松田まなぶオフィシャルブログ Powered by Ameba

日本を夢の持てる国へという思いで財務省を飛び出しました。国政にも挑戦、様々な政策論や地域再生の活動をしています。21世紀は日本の世紀。大震災を経ていよいよ世界の課題に答を出す新日本秩序の形成を。新しい国はじめに向けて発信をしたいと思います。


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 今年の最後は、総理は真珠湾で「和解の力」。

 その時のオバマの演説「我々は受け継ぐ歴史を選ぶことはできない。しかし、そこから何を教訓とするかは選ぶことができる。その教訓に基づいて我々の将来を描くことができる。」

 大下英治氏のとなりで歌手のアイ・ジョージさん「ああ星雲に花負いて…撃ちてしやまぬ大和魂…わが皇軍は天降る…」、これも重い歴史。

 過去は変えられなくても、未来は選択できる。

 今年は最後に向けて、色々なタイプの会合が相次ぎ、中には、財務省の同期の浅川財務官がフルート、私はチェロを弾くという場までありましたが、人前で話をするときは「トランプ政権誕生は日本のチャンス」を言い続けました。写真は日本のダボス会議ならぬ白馬会議にて「いまこそ中間層の力で世界の課題解決先進国ニッポンを」。

 来年は、我々の将来を描くのは我々自身、という年にしたいと思います。

 良いお年をお迎えください。

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 閉会した2016年臨時国会で最後に賛否両論で話題となったのが俗称「カジノ法案」でした。

 いわゆる「IR推進法案」ですが、多くの国民に審議不十分と映る中で可決成立しました。

 ただ、この法案自体には長年の経緯があり、日本でのカジノ解禁は急に出てきた論点ではなく、また、政府に立法を促すことを趣旨とする議員立法である本法案が成立したからといってカジノが即座に解禁されるものではありません。

 色々と指摘されている問題点の解消は、今後、政府による立法の中身次第です。

 そもそも本法案の基本的趣旨は、世界から人を呼び込むことのできる総合的な複合観光施設の整備促進です。その上で、世界のほとんどの国で認められているカジノを、その一部に組み込んで、国際標準に見合う集客力を確保しようとするものであって、パチンコのように日本の街中の日常生活の中にカジノを入り込ませようとするものではありません。

 

●法案審議の経緯

 あえてカジノを取り上げたのは、私自身が現職の衆議院議員だった際に本法案と大きな関わりを持っていたからです。

 もともとカジノ解禁論としては、2001年に当時の石原都知事が打ち出した「お台場カジノ構想」があり、その後も大阪などの主要都市から声が上がり、政界でも2010年に社民党、共産党を除く超党派の「IR議連」が発足し、当時、政権の座にあった民主党も推進法案を党内で了解していたものです。

 自公が政権に返り咲いたあと、2013年6月には、自民党に先駆けて、日本維新の会がIR法案を通常国会に提出、同年12月には、自民党、日本維新の会の議員らにより議員提出法案として、今回成立することになった「統合型リゾート施設(IR)整備推進法案」が臨時国会に提出されました。

 つまり、この法案自体、今回2016年の臨時国会で急に出てきたものではなく、3年前に国会に提出され、その後、たな晒しになってきたものです。

 法案の正式名称は、「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律案」。

 そもそも、本法案の趣旨であるIR(統合型リゾート)とは、図のとおり、多機能を備えた複合型観光施設です。単なる観光にとどまらず、今、政府や各自治体が推進しようとしている「MICE」(マイス)、すなわち、「Meeting(会議・研修)」、「Incentive(招待旅行、travel, tour)」、「Conference(国際会議・学術会議)またはConvention」、「Exhibition(展示会)またはEvent」をも意識した施設です。

 図にもあるように、今回、たった数時間の審議で可決成立されたと批判される本法案それ自体は、決して、今回の臨時国会で初めて審議されたものではなく、2014年の通常国会で、衆議院内閣委員会で審議されていました。

 ちなみに、この審議入りは、同通常国会会期での、私の最後の仕事でもありました。

 当時、私は衆院内閣委員会で日本維新の会を代表する理事の職にあり、党の方針のもとに立場上、理事会などの場で一人、審議入りを要請する発言を続けていました。

 自民党は公明党に気兼ねしていましたし、民主党の態度は曖昧で、その頃、国会の正式の場では、私だけが推進派であるかのようにすら見えました。

 結局、維新と自民と官邸との調整を経て、会期末に至ってようやく、委員会での審議入りが果たされたましたが、審議未了で次の臨時国会へと継続審議、衆院解散でいったん廃案になりました。今回成立したのは、その後に出し直した同じ法案です。

