日常を取り戻す

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木曜から土曜まで浜田へ戻り、
病院のあいさつや家の片付けをしてきました。

家の片づけをしていると、箱の中から
きれいに整理してある何年分もの領収書
(家計分と農業分が仕分けしてある)や、
ユニセフのハガキなど、母の足跡があちこちに見えてくる。

母は若い頃、会計事務所に勤めていたので、
領収書の整理はお手の物だったのだろうけど、
それにしても、祖父(長一さん)の仏事資料が
まとめてある箱の中には、祖父が倒れてから
1日毎の経過が記録されており、

誰がいつ見舞いに来てくれた、
意識はないけど手を握ったら強く握り返してくれた、
院内感染で個室となり、祖母が付き添えなくなった、
など一行であっても、当時の様子がありありと思い出されて、
記録を残すことのすごさ(?)を感じた。

料理好きだったので、料理本も山ほどあって、
それに加えて新聞の切り抜き、雑誌のスクラップ、
手書きのレシピなどあちこちにあった。

夜は父とビールを飲みながら、
母のことを話した。

友達を誘ってプールに行っていたこと(水中ウォーキング?)、
山口の美術館に行ったこと。
温泉が好きだったので、近くの温泉によく連れて
行ってもらっていたみたい。
病気をしてからも、しばらくは行っていたのに、
風呂上りに倒れたことがあって
それからは行かなくなったそうだ。

お葬式からしばらく、病院でのやせ細った体や
虚ろな目、しんどそうな姿が思い出され、
その都度、涙が出てきて…、
いや、それは今でもふとした瞬間にやってくるんだけど、

それでも、だんだんと母の元気な姿、笑顔が
浮かんでくるようになった。
昨日なんて、近くのスーパーで買い物してたら、
母の姿が浮かんできてびっくり。
(母はレジ係を長年していた)

案外と、近くにいてくれるのかもしれない。

先週、中学校の三者懇談で迷っていた娘の志望校が決まりました。
ようやく、やれやれ。
後はゴールに向かってがんばるのみ。

土曜日は息子の11回目の誕生日。
相変わらず練習三昧の日々ですが、
技が一つずつ出来るようになり、
どんどん楽しくなってきたそう。

浜田―岡山間を行ったりきたりの生活も終わり。
今日からはご飯をきちんと作って、
日常を丁寧に取り戻していきたいです。
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母へ

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19日午前5時10分、母が逝きました。

67歳でした。
母は4人きょうだいの末っ子で、
父の兄弟(4人)も今のところみんな元気なので、
なぜ若い母が…と思うと、やるせなくなるけど、

でも、心身両方の痛みと闘って、
最後の最後までがんばっていた姿を思い出すと、
もう十分だね、お疲れさまとも思ったり。

死化粧をしている母は穏やかな顔で、
今からでも喋りだしそうだった。

でも、触ると冷たくて。

病院でマッサージしていたときには
あんなに温かかったのに…と、
その違いが一番きつかったかな。

通夜も葬式も、その後の三連休も
ゆっくり休むことができなかった。
というか、気がとんがっていて、休めなかった。
弟たち2人もそうだったみたい。

久々に泊まった家は、2ヶ月間の留守中に
荒れ放題で…3人で家を掃除しまくり、
ふすまを張替え、父が住みやすいようにと
片付けていきました。夜は二日続けて鍋。
ビールを飲みながら。

母の入院後、4人揃って食事したのが
ちょうど先々週の土曜日(14日)。

母の熱が下がらず起きてこないので
駅前の居酒屋に食べに行ったのでした。

父と弟(その2)はのどぐろの一夜干し定食、
弟(その1)は酢豚定食、私は鶏カツ定食。
いつも病院に泊まっている父は、
久々にビールを飲んだと嬉しそうに言っていた。

それから、病院に帰ってみると
母の熱が下がり、さっぱりした顔をして起きていて、
夜は家族部屋で仮眠を取りながら、交互に母を看た。

「アイスが食べたい」「りんごジュースが欲しい」と訴え、
口にする度に「おいしい、おいしい」と頷いていた母。

口に出たのは「おいしい」「いたい」「しんどい」
「ありがとう」くらいだったけど、それでも、最後に
話が出来てよかった。

それから一週間後(21日)、また4人で食事している。
その途中のこと(明け方に急変の電話があったこと、
通夜や葬式など)は嘘みたいな、でも、
現実なんだけど。

昨日はお墓参りをしました。
祖父母にお母さんのことをお願いしたら
「みっちゃん(母の呼び名)、よう来んさったなぁ」と
言ってくれていたような気がした。

どうか、母が笑っていますように。
こちらでは、父と弟2人と私で、
仲良くやっていきます。
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長一さん

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私が生まれ育った家は、大工だった祖父が建てたものだ。
祖父の名まえは長一(ちょういち)。
明治43年生まれ。
派手なことを嫌い、質素倹約に励む頑固者だった。

私が高校2年の頃、長一さんに病気が見つかった。

のどがイガイガするからと病院に行ったら、
先生が慌てて紹介状を書いてくれ、
市の総合病院に行ったら、うちでは難しいからと、
車で2時間もかかる出雲医大を紹介された。

咽頭がんだった。
当時、長一さんは79歳。

私や弟に病名は知らされなかったが、
祖母が洗濯物をたたみながら涙していたことは
よく覚えている。

病院嫌いだった長一さんは、
決して良い患者ではなかった。
クスリは飲みたくない、
じっとしているのが嫌だから病室や屋上を歩き回る。

後から聞いた話によると、
放射線治療の効果がみられず、
食べるものも食べられず(食べず?)、
だんだんと弱っていく姿を見て、
後は好きなようにさせてあげてください、と
家に帰されたのだそうだ。

