やめられないとまらない

テーマ:
山形の友人から本日届いた年賀状とお煎餅。

だんだん×日常×アルバム。-賀状


某学校で同じときを過ごしたのはもう10年前。
我が家に泊まりに来てくれたとき、園児だった息子は中学生になってる!
ということは、自分たちもずいぶん年をとったということかぁ…。
自分の年齢だけはあるところでストップしているのよね、何の根拠もないけど。

さて、このお煎餅。息子はぱくっと口に入れたら「おぉー」と雄叫びをあげた。
カリカリ、ぽりぽり、バリバリ…やばい、手が止まらない。

あっという間に2人で半分以上を食べていた。いや、ほんと、うまいんですよ。

だんだん×日常×アルバム。-お煎餅


名前は「やみつきしみかりせん」です。ネット販売もあるらしい。
もし、目にしたらぜひご賞味あれ!
AD

おいしい匂い

テーマ:
年末に行きそびれた歯の治療を終え、
洗濯物を取り込みに暗くなったベランダへ出ると…ぷぅ~んっと芳しい香り。

近所にいる料理上手さんが何かを炒めてる!
この食をそそる香りはなんぞや。ニンニクとバジルとベーコン?
いや、もっと濃い匂いなんだけどなぁ…
自分の料理知識の乏しさが悔やまれる。

どこの誰かは知らないけど、近所の料理上手さん。
秋になるとサンマを焼く匂い、時たまサバの煮付け、焼き鳥っぽいにおいがするときもあるし、
本当に夕食時になるといい匂いが漂ってくるのです。
匂いからの想像だけど、毎日ご飯がすすむだろうなぁ。

今回、帰省中に弟(その1)の台所仕事を見てて勉強になったこと。
食材をどばーっと使わない!

一人暮らし歴の長い彼、食材は多種少量使っていた。
鍋をするにしても、私だったら白菜1/2個をざくざく切ってどばーっと入れるところですが、
彼は白菜を3~4枚はがしてサクサク刻む。
私だったら大根半分をトントン切ってすべて入れてしまうところを、
彼は使うにしても10センチ程度。それでも全然大丈夫。足りるんですね。

「まーちゃんの赤天おいしかったなー」と息子。
(子どもたちは弟たちのことを「まーちゃん」「けんちゃん」と呼ぶ)

赤天というのは、浜田のお土産で赤唐辛子を練りこんだピリ辛の天ぷら(ビールのおつまみに最高!)なのだけど、
それを出すにしても、レンジで温め七味をかけるという小技を効かし、その切り方が実に細かい。
大雑把(…よく言えばワイルドだぜぇ!)な私には大変新鮮でした。
彼の上手な使いまわし術で、後半3日間はほとんど買い物をしなくてもよかったです。

というわけで、本日の豚汁、
サツマイモだけはどどーんと入れましたが、ほかの材料は少量ずつ。
む、かしこい節約主婦になった気分だぜぇ。

だんだん×日常×アルバム。-モス


食卓に飾ってる苔。息子が水遣り(霧吹きでシューっ)担当です。
AD

楽しい正月

テーマ:
昨日、岡山に戻ってきました。

父の経過はすこぶる順調。
お腹の痛みはまだ残るみたいだけど、点滴もはずれ、
ご飯も普通に食べられるようになったし、歩けるようになったし。
部屋も個室から大部屋へ。

あとはストーマ(人工肛門)の処置の仕方をマスターすることと、
病巣の検査(転移があるかどうか)待ち。こればかりは天に祈るしかありません。

この一週間、実家と病院の往復で
その合い間に父の用事を済ませたり、家の片づけをしたり。

年も変わったのでカレンダーを取り替えようとしたら、
昨年の元旦の欄に「3人で楽しい正月」と小さなメモがしてありました。
父の覚え書きです。

弟2人と父、3人で過ごした正月。
父も弟達も決して口数が多いタイプではなく、
テレビを見ながら静かな正月だったんだろうけど、
母が亡くなってからあの広い家に一人で過ごしている父にとって、
家族がそろうというのは「楽しい」ことなんだな、と。

「今年の正月は最悪だ…」と父は言っていたけれど、
入院のことを聞きつけた近所の人たちや親せきが訪れて、
例年よりもたくさんの人と会話した正月だったんじゃないのかな。
それもまた良し。