 

●パターナリズムか自立か

 2014年通常国会での審議入りで、この「IR推進法案」とカジノ解禁について、それなりの議論が衆院の内閣委員会でなされていたことを、ほとんどの方がご存知ないようです。

 審議では、法案提出議員が答弁席に立つ形で、私も質疑に立ちました。私への答弁者は、小沢鋭仁議員と石関貴史議員でした。

 私が質疑で強調したのは、新しい政治の軸としての「パターナリズムか自立か」でした。

 日本では賭博行為は、刑法185条により罪に当たるものとして禁止されています。

 その理由についての法務省の公式な説明は、「賭博行為が国民の射幸心を助長し、勤労の美風を害する」(法務大臣政務官国会答弁)、つまり、一発大儲けしようという心理を生んで、まじめに働く気を国民が失うという意味です。

 一般論として、賭博を法律で禁止することに全く意味がないとまでは言いません。ただ、世界127カ国で認められているカジノまで賭博罪だとして全面的に禁止するとすれば、その根拠は、日本人の場合は、カジノをすると勤労意欲をなくす恐れが大きいからだということになってしまわないでしょうか。

 そもそも、そのようなことまで国が心配して国民の面倒をみるものなのか、という論点がそこにはあります。それは自立した大人が自ら責任をもって判断することではないか。国民を半人前扱いして、手とり足とり政府が口出しする。

 ギャンブル依存症に陥る一部の人々への対策はきちんと講じなければなりませんが、一部の人々に問題が生じるから、問題のない自立した人に対してまで選択の自由を与えないという発想こそが、国への依存体質や「大きな政府」を生んできた元凶ではないか。

 そもそも「パターナリズム」とは、上図に示す通りですが、国家が国民の生命や財産を保護する義務を負っているのは当然だとしても、少なくとも心身の成熟した成人に対する過剰な介入が、いわば「余計なお節介」であるとして批判が加えられているものです。

 表現の自由を重視する立場からも、パターナリズムに基づく、有害図書や有害情報などに対する規制に対する批判も存在します。

 国民の自由である自己決定権を広く認めるのか、すべての国民を一律に保護するためには国家の介入を優先するのかという、根本的な観点からの検討が必要な問題です。

 

●カジノとギャンブル依存症

 世論調査では、国民の6~7割がカジノ解禁に反対という結果が出ています。反対論でよく挙げられるのが、ギャンブル依存症です。

 日本人にはもともと、ギャンブル依存性体質があると指摘する有識者もいます。

 確かに、厚生労働省の推計では、ギャンブル依存症の疑いがある成人は全体の5%弱の536万人と、世界の中で突出した高さになっています。

 しかし、世界のほとんどの国でカジノがOKなのに、その例外的な存在としてカジノを認めていない日本でギャンブル依存症割合が世界的に高いというのは、奇妙な現象です。

 背景にあるのは、娯楽として日常に広く浸透しているパチンコの存在です。駅前や商店街などの日常生活の場に多数のパチンコ店が乱立し、そこに誰もが気軽に入れるという、一般庶民にとってのパチンコ店の敷居の低さによるもので、ギャンブル依存体質が日本人固有の国民性に基づくとも言い切れないように思われます。

 ある試算では、日本の電子的ゲーム機械の設置数は世界第1位で、第2位の米国の5倍だそうです。日本はもともと、「擬似カジノ化」している国だという指摘もあります。

 ところが、パチンコは建前上、「賭博」とはされていません。景品交換所を介在させた「三店方式」という不思議な仕組みによるものだそうです。

 この20兆円規模にのぼり、ギャンブル依存症の温床になっているパチンコには、賭博でないと目をつぶり、庶民とは必ずしも近くない立地において様々な規制や制限を加えて営むことが可能な紳士淑女の遊びであるカジノについては、賭博だと禁止していること自体、少しおかしいと考えるのが自然でしょう。

 

