算すれば、誰にとっても同じ結果が得られます。

 この計算式を書いたのが、[図1]です。

[図1]

 次の[図2]は、前回も掲載しましたが、今年度の平成29年度政府予算の数字を入れたPBの概念図です。借金返済(元本返済+金利支払い)以外の支出が、税収などの収入によって賄われている状態になると、PBの状態になります。このとき、毎年度の新たな借金(新規公債発行額)は、国債費(債務償還費+利払費)の範囲に収まります。

[図2]

 この状態では、国債残高は、毎年度、利払費分だけ増えていきます。これは自明のことで、新規国債発行額は債務償還費と利払費の合計に一致し、新規国債発行額のうち債務償還費に相当する部分は、同額の国債を減らすために増える国債ですから、国債残高の増減上ではチャラになります。そこで、利払費分だけ、国債残高が増えることになります。

 ですから、ある年度の国債発行残高は、前年度の国債発行残高と、それに国債の利率をかけたもの(国債残高の増加分)を加えた額になります。つまり、

国債発行残高

=前年度の国債発行残高+[前年度の国債発行残高×金利(%)]

となります。

 一方、ある年度のGDPの数字は、前年度のGDPと、前年度のGDPに経済成長率をかけたもの(GDPの増加分)を加えた額になります。つまり、

GDP

=前年度のGDP+[前年度のGDP×経済成長率(%)]

となります。

 ここで、[図1]をご覧ください。財政再建の目標が、公債等のGDPに対する比率を一定にする(それ以上増えていかない状態にする)ことだとすれば、PBの状態が実現されていれば、それは、金利と経済成長率が一致しているときに実現するということになります。

 ある年度の公債等のGDPに対する比率が、前年度の公債等のGDPに対する比率と一致するからです。分子の増え方と、分母の増え方が一致するからです。

 しかし、PBの状態になっていても、図から一目で分かるように、金利が経済成長率を上回っていれば、分子の増え方が分母の増え方よりも大きくなり、その年度の公債等のGDPに対する比率は、前年度よりも大きくなるため、この比率は上昇が続きます。

 以上、PB論が、いかに単なる算数の世界であるかがお分かりになったかと思います。

 

●アベノミクスで財政再建が達成される絵は描かれているが…

 判断が分かれるのは、ここから先です。上記とは逆に、金利が成長率を下回れば、この公債等のGDPに対する比率は低下していきますが、金利が経済成長率を上回るのが、どの国でも経済の普通の姿です。

 近年では大規模な金融緩和を各国とも行ってきましたから、金利が経済成長率を下回る現象がよくみられますが、例外的な現象です。日本では、この現象は、バブルのときと、いまのアベノミクスの異次元の金融緩和の局面以外には、あまり見当たりません。

 つまり、異常な状態で、いずれ、異次元緩和策が出口を迎えれば、正常な状態へと逆転するとされています。

 これを異常な状態ではなく、金利が経済成長率を下回る状況さえ続けていけば、財政は改善する、つまり、いまの異常な低金利を続けるか、経済成長率を高めて、金利を上回る成長を続ければ財政は健全化すると考えるか、で、判断が分かれることになります。

 実は、もし、高い経済成長率を実現して、それが金利を上回る状態を継続することさえできれば、PBなど達成されていなくても、公債等のGDPに対する比率は低下していきます。

 現に、その姿を2025年度まで描き出しているのがアベノミクスです。

 [図3]と[図4]をご覧ください。これらは、本年1月に政府が公表した「中長期の経済財政に関する試算」(毎年1月と7月に改訂)を筆者が図解したものです。

[図3]

 そこでは、経済の姿を、現状の経済成長率に近い状態で推移していく「自然体ケース」と、アベノミクスが成功して経済成長率が2020年度に向けて名目で4%近くを達成する理想的な「経済再生ケース」の2つに分けて、財政状態がどうなるかを試算しています。

 その前提は、2019年10月に予定どおり、消費税率を10%にまで引き上げることです。

 政府は2020年度でのPB達成を目標としていますが、[図3]で分かるとおり、理想的な経済再生ケースを実現した場合、それによって2020年度のPB赤字は3兆円縮小します。

 しかし、経済成長をしてもPB赤字縮小効果は3兆円でしかなく、2020年度には8.3兆円ものPB赤字が残り、これゼロにしてバランスさせるという政府の目標は達成されません。

 経済成長を遂げても、2019年度に消費税率を10%にしても、達成できないのですから、残りは歳出を削るしかないことになります。

 歳出削減となると、日本の財政は社会保障以外の財政支出のGDPに対する比率がOECD加盟国、つまり先進国の中でビリというぐらい、他の支出は削れないところまで絞っていますから、社会保障費を削るしか大きな歳出削減効果はありません。