私は15年ぶりに浜田(実家)の正月を満喫しました。静かで和やかな時間だった。
おせち料理をつくるどころではなく、毎晩鍋やらうどんやら、時々ビールやら。
動かないわりには3食きっちり食べたので、体重はもちろん増加。わお。
明日からしばらく階段生活だべ…

だんだん×日常×アルバム。-苔


瓶に入れて持ち帰った苔。家の裏のアスファルトにべたっとくっついた(住んでいた?)もの。
手で触るとふかふかして気持ちいいです。
AD

年末ドタバタ劇場

テーマ:
父からかかってくる電話はいつも突然で驚きな内容なのですが、
(今から海外に飛び立つ!といったことが過去3回ほど)、
今回のもとびっきりの驚きでした。

27日の昼、父からの電話。
「今から病院に行く。年末年始には入院するかもしれんから、鍵をいつもの場所に置いておくけぇの」って。

その声があまりにも普通な感じだったので、
「腸閉塞」という病名を聞いても、そんなに緊迫感はなかったんだけど、
「もしかしたら、手術になるかもしれん…」って。

いやいや、入院って、手術って…大変なことではないですか?
その後、父に電話するも連絡とれず。

結局、全貌が見えたのは夕方6時過ぎ。
紹介状を書いてもらって行ったという総合病院の先生からの電話で。

24日にお腹がゴロゴロと鳴ったのが始まりで、お腹がどうしようもなく痛くなった父。
いつもの便秘かと思い、便秘薬を飲んだが改善されず。
2日間は全くごはん食べられず、嘔吐を繰り返す。
でも、食べてないから出るものもなく…きっと苦しかったに違いない。
これはまいった、と27日に近くの病院で診てもらったら「腸閉塞」だと言われ、
早く病院に行きなさいとすすめられる。

救急車で行くこともできたんだろうけど、
そこは一旦家に帰り、服を着替えて、自分の車で病院へ向かった。
救急受付には人があふれていて、そこからさらに2時間待ったそうな。

CTで診てもらった結果、原因は大腸がんでした。
腸をふさぐのだからして、初期ではなく、かなり進行しているもの。
幸い手術で切除すれば対応できるところなので、取り急ぎ手術となるでしょう。
身内の方、早々に帰ってきてもらえますか、と。

翌日早朝から浜田へ向かい、昼前に先生から説明を受けて、12時半には手術スタート。
5時間後、無事に終わり、先生から見せてもらった父の腸は本当にホルモンみたいで、
その中にあった腫瘍部分はこりこりとした塊。
でも、6年前に見た母のそれ(初期)より、もっと色が薄くて控えめな感じ。
母と同じものが父の中で育っていたというのも、因果なものです。

父、75歳にして初手術。
術後はさすがにしんどそうだったけど、時間が経つといつもの父に戻ってきました。
開口一番が「家からiPhoneの充電器をとってきてくれ」だったもんね。
その後は「今年、田んぼをどうするか」。
しばらくはストーマ(人工肛門)になりますが、とりあえず順調な経過です。

本当にドタバタでしたが、幸いだったのは時期が年末年始だったこと。
手術の翌日には弟たちも帰ってきて、正月は久々の兄弟3人、水入らずで過ごしてます。
手先が器用で手際がよい弟(上)がご飯担当、根気のある弟(下)が後片付け、父の探し物担当。私は掃除、洗濯担当。
小学校のときにハマっていた花札を出してやってみたりして。

だんだん×日常×アルバム。-出雲大社石見分祠

初詣は病院から歩いて行った出雲大社石見分祠へ。
高校生の時に巫女のバイトした神社。今年もそれらしき女の子たちが働いてました。

新しい年

テーマ:
明けましておめでとうございます。

年越しは山陰の実家で過ごしました。
紅白見ていたらウトウトしてコタツでうたた寝…。目が覚めたら年が明けてた!

頭がぼんやりとしてた明け方、ふと時計に目をやったら秒針がぴたっと「12」のところで止まったのです。しばらく待っても動かない。この前取り替えたばかりの新しい時計なのに…?
これは夢なのか? いや、夢じゃない、現実だよ、と思ったところまでは覚えてるんだけど、
果たして現実だったのだろうか。やっぱり、夢?
不思議な年明け。今年はどんな一年になるのやら。

だんだん×日常×アルバム。-山3


元旦の朝、雨上がりの山を散策しました。
ひんやりとした空気、せせらぎの音が心地よかった。

今年もよろしくお願いします。