 カジノ解禁の問題点は、そのほかにも、暴力団対策、マネー・ローンダリング対策、多重債務問題再燃の危険性、青少年の健全育成への悪影響等が広く指摘されています。

 もちろん、多くの問題への懸念は否定できません。

 ただ、日本が解禁しようとするカジノは、総合的な複合型リゾート施設として認可される場所でだけ可能になるものです。全国各地に乱立するものではなく、そうした限定的な場所であれば、仕組みの設計次第では、問題は克服される可能性が高いともいえます。

 

●政治の対立軸を考える。

 よく、政治の対立軸として、「大きな政府」か「小さな政府か」が言われます。

 しかし、量的に「大きな政府」は、たとえ社会保障給付を制約して自立を促しても、日本のような急激な高齢化が進展する国では、他国に比して社会保障費の対GDP比が相当高い水準にならざるを得ません。政府の規模は、その国の人口構成から導かれる面も強く、結果論に過ぎないかもしれません。

 むしろ、もっとその根本にある基本的な考え方の違いとして、現在の日本にとって意味ある対立軸は、「依存(パターナリズム)か自立か」ではないでしょうか。

 もちろん、社会保障をパターナリズムを基本とする「依存型」で設計すれば、それを自立型で設計する場合よりも政府の量的規模は大きくなります。それも結果論です。

 大事なのは、国民の生き方として、あるいは社会のあり方として、自立(と助け合い)の道を行くのか、依存(政府の介入による公的支援)の道を行くのかに、国としての大きな選択があるということです。恐らく、既存の分け方でいえば、「保守」の立場は前者に近く、「リベラル」あるいは社会主義の立場は後者に近いでしょう。

 今回、法案に最終的に反対した民進党でも、IR推進議連が党内に結成されましたが、これは保守の立場の議員が民進党にも極めて多いことを改めて浮き彫りにしたものでした。そもそも政界再編が必要なのかもしれません。

 パターナリズムの一つに、危険があるからさせないという発想があります。しかし、多くの諸外国では、賭博はどちらかといえば、個人の選択と自己責任のもとで行われる交遊行為としての位置づけが強く、少なくとも、「勤労意欲を減退させる」との懸念はあまり聞かれないようです。

 賭博をすることで勤労意欲が減退する人は例外であって、「勤労意欲」とか「勤労の美風」というのは基本的に各個人の価値観であり、「あなたは賭博なんかをすると勤労意欲が低下しますよ」などと国に言われるのは失礼だと思う人も多いでしょう。

 社会の一部の例外の者に基準を合わせ、できる人もできなく規制してしまう。今や、価値観の多様化した成熟社会に移行した日本では、「自立」した個人を前提に「選択の自由」を社会設計の基本思想の一つとすべき時代だと考えれば、それとは相容れないものです。

 

●健全、安心、安全な成人の娯楽の場としての位置づけ

 海外でカジノを楽しんだ経験のある日本人は多いと思いますが、普通の大人の遊びとして、それには様々な類型があります。

 日本の場合、IR推進法で想定されているのは、単体でカジノをどこにでも設置できるというものではなく、あくまでIRの一部を構成するエンターテインメント施設の一つという物理空間的な制約と、行政の認可や監視のもとに、ということです。

 最も厳しい設計をするとすれば、外国人限定という方法も考えられますが、日本の一般市民が利用できても、適切な規制と監視の仕組みを制度として設け、その施行を厳格に管理することで、「健全、安心、安全な成人の遊興」とすることができることが先進国の事例で実証されています。そうでない国では、色々な問題が生じているケースが多いようです。

 海外では、内国人に一定の入場料を課す事例もあります。入口で全入場者にIDチェックを求める制度を採用している国や地域では、青少年教育に対するカジノのリスクはほとんど聞かれないとの見方もあります。

 本人確認によって、青少年や、カジノ依存症患者の入場を排除することも考えられます。自民党の中でも、これにマイナンバーを活用する意見が出ています。

 入場規制さえ厳格であれば、IRという高規格の施設群の一部を構成するカジノの存在自体が、周辺地域の風俗環境の悪化をもたらしたり、公序良俗の乱れにつながるとは想定しにくいでしょう。

 ちなみに、2014年通常国会での筆者からの質問に対し、石関貴史議員は、「シンガポールでは、カジノ施設はIR全体のごく一部であり、入場に当たっては、厳格なIDチェック、本人確認、未成年者等の入場制限をしており、入場料も徴収、依存症対策として、自国民に対しての、自己排除、家族排除といったプログラムが導入されている。日本でも、このような万全の措置を講じた上で、ビジネス層やファミリー層を対象とした質の高いIR施設の一部としてのカジノに限って認めていくという考えである。」と答弁しました。