 社会保障費を削るというのは、年金を削る、医療や介護の自己負担を増やす、ということですから、これも国民負担増です。

 消費増税以外に8.3兆円も国民負担を増やさないと、政府の目標は達成できないことが示されているわけです。

 しかし、PBは達成できなくても、財政再建の重要な目標である、公債等のGDPに対する比率は低下していく姿を政府は示しています。それが[図4]です。

 前述のように、PBが達成されなければ、この比率は低下しないはずなのに、低下するというのは、金利が経済成長率より低い状態が続く場合だけです。確かに、この試算では、2020年度までは、この状態が続きます。

 問題は、2020年代に入ると、政府の試算でも、金利が経済成長率を上回るようになるということです。

 もう一つの問題は、「経済再生ケース」の前提です。日本経済の生産性上昇率が、現状の0.8%程度から、日本経済自体がピークであったとされる1990年をはさんだ1983年~93年の平均である2.2%程度まで上昇するという、かなり楽観的な想定になっています。

 生産年齢人口がマイナスなので、これぐらいの生産性上昇率を達成して続けていかないと、名目4%近くの経済成長率など到底、実現しないのですが、そこまで生産性が上がるためには、よほどのイノベーションが必要でしょう。

 AI革命で数年以内に日本経済の姿が大きく変わるぐらいの変化が必要かもしれません。

 アベノミクスの第3の矢である成長戦略がどこまで奏功するかです。

 こうした論点も含めて。財政の問題をどう考えるか、そして、これをどうするか、機会を改めて論じてみます。いずれ、筆者が考える対応策も提案いたします。

 

 松田まなぶのビデオレター、第63回は「「強い国家」が求められる時代、財政の対応力をどう強化するか?」チャンネル桜5月30日放映。

 

 

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 北朝鮮によるミサイル発射が相次いでいます。

 4月の米中首脳会談で米国のトランプ大統領は、中国の習近平主席との間で、北朝鮮対策への中国の協力を引き出すに際し、貿易赤字問題をディールの材料として使いました。しかし、中国にとっては朝鮮半島での同国の影響力の観点から本来、現状維持が望ましいなど、中国が果たして本当に協力するか未知数だとされます。

 

●日本に迫られる自主防衛力の増強

 現状が続いて与えられた時間の間にもし、北朝鮮がICBM(大陸間弾道ミサイル)の開発に成功し、米国本土が核攻撃の脅威にさらされるようになったら、日本にとって米国による「核の傘」が事実上、機能しなくなるという危機的状況が到来するかもしれません。

 ましてや米国はいま、「アメリカ・ファースト」のトランプ大統領です。

 ある日本の北朝鮮の専門家が、こんな話をしていました。

…北朝鮮の核戦略は、朝米の対等の安全保障協定の締結にある。核ミサイルで脅せば、米国は世界の警察官をやめ、半島から撤退する。その時、お互いに不可侵の関係を作るというのが、金日成以来、親子3代にわたる戦略であり、金正恩は今、その戦略を完成させようとしている…と。

 ちょうど今、韓国では「左派」の親北政権が誕生しています。韓国では左派とは民族主義を指すそうです。北主導の朝鮮半島統一という事態になったとき、日本はどうするのか。

 このシナリオの実現性がどの程度かは分かりませんが、我々として想定しておくべきリスクではあるでしょう。米国による「核の傘」が消滅する可能性を視野に入れれば、日本は自ら、北朝鮮に対する独自の抑止力を強化しなければならないことになります。

 ミサイルの軌道については、発射時点のブースト・フェイズのあと、宇宙空間を飛ぶミッドコース・フェイズに入り、日本の場合、これに対する迎撃はイージス艦のSM-3で対処することになっています。しかし、5月14日に高いロフトで打ち上げ、2,000キロの高度を達したとされる北朝鮮のミサイルの状況をみると、こうした迎撃が届かない可能性があると指摘されています。

 これで撃ち落とせなかったミサイルの軌道は、地上に向けて落下するターミナル・フェーズに入りますが、日本の場合、これに対しては地上からのPAC-3(パトリオット)で迎撃することになっています。しかし、高い高度からの落下は猛烈なスピードとなり、これも簡単には撃ち落とせない可能性が指摘されています。

 結局、日本は、1,500~2,000キロを射程に入れた巡航ミサイルをはじめ、航空母艦、空対地ミサイル、早期警戒衛星など、通常兵器による敵基地攻撃能力を強化することを迫られるというのが、前述の専門家の意見でした。

 この場合、ブースト・フェイズでミサイルを叩くという敵基地攻撃が可能かどうかがポイントになりますが、これについては1956年の当時の船田防衛庁長官の「座して死を待つ選択肢はない」という国会答弁があり、必ずしも憲法違反とはいえないようです。

 ただ、攻撃されたら巡航ミサイルで反撃するという意味での事前的な抑止力こそが本物の抑止力ですが、それを想定した場合、専守防衛との関係でどうなるか、色々な議論を呼ぶでしょう。難しい問題がありそうです。

 いずれにしても、日本の自主防衛力増強が迫られているのは事実です。

 

●対応力を失っている日本の財政

 では、先進国最悪と言われる日本の財政は、防衛力増強への対応力があるのでしょうか。

 近年、日本の防衛費は微増を続けています。今年度(2017年度)予算では、防衛関係費は+1.4%増額の5.1兆円で、その対GDP比は0.926%です。

 

