新しい年

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2017年元旦。

 

今回の正月は実家で、兄弟水入らずで過ごしています。

年末から銀行の手続きや事故後の処理など、

慌ただしく過ぎていきましたが、今日はちょっとのんびり。

庭掃除をしたり、山の柚子をとったり。

 

こう眺めてみると、昨年の景色となんら変わってないんだけどな…

 

さて、これから田んぼの草刈りをどうするのか、

倉庫の屋根を直してもらわないと困る、など、

大晦日に近所の人から矢継ぎ早に洗礼(?)を受け、

今さらながら父の存在の大きさを感じたのでした。

 

分からないことだらけなので、

周りの人に助けてもらってやっていくしかない。

まぁ、一人じゃないからね、3人いるからね、というのが今の救いです。

 

新しい年、よい一年になりますように。

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兄弟メール

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一本の電話から始まった嘘みたいな現実。

 

父が交通事故で亡くなった。

 

電話がかかってきたのが夕方5時半。

病院からで救急車で運ばれ、輸血が必要なので、

身内の人に帰ってきたほしい、とのこと。

その時点では、詳しいことは分からず、

まぁ、しばらく入院するくらいなのかな、と簡単に考えていたのだけど。

 

新幹線からバスに乗り換え帰っている途中で

伯父から連絡が入り、かなり厳しい状況だ、と。

 

地元に到着したのが10時40分、

それから30分後に父は息を引き取った。

 

最後に電話したのは、

ベトナム旅行の土産のスカーフを送ってくれた時。

たくさん写真を撮ってるから年末に帰ったときに見せてやる、と

そんなセリフが最後だったような。

 

集中治療室の中、ドラマに出てくるような救命機器の管につながれ、

そのうち、血圧が下がって、心拍数がゼロになって…。

若いお医者さんが死亡の確認をしてくれたのだけど、

あまりにもあっけなく、あっという間で、

その時は涙も出なかったよ。

 

近くに住む叔母が付き添ってくれ、

夜中2時半に父の遺体と家に戻り、

弟たちが朝に帰ってきてから、葬儀の準備や事故後の処理など、

慌ただしい時間が過ぎた。

 

空き家になる家のこと、田んぼのこと、

事故後の処理、いろんな事務手続き、

やることが次から次へと目に前に差し出され、

決めなくちゃいけないことが山のよう。

 

弟たちと3人でオロオロしながら、

近所の人やおばさんたちに助けてもらいながら、

とりあえずできることをして、みんなそれぞれの場所に帰っていった。

 

こっちに帰ってきて、日常がようやく戻った。

日常が戻ると、あの一週間が嘘みたい。

だって、父がいなくても、当たり前のように日常は過ぎていく。

残酷なほどに。

 

母が亡くなってから7年。

手術した後の1年は田んぼを作らなかったけど、6回ほど父と弟たちとお米を作った。

もちろん来年も作ろうと思って、町内の誰よりも早く田んぼを耕していた父。

農協さんにタネも注文していたらしい。

 

玄関には集金の人が来てもすぐ渡せるように、

歳末助け合いの募金(封筒)が準備されていたし、

カレンダーには12月の予定がいくつか書きこまれていた。

忘年会にも出席するつもりでいたんだろうなあ。

 

一番びっくりしているのは父かもしれない。

自分の状況を把握できているのか、ちょっとあやしいけど、

どうか、向こうで母と会えますように。

 

こちらは、まだまだしばらくやることがたくさんあって、

母の入院時以来の兄弟メールが復活。

しばらく連絡取り合って、ガンバリマス。

 

 

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秋深し2

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秋はアートの催しがたくさん。

週末は成羽に行ったり、岡山街中を歩いてみたり、

芸術の秋を楽しみました。

 

昨年、友人からもらった赤ちゃんモミジが大きくなり、ベランダで紅葉してます。

今日は昼から雲が広がり寒い一日でした。

この時期、こんなに寒かったかしら。

 

今日は息子の18歳の誕生日。

冬に向かって生まれた赤ちゃんは、鼻を詰まらせたり、

風邪をひいたりして、心配も尽きなかったけど、

(何より寒い夜に起きるのが大変だった!)

それも遠い昔の話で、元気に大きくなってくれました。ありがたや。

 

とりあえず、誕生日ごはん!

大好きな唐揚げをせっせと作ってます。

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旅人

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父からの電話はいつも突然で…

「わしの、実はのぉー」に続く一瞬の間にドキドキする。

 

さて、何を告白してくるのか。

といっても、選択肢は2つ。

病院からか、空港からか。

 

今回は後者。羽田空港からの電話でした。

夕方に羽田を飛び立ち、ベトナム、カンボジア、ハノイをまわってくるそうな。

 

公民館の韓国語講座が終わり、ベトナム語を習い始めたのが昨年。

いつかこんな日がくるとは思っていたけど…。

車の中で流れていたベトナム語(CD)が、現地で通用するのかしら。

 

「おじいちゃんは自由人だよねー」と娘が一言。

いやいや、農家の長男に生まれ、頑固な祖父母に育てられ、

末っ子の弟(おじちゃん)の自由奔放さを嫌い、

ガッチガチの真面目一本で生きてきたような人だったような。

 

自由人とはほど遠い感じがしてたんだけど、

今はどこから見ても自由な旅人になってるね。