 

●違法性の阻却

 ただ、現行刑法が賭博行為を禁止している以上、カジノを合法化するためには、その違法性を阻却するに足るだけの大義名分のもとに、別途、法律でこれを規定することが必要になります。IR推進法の肝は、カジノの違法性阻却のための法制定を求めることにあると思います。

 合法化の基本は公共目的です。

 「IRの導入によって、国際観光の振興、国際会議機能の強化、文化振興、魅力のある都市づくり、地域活性化など、幅広い波及効果が期待されている。」とされますが、これだけでは違法性の阻却には不十分でしょう。

 賭博罪の例外として日本で既に認められている事例は、競馬や競艇などの公営賭博です。これら公営ギャンブルについては、特別法により、刑法上の罪に当たる行為を合法化する規定が置かれています。

 その中軸は、第一に、「公が施行主体」であること、第二に、例えば競馬であれば「馬の改良増殖その他畜産の振興」といった「公の目的」を具体的に規定していることです。

 カジノの場合は公営ではないだけに、その分、公的目的のほうが余程しっかりしていなければならないと思います。

 例えば、カジノ収益でパチンコ対策の原資を捻出するぐらいの発想が必要かもしれません。 カジノ収益をギャンブル依存症対策に充てているスイスの事例もあります。

 収益を財源として何に使うのか、それが一般国民にどう裨益するのかを明確化することが、違法性阻却の肝になると思います。

 違法性の阻却は、今後の実施法を策定する政府の法案策定過程に委ねられることになります。

 その際の視点は、既に公認されている公営ギャンブルと比較して、目的の公益性、運営主体の性格、収益の扱い、射幸性の程度、運営主体の廉潔性・健全性、運営主体への公的監督、副次的弊害の防止といった点が十分かどうかということになるでしょう。

 

●地域振興における「集積で発展するモデル」と日本型IR

 今回の国会審議での党首討論では、IR推進を成長戦略と位置付ける安倍総理に対し、民進党の蓮舫代表が、賭金を分配するだけのカジノは何も付加価値を生み出さない、それがなぜ、成長戦略なのか、と迫りました。

 しかし、それは「木を見て森を見ず」です。

 経済効果という観点から見て、まず重要なのは、IR推進によって周辺に生み出される付加価値です。

 世界経済のパラダイム変化の中で、国際競争の大きな軸の一つとなったのが、「集積力の競争」です。世界からヒト、モノ、カネ、情報などを呼び込む都市機能や、そのインフラを備えた所が、繁栄の中核となる時代になりました。

 日本では東京が、そうした要請に応えつつ繁栄しています。東京に代わって衰退しているのが地方です。東京に本社機能を吸い上げられて衰退している大阪も、持ち前の資源や地の利を生かし切れていない横浜も、いずれもがIRに熱心です。

 地方中核都市などが集積を軸とした世界大競争の時代に向き合い、そこを核にして広域経済圏を生み出していくことが、日本全体の成長に大きな関わりを持つようになっています。

 一般に、地方に集積を生み出す上での一つの指標が、インフラなど都市機能の充実度ですが、もう一つの指標が、周辺観光資源の充実度です。ここにIRが位置付けられます。

 これまで、地域の振興といえば公共投資か企業の誘致が中心でしたが、グローバリゼーションが進展したこんにち、企業城下町としての発展モデルは行き詰まっています。これは先進国共通の現象です。トランプの集票地盤になったのも、寂れた企業城下町でした。

 今や、地域の振興は、ヒトをいかに呼び込むかにあるという時代になりました。

 ヒトを惹きつける魅力を地域に組み立て、ヒトが来ることによっておカネが落ち、それをめがけて関連産業が充実し、そこに様々な付加価値が創出される。ここに生まれる良循環こそが、地域振興のエコノミクスになっています。

 IRは、ヒトの集積によって実現する収益機会を目指して民間投資を呼び起こすものです。税負担を伴わない公共投資でもあります。

 このIRの魅力度をさらにアップさせるためには、周辺地域におけるその他の観光資源との連携が重要になります。これは、それぞれの地方独自の「特殊解」の発見に向けて各地方が自らの魅力を自立的に組み立てる営みを促進することになるでしょう。