 日本は長年、対GDP比1%枠を遵守してきましたが、トランプ大統領は各国に対し、標準は2%だとして、軍事費の増大を求めています。ちなみに、米国の軍事費の対GDP比は4.3%(世界1位は北朝鮮の23.3%、ロシアは3.8%で第20位、中国は2.0%で第68位、米国は第15位で、日本の約1%との数字は第136位)だそうです。

 もし日本が2%へとなると、現在の5.1兆円とほぼ同じ金額、消費税率にして2%程度の増税分に相当する額を上乗せしなければなりません。

 しかし、専守防衛の日本の場合、そもそも防衛力のスペックが自国防衛の範囲内でしか組み立てられていないため、現行憲法を前提にすれば、2%に達しなくても国際標準に足りないということにはならないとは思います。

 ただ、今後、1%を超えて大幅に防衛費を増やせる財政状況にあるかということになりますと、いずれ行われる消費増税も全て社会保障向けですから、別途の増税策を講じない限り、国債発行の増発ということになります。

 国債増発ということでいえば、最近では「教育国債」も議論になっていますが、少なくとも現行の2020年度プライマリーバランスを前提にした財政運営を根本から見直さないと、採れない道でしょう。

 そもそも国債の消化は、個人、非金融法人、政府併せて3,500兆円もの金融資産のポートフォリオ(資産選択)の中で行われるものであり、日本の現状は、国内でマネーを運用しきれずに世界最大の対外純資産国の地位を続けているのですから、国債増発に量的な制約があるとは考えにくい面があります。

 問題は、国債の大半が高齢化とともに膨らむ社会保障費を賄う赤字国債になっていることにあります。それでは将来の日本経済の生産性上昇に寄与する借金(資産運用)ということにはならず、ポートフォリオの質のほうが問題です。

 ちなみに、今年度末の普通国債(将来の税負担で償還される長期国債)の発行残高の見込みが約865兆円、うち、インフラ整備など将来に資産を残す国債であることから財政法第4条で発行が許されている建設国債(4条公債)の残高は274兆円、将来にツケだけを残すことから財政法で本来禁じられている赤字国債(特例公債)の残高は584兆円です。

 この社会保障費の増大(赤字国債の増大)が日本の財政の対応力を大きく損なってきました。今年度予算でも、一般会計総額の97.5兆円のうち、社会保障費は32.5兆円と、全体の3分の1を占めるに至っています。

 OECD加盟30数カ国で国際比較をすると、社会保障費の対GDP比の大きさでは日本は中位くらいまで順位が上昇してきましたが、社会保障費以外の財政支出の対GDP比は、いまやビリまで順位が下がっています。

 つまり、日本の財政は先進国で最も、おカネがない政府の様相を呈しています。これは、社会保障の財源が不足し、そこに財源が奪われている結果、他の支出に回せるおカネが圧迫されて十分なことができないでいる財政の姿を示すものです。

 

 

●必要なのは社会保障での収支相償

 ですから、社会保障が他の経費を圧迫しないよう、毎年増える一方の社会保障の世界にあっては、その中で自ら財源的に収支相償で完結してもらわないとならないはずです。

 そこで、その使途が全額、社会保障の財源に充てられる消費税の増税によって、財政が社会保障以外のニーズきちんと応えられるようにすることが必要だというのが、消費税率引上げの大きな理由の一つです。

 ただ、図にまとめたように、「社会保障と税の一体改革」で3党合意がなされた、消費税率2段階引上げについては、安倍政権は第2段階目の8%から10%への引上げを延期してきました。一応、2019年10月には実施されることにはなっていますが、それも先送りされる可能性が指摘されています。

 

 他方で政府は、2020年度プライマリーバランス達成を目標に掲げていますが、予定通り2019年に消費税率の引上げをしたとしても、そして日本経済がアベノミクスの効果として考えられる最大の理想的な成長率で経済成長を遂げていくとしても、その目標達成には8.3兆円も不足していることを政府の試算は示しています。

 このギャップは、消費増税以外のさらなる国民負担増(社会保障費の削減など)で埋めていくことが、目標達成のためには必要だということになります。

 しかし、だからと言って、消費増税の先送りが間違いだとまでは言えません。財政運営の基本や前提は経済成長ですから、それが大きく損なわれる懸念がある増税の場合、財政にとっても元も子もない結果になります。

 そこは高度な政治的判断の領域ですが、大事なのは、今後長期にわたって日本の財政が持続可能になり、様々なニーズに対して対応力ある強い財政を実現できるのかどうかです。

 ちなみに、安倍政権は2025年度にはプライマリーバランスが黒字になり、公債等(政府部門の借金)の残高の対GDP比が低下を続ける財政の姿を描いています。

 このことの意味合いについては機会を改めて論じます。

 

松田まなぶのビデオレター、第62回は「核の破れ傘、財政からの危機管理をどうするか?」。チャンネル桜5月18日放映。

 

 

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