誰もがながくはないだろうと思っていた。
が、長一さんは少し体が回復したから、と
大好きな海釣りに行くようになった。
始めは歩いて。そのうち、自転車で。
毎日のように。

祖母はといえば、近所の薬局で薦められた薬を
せっせと祖父に飲ませ続けた。

2ヵ月後、病院の検査でガンは消滅していた。
先生もびっくりしていたそうだ。

それから10年、病院に世話になることなく、
釣りと米作りに精を出していた長一さん。
「今年もいい米が出来た」と話していた10月の終わり、
風呂で倒れ、2週間後に逝ってしまった。
享年90歳。実に潔い最期だったと思う。

今日は祖父の命日。
あれから10年経つなんて早いなぁ。

何事にも厳しかった祖父には、
「最後まできちんと戸を閉めろ!」と注意され続けた。
閉たかどうだか、最後まで確認せずに行ってしまうんだ。私。

今でもやっぱりその癖はなおっていなくて、
引き出しが少し開いていたり、
戸がきちんと閉まってなかったのを見つけると、
あぁ、ヤバイと思う。

近くに祖父が立っていて、
「そろそろ性根を入れてなおせよ!」と、
言われてるような気がして。

あの世で胸張って会えるよう、
この癖だけは直しておかなくちゃ。
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備忘録

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寒くなりました。
ぬくぬくの毛布が気持ちよく、
息子の起床時間が遅くなりました。

最近の出来事から。

7日は新体操・体操の新人戦の応援で体育館で過ごす。
新体操の参加人数が多く、(娘が出ていたときの2倍。
45人くらい)競技時間も長かった。

体操はといえば、男子が驚くほど少なくて、
(県で6人)、あっという間に終わってしまった。

でも、片付ける時間が全然違うんだなぁ。
マットだけ片付ければ終わってしまう新体操に比べ、
器具がいくつもある体操。閉会式が終わり、体育館を
出たのが夕方5時。一日仕事でした。

8日は中学校の日曜参観。
懇談では、受験に向けてのん気に構えている子どもと、
気をもんでいる親の姿が見えてくる。我が家も然り。
子どもたちに尻に火がつくのはいつなのか。

9日は浜田に日帰りで見舞い。
11月に引越しした新しい病院は浜田駅とつながっていて、
最新設備。食堂や売店も以前とは比べものにならないくらい
きれいだった。

母の病室は6階の個室。
天気が良ければベランダに出て、日向ぼっこができる。
母の体調は芳しくなく、寝てばかりだっったけど。
見舞いに行くたびに痩せていく母の姿を見るのがつらい。

父とは浜田で起きた事件の話をした。
彼女が勤めていたスーパーはこの前行ったばかりだし、
県立大近くの寮に帰る道も、あそこだよなぁとイメージできる。
本当に寂しいところだ。

そんな寂しいところで、
途中で誘拐され、殺され、
山の中に捨てられていても誰も気づかないかも。

…といったことを、私も想像したことがある。
小学校や中学校の頃。
私が登校していた道も、山間の寂しいところだったから。

でも、それはあくまでも想像の世界で、
絶対にありえないことだから、一人で帰ることも多かった。

けど、本当にそんなことが起こってしまったら、
子どもたちは安心して歩くこともできなくなるだろう。
山へ遊びに行くこともできなくなるよ。
犯人が早く見つかって欲しい。それを願うばかり。

11日の朝。夫がぎっくり腰になった。
歯磨きをしている途中、咳をした拍子に。
朝、一人では歩けないので付き添って病院にいく。

もともと腰は強い方ではなかった。
今回が3回目。寒くなってきたのが原因か。
夫曰く、前回(4年前)よりはマシらしい…。
けど、支えナシでは前に進めず、
寝返り打つのもできなくて、大変そう。

私は会社、子どもたちは学校。
夫は2日間、録画していた「三丁目の夕日」や
「ブラッディーマンデー」を見て過ごしたらしい。
これからは、腹筋と背筋を鍛えて、
ぎっくり腰予防に努めるって。ガンバッテよね。

13日の金曜日。
小学校の学習発表会。
5年生になる息子のクラス、
英語で「傘地蔵」の劇をやるらしい。
息子は酔っ払いの役だとか。

今から、行ってきます。

セブルス・スネイプ

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半年前から準備してきたグループ展が終わり、
ほっと一息。

10月は週末は浜田、平日は仕事とグループ展準備…と
余裕のない毎日だったので、終わったらアレもしよう、
コレもしたいと、ご褒美をリストアップしながら
過ごしていた。

その一つが、ヘアカット。
15年ぶりにストレートパーマをかけ、
いつも結んでいる髪をボブにカット。

脳内イメージは手塚里美さんとか
昔のキョンキョンだったのに…

帰宅した夫が口にしたのは
「ハリーポッターに出てくるスネイプ先生?」。

それを聞いて、息子もムスメも
腹を抱えて大笑い。

なんて失礼な!!

けど、窓に映った自分の姿を見て、
似てなくもないかも…と思えるのが悲しいところ。
どこでどう間違ってしまったのか。

それからは、家族誰もに「スネイプ先生!」と呼ばれ、
手伝ってと声をかけても「魔法でやっちゃえば?」
と返される。

本当に魔法が使えたなら、
みんなカボチャにしてしまうところだわ。


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