 私は、IRの推進を、カジノという狭い範囲で捉えるのではなく、本法案の成立を、「日本型IR」の創出のきっかけとすべきではないかと考えてきました。

 日本各地の観光資源のポテンシャルを活かして、世界の人たちを惹きつける、その柱として「日本ブランドの作り上げと発信」が重要とされますが、これをIR推進と結合させるという考え方です。

 カジノを含むIR先進国であるシンガポールでの外国人呼び込みの仕組みは、第一に、医療ツーリズム、第二に、教育(世界の一流大学が同国に分校)だそうです。こうした仕組みのコンテンツの一つとして、カジノが埋め込まれています。

 日本が観光立国として成功するために必要なのは、ハイエンドのリピーターを惹きつける仕組みでしょう。医療ツーリズムに加え、アンチエイジング、健康増進、都市農園など、さまざまな中身が考えられます。

 日本の強みや魅力と組み合わせ、クールジャパンを世界に発信していけるような「日本型IR」を考えていきたいものです。

 いずれにしても、IRは当初は限定的に施行し、その効果、課題を十分に評価、検証しながら、着実な施行を確認した後に、段階的に設置数を増加するか否かを判断することになるでしょう。ここで大事なのは、IR区域のみならず、周辺地域全体の魅力を高めて、回遊性の高い滞在型の国際観光需要の掘り起こしにつながるような努力です。

 こうした挑戦を生み出すことが「IR推進法」の本当の趣旨だと思います。

 

●国会審議の問題点

 今回、IR推進法案が国民の目には突然の審議入り、性急な採決と映ることになってしまった背景には、国会の各委員会が多数の政府提出法案を抱え、議員立法はその処理が済んでからという順番になっていることがあります。

 とりわけ、筆者が理事をしていた内閣委員会は、担当大臣が6~7名であることが象徴するように、各省庁を跨る大きなテーマの政府提出法案が目白押しになるのが通例です。そこで、議員提出法案は、会期末ギリギリに審議入りさせるのが精いっぱいになります。

 政府提出法案に時間をとられ、議員立法の余裕がないということが繰り返される国会審議のあり方を変革しなければ、国会がややもすれば、政府立法の単なる下請け承認機関に過ぎないという状況から脱することはできないでしょう。

 三権分立のもと、国会は政府からは独立した、いや、国権の最高機関としての独自の存在ですし、政治主導を言うなら、本来、議員立法は国会審議の中核に位置するはずです。

 現状では、与党の多数で政府提出法案が可決されていく流れの中で、野党は手続きなどの「日程闘争」や、政府の揚げ足取りで存在感を国民に示していくしかありません。

 萩生田・内閣官房副長官の「田舎のプロレス」発言は、こうした国会のあり方からの脱皮を言った正論でした。上述のような現状の運営方式のもとでは、与野党が政策の中身で議論を戦わせる仕組みが不十分です。

 本法案は、もっと法案の中身が論点として国民に提示されるような国会運営へと、国会大改革を行うべきことをも提起するものだったかもしれません。

 

●資産ストック活用戦略で社会全体の底上げを

 カジノは賭博であるという側面だけをみれば、多くの国民にとって抵抗感が大きいことは十分に理解できるところです。しかし、日本にはカジノよりも弊害の大きいパチンコによって、世界的に突出した数のギャンブル依存症患者が生み出されています。

 よく、パチンコ店の経営は半島系が多いとされますが、日本の一般庶民のなけなしのおカネが、多大なる社会的犠牲を伴いながら、どこかの国に流れていくのと、中国人のお金持ちたちのおカネがカジノを通じて日本に落とされ、それがギャンブル依存症対策や、広く超高齢化で財源が不足している社会保障を通じて日本人の厚生を高めるのと、いずれがベターかという論点があると思います。

 私がかつて訪れたフィリピンの某高級リゾートホテルでは、スイートルームでカジノに興じる中国人の方々を見学いたしましたが、一人一億円は賭けていると聞きました。

 パチンコによるギャンブル依存症対策の資金を、ギャンブルの形態を増やすことで獲得するのはおかしいという議論はあるでしょう。ただ、カジノの収益金の一部が社会保障全般に充てられることとなれば、どうでしょうか。

