はじまりました。

テーマ:
我が家のお祭り週間。
息子、13歳の誕生日。来週にはムスメの誕生日が待っている。
今年も夫は腕をふるってケーキ職人に。ネットで調べたスポンジケーキを試したら、これが大当たり。
しっとりふわふわなスポンジ完成。シロップにラム酒を混ぜて少し大人風にしてみました。

さて、息子のマイブームは手帳です。家族が手帳をつけている姿を見て感化されたらしく、
来年の手帳をゲット(うすいやつ)。12月から張り切ってつけるんだそうです。
そして、13歳だからして、朝は余裕を持って早起きする!宣言。

だんだん×日常×アルバム。-カップ


今朝はばっちりクリア。姉からもらったマグカップでココアを飲んで学校に行きました。
何日続くかなぁ。
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卵3個

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毎日弁当を作っています。

平日はムスメと夫の分。時々私のも。
休日は息子の分。

毎日作るのだからして、詰めるものは自ずと決まってくる。
ブロッコリーにカボチャ、最近はさつまいも、ウィンナーとピーマンの炒め物、
困ったときのマカロニサラダとか。プチトマトも彩りに欠かせない。
が、息子はトマトが苦手なのでどうしても色合いが地味になる。

先週末、朝寝坊して大慌てで冷蔵庫にあったものを
詰め込んで持っていかせた息子の弁当。

帰るなり「みんなに“漬物が多いなぁ~”と言われた」と言ってきた。
豆腐の白和えにカボチャの煮しめ、人参のマリネ、大根の酢の物、つくねとウィンナー。
確かにいつもよりヘルシーだとは思ったけどさ。
(息子的にはしょぼかったよ、ということが伝えたかったのだろう)

で、みんなの弁当の中身を問うてみたところ、
ご飯の上にどかっと焼鮭が乗っていたり、トンカツがでーんと真ん中にあったり。
弁当の大半を肉が占めているニクニク(肉肉)しい弁当なんだって。
中学、高校とその度合い(肉)は増してくるのでしょう。
高校生男子の弁当ってどんなんだろう。
量がハンパないから、何で埋め尽くしているのか覗いてみたい。

先日、マンションの人から、玉子焼は卵3個使ってるという話を聞きました。
私は今まで最高で2個。1個でペロンペロンの玉子焼をよく作っていたから、驚いた。

試しに作ってみたところ(だし、ネギ、砂糖を入り)、できた玉子焼がでっかいの。
とてもおいしいし、弁当に詰めると相当面積を取ってくれるじゃないですか。
金曜に弁当に詰めたら好評で、褒めてもらうと(!)苦手だった玉子焼も作ってみようと気になり、
今日も卵3個の玉子焼を作りました(息子の弁当)。

2個と3個の差は大きかったなぁ。うむ。
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今年の紅葉

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今年は朝晩の寒暖差が少なく、あまり鮮やかな色が出ていない…という話でしたが、
友人宅へ行ったら、見事に色付いていました。
雨が降ってたけど、水に濡れた紅葉もしっとりといい感じ。

だんだん×日常×アルバム。-紅葉


庭で紅葉、素敵だなぁ。
やっぱ庭だね。土だよね。マンションに住むと土の匂いが恋しくなります。
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地震

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昨晩、台所にいたら、床がぐらぐら揺れた。これって地震? 
息子と慌ててテレビのニュース速報を見る。

震源地は広島県北部で、岡山は震度3。
島根県西部は震度4になっているじゃないの!

しばらくして実家に電話してみる。父に地震のことを聞いてみるが、反応薄し。

「ご飯を食べよったら、2階の方でガタガタ音がしたんで
 上がってみたら、携帯電話が鳴っとってなぁ」

それは、電気屋さんが設定してくれた災害メールだった。
地震が起こったから気をつけなさいという内容だった、と。

「で、いつ起こるんかのう?」と父。

…う、もう起こったんですけど。
気がつかないくらい軽かったのならよかったよ。

あとでネットの地震速報を見てみたら、震度4だったのは
邑南町(瑞穂町や羽須美村の辺り)で、出雲から益田にかけて震度3だったのに、
浜田市だけは震度2だった。そう、我が家(岡山市北区)よりも揺れは少なかったのでした。

最近の父の様子を聞いてみると、夏に知人から教えてもらったフライパン鍋が大活躍。
肉と野菜を蒸してもりもり食べているようです。

だんだん×日常×アルバム。-空


先週の土曜は母の命日。朝から雨が降ってたけど、夕方は青空になった。
空の上から、父の成長(?)を微笑ましく見ていることでしょう。

ひよこのじいちゃん

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毎年間際になって慌てるので、今年は早めに年賀状を買いました。
図案を担当するのは夫。

夫は絵が好きな子どもだったようで…といっても本格的なのではなく、
教科書の隅っこに先生の似顔絵やパラパラマンガを描く程度。
そのDNAは息子に受け継がれていて、この前はテストの前日だというのに
苦手な英語をモンスターにするとこんな感じ!とちょこまか描いていた。

で、来年の干支は辰。 え? 辰? 初めてだ。どんなんがええかな?

…という会話をしていて、はっと思った。

そうだ、祖父が亡くなり一回り。
長かったような、あっという間だったような。

12年前、訃報の知らせがきたとき、私はおでんを仕込んでいた。
具を買いすぎて、2つの鍋で煮ていたんだけど、あれどうしたんだっけ。
フェリーの関係ですぐ帰ることができず(当時は隠岐でした)、出発したのが翌日の午後。
おでん、全部食べたんかな? 通夜や葬式のことは覚えてるのに、
連絡があってから実家に着くまでの記憶がすっぽりと抜けている。

当時4歳だった娘は、祖父のことを「ひいじいちゃん」と言えずに
「ひよこのじいちゃん」と呼んでいた。
私にとって祖父は頑固でおっかない人だったけど、娘にとっては恐い相手ではなかった。
「ひよこのじいちゃん!」と呼んでも、「ん?」と返事してくれていたしね。

で、私も一緒に「ひよこのじいちゃん」と呼んだことで、苦手意識は減っていったと思う。
祖父は息子が生まれて間もない頃、コタツでよく息子を抱っこしてくれていた。
「小さくても、こんなに動くんだのぉ」と感心しながら、じーっと見つめていた。

昔の人だったから、男が抱っこなんぞするもんじゃない!とか言って、
赤ちゃんを抱っこした経験があまりなかったのかもしれない。

当時、抱っこされていた息子は中学生になった。
当時の記憶はないだろうけど、ひよこのじいちゃんのこと、いつか教えてあげよう。