 ピケティではありませんが、世界的に格差拡大が問題となっているこんにち、資産を持てる者が自ら喜んでおカネを使い、そのおカネが中低所得層の福祉の底上げにつながるという仕組みの設計は、特に日本のような未曾有の超高齢化が進む国にとっては、持続可能な社会を構築していく上で不可欠なソリューションであるはずです。

 何事も、物事には両面があります。大事なのは、それらのメリットとデメリットの比較衡量です。今の日本にとって、カジノに対する見方を国際標準に合わせることは、全体としてみれば、デメリットをはるかに上回るメリットがあると考えてよいように思います。

 それも、日本版IRの設計の仕方如何です。世界の課題解決先進国である日本の国民には、それぐらいの知恵は十分にあると思います。

 世界の活力を日本に取り込み、これを日本人の福利向上につなげる。その仕組みの構築に、一つの国家戦略があります。

 

松田まなぶのビデオレター、第52回は「論点整理、IR推進法」。チャンネル桜、12月20日放映。

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 臨時国会では、TPP(環太平洋経済連携)承認案・関連法案、年金改革法案、IR法案といった注目法案が成立しましたが、いずれも審議そのものを巡って色々な批判が出ました。

 米国が参加しないTPPをなぜ急ぐのか、年金は強行採決ではないか、カジノはもっと丁寧な審議が必要だったのではないか…等々です。

 11月末の某日、国家基本問題研究所のシンポジウムで、萩生田・内閣官房副長官が「田舎のプロレス」発言をしたことも話題になりましたが、その場で聞いていた私が、メディアがまた、趣旨を捻じ曲げて伝え、国会審議に影響が出るなと予感した通りとなりました。

 しかし、その発言自体は、「強行採決と言われるが、強硬に採決させないのは野党であり、そのような国会のあり方はそろそろ変えなければならない」という趣旨の正論であって、会場からは拍手が沸き起こっていました。

 メディアはセンセーショナルに報道すれば売れますし、野党は次の選挙を意識して国会で目立とうと党利党略で動きますから、そんな国会審議の中で、法案や政策の本来の趣旨や、何が本質的な論点なのかが国民には見えにくくなりがちです。

 私も衆議院議員だった際、当時所属していた次世代の党は、各種委員会は法案や政策を審議する場であり、審議拒否やスキャンダル追及で時間を浪費することはしないとの立場で臨んでいました。そうした、中身の審議を優先するスタンスが、多くの国民から共鳴をいただいていました。

 TPP関連法案の可決に反対していた野党は、果たして、日本の将来への道行きについて、これを承認しない場合の代替案を国民にわかるように明示していたのでしょうか。

 現時点で米国がどうあれ、日本がTPPを国会承認することには、歴史的、経済的、そして国益上の必然的な流れがあると考えます。

 

●世界最適地生産とサプライチェーン

 特に、トランプ次期大統領が重視するビジネスという観点からみれば、日本も米国も、この流れに目をそむけることは不利益です。

 冷戦体制後に30億人とも言われる人口が市場経済に参入し、産業革命以来と言われる情報通信革命を経て、国際競争の軸は、従来の「国民経済」から、「国境を超えた世界最適地生産」へと移行しました。

 かつて、国際分業といえば、自動車、鉄鋼、農業など、それぞれ自国が得意とする「産業」への特化を意味しましたが、今やそれは、産業内での分業から、さらに、企業と企業の間、そして企業内の生産工程の国際分業へと移っています。これは、二国間で、こちらはこの産業の関税は譲るから、そちらはあの産業の関税で譲ってくれといった交渉をするような世界とは異なる世界です。

 一つの製品のそれぞれの生産工程ごとに、その工程にとって最も有利な国や地域へと生産プロセスを分解し、それをITで管理して「サプライチェーン」でつなぎ、技術開発、設計から、原材料の調達、一次組み立て、二次組み立て、マーケティング、最終消費地での販売…をグローバルに展開する形で、究極の価格引き下げ競争に挑む。

 これがグローバル「メガコンペティション」(世界大競争)の姿となりました。

 どの国も、どの企業も、このサプライチェーンを自ら構築するか、サプライチェーンに組み込まれるか、それが死活問題になっています。

 

 そのために必要なのは、モノ、ヒト、カネなどの生産要素が国境を超えて自由に行き交い、投資した利益が投資者に適切に還元されるよう、国際間で共通のルールを構築することです。単に貿易障壁を撤廃するだけで済むものではありません。

 TPPは、世界の中でも最も、こうした要請に応える完成度の高い協定です。

 海外のサプライチェーンと円滑につながることが、自国内に雇用を確保する上で大事になっています。円滑につながっていなければ、日本に商機は来にくいですし、商機を求めるために現地生産に移行しなければならなくなるからです。

 また、「貿易転換効果」という言葉があります。

 例えば、最終消費マーケットとしてA国を狙う日本企業は、日本がA国との間で自由化措置が不十分な場合、A国とFTA(自由貿易協定)を結んでいるB国に生産拠点を移し、B国からA国に輸出するほうが有利になってしまいます。現に、米国とNAFTA(北米自由貿易協定)を結ぶメキシコに、日本の自動車会社が現地生産を展開しています。

 もし、日本とA国との間で、B国とA国との間と同様の自由化措置がとられれば、B国に生産拠点を持つ意味は減じて、日本国内に拠点=雇用を戻す可能性が出てきます。

 日本の自動車産業は何百万人もの雇用を生み出している産業ですから、その雇用がこれ以上、海外に流れないようにするためにも、TPPの意義は大きいといえます。

 さらにいえば、よく、TPPは多国籍企業や大資本のグローバリズムに資するものだとされますが、国際間取引の共通ルールが明確でなく、生産や投資や販売の相手先国に障壁が多い場合、グローバル展開ができる企業は大企業や多国籍企業に偏ってしまいます。TPPは日本の地方の中小企業や農業などにも海外ビジネスのチャンスを広げる性格のものです。

 つまり、「成長する海外市場で儲けて、雇用と所得は国内に」というのが、日本の経済戦略におけるTPPの意味であり、この点は、米国も同じはずです。

 

●多国間ルールのほうが中間層にメリット

 ビジネスマンであるトランプ氏も、いずれこのことに気が付く時が来るのではと思いますが、いまのトランプ氏は、一時代前の貿易戦争をイメージしているのかもしれません。

 早速、NAFTAを締結しているカナダやメキシコに工場を移転しようとする企業に圧力をかけたり、税制優遇といった個別介入で国内雇用を確保する挙に出ています。近視眼的、ミクロ的にみれば国内雇用確保の方策かも知れませんが、次の点に留意すべきでしょう。

 第一に、米国の中には、カナダやメキシコとの間で障壁がないおかげで、これらの国に輸出する米国企業の現地生産移転を抑制しているケースもあるはずです。また、共通ルールのもとでは海外企業の米国内での生産も容易になります。自由経済圏であることによって国内雇用確保に役立っているはずであるという面も無視できないと思います。

 第二に、生産コストの安い国への生産移転を阻むと、メガコンペティションの時代には、その企業の国際競争力が低下し、儲けが減る可能性があります。国際的な生産活動の舞台で儲けることが全ての出発点であり、それを国内雇用にどう還元していくかを考えることこそが課題でしょう。最初から儲けのチャンスを放棄するのでは、縮み志向です。

 第三に、障壁がなく、最適地生産が円滑に行われることで実現するのは、米国の消費者がより安価な製品・サービスを享受できるという状態です。これは、トランプ氏の支持層である中間層全体に裨益する性格のものです。

 

●TPPか日米FTAか。

 ただ、さすがはビジネスマン、トランプ氏は日本にとって大変な「クセ玉」を投げてきました。もし、トランプ氏が本気で専ら保護主義に走るのなら、ただの愚か者でしょう。そうでありませんでした。

 トランプ氏は、多国間のTPPではなく、「二国間のFTAで自由貿易体制を進めていく」としています。米国では貿易措置の権限は本来、議会にありますが、議会で多数を占める共和党はもともと、自由貿易推進派です。

 これとは矛盾せずに「アメリカ・ファースト」を進める挙に出ようとしているわけです。

 TPPのような多国間(マルチラテラル)の枠組みこそが、日本が米国との間で自由貿易交渉を行う上で、日本により有利な結果をもたらすものでした。なぜなら、多国間の枠組みは、国連もそうですが、どんな大国も小国も一国一票、多国間で合意された交渉の枠組みの中で、多国間で共通の合意をしたものでなければ協定にはなりません。

 これが二国間(バイラテラル)となると、かつての日米構造協議などのように、日米両国の力関係がもろに、交渉に響くことになります。バイの交渉なら、米国は日本からTPPよりも自国に有利な結果を引き出そうとするでしょう。

 トランプ氏は相当したたかだといえます。

 日本のTPP反対論者は、TPPは事実上の日米FTAだと、少しピントのずれた批判をしていましたが、むしろトランプ政権誕生前にTPPに決着をつけていれば回避できたかもしれない「日米FTA」の悪夢が実現しかねません。

 その事態を避けるためにも、アジア太平洋での多国間のルール作りを日本は先導し、米国にとってそれへの参加が有利であるような状況を生み出すことが大事でしょう。

 多国間ルールの形成は、広い地域での共通ルールになるため、世界最適地生産、サプライチェーン構築などの上でも、二国間で各国とバラバラに積み上げた異なる自由貿易協定が乱立するよりも、より魅力的で有利な経済圏になるはずです。

 しかし、現実には、TPP発効への道のりは厳しいです。東アジア・太平洋地域では早速、中国がTPPの穴を埋めるかのように、RCEPで動き出すのではないでしょうか。

 世界のGDPの約6割、人口の約4割を擁するAPEC(アジア太平洋経済協力)ワイドの自由経済圏であるFTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)への道筋は、日米主導のTPPから行くのか、中国主導のRCEPから行くのか、もし後者になるとすれば、中国主導のアジア太平洋秩序の形成に向かいかねない状況にどう対処するか、重大な選択になりそうです。

 

●日本の選択~RCEPかTPPか日・EUか~

 やはり、たとえ発効しなくても、TPPを少なくとも形として残すということでしょう。

 いつまでも米国が動かないなら、できればTPPは11カ国で協定の批准だけは進めていき、その上で、RCEPは淡々と進める。

 TPPは12カ国で世界のGDPの4割程度、日本のGDPを約10兆円底上げする、これに対し、RCEPは16か国で、世界のGDPの3割程度だが、同じく日本のGDPを10兆円底上げする、もしかするとGDP効果はTPPに勝るとも劣らないかもしれない、という見方もあるそうです。

 確かに、図のように、RCEPにはASEANの10カ国全てが入りますが、そのASEANだけでもEUを上回る人口規模があります。

 

 図でRCEP参加国のうち下線を引いた国々はTPP参加国でもあります。TPP参加国のうちRCEPに参加する国は多い状況です。

 ここで大事なのは、TPPかRCEPかの二者択一は極力避けるということだと思います。両者は若干、性格が異なります。

 TPPが先進国型だとすれば、RCEPは新興国型で、新興国の実情により合ったものだとされます。「RCEPはスーパーマーケット、TPPは百貨店」という比喩もあります。

 ですから、RCEPは新興国レベルの経済連携であるとして、第一段階のものと位置付け、それを将来、TPPへと引き上げていく。そのような道筋を日本として明確化しておくということではないでしょうか。

 もう一つ、トランプのクセ玉に対抗する上で、決定打になり得る方途があります。

 それは、日・EU間で進められているEPA(経済連携協定)の交渉を本格的に進め、協定を締結してしまうことです。

 これで米国は焦ることになるでしょう。

 米国の西側では日本がTPPを用意しながらRCEPを進める一方で、米国の東側では日本が欧州と先進国間の巨大経済圏へと動き出す。

 こうして、日本がリーダーシップをとって先進国型の経済システムを先導していく。なるほど、日本だな、と国際社会で認識されるようにする。

 それが日本がとるべきリーダーシップです。世界のルールメーカーとしての日本の存在をアップさせるわけです。

 

 世界で形成されていく3つの巨大経済圏、TPPとRCEPと「日米欧」のいずれにも入っている国は、日本だけです。

 この「扇の要」の位置にあるという日本が、そのチャンスを活かして、ルールメイキングによって、中国に対しても指導力を発揮しつつ、米国を自由経済圏ルールで囲んでいく。

 だから、日本はTPPを投げてはいけないのだと考えます。

 トランプ・ショックを想定外の危機と捉えず、危機をチャンスに変えることで様々な分野で世界一を築いてきた国が日本であることを思い起こし、自立思考でしたたかな戦略を構築して国際社会での日本独自のリーダーとしての位置づけを確立する。

 ここに、TPPにこだわる日本の理由があります。

 

松田まなぶのビデオレター、第51回は「日本はTPPを諦めるべからず!」。チャンネル桜、12月6日放映。

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